太后に嫪毐、後宮勢力らによって『毐国』が秦国内に誕生してしまった。前から密かに通じていたと思われる『楚』が国境を侵したのを機に秦を滅ぼすには都合が良いため、他の列国も使者を送り、外交をしながら『毐国』の国力を太らせにかかった。
「(このままだと、制御出来なくなるぞ太后様)」
『毐国』の動向を探っている李信は秦国から独立しつつもしっかりと献上金を咸陽に贈っていたり、他の列国と協力するなどして土地を広げないなど王位簒奪とかそういう内乱をしない『毐国』の態度にとある推測を立てた。
太后自身は隠居というか、平穏な生活を求めているのではないかという事を……。
そう考えればある程度は腑に落ちるのだ。王位簒奪などを目的とするなら、幾らでも打てる手があるのにそれをしないし、普段は只々、内政を行なっているだけである。
とはいえ、他国からの贈り物などで国力も段々と増えていっている……太后自身は平穏を求めても他の者が内乱を企むのは幾らでもあり得るのだから……。
それは別にして、『著雍』と東郡こと『山陽』では状況に動きがあった。
『韓』と『趙』がそれぞれ数万の軍勢を率いて魏軍から糧食などの支援を受けつつ、侵攻を開始したのである。
「くっ、退けぇ退けぇ」
それに対抗するため、秦の先鋒隊は『韓』と『趙』の軍勢とやり合ったが、勢いにかなわず、下がり始める。
「ははは、追うぞっ!!」
「我らもだ」
『韓』と『趙』の軍勢は第二陣へと後退していく先鋒隊を追って行き……。
「始めるぞ、俺の合図を見逃すなよ」
本陣である李信がそう言う。今回、周囲にいるのは麾下の騎馬隊ですらない。
ともかく、そうして本陣の李信は周囲の兵たちと共になんと自陣の中に割って入り、兵たちを押しのけるようにしつつ、妙な進路にて逃走を始めた。
「ふ、どうやら李信は守りは不得手なようだな。兵数はこっちが上なのもあるだろうが」
「自分から陣形を崩すとは……」
当然、本陣目指して『韓』と『趙』はそれを追っていくが彼らは気づかない。上から見ると戦場に渦が出来ている事を……。
「ち、何だこの妙な流れは……本陣に近づけん」
「だが、確かに敵本陣に向かってはいる。このまま追うぞ」
構わず、本陣を追う敵軍であったが……。
『あっ!?』
突如、盾を構えて一つの塊として待ち構えている部隊が見えた事で分断され無い訳には行かなかった。
「くそ、またか!!」
しかもそうした塊がところどころあり、敵軍はどんどん数を分断されてしまう。
上から見れば正しく、水面の流れとそれに従う木の葉であり、その木の葉は渦の流れの不動の石により、そこで違う向きへ送られているというもの。
戦場における流れを複雑細分する要の石を操るのは李信。
しかして、こんな自軍と敵軍の複雑な流れを把握しつつ、分断していくという戦術は高所から見なければ出来ない芸当でもある。
この芸当であり、『流動』はかつて李牧が劇辛を討つときに使った戦術だ。
そして、李牧はその戦術眼にて地上目線でこの戦術を使う事が出来たが……。
「はっ、やってみたが話に聞くより、簡単だったな……さあ、仕留めるかっ!!」
李信もまた戦術眼であり、勘などによって戦場を地上目線で把握できるがゆえに『流動』を扱えた。
そう、そもそも先鋒隊が撤退したのも実は流動に嵌めるための誘いだったのである。
こうして流動によって、数千の軍にて数万の敵軍の勢いをいなしつつ、分断しながら絡め取り……。
「ルアアっ!!」
反転すると分断した敵の隊のところへと紅飛による超絶的な速度で駆け回りながら、大矛による絶技の戦舞を披露しながら放った武威により、次々に肉塊へと変えていく。
無論、分断させた『塊』の兵も勢いを失わせたところで攻めに転じて敵兵を狩っていく。
こうして、『韓』に『趙』軍との初戦を圧倒的に勝利してみせたのだった……。