無職転生二次小説 閑話「ナナホシの挑戦」   作:(店`ω´)@てんちょっぷ

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ナナホシの挑戦 その3

 

 

 

 

 

 たこ焼きとお好み焼きを食べ終わって。

 

 

 後片付けをして、みんなでお風呂に入って。

 私は、暖炉のある居間でルーシーちゃんと遊んだり、アイシャちゃんとお話したり。

 寝るまでの時間を、のんびりと過ごした。

 

 

 ──少し、気になった事がある。

 

 

 暖炉前のソファーに座り、ララちゃんを膝の上に乗せている女性。

 艶やかな金髪の、中年というには若々しい女性──ルーデウスの母親、ゼニスさん。

 

 

 私は、あまり彼女の事を知らない。

 

 以前にお会いした際、一応の挨拶をした。

 だが、彼女は茫とするばかりで、反応が薄かった。

 何か私の方に失礼でもあったかと様子を見ていたが、そうではないらしい。

 遊びをせがむルーシーちゃんに袖を引かれて、その時はそれきりだったが……。

 

 

 後になって、シルフィエットさんとロキシーさんから、詳しい事情を話された。

 

 

 彼女はあのフィットア領大転移事件に巻き込まれ、遠くベガリット大陸にある難攻不落と有名だった"転移の迷宮"のその最奥に閉じ込められていたという。

 

 何年もの時間を費やし、やっとの思いで居場所を探し当て、ルーデウスと彼の父親のパウロさん、ロキシーさん達で迷宮を攻略、苦難の末に救出する事が出来た。

 

 しかし迷宮の膨大な魔力に長期間曝された為か、残念ながら彼女は心が壊れていた。

 

 ……さらにその際の事故で、ルーデウスは片腕を失い、父親も亡くなったとの事。

 

 

 その結末に、私は少なからず衝撃を受けた。

 ルーデウスは、彼は、それまでその事についてほとんど何も話さなかった

 出会った頃と何も変わらず、私と普通に接触していた。

 私に気を使いながら、遜りながら、私の我が儘にずっと付き合ってくれていた。

 

 

 私は、日本に帰りたい一心の愚痴や嫌味を、彼にぶつけ続けてきたというのに。

 それどころか、ドライン病で倒れた時、私は八つ当たりで彼の家族を引き合いにだした。

 

 

 ──お父さんが死んだって!? 

 

 ──お母さんが病気で大変だって!? 

 

 ──だから何よ! いいじゃない! 

 

 

 子供みたいに泣いて、そんな事を喚き散らした。

 父親が最近死んで、病気の母親を自宅介護している。そんな噂は聞いていた。

 でも詳しい事情は知らなかったし、興味すら無かった。

 

 

 自分がこの異世界で一番可哀そうな人間だ。

 みんなこの世界で産まれて、楽しそうに生きていて、充実していて。

 私はこの世界に紛れ込んだ異物として、生きても死んでもいない存在で。

 

 

 ……ずっと、そう思って引き籠り、後ろ向きに生きていたから。

 

 

 その時、今更ながら恥ずかしくなった。情けなくなった。

 

 

 ──でも、仕方が無かった。

 

 

 だって、彼には支えてくれる新しい家族がいた。沢山の仲間がいた。

 

 私には何も無かった。この世界に存在する為の、支えが、拠り所が。

 

 だから、やっぱり私が一番、可哀そうなんだ。孤独なんだ。

 

 

 ──そう、思うしか、心の平衡を保てなかった。

 

 

 それ以来、私は、この家に訪れる度。

 

 生きてはいるけど、ただ死んでないだけのようなゼニスさんを見る度に。

 

 

 ……言い訳のような。

 

 ……申し訳無いような。

 

 ……後ろめたいような、そんな卑屈で惨めな気持ちになっていた。

 

 

「──っ」

 

 

 いつしか、ララちゃんを抱えるゼニスさんの視線が、私に向いていた。

 そっとララちゃんをロキシーさんに抱き返し、フラフラとこちらに向かってくる。

 私の前まで来ると前屈みになり──

 

 ──私の頭を、そっと抱きしめた。

 

 一瞬の混乱の後、何故か温かい安心感が、私の胸を満たしていった。

 それから、ゼニスさんは私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 彼女の顔は、変わらず茫洋としている。でも、何故か温かみがあった。

 

 その後、リーリャさんが彼女の手を取って寝室に連れて行った。

 アイシャちゃんもルーシーちゃんと寝室に行き、ロキシーさんもララちゃんを連れて行った。

 

 居間に残ったのは、私一人。

 急に、言いようのない寂寥感に襲われた。

 

 

「──はい。ホットミルクだけど、飲む?」

 

 

 私が呆けていると、シルフィエットさんが、マグカップを手渡してくれた。

 温かい。彼女の心遣いが身に染みてくるようだった。

 

 

「お疲れ様、ナナホシ。みんな喜んでたよ」

 

「あ、……うん。シルフィエットさんも……」

 

 

 二人で、暖炉の傍のソファーに並んで座る。

 炎に照らされた彼女の顔は、とても穏やかで、若さに似合わぬ落ち着きを醸し出していた。

 

 

「シルフィでいいよ。……ボクも、ナナホシって呼んでるんだし」

 

 

 頬を指でかきながら、彼女は照れくさそうに言う。

 

 

「うん……、じゃぁ、……シルフィ」

 

 

「アハハ、これで、ナナホシもウチの家族だね」

 

 

 シルフィは、微笑みながら、私にそう言った。

 

 

 ──その言葉は、私にとって、衝撃的だった。

 

 

 私は、この世界に繋がりを求めていなかった。

 ゲームか、ラノベ小説みたいな異世界。

 人殺しがそこかしこで普通にある別世界。

 車もテレビも科学も無い異境の世界。

 

 ──誰も、私の知っている人の居ない世界。

 

 早く帰りたかった。

 会いたい人達がいた。

 でも、帰れなかった。会えなかった。

 だから、私は壁を作り、その中に逃げ込んでいた。

 

 勿論、優しくしてくれる人もいた。

 手助けをしてくれる人もいた。

 でも、そんな人達だって所詮は他人。別世界の人間なのだ。

 いずれ、私には何も関係ない存在になる。

 だから、私も受け入れようとは思わず、踏み込もうとも思わなかった。

 

 ──そう、思っていた。

 

 なのに、シルフィは、そんな私を「家族」として受け入れてくれた。

 色々と隠して、壁を作っているのが見え見えの私を、だ。

 

 凄いな。本当に、お母さんみたいな大らかさがあるんだ。

 なんだか、虚勢を張っていた自分が、恥ずかしくなってくる。

 ……いつか結婚をして。子どもを産めば、私も、こうなれるのかな。

 

 

「……ゼニス義母様、優しかったでしょ?」

 

 

 ふと、シルフィが呟くように話しだした。

 

 

「ブエナ村で、ボクは育った。そこに、ルディの家族もいた」

 

「お父さんのパウロさん。お母さんのゼニスさん」

 

「パウロさんは、ボクのお父さんと仲良しでね。よく一緒に村の警備をしてた」

 

「ボクはそこにお弁当を持ってったり。パウロさん、格好いいんだけど、ちょっと怖くて」

 

 

 ポツリ、ポツリと、思い出話を紡ぐ。

 

 

「ボクはいじめられっ子でね。村の子どもみんなから、意地悪されてて」

 

「魔族だって罵られて、石や泥団子を投げられたり、水を浴びせられたり」

 

「毎日、ボクは村のみんなが怖くて。外に出るのが、嫌だった」

 

「でも、ルディが現れて、助けてくれて。ボクはいっぺんに好きになって」

 

「ルディの家に遊びにいく度に、パウロさんも、ゼニスさんも、リーリャさんも優しくしてくれて」

 

「ボクは段々、ルディのお嫁さんになりたいな、この人達と家族になりたいなって」

 

「アハハ……。なんか、恥ずかしいね」

 

 

 照れ笑いしながら、彼女は頬を指でかいている。

 

 

「ゼニスさんは、村の治療院で働いていて」

 

「村で治癒魔術を使えるのはゼニスさんだけだったから、みんなに慕われてて」

 

「ルディが居なくなった後、ボクもそこで働くことにしたんだ」

 

「ボクも治癒魔術が使えれば、いつか、ルディの役に立つかなって」

 

「ゼニスさんみたく、みんなに優しくすれば、みんなに必要とされるかなって」

 

「ボクが泣かなくなれば、お父さんとお母さんも、安心するかなって」

 

 

 シルフィは両の掌を、胸元に持ってくる。

 フワッとした光が、掌から溢れてくる。

 

 

「……もう、ブエナ村は無くなっちゃったし」

 

「ボクの、お父さんと、お母さんも、村と一緒に消えちゃったけどね」

 

 

 私はハッとなった。

 

 そうなのだ。

 家族がいないのは、私だけじゃなかったのだ。

 シルフィエット──彼女も、天涯孤独の一人だったのだ。

 

 

「あの、……ごめんなさい」

 

 

 私は、消え入りそうになりながら、謝った。

 

 

「え? なんで?」

 

「だって、シルフィ……も、ずっと大変な思いをして……」

 

「アハハ、そんなの、みんなも同じだよ」

 

 

 そう言って、私の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。

 

 

「ナナホシだって、一人でずっと、頑張ってきたんでしょ?」

 

 

 優しい声音。柔らかいその声が、私の心を溶かしていく。

 

 

「ルディが言ってたよ。ナナホシは、遠い故郷に帰るために、頑張ってるんだって」

 

「女の子なのに、一人ぼっちで頑張ってるんだって」

 

「俺はそんなナナホシを少しでも応援したいんだって」

 

 

 ルーデウスの名前が出て、私は一瞬、ギクリとした。

 でも、やましい気持ちは何も無い。私は撫でられるままになっている。

 

 

「ボクはね、最初、ナナホシがルディのお嫁さんの一人になるかなって思ってたんだ」

 

 

 フフッと微笑んで、シルフィは悪戯っぽく言った。

 

 

「でも、前に、ボロボロになったナナホシを見て」

 

「そうじゃないんだなって思うようになった」

 

「こんなに必死になっているんだもん。待っている人、会いたい人がいるんだなって」

 

「帰りたい場所があるんだなって。そう思ったんだ」

 

 

 ──会いたい人がいる。

 

 ──帰りたい場所がある。

 

 

 その言葉は、水滴のように私の心に波紋を呼び起こし、漣は徐々に広がっていった。

 

 

「……うん。帰りたい」

 

「……会いたいよ」

 

 

 ポツリ、ポツリと、呟いた。

 漏れ出た言の葉は、一度紡がれると、消えること無く私の胸に余韻を残した。

 ポロッと、涙が零れてくるのを感じた。

 

 

「……帰りたいよぅ」

 

「……お父さん、お母さんに会いたいよぅ」

 

 

 一度口にしてしまったら、もう、ダメだ。止められない。

 顔がぐにゃりと歪み、後から後から涙が零れてくる。

 

 

 ──父に会いたい。

 ──母に会いたい。

 ──大好きな人に会いたい。

 ──まだ、好きとさえ言ってない。

 ──帰れるかどうかもわからない。

 ──このまま、病気で死ぬかも知れない。

 ──怖い。死にたくない。

 ──誰か助けて。私を助けて。

 

 

 私は子どものように泣きじゃくりながら、思いの丈を喚いていた。

 シルフィは、そんな私を、ぎゅっと抱きしめてくれていた。

 

 

 ──帰りたいよね。

 ──戻りたいよね。

 ──会いたいよね。

 ──傍に居て欲しいよね。

 

 

 そう囁きながら、私を抱きしめ、背中を優しく摩ってくれていた。

 ふと、気が付くと、誰かに頭も撫でられていた。

 ルーシーちゃんが、いつの間にか傍に来ていた。

 私が喚いたせいで、起きてしまったのか。

 

 

「なーしー、いちゃい?」

 

 

 心配そうに、私の涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を覗き込んでいる。

 小さな小さな手のひらで、私の頭を優しく撫でてくれ、

 

「いちゃーの、とんれー(痛いの、飛んでけ)」

 

 と、何度も懸命に魔法の言葉をかけてくれた。

 

「ね?」と、私を覗き込む幼子に、私は胸が詰まった。

 

 

「──ありがとう。ありがとう。もう、痛くないよ」

 

 

 ルーシーを自分の胸に掻き抱いて、彼女のおでこにキスをした。

 

 

 ──三人で抱きしめ合い。人の温かさに触れて。

 

 

 その後、ベッドの上で三人、川の字になって眠った。

 久しぶりに、ぐっすり眠れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こうして。

 

 

 

 

 

 

 私の長い一日は、ようやく終わっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ーエピローグにつづきますー

 

 

 

 

 

 

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