無職転生二次小説 閑話「ナナホシの挑戦」 作:(店`ω´)@てんちょっぷ
──チャッチャッチャッチャッチャッ
ボゥルの中身をかき混ぜる小気味よい音が響く。
手際の良さは、この音からもわかる。
きっと、これくらいはいつもやっているのだろう。
年下なのに、凄いなと思う。
──あ、もちろん、ボゥルを混ぜてるのはアイシャちゃんだ。私な訳が無い。
それにしても大したものだ。
勉強、剣術、魔術に家事。
彼女は何をやらせても、大人顔負けだと聞く。
お母さんのリーリャさんが幼い頃から英才教育してきた結果とはいえ。
きっと、彼女は天才肌なのだ。
そこら辺は、兄であるルーデウスと似ているのかもしれない。
……でも、私がそう言うと、彼女は困ったような苦笑いをした。
「えへへ……ありがとうございます」と頭を下げられたが。
あの、寂しそうな顔が忘れられない。
聞けば、彼女はルーデウスと腹違いの妹であるらしく、そこに複雑な想いがあるのだろう。
それでも、アイシャちゃんは明るい笑顔を絶やさない。
まだ中学生になったばかりくらいの年齢なのに、凄いなと思う。
「あの、ナナホシさん。こんな感じでいいですか?」
私が彼女の手元を見ながら思いを馳せていると。
アイシャちゃんは、クルっと振り向いてボゥルの中身を見せてきた。
「あ、うん。おっけー。ダマもないし、綺麗、綺麗」
彼女には、小麦粉を溶いてもらっていた。
さらに私は、持ってきた他の粉も彼女に溶いてもらう事にした。
……私がやると、ダマばかりになってしまうからだ。……グスン。
リーリャさんには、キャベツ(のような野菜)を千切りに。
ネギ(っぽいの)をみじん切りにしてもらっている。
物凄く手際がいい。どんどんカット野菜が量産されていく。
トントントントンという規則正しい音が、乱れ無く続いている。
「──あ、ねぇねぇナナホシ。頼まれたの一応作ってみたけど、こんな感じかな?」
シルフィエットさんが調理場に顔を出す。
無詠唱魔術の出来る彼女には、ちょっとした頼みごとをしていた。
彼女が差し出したのは、取っ手のついたフライパンのようなもの。
面には、ピンポン玉サイズの半円の凹みが沢山ついている。
凄い、ちょっとした説明で、理想通りの形になってる。
やっぱり、この人は頭の回転が良く、優秀なんだな、と思う。
「あ、ハイ。説明がわかりにくいかなと思ったけど、全然、良い出来です」
「そう? ルディならもっと上手く出来たんだろうけどね」
シルフィエットさんは耳の後ろをポリポリかいている。可愛い。
土魔術の無詠唱は、魔力の込め方、調整次第で、自分の思い通りの形に物質を造形出来るらしい。そんな器用な真似のできる人なんて、この世に数人くらいしかいないだろうから、ハッキリとは言えないが。
以前、ルーデウスがペルギウスの目の前で、簡単な人形作りを見せていた。
それを思い出して、同じ無詠唱術師の彼女にお願いしたのだ。
これこそは、今日のメインディッシュに必須な代物である。
それにしても、まさかコレが入手出来るとは。我知らず、胸が躍る。
「なーしー、みちぇみちぇ?」
と、シルフィエットさんにくっついてきたルーシーちゃんが、私に何かを見せてきた。
大きな画用紙に描いた絵だ。
紙一面に、家族みんなと大きい犬、アルマジロ、トレントが描いてある。
シルフィエットさんと、犬のレオがやたら大きい。
あ、嬉しい、私も描いてある。
……何故か、ルーデウスらしき人物は、他よりも離れて描いてある。
単身赴任の父親の悲哀に似た何かを感じた。
「すごーい! いっぱい描けてるねー! みんないるねー! 嬉しいねー!」
私はルーシーちゃんの頭をナデナデした。ほやぁっとした微笑みを返される。
私達が調理の間、彼女はリビングで画用紙にお絵かきをしていた。
大人の私たちが料理を始めてしまうと、幼い彼女は取り残されるかな?
そう思った私は、画用紙を沢山、お土産に持ってきたのだ。
クレヨンみたいなものもこの世界に一応存在していたので、それも一緒に。
ルーシーちゃんはとても喜んでくれた。
「なーしー、あぃがとー!」
にぱぁっと微笑んでお礼を言うルーシーちゃん。なんて可愛いのだろう。
彼女はまだごく幼いので、私の名前も「なーしー」としか発音出来ない。
だが、それがいい。
あれほど人を寄せ付けなかった自分が、気持ち悪いくらいメロメロなのだ。
頭を撫で回したあと、ヒヨコみたいなぽわぽわの髪の毛の匂いを嗅ぐ。うん、ミルクの香り。
「やーん」
彼女は照れくさそうに、パタパタとまたリビングに戻っていく。
「アハハ。ありがとね、ナナホシ。ルーシーすっごい喜んでるよ」
シルフィエットさんも笑顔だ。お礼を言われると、やっぱり嬉しい。
「いえ、いつもお世話になってるし、これくらいはしないと……」
実際、ルーデウスや彼女にはお世話になりっぱなしなのだ。
いつか何かでお返しを、と常々思っていた。
そう思った私は、今回、ちょっとしたサプライズというか、お土産を用意してきた。
故郷の日本で好きだった料理。
それを、ルーデウス一家にご馳走しようと思ったのだ。
その為、大慌てで食材を揃えて、抱えて持ってきたのだ。
──ところが、いくつか弊害もあった。
調理をする人間。そして、この世界には存在しない調理器具だ。
まず、私は料理というか、家事全般が苦手だった。
……だって、家じゃ全部、お母さんがやってたんだもん。
平均的女子高生(当時)は、みんなこんなもんだ……と思う。
まぁ、ここのご家族は、幸いにして皆さん家事が達者だったので、事なきを得た。
私は調理の手順を説明すればいい程度で、あとはリーリャさんとアイシャちゃんが即座に理解して、手際よく動いてくれた。
足りない調理器具は、シルフィエットさんが作ってくれた。
本来ならば、私が全部やらないと意味がないのだが。そこは仕方がない。
殆どの事は、何ら問題なく片付いていく。
あと、問題なのは──
「……ナナホシ殿」
錆びた弦楽器のような声が、流し台から聞こえてきた。
そこには、腕まくりをし、花柄のエプロンをつけた、狐面の男がいた。
──ペルギウスの配下、光輝のアルマンフィ。
仮面に刻まれた両目の穴より、恨みがましい瞳が私を見つめている。
彼の手には、ダラリとした軟体生物が握られている。
ヌルリとした表皮。
八本の触手。
紫色の、その奇怪な生物は、アルマンフィによって丁寧に塩もみされていた。
──タコ(っぽい海産物)である。
この世界には、ゆでダコという便利な処理済み食材は無かった。
冷蔵庫が存在しないので当然である。
どうも、海で採れる魚などは、殆どが地産地消、ほぼ現地で消費されるようだ。
流通させるにも、この世界は交通網が発達していない。車も鉄道も無いからだ。
いくつか料理を提案して、食材の流通網を広めた私だが、傷みやすい海産物は無理だった。
今回は、直接アルマンフィに頼んで食材を集めて貰った。タコもその一つだ。
だが生タコだったので、茹でる前に一手間かけないと調理に使えない。
以前私は、テレビで観た有名店の特集番組を思い出しながら、アルマンフィに指示を出した。
生のタコは、塩もみをして茹でないと硬くて美味しくならないらしい。
しかも結構力仕事な上に、時間がかかる。
女性ばかりのこの家に、そんな迷惑はかけられない。
──そんな時、ふと横を見れば、逞しい男性がいるではないか。
と、いう訳で、アルマンフィに延々とタコを揉ませていたのだ。
彼は文句は言わないまでも、恨みがましい視線を送ってくる。
……フーンだ。さっきのおかえしも込めて、私は気にしないことにした。
タコはグンニャリとしていて、丁度いい感じだ。
それを大きめのズンドウ鍋で軽く茹でる。
茹で上げると、お馴染みの足をくるんとした茹でダコスタイル。
よし、これで重要な素材は用意出来た。
……問題は、私の担当。
今回の料理には、最後にひとつ、重大な存在があった。
味付け。そう、欠かせない調味料があったのだ。
それは「中濃ソース」
この世界にも、似たようなものはあるが、どうにも味が違う。
日本人の味覚を持つ私の中で、その違和感は拭えない。
私は悩んだ。
乏しい料理経験、知識を総動員する。
うーん、うーん、うーん……。
悩めども悩めども、良案思いつかず、じっと空を見る。
──思案の結果、薄れゆく私の記憶の彼方に光明はあったのだった。
その料理には、中農ソースだけではなく、だし汁で食べる別の方法があったのだ。
方法、というか、別枠の料理として、存在していたんだけれども。
私は昆布(なのか?)と鰹節(風の何か)を使って、お出汁を採り始めた。
目の前で、二つの鍋によって、静かに茹でられる昆布と鰹節。
……本当に、これでいいのだろうか。
一応、味を見てみる。どこか懐かしい、それなりの味がした。匂いは若干違うけど。
──うん、多分、いける!
私は取れた出し汁を、混合させた。
それから、ビヘイリル地方で生産されている「鬼水」と呼ばれる醤油風調味料を取り出す。
さらにそこで生産されている、米から作った味醂に似たお酒。凄く甘い。
出汁、鬼水、味醂。それらを合わせて、和風出汁のつけ汁を作り出す。
なんという錬金術。それっぽいのが、出来上がった。味も悪くない。
──よし! よーし!
私は人知れずガッツポーズをとっていた。
初めての挑戦にしては、上出来でしょ、これ!
アルマンフィがそんな私を見て、歯ぎしりをしていたのは、知ったこっちゃなかった。
*
「大変お待たせしました。これが、私の故郷の料理です!」
食卓の上には、なんとかそれらしい料理が並べられていた。
殆ど、リーリャさんとアイシャちゃんがやってくれたようなものだが。
大皿には、ピンポン玉程度の大きさの、小麦色に焼けた球体の山。
それぞれに配られたお皿には、平べったい焼き物。こちらも小麦色に焼けている。
さらに、小皿にはつけ汁。
──そう、私が作りたかったもの。
それは「たこ焼き」と「お好み焼き」だったのだ。
実際には、足りないものがいろいろあるので、本物とはちょっと違う代物だけど。
ソースの代わりは、お出汁をつけて食べる明石焼きをイメージしてみた。
今回は片栗粉(とほぼ同じもの)で少しとろみをつけたお出汁で、頂きます。
「いただきまーす!」
「へぇ、あのフライパン、これの為だったんだぁ」
「変わってますが、とても良い匂いですね」
「このつけ汁も、面白い味付けですね。旦那様が好みそうな味かも……」
「あっつ! ……でも、コレ、結構美味しい! 美味!」
アイシャちゃんが、真っ先にたこ焼きに手を伸ばした。ハフハフしてて面白い。
シルフィエットさんは、ルーシーちゃんに、フーフーして食べさせている。
お母さんなんだなぁ……。
「ん~、びみぃ(美味ぃ)」とルーシーちゃんがほっぺを抑えている。ヤバイ、可愛い!
ロキシーさんも、リーリャさんも、美味しそうに食べてくれている。嬉しいな。
「ねぇ、どうかな、この料理」
私は、少しだけ意地悪く、アルマンフィ(彼はまだいたのだ!)に聞いてみた。
彼は無言で食べていたが、
「……結構な、お点前で」
とポツリと言った。たこ焼きにも手を伸ばしているし、お好み焼きも食べている。
なんとなく、わだかまりが解けていく気がした。
オイシイは、正義なのだ!
「ナナホシさん、これすっごい美味しいよ!」
「なーしー、おいーよぉ」
アイシャちゃんとルーシーちゃんが、笑顔。嬉しい。
「これ、どこの地方の郷土料理なのでしょうか?」
ロキシーさんが、フムフムと頷きながら、黙々と食べている。
「えっと、和風料理……って言えばいいのかな」
「わふー?」
超大型犬(?)のレオが、キョトンとした声をあげる。
一応、彼にも冷ましたたこ焼きを山盛りにご馳走している。
勿論、ネギは抜いて作ってある。犬猫には厳禁だもんね。
見れば、彼は山盛りのたこ焼きをペロリと食べきっていた。
「ルディの分、残るかな? ナナホシの故郷っていうなら、多分食べたがると思うし……」
シルフィエットさんが、そういえば、という顔をした。さすが妻筆頭だ。
「あぁ、魔術で冷凍にしても大丈夫と思います」
私が慌てて言う。
「解凍しても、味はそれほど落ないと思うので、翌日でも召し上がれますよ」
スーパーに冷凍たこ焼きや冷凍ピザがあったくらいだから、きっと平気だろう。
山芋(っぽい芋)もすりおろして生地に混ぜてあるし、多分平気。
「そっか、ありがとう、ナナホシ」
「あいがとー、なーしー」
ほやぁっと微笑まれた。母娘でそっくりな顔。心が温かくなる。
それから、ルーデウスの分を確保して、冷凍保存したのち。
私の、初めての挑戦、初めての料理会は、好評のうちに終幕となったのだった。
♦♦♦
──後に、このたこ焼きとお好み焼きは世間に広まり。
「ナナホシボール」「ナナホシの大陸焼き」と命名されるのだが。
それは、今現在の私には知る由もない事だった。
ーその3につづきますー