同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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報知杯弥生賞

 3月6日、中山競馬場。本日のメインレースは報知杯弥生賞、皐月賞の前哨戦にあたるレースだ。条件は芝の2000m、曇り空ではあるものの芝には影響がなく、良馬場での開催となる。

 弥生賞のグレードはG2。であるにもかかわらず、G1さながらの客入りを見せている。5万人を超える競馬ファンが中山競馬場へと足を運んでいた。

 その理由は1つ、()()()()()()()()()。主戦騎手である岳隆は弥生賞前のインタビューでこう語った。

 

「競馬場に見に来る価値のある馬だと思います」

 

 ここまで2戦2勝、新馬戦も若駒ステークスも圧倒的な強さで同期たちを一蹴。若駒ステークスに至っては10馬身は開いていたであろう差を、最後の直線だけで捲っただけでは飽き足らず、なんと2着に6馬身の差をつけて勝利したのだ。

 すでに圧倒的な存在を放つ競走馬。三冠は確実だと、気が早いファンさえも現れている。弥生賞も、ディープインパクトがどのような勝利を魅せてくれるのか? に焦点が当てられていた。

 しかし、そこに待ったをかける存在が一頭。それが、ハレヒノカイザーである。

 岳はインタビューにおいて、ハレヒノカイザーについても触れていた。

 

「今回の弥生賞では、ハレヒノカイザーも出走してきます。間違いなく、歴史に残るレースになるかと思います」

 

 ハレヒノカイザーの能力を高く評価する岳。今回の弥生賞で一番注意すべき相手に、ハレヒノカイザーと岡邉のコンビを挙げていた。

 ただ、競馬ファンはここに疑問を抱く。というのも、ハレヒノカイザーの悪癖がどうしても鼻につくからだ。

 

「口を割って走るあの癖さえなければねぇ」

「愛嬌はあるけど、実力とはまた別」

 

 ハレヒノカイザーも2戦2勝、2歳限定戦とはいえ、重賞を制しているのに今回の弥生賞では5番人気。評価が高くない理由は悪癖にあった。頭を上げて、口を割って走ってしまう癖。この癖が、競馬ファンに不安を抱かせる最大の要因となる。

 岳の言葉があるとはいえ、この癖を勝負師たちは無視することができず。最終的にはディープインパクトが圧倒的な1番人気に支持され、続く2番人気に朝日杯王者のマイネルレコルトが選ばれていた。

 

 

 

 

報知杯弥生賞

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1アドマイヤジャパン牡3
3

2
2ブレーヴハート牡37

3
3レットバトラー牡34

4
4ダイワキングコン牡311

5
5ニューヨークカフェ牡38

6
6ハレヒノカイザー牡35

6
7マチカネオーラ牡310

7
8ニシノドコマデモ牡36

7
9マイネルレコルト牡3
2

8
10エイシンサリヴァン牡39

8
11ディープインパクト牡3
1

 

 

 パドックでの様子を見終えたファンたちはレース場へ。話題はディープインパクト一色であり、どのようにして勝つか、どれだけの差をつけて勝つかを話している。他の馬には見向きもしていなかった。ディープインパクトという馬に対して注がれる興味の視線。普段の競馬場とはまた違う、異様な雰囲気だった。

 返し馬を済ませる出走馬たち。競馬場にファンファーレが響き渡り、出走の刻が近づいていることを報せる。

 

《天気はあいにくの曇り空。芝の状態には影響ありません、良馬場での発走となりますG2報知杯弥生賞。芝2000m、クラシックの初戦皐月賞を想定して、世代の有力馬たちが中山競馬場に集います。中でも注目を集めているのは、やはり8枠11番のディープインパクトでしょう》

《そりゃあそうですよ! 単勝支持率71%超え、これまでのレースが全部圧倒的ですから! 注目されないわけがありません!》

《注がれる視線のほとんどはディープインパクトへ。期待に応えることができるか鹿毛の馬体。各馬順調にゲートへと入ります》

 

 ディープインパクト一色の中山競馬場。そんな中でも、ハレヒノカイザーはいつも通りだった。キョロキョロとあたりを見渡しては、愛嬌を振りまくように笑っている。ファンにそんな印象を抱かせる馬。

 鞍上である岡邉はベテランの風格、落ち着いたもの。ハレヒノカイザーの手綱をしっかりと握って、自信満々にゲートへと誘導する。

 そして今、大外枠のディープインパクトがゲートへと入った。熱視線が送られる中山2000mのコース。静かな空気を切り裂くように──バンッ! と、ゲートの開く音が響き渡る。

 

《大外枠のディープインパクトがゲートに収まりました。態勢整いまして弥生賞が今ッ、スタートしました!》

 

 弥生賞が始まる。

 飛び出したのはダイワキングコン。4枠からスタートをしてハナを奪いに行く。

 

《いいスタートを切りました。ディープインパクトも綺麗なスタートを切ります。マイネルレコルトが行きます先行争い。ハナを主張するのは4番のダイワキングコン、ダイワキングコンが果敢に行きます。最内枠のアドマイヤジャパンもいいスタートだ、ダイワキングコンを押し出すようにアドマイヤジャパンが内から上がる》

 

 ダイワキングコンが先頭に立ち、内のアドマイヤジャパンがダイワキングコンを押し上げるように上がっていく。外にレットバトラーと2歳王者マイネルレコルト。ブレーヴハートとマチカネオーラが先行争いを繰り広げる。

 ハレヒノカイザーはマイネルレコルトの後ろにつけていた。いつもは内を走るハレヒノカイザーだが、この時ばかりは違う。無理に内へ行くのではなく、多少のロスを承知で外を走ることに決めているような位置取り。

 ハレヒノカイザーの後ろにニシノドコマデモ。その隣に──ディープインパクトがいる。

 

《良馬場の中山、良い時計が出ています。ゴール板を通過して第1コーナーのカーブ、マイネルレコルトがハナを奪いに行く。マイネルレコルトが先頭に立つ勢いで上がっていきます。各陣営の思惑重なる弥生賞、ハレヒノカイザーはマイネルレコルトにはついていかない、前から5番手をキープ》

 

 後ろからダイワキングコンに競りかけるマイネルレコルト。負けじと競り合うダイワキングコン。2頭は後続との差を徐々に広げていき、第2コーナーの半ばには2馬身ほどの差がつこうとしている。

 場内にどよめきが広がる。速くなったペース、スタミナがもつのかという心配。少しのヤジと応援が飛び交う中、各馬は向こう正面へと入っていく。

 

《向こう正面に入って少し抑えたか? 抑えたかマイネルレコルト五藤騎手。最内を追走アドマイヤジャパン、こちらはペースを乱さずに走っています。アドマイヤジャパンをペースメーカーに、ハレヒノカイザーが5番手で進む。ディープインパクトは後ろから2頭目だ、ディープインパクトは後ろから2頭目にいる。一番後ろのエイシンサリヴァン、その前にディープインパクトが走っている》

 

 現在5番手で追走するハレヒノカイザー。騎乗している岡邉の表情に焦りはない。淡々と、己の役割を全うしている。勝利のために、弥生賞制覇を目指して。

 

 

 後方ではディープインパクトが不気味に息を潜めている。あまりスタートが得意ではないディープインパクトだが、弥生賞では五分のスタートを切れた。

 前につけることもできただろう。騎手である岳が選んだのは──後方からの競馬。ここからでも問題なく勝てる、ディープインパクトの強さに絶対の自信を持つ彼が選択した、最良の選択。それが追込だ。

 ディープインパクトは前へ行きたそうにしているが、岳が上手くコントロールしてレースを展開。焦らず、じっくりと。前を走る馬を視界に捉えて進めていた。

 

《向こう正面半分を過ぎました。先頭はダイワキングコン、マイネルレコルトは抑えた形。速い時計になるかと思われた弥生賞、しかしそれほど早い時計にはなりませんでした。向こう正面で落ち着いた展開を魅せます先頭ダイワキングコン、続いてマイネルレコルト。アドマイヤジャパン3番手レットバトラー4番手。ハレヒノカイザーが外につけます内にマチカネオーラ》

 

 もうすぐ中山の第3コーナーを迎えようかというところ。ここで、ディープインパクトが動いた。

 先ほどまで前へ行こうとする馬を抑えていた岳だが、ここで手綱が動く。瞬間、待ってましたと言わんばかりにディープインパクトが前へ前へと進出を開始した。前へ前へ、ニシノドコマデモにニューヨークカフェを躱して、外から上がっていくディープインパクト。同時に、レースのペースが上がり始めた。

 競馬場のファンが声を上げる。来た! と、ここで上がってくるか! と。ディープインパクトの走りに釘付けになっている。スルスルと上がっていくディープインパクト、ファンの歓声は少しずつ大きくなる。期待が高まり、ここからまたディープ劇場が見れるのかとドキドキしながら待つ。

 本来であればじわりじわりと差を詰めて、残り200mになれば追いつくような展開になるだろう。そんな浅はかな考えを鼻で笑うかのように……気づけば残り600mになる頃にはディープインパクトが先行集団に追いついていた。

 

《第3コーナーを回って、ここでディープインパクトが上がってきた! ディープインパクトが上がっていく、11番ピンクの帽子ディープインパクト岳隆! マイネルレコルトが2番手だがっ、もう来ているぞディープインパクト! 後方から一気に上がってきましたディープインパクト!》

《やっぱり速いですねぇ! さぁ、他の馬も負けていられませんよ!》

《ディープインパクトと並んでハレヒノカイザーが上がる、ハレヒノカイザーも上がっていきます! 逃げるダイワキングコン、このまま粘れるか朝日杯王者マイネルレコルト! 最内アドマイヤジャパンは虎視眈々と機会を狙っている、抜け出す機会を窺うアドマイヤジャパン!》

 

 ディープインパクトが上がっていくのを確認し、ハレヒノカイザーも進出を開始する。岡邉は手綱を緩め、相棒に小さく行け、と囁いた。

 待ってました。そう言わんばかりに、ディープインパクトに並ぶ形でハレヒノカイザーが進出する。ディープインパクトの鞍上である岳は僅かに顔を歪め、手綱をさらに緩めてディープインパクトの力を発揮させる。

 

「きたきた! ディープインパクト!」

「そんな奴振り切っちまえ!」

 

 第4コーナーを越えて最後の直線。先頭で入ってきたのは逃げていたダイワキングコンでもない。最内をキープし続けたアドマイヤジャパンでも、落ち着きを取り戻したマイネルレコルトでもない。

 ディープインパクトとハレヒノカイザー。この2頭が、先頭で入ってきた。

 アドマイヤジャパンに鞭が入る。槙山は離されるわけにはいかない、と。アドマイヤジャパンに鞭を入れる。

 マイネルレコルトも負けられない。2歳王者の意地がある。鞭が入ったマイネルレコルトはスパートをかけた。

 

《最後の直線、最後の直線でディープインパクトとハレヒノカイザー。アドマイヤジャパンとマイネルレコルトも並ぶ! 4頭の争いになるか? 中山の短い直線を駆け抜ける》

《ここでディープが突き放しますよ!》

 

 解説のディープ贔屓の声が競馬場に聞こえる。大多数のファンは、このままディープが突き放して圧勝するだろう。そう高を括っていた。

 ……しかし、いつまでたっても振り切れない。ディープインパクトはアドマイヤジャパンとマイネルレコルトを振り切って差を広げるが、たった一頭を振り切れない。

 いつもと変わらずに、口を割って走るその姿。笑っているように見える、楽しんでいるように見える。見ているこっちが思わず笑みをこぼしてしまうような、そんな馬。

 

《ディープインパクトが突き放す! 突き放すディープインパクトだが! ハレヒノカイザーが並んで走る! お前に1着は譲らないとハレヒノカイザーが一生懸命に走っている! ディープとカイザーが完全に並んだまま突っ込んできた、突っ込んできた!》

 

 ハレヒノカイザーだ。歓声がどよめきに変わり、さらに悲鳴に変わりそうな中山競馬場。圧倒的1番人気のディープインパクトと、5番人気のハレヒノカイザーが競り合うこの光景に、ファンは驚きを隠せなかった。

 岳隆が警戒していた相手ということも忘れて、2頭の競り合いに注目する競馬ファン。圧倒的大多数を占めるディープの応援の声と、わずかながらにあるカイザーの応援。もしファンの気持ちだけで勝敗が決まるのであれば、ディープインパクトの圧勝は間違いない光景だ。

 だが、そんなことは走る2頭には関係ない。岳隆はディープインパクトに鞭を入れ、岡邉はハレヒノカイザーに口を割るなと声をかけ続ける。

 対する2頭は──楽しそうだ。思わずそんな感想を抱いてしまうほどに、2頭は楽しそうに走っている。

 

《ディープインパクト万事休すか!? ハレヒノカイザーが並んで走る、並んで走るハレヒノカイザー! アドマイヤジャパンとの差は3馬身は開いたディープインパクト、ハレヒノカイザー。3番手争いはアドマイヤジャパンとマイネルレコルト、先頭は残り50を切ってっ》

 

 馬券が宙を舞う。紙吹雪のように飛び交う紙くず。並んだままでゴールラインを割ったかと思われたレースだったが──

 

《ディープインパクト、ディープインパクトだ! わずかに競り勝ったディープインパクトォォォッ!弥生賞を制したのはディープインパクトだ! これで3連勝、関東でも問題なし! ハレヒノカイザーとのたたき合いを制して、見事に勝ちましたディープインパクト!》

 

 わずかにディープインパクトが前に出ていた。一瞬固まる観客だが、状況を理解して歓声を上げる。

 

「ほらな! やっぱりディープだ!」

「ディープが勝った!」

 

 並ばれていたものの、最終的にはディープインパクトが勝利した。

 ただ、着差に物足りなさを感じるファンもいる。新馬戦が7馬身、若駒ステークスが6馬身であることを考えるともっと差をつけて勝ってくれると思っていた、と考えてしまうのがファンの心理だ。

 もっとも、3着のアドマイヤジャパンは4馬身離されている。これでも十分にヤバいことだ。追走していたハレヒノカイザーを褒めるべきだろう。

 

 

 ディープインパクトに魅せられた競馬ファンは、ディープインパクトが勝ったことに注目する。

 

「やはり最高の逸材だ!」

「クラシック三冠だって取れる!」

 

 そう言って憚らない。

 だが、往年の競馬ファンは別のところに注目する。

 

「ハレヒノカイザーは、口を割って走っていたのにディープと並んでいた?」

 

 本来であればマイナスポイントでしかない、口を割って走るという行為。スピードを維持するために無駄な力を使ってしまい、大量のスタミナを消耗するこの行為は、あまり褒められたものではない。

 にもかかわらず、ハレヒノカイザーはディープインパクトと並んで走っていた。

 スタミナが豊富なのか? 血統を考えるとその線はない。たまに血統とは真逆の適性を持つ突然変異もあるが、極稀な例だ。

 頭に浮かんできたのは──天性のスピードを保有している可能性。それも、ディープインパクトに匹敵するか、それ以上のモノ。

 

「もし癖を矯正できれば、あるいは」

「将来が末恐ろしいな」

 

 視線の先にはハレヒノカイザー。負けたのにぴょんぴょん飛び跳ねている姿を見て、苦笑いを浮かべる。

 

「ま、いつも通りだな」

 

 少しの微笑ましさを覚えて、弥生賞はディープインパクトの勝利で幕を閉じる。もうすぐ始まるクラシック戦、期待はさらに高まることになる。




どっちもUMAだよ()
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