無職転生二次小説 閑話「ナナホシの挑戦」 作:(店`ω´)@てんちょっぷ
たこ焼きとお好み焼きを食べ終わって。
後片付けをして、みんなでお風呂に入って。
私は、暖炉のある居間でルーシーちゃんと遊んだり、アイシャちゃんとお話したり。
寝るまでの時間を、のんびりと過ごした。
──少し、気になった事がある。
暖炉前のソファーに座り、ララちゃんを膝の上に乗せている女性。
艶やかな金髪の、中年というには若々しい女性──ルーデウスの母親、ゼニスさん。
私は、あまり彼女の事を知らない。
以前にお会いした際、一応の挨拶をした。
だが、彼女は茫とするばかりで、反応が薄かった。
何か私の方に失礼でもあったかと様子を見ていたが、そうではないらしい。
遊びをせがむルーシーちゃんに袖を引かれて、その時はそれきりだったが……。
後になって、シルフィエットさんとロキシーさんから、詳しい事情を話された。
彼女はあのフィットア領大転移事件に巻き込まれ、遠くベガリット大陸にある難攻不落と有名だった"転移の迷宮"のその最奥に閉じ込められていたという。
何年もの時間を費やし、やっとの思いで居場所を探し当て、ルーデウスと彼の父親のパウロさん、ロキシーさん達で迷宮を攻略、苦難の末に救出する事が出来た。
しかし迷宮の膨大な魔力に長期間曝された為か、残念ながら彼女は心が壊れていた。
……さらにその際の事故で、ルーデウスは片腕を失い、父親も亡くなったとの事。
その結末に、私は少なからず衝撃を受けた。
ルーデウスは、彼は、それまでその事についてほとんど何も話さなかった
出会った頃と何も変わらず、私と普通に接触していた。
私に気を使いながら、遜りながら、私の我が儘にずっと付き合ってくれていた。
私は、日本に帰りたい一心の愚痴や嫌味を、彼にぶつけ続けてきたというのに。
それどころか、ドライン病で倒れた時、私は八つ当たりで彼の家族を引き合いにだした。
──お父さんが死んだって!?
──お母さんが病気で大変だって!?
──だから何よ! いいじゃない!
子供みたいに泣いて、そんな事を喚き散らした。
父親が最近死んで、病気の母親を自宅介護している。そんな噂は聞いていた。
でも詳しい事情は知らなかったし、興味すら無かった。
自分がこの異世界で一番可哀そうな人間だ。
みんなこの世界で産まれて、楽しそうに生きていて、充実していて。
私はこの世界に紛れ込んだ異物として、生きても死んでもいない存在で。
……ずっと、そう思って引き籠り、後ろ向きに生きていたから。
その時、今更ながら恥ずかしくなった。情けなくなった。
──でも、仕方が無かった。
だって、彼には支えてくれる新しい家族がいた。沢山の仲間がいた。
私には何も無かった。この世界に存在する為の、支えが、拠り所が。
だから、やっぱり私が一番、可哀そうなんだ。孤独なんだ。
──そう、思うしか、心の平衡を保てなかった。
それ以来、私は、この家に訪れる度。
生きてはいるけど、ただ死んでないだけのようなゼニスさんを見る度に。
……言い訳のような。
……申し訳無いような。
……後ろめたいような、そんな卑屈で惨めな気持ちになっていた。
「──っ」
いつしか、ララちゃんを抱えるゼニスさんの視線が、私に向いていた。
そっとララちゃんをロキシーさんに抱き返し、フラフラとこちらに向かってくる。
私の前まで来ると前屈みになり──
──私の頭を、そっと抱きしめた。
一瞬の混乱の後、何故か温かい安心感が、私の胸を満たしていった。
それから、ゼニスさんは私の頭をゆっくりと撫でてくれた。
彼女の顔は、変わらず茫洋としている。でも、何故か温かみがあった。
その後、リーリャさんが彼女の手を取って寝室に連れて行った。
アイシャちゃんもルーシーちゃんと寝室に行き、ロキシーさんもララちゃんを連れて行った。
居間に残ったのは、私一人。
急に、言いようのない寂寥感に襲われた。
「──はい。ホットミルクだけど、飲む?」
私が呆けていると、シルフィエットさんが、マグカップを手渡してくれた。
温かい。彼女の心遣いが身に染みてくるようだった。
「お疲れ様、ナナホシ。みんな喜んでたよ」
「あ、……うん。シルフィエットさんも……」
二人で、暖炉の傍のソファーに並んで座る。
炎に照らされた彼女の顔は、とても穏やかで、若さに似合わぬ落ち着きを醸し出していた。
「シルフィでいいよ。……ボクも、ナナホシって呼んでるんだし」
頬を指でかきながら、彼女は照れくさそうに言う。
「うん……、じゃぁ、……シルフィ」
「アハハ、これで、ナナホシもウチの家族だね」
シルフィは、微笑みながら、私にそう言った。
──その言葉は、私にとって、衝撃的だった。
私は、この世界に繋がりを求めていなかった。
ゲームか、ラノベ小説みたいな異世界。
人殺しがそこかしこで普通にある別世界。
車もテレビも科学も無い異境の世界。
──誰も、私の知っている人の居ない世界。
早く帰りたかった。
会いたい人達がいた。
でも、帰れなかった。会えなかった。
だから、私は壁を作り、その中に逃げ込んでいた。
勿論、優しくしてくれる人もいた。
手助けをしてくれる人もいた。
でも、そんな人達だって所詮は他人。別世界の人間なのだ。
いずれ、私には何も関係ない存在になる。
だから、私も受け入れようとは思わず、踏み込もうとも思わなかった。
──そう、思っていた。
なのに、シルフィは、そんな私を「家族」として受け入れてくれた。
色々と隠して、壁を作っているのが見え見えの私を、だ。
凄いな。本当に、お母さんみたいな大らかさがあるんだ。
なんだか、虚勢を張っていた自分が、恥ずかしくなってくる。
……いつか結婚をして。子どもを産めば、私も、こうなれるのかな。
「……ゼニス義母様、優しかったでしょ?」
ふと、シルフィが呟くように話しだした。
「ブエナ村で、ボクは育った。そこに、ルディの家族もいた」
「お父さんのパウロさん。お母さんのゼニスさん」
「パウロさんは、ボクのお父さんと仲良しでね。よく一緒に村の警備をしてた」
「ボクはそこにお弁当を持ってったり。パウロさん、格好いいんだけど、ちょっと怖くて」
ポツリ、ポツリと、思い出話を紡ぐ。
「ボクはいじめられっ子でね。村の子どもみんなから、意地悪されてて」
「魔族だって罵られて、石や泥団子を投げられたり、水を浴びせられたり」
「毎日、ボクは村のみんなが怖くて。外に出るのが、嫌だった」
「でも、ルディが現れて、助けてくれて。ボクはいっぺんに好きになって」
「ルディの家に遊びにいく度に、パウロさんも、ゼニスさんも、リーリャさんも優しくしてくれて」
「ボクは段々、ルディのお嫁さんになりたいな、この人達と家族になりたいなって」
「アハハ……。なんか、恥ずかしいね」
照れ笑いしながら、彼女は頬を指でかいている。
「ゼニスさんは、村の治療院で働いていて」
「村で治癒魔術を使えるのはゼニスさんだけだったから、みんなに慕われてて」
「ルディが居なくなった後、ボクもそこで働くことにしたんだ」
「ボクも治癒魔術が使えれば、いつか、ルディの役に立つかなって」
「ゼニスさんみたく、みんなに優しくすれば、みんなに必要とされるかなって」
「ボクが泣かなくなれば、お父さんとお母さんも、安心するかなって」
シルフィは両の掌を、胸元に持ってくる。
フワッとした光が、掌から溢れてくる。
「……もう、ブエナ村は無くなっちゃったし」
「ボクの、お父さんと、お母さんも、村と一緒に消えちゃったけどね」
私はハッとなった。
そうなのだ。
家族がいないのは、私だけじゃなかったのだ。
シルフィエット──彼女も、天涯孤独の一人だったのだ。
「あの、……ごめんなさい」
私は、消え入りそうになりながら、謝った。
「え? なんで?」
「だって、シルフィ……も、ずっと大変な思いをして……」
「アハハ、そんなの、みんなも同じだよ」
そう言って、私の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。
「ナナホシだって、一人でずっと、頑張ってきたんでしょ?」
優しい声音。柔らかいその声が、私の心を溶かしていく。
「ルディが言ってたよ。ナナホシは、遠い故郷に帰るために、頑張ってるんだって」
「女の子なのに、一人ぼっちで頑張ってるんだって」
「俺はそんなナナホシを少しでも応援したいんだって」
ルーデウスの名前が出て、私は一瞬、ギクリとした。
でも、やましい気持ちは何も無い。私は撫でられるままになっている。
「ボクはね、最初、ナナホシがルディのお嫁さんの一人になるかなって思ってたんだ」
フフッと微笑んで、シルフィは悪戯っぽく言った。
「でも、前に、ボロボロになったナナホシを見て」
「そうじゃないんだなって思うようになった」
「こんなに必死になっているんだもん。待っている人、会いたい人がいるんだなって」
「帰りたい場所があるんだなって。そう思ったんだ」
──会いたい人がいる。
──帰りたい場所がある。
その言葉は、水滴のように私の心に波紋を呼び起こし、漣は徐々に広がっていった。
「……うん。帰りたい」
「……会いたいよ」
ポツリ、ポツリと、呟いた。
漏れ出た言の葉は、一度紡がれると、消えること無く私の胸に余韻を残した。
ポロッと、涙が零れてくるのを感じた。
「……帰りたいよぅ」
「……お父さん、お母さんに会いたいよぅ」
一度口にしてしまったら、もう、ダメだ。止められない。
顔がぐにゃりと歪み、後から後から涙が零れてくる。
──父に会いたい。
──母に会いたい。
──大好きな人に会いたい。
──まだ、好きとさえ言ってない。
──帰れるかどうかもわからない。
──このまま、病気で死ぬかも知れない。
──怖い。死にたくない。
──誰か助けて。私を助けて。
私は子どものように泣きじゃくりながら、思いの丈を喚いていた。
シルフィは、そんな私を、ぎゅっと抱きしめてくれていた。
──帰りたいよね。
──戻りたいよね。
──会いたいよね。
──傍に居て欲しいよね。
そう囁きながら、私を抱きしめ、背中を優しく摩ってくれていた。
ふと、気が付くと、誰かに頭も撫でられていた。
ルーシーちゃんが、いつの間にか傍に来ていた。
私が喚いたせいで、起きてしまったのか。
「なーしー、いちゃい?」
心配そうに、私の涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を覗き込んでいる。
小さな小さな手のひらで、私の頭を優しく撫でてくれ、
「いちゃーの、とんれー(痛いの、飛んでけ)」
と、何度も懸命に魔法の言葉をかけてくれた。
「ね?」と、私を覗き込む幼子に、私は胸が詰まった。
「──ありがとう。ありがとう。もう、痛くないよ」
ルーシーを自分の胸に掻き抱いて、彼女のおでこにキスをした。
──三人で抱きしめ合い。人の温かさに触れて。
その後、ベッドの上で三人、川の字になって眠った。
久しぶりに、ぐっすり眠れた気がした。
──こうして。
私の長い一日は、ようやく終わっていったのだった。
ーエピローグにつづきますー