『秦』が楚・趙・魏・韓・燕の五国による『合従軍』の侵攻を退けて一カ月に迫ろうとしていた。
「ふっ、はっ、しいっ!!」
自分が有している領土にて休息の時を過ごしている李信は日々の鍛錬や実戦の中で鍛え上げられている肉体に合わせるべく、矛を新調した。
長さは一丈八尺(約四メートル)、重さは五十斤(約三十キログラム)の大矛を振るっての個人的鍛錬を李信はしているのだ。
他にも李信隊としての軍隊訓練もしている。
新しく魏軍から戦車や井蘭車や床弩を得る事が出来たのでそれを使っての鍛錬も始めた。
ただ、魏軍から得た床弩は四メートルに及ぶ矢を使うもので専門的に作らなければならないものだったが……。
ともかく、そうして日々を過ごしていると王都の咸陽より、『論功行賞』の参加をするよう書文が来たのだ。
そうして、李信は秦国の王都である咸陽へと向かい……。
「それではこれより、論功行賞を行う!!」
『合従軍』との大戦による『論功行賞』が始まった。
「まずは皆の者、亡国の危機を脱した働き、真に大儀であった」
秦王である嬴政が玉座から立ち上がるとそう包拳礼をしながら、秦将たちに告げる。
「各所の将を務めた王騎、蒙武、張唐、蒙驁、桓騎、王翦、麃公、李信。この八将の功績は何より大きく、もしこの内の一人でも欠けていたならば此度の合従軍の侵攻は止められなかったであろう」
王としての言葉を告げ……。
「そして、なにより一際武功の厚かった者がいる。この者には国防の特別超大功を授け、他の七将にも特別大功を授ける」
「では、此度の大戦の第一功から発表する。第一功、李信将軍。前へ」
「はっ!!」
昌平君の言葉により、李信は前へと出る。
「李信将軍は合従軍の首謀者である李牧と春申君の会合を発見し、合従軍の可能性に気づいた。そして、侵攻してきた魏軍を潰走させると麃公将軍と共闘し韓軍の総大将である成恢を討ち取り、韓軍を潰走させ、続けて趙軍を潰走させ、楚軍に対し防衛戦をしていた王騎将軍と張唐将軍、蒙武将軍の援軍となり、勝利に貢献した」
昌平君は李信の功を上げ……。
「この働きはやはり、第一功として刻まれてしかるべきである。軍総司令としても礼を言う」
昌平君に対し、李信は頭を下げた。
「李信将軍には爵位三階級昇進……の地を与え、金……と宝物……を授ける。ご苦労であった」
そう、嬴政が礼を告げながら……。
「本当に良くやった、信」
「ああ」
政からの感謝の言葉に信は応じた。
その後、李信隊にて騎馬隊の全体的な指揮官である郭備は四千人将となっており、『楽華隊』の蒙恬に『玉鳳隊』の王賁は三千人将になったのである。
そして、『合従軍』との大戦を経て李信の威名はこの中華大陸に轟く事となった。
「ヌハハハハ、儂を負かした男なんだから当然じゃわい」
『山陽』での戦の敗戦による責任を取り、追放された廉頗は現在、楚に亡命しており、李信の事を聞いて愉快気に笑っていた。
一方で……。
「う、ああっ……はー、はー、おのれぇぇっ!!」
李信によって潰走させられた魏軍を率いていた総大将である呉鳳明はトラウマにより、何度も李信に殺される悪夢を見る羽目になり、秦国との戦に向けて開発した兵器を奪われたのも含めて怒りに憎悪を激しく燃やす。
更に大敗の責任を取らされ、立場の降格と僻地へと追いやられる事となっていた。
「秦国に厄介に過ぎる者が現れてしまった。もっと策を……」
趙の三大天の一人である李牧もまた、大敗の責任を取らされ、立場の降格としばらくの間、僻地に追いやられる罰を受けながら李信と今後、どう戦うかなどの策を練り始めた。
「……こ、こんな……私が……」
楚国だけでなく、中華大陸に名を轟かせていた春申君も大敗の責任を取らされ、呉鳳明に李牧と同じく、令伊(丞相にあたる立場)からの降格すると共に僻地へと追いやられる事になり、只々、敗戦のショックもあるが自らがこういった結果を迎えた事に呆然とするのであった……。