■■島豪雨・地震から21日後
東■■警察署内 第2取調室
私が高校生かどうかは、そこまで重要ではありません。誰にだって子どもだった時期と、大人だった時期があるはずで、私は人よりもその時期を多く繰り返しているだけですから。
先日、あの島の文化についてお話しましたね。私の恋人たちは文化に殺された犠牲者です。私は文化が憎い。それを守ってきた住民たちも憎い。
だけど、私から恋人を奪い続ける文化が生まれたのは、他ならぬ私に理由がある。
最初の私はあの島の出身でした。
あの頃。今となっては大昔ですが、当時も今もそう変わりません。あそこは狂っていました。ただ、本土にも似たような文化を持っていたところは少なくなかったでしょうね。
10年に1度、生贄を捧げる文化も当時はそう珍しいものではなかったはずです。そこに住む私自身も疑っていませんでした。
今は──どうでしょうね。実のところ、完全に否定することはできません。時代に則していないとは考えますが、私たちが孤独に悩まず連帯を感じるためには必要な儀式だった。私も幼いころに見た儀式の日──美装を凝らした若い娘を囲み、滅多に食べられないご馳走が並び、楽しげな音楽が鳴り響く1日は住民たちにとって数少ない娯楽の1つだった。
私が祭を体験したのは2度。
1度目は7つのとき。島で感じる初めての熱気に、子どもの私はいたく興奮しました。間近で見た女成様──生贄をこう呼んでいました──の美しさにも、憧れを抱きました。幼かった私の目には女成様に選ばれることがどういう意味なのか、はっきりと理解できていなかった。いえ、大人たちとそう認識は変わらないでしょうね。女成様は嫁がれて、どこか遠くへ行かれる。あの島の中では事実、そのようなことになっていたのですから。
橘花さんはこの話を馬鹿らしいと考えるでしょうね。生贄だなんて、尤もらしい言い訳を取り繕った集団殺人とそう変わらない、と。女成様も地中に埋められて、暗い闇の中、飢えと孤独で締め付けられながら死んでいったのだろう、と。
部分的には正しい。実際、彼女たちの身体は程度の差こそあれ、形を保っていた。遺体があるということは、あの場で殺された何よりの証拠です。ですが、人は死ねばどこへ行くのでしょう。天国でしょうか。地獄でしょうか。死後の世界の有無について人類が結論を出せるのは皆で全員あの世へ行ったときでしょうね。やっぱり死後の世界はあったのだと、あの世で顔を合わせるのではないでしょうか。
──ええ、私は肯定派ですよ。
私は死後の世界を万人に証明する術を思いつきませんが、一人個人が信じられる方法を知っています。
百聞は一見に如かず。実際に赴けば良いのです。
私は一度、死後の世界の地を踏んだ。
そこは天国でも地獄でもありません。文化が守る、神のいる地です。
■■島豪雨・地震から21日後
東■■警察署内 刑事課執務室
捜査2課 天見 橘花の発言
本当だよ。夕空の拘留を解くって。──。不服かって? そんなことは……ないけど……。ただ、どうせあと1日待てば上限日数じゃない。それなのにいきなり出ていけなんて。彼女だって整理が追いつかないはずだし。
だって、かつての恋人たちの遺体が一気に5人も見つかったんだよ。こんなの普通だったら耐えられない。夕空にはもう少し受け止める時間が必要。だから、もう少し、ここに……。
──、絆されてなんかない。ただ、夕空のことを思えばのことで。
……夕空はずっと独りだった。秘密を抱えたまま、家族や友人に話すこともできず、親密になった人はその度に奪われて。
だけど、祠もあの島の住人ももう全部なくなった。最終的な死者数出たんだっけ?
行方不明者、傷病者ゼロ。死者数781人の局所的大災害。私は驚かないよ。死体を隠す必要のない殺人が起こった。そう言うことでしょう。
たしかに、亡くなった人たちは気の毒だと思うけど、自分たちの信仰を守るために周囲との関係を限界まで絶っていた自業自得とも私は考える。
もう少し視野の広い人間がいて、しっかりと社会に迎合して連携を深めていれば救助隊の到着が間に合い、救えた命もあるかもしれないのに。これは、住民達の、夕空を長い時間苦しめてきた愚行への報いだよ。
──ああ、そうか。なんとなくわかったよ。なんで上が夕空を急に解放すると決めたのか。結局のところ、みんな、彼女の味方だった。住民が、文化を守る人間が誰もいなくなった今、彼女を脅かす者は誰もいない。
──? 不自然ではあるけど、不思議ではないね。危険の迫る一般市民を保護するのは警察として当然のことだよ。
たしか、彼女がハコに自首してきたあとここへ連行されたじゃないですか? そのとき、署長がちょっと対応したんだよ。なんでかは忘れましたけど。たぶん、それがきっかけだと思うんだよね。たしかに、夕空にはなんとなく守ってあげたくなる魅力があるし。