■■島豪雨・地震から89日後⑥
天見さんへの手がかりが見つかり、腹の底と頭に上った熱の温度差で肺に霞のような空気がたまる。どうも俺は今、複雑な心境に陥っているらしい。
天見さんが潔白であってほしいし、そう信じている。ただし、そうなると彼女はただ巻き込まれたことになる。危険な目にあっているかもしれない。
そうなれば早く助け出したい。何日も連絡がつかないなんて異常事態だ。監禁状態の疑いもある。怪我はしていないか。食事はまともに取れているのか。昭和-平成の間に起きた残忍な事件がどうしても脳裏をよぎる。許されざる人とも呼べぬ化け物と対峙していないだろうか。
天見さんを信じれば信じるほど、血が上る。嫌な想像が刑事的な思考を濁していく。
同時、腹の底には冷えた考えも生まれている。
果たして、どうして天見さんは事件に巻き込まれたのか。そして、なぜその事件に小淵夕空が登場するのか。
あるいは逆なのかもしれない。小淵夕空の巻き込まれた事件に、どうして天見橘花が関わっているのか、と。
仮に拉致・監禁事件だとしよう。夕空の攫われる場面に偶然居合わせた天見さんが助け出そうとして、しかし失敗して二人とも拉致されてしまった。
しかし、これではあまりにも矛盾が多い。
天見さんの警察手帳が小淵夕空の自室から見つかっていることが決定的だ。モノがそこにあるということは、天見さんと接触した夕空が自室に戻ってきているのはほぼ間違いない。件の警察手帳も無造作に放置されてはおらず、椅子の上に置かれた鞄の中に入っていたらしい。
その鞄には俺も見覚えがあった。天見さんが普段から使っていたものだ。横に並んだスマートフォンも同様だ。
つまり、この時点で夕空はほぼクロだ。接触後、彼女は一度自室へ戻っている。その後、家を出てそれきり帰宅していないのだろう。
3月11日の夕空の行動を洗う必要がある。その日は土曜日だから学校には行っていないか……。行き先の幅はぐっと広がってしまう。
どんな理由で天見さんは夕空と接触したのか。偶然か約束か。彼女のスマートフォンが見つかっている以上、ロックさえ外せればすぐにわかるだろう。
物的証拠はなく、あくまで仮説の域を出ないままだがハッキリしたことが1つある。
天見さんは夕空に油断していた。
接触時、夕空に油断していたところを何かに巻き込まれ、現在監禁状態にあると考えるのが妥当なのかもしれない。
まさか夕空一人の犯行だとも考えにくい。2人以上のグループで動いているはずだ。身代金などが要求されていない以上、目的は暴行・暴漢か。交渉を目的としていない以上、ますます天見さんの身が危ない。早く助けたい。タクシーがブレーキを踏むたびに苛立ちが積もる。
しかし、自分でも少し驚いているのが全く夕空に心配の感情が浮かんでこないことだ。カツアゲグループにもよくある呼び出し役──人攫いにも同じ役割が振られているとしても、彼女がその任を任せられているとも考えにくい。
どうも、俺は夕空に対して好意的な印象を持てないでいる。むしろ、嫌悪的な印象だ。どうしてここまで嫌いになれるのか。彼女について話をするときの天見さんの印象が強いせいだろう。
夕空について話をするときの天見さんはそれまで見たことがない顔をしていた。真面目だけじゃない。心配しているだけじゃない。楽しいわけでもなく、どこか上の空のような、夕景に違う景色を重ねて眺めているような表情。
天見さんのそんな顔を見るたび、俺と話をするときはずっと仕事でしかなかったのだと突きつけられているような気分になっていた──のだと、今やっと自覚した。
全く恥ずかしい話だ。俺は18歳の少女に嫉妬している。
近くにいた時間は俺の方が断然長いはずなのに、夕空は俺を軽々と飛び越えていた。
同性だからとは考えにくい。明らかに同性を想う顔ではなかった。
頭は天見さんが心配で仕方がない。腹の底では、もしかすると彼女を──と夕空も──見つけ出したとしても連れ戻すのは難しいのではないかと考えてしまっている。行方不明者を発見しても事件性が無い限り、俺たち警察は強制的に捜索願の提出者に会わせることはできないのだ。