始皇十一年――大将軍である李信を総大将とし、王翦を副将に秦国は四十万の大軍勢を興して趙へと出陣した。
この大軍勢は趙国に対して西部攻略が目的だという偽りを趙の密偵などに見せなければならない。
『
こうして、秦軍は大軍勢で行軍しながら『
「雨だな……全軍小休止だ」
雲から唸り声のような音が響いてくるのを聞いた李信はかなりの雨が降ると確信し、小休止を全軍に命じた。
雨の行軍はかなりの体力を使うからである。
実際、軽い幕営を築いた頃には大雨が降った。
「(天候を読む手腕もあるか……見事)」
この戦にて王翦は大将軍としての李信の実力を見極めようとしており、自分も出来るが、雨が降るのを読み、小休止を指示した事に対して賞賛の言葉を送った。
自分も同じような状況なら小休止を指示するからだ。
「(ふっ、流石だな。将軍として人を動かす力もつけている)」
山の王であり、李信の妻である楊端和も総大将として動く李信の的確な指示に満足していた。
「(くく、つまりは走る時は走らすって事だろ? お前の総大将としての実力、楽しませてもらうぜ)」
桓騎は桓騎で李信がどう自分たちを動かしていくのかを楽しもうとしていた。
雨が止むと再び、進軍を開始した秦軍……そして、李信の元へ趙についての情報や動向を探らせている諜報員がやってきた。
「(期待通り、動いてくれたか)」
趙が西部の防衛に意識を割いていたのでどうしても手薄になっている東部を燕は攻めるだろうと予測していた李信はオルドに向け、東部において厄介だが、攻められなければ自分からは攻めない『青歌』にいる司馬尚の事についての情報を軽く渡し、贈り物も渡した。
オルドによる侵攻があれば、更に趙は力も意識も割かなければならなくなるし、良い攪乱になるからである。
その李信の考え通りにオルドは動き、趙東部へ侵攻を開始した情報が諜報員から伝えられたのだ。
因みに司馬尚の事を知ったのも飛信隊自慢の諜報部隊の力によるものだ。
ともかく、この情報を知ると行軍を速めて二日後の夜には『金安城』に到着したが、李信は無論、夜営はさせず、待機とさせながら全軍の将に隊長を自分の天幕に集める。
「これより、部隊を二つに分ける。曹波広を総大将に北東部軍は十三万五千を率いて『黒羊丘』へと向かい、西部の防衛線を崩し続けろ」
『はっ!!』
予め知っている曹波広達は李信の言葉に大きく気合を入れた声を上げた。
「残りの軍は俺含め、これより進路を変え『鄴』へと向かい、攻め取るぞっ!!」
残りの軍、つまりは二十六万五千の軍となる。
「なっ、ちょっと待……ちょっと待ってください李信将軍。我々は西部攻略が目的だったのでは」
壁は動揺しながら、李信に問い質す。
「総司令からの絶対命令だ……ちゃんと鄴を攻め取るための準備もある」
金安城にはしっかり、二十六万五千の大軍のための兵糧は用意されていた。
「これより、直ぐに発つ。各将、責任を持って己の軍に隊を動かせ。もたつく小隊が一つでもあればその上に立つ者、つまりここにいる誰かの責任となる。その者については容赦なく首を刎ねるぞ。良いな?」
『……』
李信は大将軍としての威風を放ちながら言い、全員に今言った事は本当であると分からせる。
そうして、秦軍は二軍に分かれて李信達二十六万五千の軍は金安から鄴を目指しての進路変更をして迅速な行軍を始めた。
「我らも発つぞっ!!」
十三万五千の軍も黒羊丘を目指して迅速な行軍を始めたのであった……。
「(さあ、俺達の動きに対応できるか李牧?)」
李信達、本軍がまず目指すのは秦の国門である函谷関のように趙にとっての国門である『
その列尾に向かって、他の将もであるが、李信は歩兵を分離して騎馬隊を先行させる事により、進軍速度を速める。
そんな中、李牧へと李信は心の中で挑戦を叩き付けた。
そうして……。
「(こ、こんな……こんな手を打てるというのですか、李信は……軍略においても怪物だと……)」
李牧は金安から急に進軍速度を速めた秦軍に驚いたが、鄴方面への進軍路にて秦軍の大軍が発見されたという情報を聞き、秦軍が趙西部攻略を囮とし、鄴を攻めようとしていると確信した。
それと並行してオルドが東部の防衛線を崩している事を含めて全て李信の軍略によるものだと悟り、思わず、恐れを抱いたのであった……。