実はこいつが主人公かもしれません。
名前はないですが。
■■島豪雨・地震から89日後①
東■■警察署内 捜査2課
「天見の野郎、ついに来なくなりやがったな」
「野郎って……。天見さんは女性ですよ」
「そんなこと言ってんじゃねえよ」
苛立たし気に椅子から立ち上がり、真坂先輩が刑事課を出ていこうとする。
きっと煙草だろう。昔はバカスカ吸えていたらしいが、昨今の嫌煙文化には伝統を重んじる警察組織も屈してしまった。強面の真坂先輩が大人しく喫煙室に向かう姿を見ていると、俺も無性にヤニが欲しくなってしまう。
ジャケットに四角い感触を確かめて、先輩のあとを追いかける。
「ずる休みするような人じゃないですよね?」
「ノリは軽かったがな。腐っても公務員。真面目に仕事はしていたよ」
だったら、警察署を抜け出し、パチンコ屋の喫煙室に入った俺たちはどうなるのだろう。腐敗を通り越して、もはや土だ。みかんの樹を植えると、成ったそばから実は腐っているはずだ。
真坂先輩の言う通り、天見さんはノリの軽い人だった。しかし、刑事だ。刑事になるためには自ら志願し、上長からの推薦を取り付けて専科講習を受ける必要がある。しかも、激務。それなりの覚悟がないと務まらない、と俺は思っている。
こうやって隙を見ては外でサボる俺たちと違って、天見さんは仕事に対して真摯に向き合っている人だった。
そんな彼女が少しずつ休みだしたのは二週間から一ヶ月前の間からだったか。
最初は体調不良かと思っていたし、彼女もそう言っていた。
天見さんには珍しかったが、誰にだって体調が優れないときはある。最初は誰も、特別気にも留めていなかった。
しかし、出勤しては散漫な日が続き、また休みを繰り返し始めて、今日で体調不良を理由に休み始めて連続3日目となる。その間、一度も連絡がついていない。
「心配ですね。なにもなければいいですけど」
「なに、お前。天見にホの字?」
「ホ、って……」
顔に出ていただろうか?
それにしたって古いスラングだ。この人はつまらないギャグを言ったりしないが、時々こうやってこちらが理解するまでに時間のかかる言葉を使う。
「そんなに気になんなら、行ってみたらどうだ」
「行くってどこに?」
「アイツの──天見の家」
そんなわけで、俺は今、一人で天見さんの家に向かっている。住所はなぜか真坂先輩が知っていた。たぶん、調べていたのだろう。
東■■署から10駅ほど離れているが、電車一本だ。異動が多いというのに寮には入っていないのは、確か引越しが好きだからだと言っていたことを思い出す。