マスターは語らない   作:文織

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最近『おいしいコーヒーのいれかた』や『タレーラン』などの小説を読んでカフェに行くことに憧れている作者が送る作品です。
実はコーヒーとかそこまで詳しくないから期待しないでね!


博麗霊夢はわからない

 幻想郷の片隅に人が経営する小さなカフェーがあった。

 昼間は軽食やスイーツと飲料を、夜にはアルコールを出す人里ではちょっと有名な小洒落た名店。

 しかし、その店が有名なのはそれだけではなかった。

 

 カランカラン

 

 カウベルがそんな音を立てて扉が開かれる。

 

「いらっしゃい」

 

「こんにちは、マスター」

 

 入店したのは現役博麗の巫女、霊夢だった。

 カウンターの端っこの席に腰を下ろし、いつものように緑茶を注文した。

 

「なあ霊夢、うちはカフェーなんだが」

 

「知ってるわよ?」

 

「だったら緑茶じゃなくて珈琲や紅茶を注文しろ」

 

「緑茶こそ日本人の心よ」

 

 せめてなにか軽食でも注文してくれればいいのにと思いながら、緑茶─彼女は当然のように玉露を注文した─の準備を始める。

 まずは湯飲みに沸く前のお湯をいれてから急須へとお湯を移し、両方を温める。

 続いて急須のお湯を別の湯飲みに移して湯冷ましをするのだ。

 この時お湯の温度の目安はだいたい50℃~60℃がちょうどいいと言われている。

 その間に急須に茶葉を入れ、冷ましたお湯を注ぎ、二分半ほど待ったらゆっくり注いで出来上がりだ。

 

「はい、玉露お待たせしました」

 

「相変わらず手際がいいわね……もちろん味も」

 

「そりゃどうも」

 

 霊夢が一口お茶をすすり、はふーと息を抜いていたときだった。

 

 カランカラン

 

 再びカウベルが鳴り扉が開かれる。

 

「いらっしゃい」

 

「あや、霊夢さんもいらしてたのですか」

 

「あら、文じゃない」

 

 今訪れたのは幻想郷最速とうたわれる翼を持つ新聞記者、鴉天狗の射命丸文だ。

 彼女は席につくと共にブレンド珈琲とショートケーキを注文した。

 

「おや、霊夢さんは相変わらず緑茶だけですか?」

 

「別にいいじゃない、自分で淹れるより断然おいしいんですもの」

 

「そうじゃなくて、なんか注文したらどうですかって言ってるんですよ」

 

 ここのスイーツは絶品ですよ?と射命丸は続けた。

 ここで売っているスイーツは全てマスター─どういうわけだか本名は誰も知らない─が毎朝作っているものだった。

 ショートケーキのクリームは甘過ぎず、スポンジは逆に少し甘めに作って、酸味の強い苺のクリームを間に挟んであるというマスター自慢の一品だ。

 もちろん素材の量が限られる幻想郷ではただのショートケーキも数量限定販売だ。

 ちなみに香林堂で買った大きな発泡スチロールを地面に埋めて氷を入れることで夏でも冷たさをキープできるのだ。

 そして幻想郷ではまだ数少ない珈琲を飲めるカフェーの中でもここのコーヒーは格別だと言われている。

 豆は個人的交遊関係にある八雲紫に頼んで外のものを輸入してもらっている、それを淹れるときに必要最低限の量だけを挽いて作るのだ。

 この店では酸味を少し弱く口当たりをマイルドにして多くの人が飲みやすいようにしている。

 ドリップする際に最初はほんの少し、ドリッパーから数滴落ちる程度のお湯をかけて20秒ほど蒸らす。

 そして今度は外かららせんを描くように少しずつお湯を入れていき、三分の一程度を保つようにするとよい。

 最後に少し火で温めるとよりいっそう香りが立つのだ。

 そして文の好みに会うようにミルクを少しだけ入れて完成だ。

 

「はい、ブレンド珈琲とショートケーキです」

 

「いやぁ、いつ見ても惚れ惚れする手際ですね、それではいただきます」

 

 文は律儀に一度手を合わせてからフォークを手に取りケーキを口に運んだ。

 

「うーん、いつ来てもこの味は衰えませんね」

 

「ありがとうございます」

 

 恍惚な表情でケーキを口に運ぶ文は今や週に三日は訪れるすっかり常連となっていた。

 有名な理由として実は彼女が発刊している『文々。新聞』という新聞で一度取り上げてもらったというのがある。

 これのお陰で人も妖怪も時々思い出したようにこの店を訪れるのだ。

 

「んー、マスター、なにかおすすめのスイーツはあるかしら?」

 

 実は先程からチラチラと文のショートケーキを見ていた霊夢が遂に我慢できず注文した。

 

「うーん、そうだな……ああ、今日ならちょうどプリンがあるしプリン・ア・ラ・モードが作れるな」

 

「なんと!これは失敗しましたね……ちゃんと確認するべきでした」

 

「そんなにいいものなの?それじゃあそのプリンアラモードっていうのお願い」

 

「はいよ」

 

 皿にプリンとアイスクリームや各種フルーツを並べただけの割りと簡素なものだが、どういうわけだか一部の妖怪たちに大人気なのだ。

 

「お待たせしました」

 

「なるほど、確かにこれは美味しそうね」

 

 スプーンを手に取りまずはプリンを一口。

 

「なにこれ、おいしい……」

 

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 どうやら霊夢はすっかりプリンの虜になってしまったようだ。

 しばらく霊夢と文はお互い自分のスイーツと格闘し、やがて食べ終わった頃。

 

「そういえば霊夢さん最近どうですか?」

 

「なにがよ」

 

「弾幕ごっこの調子ですよ、ここしばらく妖怪退治で苦戦してると風の噂で聞いたんですよ」

 

 そう聞きながらメモ帳を取り出してる辺り文の新聞記者としての勤勉さがうかがえる……そのネタはともかくとして。

 

「別に、悪くはないわね。ただ、どうにも張り合いがなくてね」

 

「ふむふむ、最近の相手は弱くてどうにもやる気が起きず張り合いがない、と」

 

「あんたいつか刺されるんじゃないの?」

 

「まあ冗談はさておき、最近魔理沙さんと弾幕ごっこやりました?」

 

「やってないけど、それがどうかしたの?」

 

「彼女、最近日増しに上手くなってますよ、どうしてだかわかりますか?」

 

「努力してるんでしょ?」

 

 食後のお茶をすすりながら答える霊夢。

 

「どうしてそんなに努力してるかわかりますか?」

 

「いや、それは知らないわよ」

 

「本当にわからないんですか?」

 

 逆に少し真面目な顔になって文が霊夢に問う。

 

「わかんないわよ、なんで突然魔理沙の話になったのかも」

 

 その答えを聞いて文は、はぁ~とため息を吐いてから残っていた珈琲を飲み、代金を置くと席を立った。

 

「さっきの言葉の意味、よく考えるといいですよ」

 

 文はそうとだけ言って店を出ていった。

 

「まったく、いきなりなんだったのよ」

 

 霊夢は少し拗ねたような口調でそう言った。

 その様子が普段はあまり感じられない年相応な少女のようで、少しだけ笑ってしまった。

 

「マスター、なに笑ってるのよ」

 

 今度は少し不機嫌にな声で霊夢が抗議する。

 

「すまんすまん、ただ青春してるなって思ってな」

 

「……マスターは、さっきの意味わかった?」

 

「ああ、俺はわかったよ」

 

 魔理沙も時折ここを訪れるため、彼女の悩みは知っていた。

 

「だが、俺が教えたところでそれは意味のないことだ、自分でよく考えるんだな」

 

「ケチ」

 

「普通の緑茶の代金で玉露出してるのにケチとはあんまりだな」

 

 霊夢はお茶とスイーツの代金を置いて席を立った。

 

「ねえマスター」

 

「なんだ?」

 

「どうして、みんな努力するのかしら」

 

「なぜ努力するか、か……」

 

 マスターは顎に手をやり少し考えるような仕草をした。

 

「……そうだな、例えば俺は少しでも多くのひとにおいしいと言ってもらうという『目標』のために努力している」

 

「それはわかるわ、あなたの出すものはどれもとてもおいしいもの」

 

「魔理沙も、きっとそういう『目標』があるから、努力してるんだ」

 

「それが、どうして私と繋がるのよ」

 

「なあ霊夢、目標持ってるか?」

 

「……特にないわ」

 

「それじゃあきっと難しいだろうな、でも君は考えなきゃいけない、なぜ魔理沙があんなに努力してるのか」

 

「どうして魔理沙が努力してるのか……」

 

「それがわかれば、きっと霊夢にも目標ができる……たぶんな」

 

 マスターのその回答にどうやらまだ消化不良気味らしいが、多少は納得できたのか霊夢は「少し考えてみるわ」と言って店を出ていった。

 

「そろそろ酒の準備を始めるかな」

 

 カランカラン

 

「おや、噂をすれば影──いらっしゃい、魔理沙」

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