祠を壊した理由   作:白夏緑自

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■■島豪雨・地震から22日後

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東■■警察署 正門前

 

 橘花さん、短い間でしたがたいへんお世話になりました。久しぶりの外の、シャバの空気というのでしたっけ? は気持ちがいいですね。すっかり雨も上がって、青空も眩しい。私が引き起こしたとはいえ、やはり晴れているのは気持ちがいい。

 これからですか? もちろん、家に帰りますよ。心配をかけていたことでしょうし、まずは家族に会って謝らなければ。そのあとは元の生活に戻ります。今まで通り、学校に通って働いて、また愛する人を見つけて。

 今は私のような人間でも多少は大っぴらに生きることが出来ますから。それに、もう奪われる心配もない。

 ──わかっていながら、私は愛することを止められなかった。身勝手と、橘花さんは軽蔑されるかもしれませんが、紛れようもない事実です。

 どれだけ自制しようが、何度失おうが、私は新しく生を受ける度、また新しい人を愛してしまう。

 だって、仕方がないじゃありませんか。与えられた愛には応えてしまいたくなる。橘花さんにもそのような経験はありませんか? 私は、普通の人より絆されやすいのかもしれません。冷たい氷も握られると溶けてなくなりますでしょう? 溶けやすいのですよ、私は。試してみます?

 ──冗談。

 でも、手は本当に冷たいのです。これからどんどん寒くなりますから、手袋を新調しましょうかね。橘花さんもご自愛ください。

 ……さて、こんなところで長話するわけにもいきませんね。橘花さんもお忙しいのにお見送りいただき、ありがとうございます。顔を合わせてお話する時間がどれだけ心の支えになったことか。

 最後に、2つお伝えしときます。

 見つかった遺体は全部で6人分。そのうちの5人は私の恋人だとお伝えしましたが、残り1つについてはお教えしておりませんでした。

 残り1つ。一番古い死体は私です。初めて生を受け、17のときに女成様へ選ばれた私がアレです。

 そして、どうして数多くの生贄から6人分しか遺体が残っていないのか。

 それは、神を愛さなかったから。

 神への愛とは、思考によって神を知ることでも、神への愛について考えることでもなく、神との一体感を経験する行為である。

 とある本からの引用ですが、この言は正しい。きっと、書いた本人が想像している以上に正しい。まさにあの島で女成様となり、文化に従い神を愛せた女性は一体となる。

 正直、自分自身でも半信半疑でしたが、5人と私の姿を見たことで確信を得ました。

 私たちは神を愛せなかったことで、骨は現世に残り続けていた。

 少し、嬉しい気持ちもあります。

 私が神を愛せなかったのはどうしようもなく男性に興味がそそられないからです。

 また、彼女たちの身体が残っているということは私と同じか、少なくとも神よりも私との愛を固持してくれた。その証左でしょう?

 さて、肉体は残っていましたが、精神はどうなのでしょうね。私個人に限定すれば、死んでも死んでも新しい生を受け続けた。神は自らを選ばなかった私へ対する報復のつもりでしょうが、少なくとも私は生まれ変わるたびに青い春を謳歌してきた。受け手の感受性に頼った報復はするべきではありませんね。

 神が私に生を繰り返し与え続け文化が私から最愛の人を奪っていくならば、私はその度に悲嘆と絶望を乗り越えて享受してきた。ただし、お互い意地を張り合っていただけなのかもしれませんが。

 まあ、200年近くも続けてきた復讐と報復の繰り返しももう終わりのはずです。

 なんて言ったって、私が祠を壊しましたから。もう、文化を守る人たちはいないのでしょう? 信仰する人間のいない神はいずれ消えますから。

 思わず、長くなってしまいました。

 これで本当に最後です。

 橘花さん、短い間でしたが本当にありがとうございました。

 また会えたら、ぜひ仲良くしてくださいね。

 

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