信に貂、壁にバジオウ達が『右龍』へと向かっていった中で肆氏とその片腕である魏興率いる弩行隊と政に昌文君、楊端和たちは戦いを繰り広げていた。
その中で肆氏は内心、後が無い事を理解している。なにせ王弟である成蟜が王座を手に入れた時、政治の全ては竭丞相が担当する事になっていた。
咸陽へと招き入れた『山の民』を観察していた時、何人かが蓑傘の下に甲冑を纏っている事による光を見たので直ぐに山の民に対応しようとしていた竭丞相を救援に向かったのだが、間に合わずに討たれてしまった。
この時点で呂丞相への対応はもう、出来そうにない。山の民を率いた作戦を用いる事が出来るのは今だ、行方が知れなかった嬴政ぐらいであると判断し、呼びかけて見れば嬴政が姿を現した。
もう、どうにもならないが退く事は出来ず、開戦。
『馬酒兵』の伝説を残す『山の民』は凄まじく、弩行隊は押され、剣を抜く羽目に……更には首すら出されていた筈の昌文君も生きていた。
『右龍』に何人か向かっていくの見えたが、こちらは肆氏お抱えの左慈がいるので大事は無いだろうが、放置は出来ない。
此処へと次々、駆け付けている精兵たちもいるのでこの戦闘では勝利できるとは思いながら戦っていると……。
「ンフフフ」
この場へと秦の大将軍にして巨漢であり、分厚い唇と三角髭が特徴的な王騎と彼が率いる部下がやってきた。
そもそも、この男が昌文君の偽の首を差し出してきたから、おかしなことになったのだ。
「王騎将軍……」
馬上であり、王騎は地上にいるため断然有利と判断した魏興は王騎へと詰め寄るも……あっさり、彼が持つ大きな矛の一撃の前に切断された。
「ンフフフ、大王……貴方はどのような王を目指しておられます?」
不遜な言葉は許さないと王騎は嬴政に問いかけ……。
「中華の唯一王だ」
嬴政は堂々と即答にて答えた。
「中々良い答です……
嬴政と問答と少しの会話をした王騎はそう言って佇んだ。
「(もう一人?)」
一体、誰が来るというのか……しかしてこの場は誰も下手に動けない。王騎とその兵士たちが威圧してきているからだ。肆氏にとっては永劫とも言える時間が経過しているような緊張状態の中……。
本殿の扉が開く音が聞こえ……。
「――――――!!」
誰とも知らぬ少年が顔面も衣服も何もかもが痛めつけられた事でぼろぼろな様子の成蟜を引きずって連れて来ているのを見て、悲鳴を上げそうになったのを抑えた。
しかし、悟った。
「(……終わった)」
自分たちは敗北したのだという事を……。
「さあ、言ってください。成蟜様」
「ひぎぶっ、お、お前達……降伏しろ……武器を、武器を……捨てるのだああっ!!」
少年に放り捨てられた成蟜は恐怖で声を震わせながら、必死に降伏をするように叫んでその後も震え続ける。
もう、どうにもならないので肆氏もその兵士たちも剣を捨てたのであった。
「ココココ……どうやら、成蟜様たちは怒らせてはならない者を怒らせてしまったようですねぇ、私は王騎と言います。童よ、名は?」
「……信です」
「貴方の勇猛振りは粗削りではありましたが、楽しめましたよ……それでどうして、童、信は大王たちに協力を?」
「この内紛で私は唯一無二の親友であり、義兄弟であった男を失いました。その死を無駄にしないために……いや、結局は復讐です」
「ンフフフ、ええ、そういうところだとは思いました。なら、これで気は晴れたという訳ですねぇ?」
「いえ、そう思っていましたが……全然です、大切な存在を失って感じているこの喪失感は全く無くならない。王騎将軍、貴方ならこの喪失感を無くす方法を知っているでしょうか?」
「無理です、大切な存在をその喪失感は全く無くなりませんよ、いえ、無くしてはならない物です」
「……」
「童、信……貴方はその無くした大切な方に何かを託されましたか?」
「はい、私は漂と二人で天下の大将軍になる事を誓い合っていました。そして、それを託されました」
「ンフフフ。それは面白い、本当に面白いですよぉ……ならば、なろうというのですね。天下の大将軍に?」
「はい!!」
「良い目です。では剣を抜きなさい、童、信」
「っ!!」
信は王騎から放たれた殺意を込めた言葉に反応して剣を抜き……。
「ふっ!!」
「ぐうっ!?」
王騎が振り上げ、振り下ろした矛の軌道上に剣を滑り込ませつつ、それでも受け流せない攻撃を身体の芯をずらすようにしてなんとか吹っ飛ばされ、地面を転がされる程度に留めた。
「ンフフフ、私の一撃を凌いでみせましたか……この一撃は私からの貴方への褒美です……後は分かりますね?」
「はい、ありがとうございます」
「貴方が此処から更に飛躍するかどうか、楽しみにしていますよ」
満足気に言うと王騎は大きく開いた目と二つに分かれた特徴的な髭を生やしている男で副官の騰や兵士たちと共に去って行った。
「皆、ご苦労だった。この戦、私達の勝利だ」
『うおおおおおっ!!』
こうして、政は勝利宣言し信達は喜びの咆哮を上げる。
その後、成蟜に肆氏たちの拘束を壁たちに任せながら、政は信に貂と共に本殿へと入り……。
「ふー」
本殿での激しい戦闘の様子を見つつ、政は疲れた息を吐きながら、玉座へと座った。
「お疲れ様です、王」
「本当に大変だったからな」
信と貂は政に声をかける。
「お前たちも良くやってくれた」
政はそう、二人へ声をかけた。
「王よ、私は少し一人にならせていただきますね」
「ああ」
「え、信……「貂、あいつはようやく悼む事が出来るんだ」ぁ……」
信は一声かけると今までと打って変わって元気すらない様子でどこかへと移動し、貂が心配で声をかけたがそれに信の代わりだというように政が声をかけた事で理解した。
そうして、信は王宮内の門壁の上へ……そこからは咸陽の外を見渡す事が出来……。
「漂……終わったぞ、お前が守ろうとした秦王嬴政を救い、内紛を起こした成蟜に罪を理解させてやって、内紛も終わらせた。ああ、ようやく終わった」
信は漂へと語り掛ける。
「二人で言ったよな、王宮から世界を見渡せるようにもなりたいって……お前も見たか? 広いよな」
感陽の外を見渡しながら天下の大将軍になる中で色々な事を語り合っていたそれを思い起こす。
「漂……お前に託された事の一つはやり遂げた。だから、許してくれよ……正直、限界なんだ……」
信の語り掛けには震えが混じり……。
「漂……漂……お前は俺より、要領が良かった。だから、俺より先に死ぬなんて無いと思っていたのに……っ、く、うくぅ……」
信の瞳から涙が一筋流れ、そうして彼は膝を地につけ……声にならない声を出す。
「づ、う、ぐぅぅ……」
今まで漂の死を無駄にしないため、そして託された事をやり遂げるために悲しみを覆い隠し、怒りと憎悪と殺意を原動力としていたが、今はその必要は無い。
覆い隠していた悲しみを解放する。今まで後回しにしていた漂を失った事への悼みをようやく行ったのだ。
「―――――――!!」
信はまるで赤子にでもなったかのように地に伏せながら、みっともなく、慟哭し、嗚咽し続けるのであった……。