祠を壊した理由   作:白夏緑自

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■■島豪雨・地震から89日後⑧

■■島豪雨・地震から89日後⑧

 

 駅まで歩きながら考える。

 

 小淵家に訪れ、衣服と荷物を残して、姿を消した天見さん。

 それに、あの靴……。もしかして、あれも天満さんのものじゃないのか? だとすれば、天見さんは靴も履かずに小淵家を出たことにならないか?

 

 靴を履くないし履かせる理由がなかった? 例えば、眠らせてから運び出し車に乗せるとすれば、わざわざ靴を履かせる必要もない。しかし、それを家族に知られぬまま実行するのは至難が過ぎる。現に、天見さんが家に訪れたことは母親をはじめ、口ぶりからして次女まで知っている。あの調子じゃ父親も。家族全員に天見さんの姿を見られた状態で誘拐なんてするだろうか。

 

 まさか、家族全員がグル? だとしたら、天見さんが小淵家に訪れたことは黙っているはず……いや、彼女の財布や警察手帳が出てきた時点で言い逃れは無理だと判断したか。

 

「俺は馬鹿か」

 だいたい、警察に通報したのは母親じゃないか。やましい人間がわざわざ警察に駆け込むわけがない。この事件の登場人物は小淵家の中だと夕空だけ。夕空だけが、天見さんの行方の手がかりだ。

 

 いったい、何の目的でどこへ消えた? わざわざ服を脱がせてまで、靴まで置いていき、痕跡ばかり残して……。

 まさに身一つで小淵家を出たとでも言うのだろうか。

 

 春は近いはずだが、辺りはもう真っ暗で風もまだまだ冷たい。ジャンパーの襟に顎下を隠す。気休めの暖気を得る。

「天見さんの靴。脱ぎっぱなしの衣服は下着まで重なったまま。鞄の中には財布や警察手帳。スマホもそのまま」

 

昔は襟の下で小さく気に入っている歌でも歌っていたが、仕事を始めてからはその日に得た情報を呟く癖が身についてしまった。

 新しい情報から古い情報へ、一日を逆行していく。

 

「大学で保管していた小淵夕空と関係があると思われる遺骨が紛失。恐らく、遺品は残っている。消えたのは遺骨だけ……」

 

 襟の下で呼気が生暖かい違和感に変化する。なんだか今、ものすごく引っかかった。理由を考えながら街灯の灯りを3つほどくぐったとき、ポケットのスマートフォンが鳴った。

 

「なんだ先輩ですか」

『なんだとはなんだ。そっち、どうだった?』

「ほぼ間違いなく天見さんは小淵家に出向いています。あとは不思議なことが1つか2つ」

『不思議なこと?』

「真坂先輩には署に帰ったら話しますよ」

『今日は娘の誕生日だ』

 つまり、職場≪警察署≫にはもういないってことだ。電話の後ろで駅員がアナウンスしている。

 

「じゃあ、纏めて話しますけど。天見さんの衣服が全部脱いであって、しかも上半身は上半身。下半身は下半身で重なっていました」

『は? なに、ヤッてたの? 避妊具とか見つかった?』

 やっぱりそんな考えにもなるよな。

 しかし、

「女性同士で必要ないでしょ」

『指とかオモチャに着けます~。配慮が足りねえな。覚えておけ、ちゃんとゴムは着けろよ』

「いま、その話必要ですかね?」

 いきなり下ネタぶち込んでくる男が配慮とか抜かすな。こいつ、この口で今から娘に誕生日を祝うのか。家庭ではどんな顔しているんだ。

 

「電話は進捗確認のためですか?」

 面倒見の良いことで。

『それもあるけど、例の骨の件で一個伝えておこうと思ってな?』

「進展ありましたか?」

『いんや、なにも。ただ、無くなっていたのはやっぱり骨だけだと』

「遺品は残っていた……。それじゃあ、盗んだ奴は骨だけ欲しかった?」

『現場の状況から察するに、本当の意味で骨だけ欲しかったんだろうな』

 

「本当の意味? 不要な遺品は持って帰らなかっただけでしょ」

 骨だけの骨格標本を作る人間と、骸骨に生前の衣服まで着せる人間はどちらが変態なのかわからないが、少なくとも後者には労力がかかる。

『わざわざ脱がせてか?』

「は?」

『教授たちはどうも盗まれる直前までご遺体に遺品を着せていたらしい。発見時の状態を再現するためだとか言っていたが──』

「ちょ、ちょっと待ってください。遺骨は服、着てたんですか?」

『あ? ああ。犯人はわざわざ服を脱がせてから、ご丁寧に元の形に広げっていったようだ』

 ジャンパーに隠れているはずの背中に冷たい空気がゾッと舐める。首から脳天に向かって、痺れが走る。

 

 俺はその現場を見ていないが、なんとなく画は浮かぶ。

「まるで、≪≪身体だけどこかへ瞬間移動したみたいに≫≫、ですか?」

『んン、ああ、そうかもな。装飾品も身体の位置に合わせて残っていたから、そんな言い方もできるかもな』

 そこから先の真坂先輩との電話はロクに覚えていない。たぶん、娘さんにもよろしくお願いします、とか適当なことを言って電話を切った。

 

元から遺骨の紛失/窃盗と夕空(天見さん)失踪は曖昧ながらも繋がっていた。夕空は遺骨の正体を知っているようであったし、関係の深い間柄だったと匂わせていたからだ。

 夕空が行方を晦ました時点で彼女はかなり怪しかった。大学という場所と盗み出した物──5体分の遺骨──の重量を鑑みて、夕空に協力者がいるないし、同時に彼女自身も被害者の可能性もあった。

 

 特異な人間と物が消えている。犯人の目的と動機も特異なはず。着用していた衣服をまるで身体だけを消したような形で残すやり方には何かしらの意図かメッセージがある。

 

そこに関わった天見さんも遺骨と同じように身に着けていたはずの衣服をそのままに靴まで置いて、姿を消している。

 

 だから、天見さんを攫った動機は遺骨と同じだと考えられる。例えば、口封じのために連れ去るなら、わざわざ面倒な消し方をしないだろうし、同一犯だと感づかれないようにあえて違った痕跡を残すのではないか。

 

 駅にたどり着いた。さすがに駅前ともなると街灯だけでなく、店の入り口の灯によって不安のないほどに明るい。

 

 改札構内ではいくつかのポップアップショップが20~50代ぐらいの人たちで賑わっていた。退勤後の利用客で混みあう時間帯なのだろう。

 その中の1つに洋菓子のショップも並んでいるが、他と比べて並び客は少ない。見てみれば、ショーケースや棚にも在庫は残りわずかだ。もう売りつくしてしまったのか。看板には本日最終日とも書かれている。別の看板には「バレンタインのお返しに」とも。

 

「ああ、ホワイトデーか」

 すっかり忘れていた。貰ったから必ず返さなくてはバツが悪いというような相手は思い至らないが、しかしどうせなら渡したかった人はいる。

 

 こういうのは口実が大事なのだ。

 

 俺が天見さんから貰ったチョコレートは天見さんと大差無いものだったが、彼女から与えられるものはなんだって嬉しい。

 それに、お返しなどと言う口実でまた話すこともできる。

 

 2週間ぐらいまではちゃんと覚えていたつもりが、ここ数日の天見さんの欠勤と雑務で失念していた。

 

 ここで用意しておかないと一生彼女に会えない気がしたので、我ながら女々しく願掛けも込めて何か買うことにした。

 

「いらっしゃいませ」

 アルバイトの子だろうか。大学生ぐらいの女の子が元気よく挨拶してくれる。

 

 さて、何を選んだらよいのだろうか。こういったものは今まで適当にやってきたが、いざ真剣になると悩む。ここでスマートフォンを取り出すのも若い店員の手前、少々情けない。

 在庫は少ないが、種類は豊富なこともあって俺が選びあぐねていると店員が声をかけてきた。

 

「ホワイトデーのお返し用ですか?」

「ああ、そんなところ」

「どなたにですか? 彼女さん? それともご家族?」

「残念。職場の同僚だよ。何がいいかな? 無難にクッキーでいいだろうか?」

 いつ渡せるかもわからない。日持ちするお菓子を選んでしまうのは弱気だろうか。

 

「クッキーは……やめた方がいいと思います」

「どうして?」

 思いがけぬ強気な営業トークに面食らってしまう。

「クッキーの菓子言葉をご存知ですか?」

「花言葉みたいなもの? いや、生憎と知らないな」

 

「クッキーの菓子言葉は【友達でいよう】です」

「ふむ……」

「ご予算や賞味期限などは気にされますか?」

「予算は別に。一人分だしね。ただ、賞味期限は長めがいいな」

「それでしたら──」

 と、店員は棚からいくつかの箱を手元に並べる。

 円筒状の箱と小さい正方形の箱だ。

 

 円筒状の箱は透明なおかげで中身はすぐにわかった。

「キャンディです。この季節ですから、室内に置いておいても問題ないですよ」

「それにも菓子言葉があるのかい?」

「はい、キャンディの菓子言葉は【あなたが好き】」

「はあ、それは……」

 若い女性から面と向かって言われたせいか、身がたじろいでしまう。

 

 なんとか頭をかいて自分自身を誤魔化す。

「少々直接的すぎるな。……こっちの箱は?」

「キャラメルです。【安心する存在】が菓子言葉ですから、キャンディよりはライトに思いを伝えられると思いますよ」

「詳しいね。勉強しているの?」

「いえいえ。ただの趣味ですよ」

 このバイトも日雇いですしと続けて、

 

「ただ、大学の教授が言ってました。あ、文学専攻なんですけど持論をよく言う教授がいて。

──愛するということは相手を知ることでも考えることでもなく、溶けて混ざり合って一体感を得ることだって。そうだとしたら、キャンディもキャラメルも口の中で溶けて一緒になれるお菓子で大好きを伝えるのにピッタリだと思いませんか?」

 

 俺が年を取ってしまったからだろうか。この若い店員が好きとか愛とかをまっすぐと口にしてくるせいでまんまと聞き入ってしまった。

 キャンディでは直接的すぎるなとキャラメルを購入したら、キャンディの3倍の値段がした。3日分の夕食相当だ。

 

 面白い話と勉強代だと自分に言い聞かせながら紙袋を受け取る。接客してくれた店員もいい笑顔だ。彼女のノルマに少しでも貢献できたのなら良しとしよう。

 

 しかし、菓子言葉か。たかだかくちどけから持たせた意味はこじ付けのようにも感じられるが、俺も乗せられた一人だ。大きな声で文句も言えまい。

 

 溶けてなくなる。一緒になる。舌の上には甘みが残る。

 

 愛することについて、最後のほうに天見さんも口にしていたか。

 姿を見せなくなる直前、夕空の拘留を解いたあとだったか。彼女にしては珍しい話題だったから覚えている。

 

「愛することは一体になること」

 天見さんは誰かと一体になることを望んでいたのだろうか。きっと、夕空と。あの部屋で。姿かたちを人肌に転がしながらじっくりと溶かしながら。

 その相手が自分ではなかったことにキャラメルは虚しく重くなるが、彼女が幸せにこの世から姿を消したのだと思えれば、俺は不思議な満足も得てもいる。

 

 俺が与えられなかった幸いを俺以外の誰かから与えられているならば。他人の幸せを祝えるこの感情は果たしていったい何と呼ぶのだろうか。

 

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