無職転生二次小説 閑話「ナナホシの挑戦」 作:(店`ω´)@てんちょっぷ
──チュン チュン
小鳥の囀りがうるさい。
絶えて久しい、早朝の恒例行事。
そのうち、お母さんが私を起こしにくるんだろう。
「いつまで寝てるの静香、朝よ」って。
もう少し、寝たい。
学校なんて、いつでもいけるんだから。
──ん? 学校?
なんだっけ、それ。
朝。寝坊。お弁当。
友達。HR。宿題。
つまらない授業。お昼ご飯。
……それから、なんだっけ。
私は大事な事を忘れている気がした。
……そう。
──アイツの顔。アイツの声。
──いつもうるさい、アイツの。
──大好きな、アイツの。
そこまで思い至って、私はガバと跳ね起きた。
……眩しい。
そこは、記憶の片隅にある見慣れた風景でも無く。
住み慣れた、でも、未だに好きになれない風景でも無く。
ありふれたような、でも、とても温かいような。
そんな一室だった。
ふと、傍らを見れば。
ひよこのような、ぽわぽわの髪の毛をした、小さな小さな女の子が眠っていた。
──ルーシー・グレイラット。
知人の娘。
恩人の家族。
……大切な存在。
その横には、白い髪を持つ女性。
少女と言っても差し支えない程に若い女性だ。
──シルフィエット・グレイラット。
知人の妻。
大切な友人。
……新しい家族。
こちらもすやすやと眠っている。
私は茫としつつも、記憶を整理してみる。
此処は何処か。
──知人の、ルーデウスのお宅。
私は誰か。
──日本から、この異世界にやってきた闖入者・七星静香。
うん、よし、頭は正常だ。
さらに私は、記憶の正確性を求める。
何故、私は此処にいるか。
──昨日、故郷の料理をご馳走しに、やってきた。
理由は?
──転移魔法の研究の為、住処としている空中城塞。
──そこに、ルーデウスとエリスさんが現れた。
──何が目的かはわからないが、絶対、わちゃわちゃになる。
──私はそれを好機として、グレイラット家にお邪魔しに来た。
うん、間違ってはいないと思う。好機、ってのが、微妙に違う気もするけど。
だんだん、惚けた頭に、血が巡ってくる。
……とりあえず、記憶の整合性はとれた。
ひとつ、伸びをしてみる。……うん、若干スッキリした。
それから、傍らのひよこを撫でてみる。
「……うにゅ~」
ルーシーちゃんが、むず痒そうに、うにうにしてる。可愛い。
私はさらに、髪の毛の匂いを嗅いでみる。くんかくんか。
……そこで私は気が付く。こちらをじっと見ている視線に。
「……おはよ、ナナホシ」
シルフィが、私を見ていた。……いつから!?
「オ、オハヨゥ、ゴザイマス……」
固まる。恥ずかしい。シルフィはニマ~と笑っていた。
「フフ、なんだか、ルディとそっくりだね」
微笑むシルフィ。え、何が。どこが似ているって?
「ルディもね、ルーシーと一緒に寝ると、朝、そうやって匂いを嗅いでるんだよね」
寝そべったまま、シルフィは言う。表情は、悪戯っぽい笑み。くふふ、と含み笑い。
「あ、あとねぇ」
気だるそうに起き上がる。そして──
「ボクの胸を、こうするんだよね」
──私の胸を、
──シルフィの両手が、
「ギャ────────ッ!!」
*
「アハハー、ごめんねナナホシ。ちょっと寝ぼけてて」
シルフィがポリポリと頬を掻いている。謝罪してる顔では、勿論無い。
……もう、どうでもいいけど。
「そういう事に、しておくわ……」
大仰にため息をついておく。ポーカーフェイスを維持。
少々、私は油断をし過ぎていた。気を許しすぎた。
……居心地が良すぎたのだ。この家は。
それも、まぁ悪い気はしないでもないが。
朝食を頂いたあと。
淹れてもらった紅茶を飲みつつ、私はリビングでくつろいでいた。
横にルーシーちゃんが座り、昨日に引き続いて絵を書いている。
彼女を間に挟み、大きな犬のレオが、上からそれを覗き見ている。
画用紙には、犬の顔が大きく描かれている。レオはそれを見つつ、首を傾げていた。
その仕草が面白く、私はのんびりとその光景を眺めていた。
……空中城塞に戻るタイミングを、理由をつけて引き伸ばしていたようなものだ。
一度ついた里心は中々に断ち切り難く、私の腰を重くする。
ちょっと、お風呂を借りに来ただけなのに。
ちょっと、お礼をしようと思っただけなのに。
でも、それは、言い訳。
自分でも、それは知っている。
私は、この家が気に入っている。
この家に住まう家族が、好きなのだ。
──本当は、ずっと一緒に、のんびりとしていたいのだ。
でも、それは無理な願い。儚い夢。
私には、時間が無い。
異世界転移者である私には、この世界に滞在するには、不向きなのだ。
魔力中毒──ドライン病に犯された身であるから。
その現実が、私から希望を奪ってしまう。
それが悲しい。それが寂しい。
──でも。
「なーしー。みちぇみちぇ」
目の前の幼子が、私に笑顔を向けてくる。
一生懸命に描いた絵を、私に見せてくれる。
とても愛らしい存在。とても、大事な時間。
──でも。
「とってもよく描けてるね。これはなーに?」
胸の痛みを押し殺し、私は努めて明るい声を出す。
幼子は、にっこり笑って、頭上に画用紙を差し上げる。
「これはね~、れおー!」
「わふ!」
レオが一声鳴く。特段、意味は無さそうだ。
「れおはね~ららのおうじさまなんだよ~」
「わふ!」
顔を見合わせる、一人と一頭。
今度のレオは、キリッとした顔つきだ。案外、言葉を理解しているのかもしれない。
「そっかー。レオは格好いいんだね~」
「うんー!」
ルーシーはにぱっと微笑み、新しい画用紙に絵を描き出す。
私は、周囲を見回す。
リーリャさんとアイシャちゃんは、家事をテキパキとこなしている。
シルフィは、少し離れたところで繕いものをしている。
ロキシーさんは、ララちゃんにおっぱいをあげている。
ゼニスさんは窓際の椅子に座り、朝の陽射しを浴びながらぼんやりしている。
……ここには、家族の営みがある。
なんということもなく、そう思った。
そう、ここはひとつの、完成した世界なのだ。
ルーデウスが家長であり、シルフィがその傍らに。
ロキシーとエリスさんはそれぞれ、ルーデウスを導き、護る役目を負っている。
リーリャさんとゼニスさん、アイシャ、ノルン、二人の母親と二人の妹たち。
そして大事な大事な、ルーシーちゃんとララちゃん。
誰も欠けてはならない、かけがえの無い世界。
──ここは、ルーデウスの大事な場所なんだ。
あの怖い怖いオルステッドに戦いを挑んでまで、守ろうとした存在たち。
ヒトガミという、オルステッド以上に恐ろしい悪神から、護ろうとするたからものたち。
彼はこの世界に、自分の居場所を見つけ、それを守ろうと必死に足掻いている。
夫として。父親として。兄として。息子として。
自分の全存在を賭けて、戦っている。
──私はどうか。
私を必要としている人はいる。
私の能力を欲する者もいる。
でも、私の居場所は。いるべき場所は。
恐らく、ここにはない。ここであってはならない。
──元の世界に、あまりにも大切なモノを、置き忘れているから。
だからこそ、この世界に、大切なモノを作ることが出来ない。
作ったが最後、離れる事が出来なくなるから。
だからこそ、私はこの8年以上を、孤独に過ごしてきた。
──でも。
でも。
私は弱い存在。
肩肘を張って、気丈に振舞ってきた。
だが、病に冒され。その時に自分の限界を悟った。
他人に助けられ、支えられて、やっとの思いで生き延びられた。
だからこそ。
私は、元の世界に戻らなくてはならない。
いつか、この場所を、巣立たなくてはならない。
──目の前のこの幼子が、いつか、親の手を離れて独り立ちするように。
自分の意思で、居心地のよい、親の腕の中から、飛び立たねばならない。
それは、誰にも訪れる瞬間。
その機会を逃したら、永遠に、私は己の翼で飛べなくなってしまうだろう。
それでは、ダメなのだ。
私は、自らの意思で、旅立つべきなのだ。
自らの脚で立ち、自らの武器で、戦うべきなのだ。
──私を育ててくれた、護り支えてくれた人達に報いるためにも。
「ルーシーちゃん」
私は、意を決して、話しかける。
ルーシーは、私を見て、きょとんとする。
「パパと、ママの事が、好き?」
ひよこのようなぽわぽわの髪の幼子は。
私の言葉を吟味するように。
私の瞳を、身じろぎもせず、見つめていた。
そして──
「うん! るーしー、ぱぱとまま、だいすきー!」
会心の微笑みで、私の望んでいた答えを紡ぎ出す。
私は、微笑む彼女を見て、彼女を産んだ女性を見て。
私は、私を肯定することが、やっと出来た──。
*
お昼を過ぎ、昨日の残りの小麦粉を使って、私はクレープを作った。
中身は、ミリス地方の名産である果物のジャム。
予想外に、目を輝かせたのはロキシーだった。
彼女は、こんな美味しいお菓子が存在するとは、と感動していた。
シルフィも、ルーシーも、そっくりな顔をして、クレープを頬張っていた。
リーリャさんとアイシャ、そしてゼニスさん。彼女達も、寄り添い、微笑みながら食べていた。
これでいい。これで満足だ。
私は、何とはなしに、充足していた。
私の戦場は、ここではない。
生まれ育った場所がある。
そこに、私の世界を築くべきなのだ。
彼らとはいずれ別々の道を、別々の世界を歩む事になる。
だが、それは誰にも訪れる事なのだ。
それを否定していては、私は永遠に大人には成れない。
「──わふ!」
レオが耳を立て、嬉しそうな声を上げる。
玄関から、荒々しく扉を開く音がする。
「ただいま~! お腹すいた~!!」
エリスさんの声だ。いつも以上に、上機嫌な気がする。
「アハハ、帰ってきたね──おかえりー! おやつがあるよー!」
シルフィが負けじと声を返す。
私は彼女の横顔を、脳裏に焼き付ける。
今すぐ、旅立てる訳では無い。
でも、いつかは旅立つ日が来る。
だからこそ、今この瞬間を、目に焼き付ける。
いつか、誇らしさと共に、追憶出来るように──。
「うわっ! なにこれ美味しい! なにこれ凄いっ!」
エリスさんがクレープを頬張り、モッチャモッチャ食べつつ感想を述べる。
素直過ぎて、面白い。
やっぱり、彼女は流石だ。見ていて楽しくなってくる。
……気が付けば、たこ焼きとお好み焼きが、皿の上から消えている。
確か、シルフィがルーデウスの為にと、温め直して出していた筈なのだが。
「うん、この丸っこいのと平べったいのも、イケるじゃない!」
うん。やっぱり、彼女は流石だ。一瞬で口の中に吸い込んでしまったようだ。
ルーデウスは、と見れば。
……なんだか、15R戦った伝説のボクサーのように、真っ白な灰になっている。
反対に、エリスさんの顔や肌は艶々としており。
……うん、深く追求はやめておこう。どうせ、私はおこちゃまだ。
我知らず、口元が緩む。
本当に、この家は居心地が良い。
いつまでも彼らを眺めていたい。
でも──。
私は意を決して、席を立つ。
──風に立つライオンのように。
玄関にて、みんなに見送られる。照れくさい。
「またおいでよナナホシ。ルーシーも喜ぶからさ」
シルフィがそう言ってくれる。
「なーしー、またきちぇね」
「次は、貴女の話を聞かせてね!」
ルーシーは、エリスさんに肩車されている。
ルーデウスは……バグったポリゴンキャラのようだった。
「はい。また、お邪魔しに来ようと思います」
屈託なく答える。うん、また来よう。
──自らの手で、目的を達成した時に。
それは、遠くない将来。いずれ訪れる未来。
「……お世話になりました」
感謝を込めて、お辞儀をする。
それから、一人一人を視界に収め。
踵を返し、トレントの開けてくれた門から街道に出る。
後ろは振り向かない。別れはまだ先のこと。
──今は、前だけを。
私は歩く、歩く、歩く。
街道には、通り過ぎる人々。
いくつもの道を歩む人達。
──でも。
道は、どこかで、ひとつに交わっている。
私は歩いてゆく。
後ろを、振り返らずに。
真っ直ぐ、空を見上げ──
ー完ー