同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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1話にまとめようとしたら大変長くなりました。普段の倍くらいあります。


第72回日本ダービー

 5月29日。東京競馬場に14万人を超えるファンが詰めかける。第72回日本ダービーの日が来た。

 詰めかけたファンのほとんどは、ディープインパクトのレースを観に来た。これまでのレースで衝撃を残してきた競走馬。無敗で皐月賞制覇を成し遂げた、本馬の期待は高まり続けている。

 競馬場のファンは口を揃えて言う。

 

「ディープインパクトって凄い競走馬がいるんだ!」

「今回のレースもディープの勝ちで決まりだろ」

「勿論ディープの単勝に賭けるぞ。ここで負けるような馬じゃないからな!」

 

 ディープは凄い、ディープは強い。日本ダービーもディープインパクトの勝ちで揺らがない。ディープファンは、そう確信している。

 しかし、ファンはディープインパクトだけではない。

 

「ここで怖いのはハレヒノカイザーだよな。弥生賞も皐月賞もいいとこまで来てたし」

「京都新聞杯を勝ったインティライミも来るんじゃないか?」

「う~ん、つってもやっぱハレヒノカイザーじゃね? ディープ以外ってなると」

 

 まばらではあるが、他のファンもいる。ディープの勝ちは絶対ではない、負ける可能性があることを考慮していた。

 ディープファンが多いことには変わりないが、勝負は始まってみるまで分からない。日本ダービー発走の瞬間を、東京競馬場のファンは待ち焦がれていた。

 

 

第72回東京優駿

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1ブレーヴハート牡36

1
2ニシノドコマデモ牡311

2
3ローゼンクロイツ牡35

2
4エイシンニーザン牡316

3
5ディープインパクト牡3
1

3
6アドマイヤフジ牡310

4
7インティライミ牡3
3

4
8シャドウゲイト牡315

5
9コンゴウリキシオー牡317

5
10ハレヒノカイザー牡3
2

6
11ペールギュント牡313

6
12マイネルレコルト牡39

7
13ダンツキッチョウ牡34

7
14アドマイヤジャパン牡37

7
15シックスセンス牡38

8
16コスモオースティン牡314

8
17シルクネクサス牡318

8
18ダンスインザモア牡312

 

 

 圧倒的1番人気を誇るのは、やはりディープインパクト。単勝支持率は70%超え。どれだけの期待をかけられているのかが分かる。

 ここを勝てば無敗の二冠。実にミホノブルボン以来となる無敗の二冠馬が誕生、高まらないはずがない。

 続く2番人気は、皐月賞と変わらずハレヒノカイザー。にもかかわらず、倍率は何と約19倍。ディープがどれだけの人気を誇っているのかがよく分かる。

 東京競馬場を訪れた人々は、ダービーに合わせて制作されたディープインパクトの像の前で記念撮影をする。ここまでくるとディープ人気は、少し怖いものがあった。

 

 

 パドックから地下馬道を通っ本馬場入場。18頭の選ばれた優駿が、東京競馬場のコースに姿を現した。

 沸き上がる歓声。

 

「頑張れよー、ディープ!」

「他の馬なんて蹴散らしてやれー!」

「無敗の三冠まで一直線だー!」

 

 プレッシャーがかかりそうな、ディープ一色の声援。記念像のこともあって、関係者は胃が痛くなる思いだろう。

 それでもディープインパクトの騎手である岳は、心を落ち着かせてレースに臨んでいた。平常心で日本ダービーに挑む。

 全頭がコースに入り、ファンファーレの音が東京競馬場に響き渡る。同時に、出走する競走馬のゲート入りが進んでいった。

 

《素晴らしい快晴、この恵まれた天候で開催することとなりました、第72回日本ダービー。18頭の選ばれた優駿たちが、ゴール板の栄光を求めて出走します。今回のダービーで注目されているのはやはり》

《いや~、ディープインパクトですよね。モノが違いますよあれは。ディープの勝利を確実視する声が多いのが何よりの証拠です》

 

 解説の興奮した声。同意するように頷き、声を上げるディープファン。

 

《そうですね。しかし私はちょっと別の馬に注目したいんですよね》

《と、言いますと?》

《ハレヒノカイザーですね。皐月賞でディープに並んでいた本馬も、油断ならない相手だと思っています。岳騎手もディープインパクトの最大のライバル、と語っていました。ディープインパクトにハレヒノカイザー、ライバル2頭の競り合いは今日も見られるのか? 枠入りは順調に進んでいます》

 

 ハレヒノカイザーの名前が上がり、少し嬉しい気持ちになるカイザーファン。

 一色と思われた応援ムードだが、他を応援する声は少ないながらも存在している。確かなことだった。

 一頭、また一頭と馬はゲートへ入っていく。

 

《2番のニシノドコマデモ、6番のアドマイヤフジも入ります。4番のエイシンニーザンはすでに収まっています。順調に枠入りが収まって、大外枠の18番ダンスインザモアがゲートに入りました。皐月賞と同じ、大外枠はダンスインザモア》

 

 全頭ゲートに入り、係員が右に左に散開する。一瞬の間の後──ガコンっ! と、ゲートの開く音が響き渡った。

 沸き上がる歓声。揃ってスタートをする競走馬、戦いの幕が上がったことを実感させる。

 

《全頭ゲートに収まって、スタートしましたっ。72回日本ダービーがスタートしました。注目の1番人気、ディープインパクトはそろっという形でのスタート、いったん後方に控えますいつもの形》

 

 日本ダービーが始まった。

 

 

 

 

 

 

 日本ダービーの立ち上がり。外からコスモオースティンが上がり、内でも外でも激しい先行争いが繰り広げられることが予想されたが、ここで一頭、抜群のスタートを切った馬がいた。

 

《外から上がりますコスモオースティン。シャドウゲイトに大外からはシルクネクサスも出を窺います。ですが5枠から抜群のスタートを決めました10番のハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーが先頭に立とうかという勢い。今日は果敢に行きます、ハレヒノカイザー》

 

 ハレヒノカイザーだ。スタートから飛び出して、先頭に立とうかという勢い。内側を果敢に攻めて、最内の経済コースを陣取ろうと動く。

 しかし、そう上手くはいかない。内側の馬も五分のスタートを切っていただけに、最内を取るのは容易ではなかった。

 騎乗する岡邉はちらりと内へ視線を送る。進路がないことを悟ると、即座に切り替えた。

 

このままの位置をキープする

 

 ハレヒノカイザーに指示を出す。無理に内へ行く必要はない、と。

 応えるようにハレヒノカイザーは内へ進路を取るのを止めた。最内ではないが内寄りのポジション、悪くない位置をキープ。こちらも冷静だった。

 

《ただ、やはり逃げは取らないかハレヒノカイザー。先頭を取るのはやはりコスモオースティン、真ん中らシャドウゲイト、ダンツキッチョウも行きます。第1コーナーを曲がってハレヒノカイザーは現在4番手の位置。外にはインティライミが控えています》

《ディープインパクトはやはり後ろからの競馬ですね。これもいつも通り!》

《インティライミにシルクネクサス、ペールギュントにアドマイヤジャパン。馬群は縦に長くなってきている、縦長の馬群となります。第1コーナーから第2コーナーへ。コスモオースティンが早いペースを作ります》

 

 変わらずの後方待機策を取るディープインパクト。出遅れ気味のスタートに無理に行く必要はない、という鞍上岳の判断での待機だ。

 行きたがる素振りを見せるディープインパクトを宥めつつ、後方から3番手の位置でレースを俯瞰する岳。縦長になりつつある馬群に、喜びを覚える。

 騎手は馬を内へ走らせたい。縦に長くなるということは、ほとんどの馬が内に流れるということ。外から抜く際にかかるロスが、固まった時とは段違いだ。

 ロスは比較的少なく済む。大外から躱すスタイルのディープインパクトにとっては、好条件になるのだ。

 

 

 第2コーナーを越えて向こう正面。コスモオースティンがハナを取り、続くシャドウゲイトにダンツキッチョウ。その2馬身後ろの位置でハレヒノカイザーは走っている。

 ハレヒノカイザーの外にはインティライミ。後にはシルクネクサスとペールギュント。アドマイヤジャパンも続いている。

 

《2馬身のリードを取って走ります、先頭のコスモオースティン。第2コーナーから向こう正面。シルクネクサスから3馬身離れて後方組、ペールギュントとアドマイヤジャパン。エイシンニーザンも続きます、エイシンニーザンの3馬身後ろアドマイヤフジ、内にはブレーヴハートが続きます》

 

 最初の1000mは59秒7。やや速めのペースで進む日本ダービー。向こう正面では、やや落ち着いたペースとなっていた。

 歓声が支配する東京競馬場。好位置からレースを展開するハレヒノカイザーと岡邉には焦りがない。ただ、仕掛けどころを探っていた。

 掲げる目標は打倒ディープインパクト。勝つにはディープインパクトよりも速く動かなければならない。

 少しでも遅れれば、待っているのは皐月賞の再現。クビ差の2着に敗れたあの時と、同じ光景を見てしまうことになる。

 

そうはさせない。そうはならない

 

 しっかりと、じっくりと脚を溜める。4番手の位置で進みながら、他馬の動きをしっかりと見る。

 先頭を走るコスモオースティン。前を走るシャドウゲイトとダンツキッチョウ。隣を走るインティライミを警戒。現時点で、後ろを走っているディープインパクトを警戒する必要はない。

 岡邉の頭に浮かぶ、東京競馬場のコース。最後の勝負所で高低差2mの坂が待ち受けている、スタミナがあるわけではないハレヒノカイザーを走らせるには、少しばかり苦労することになるだろう。

 前を走るシャドウゲイトを風除けにして、風の抵抗をできる限りなくす。多少マシにレースができるだろう。

 

《第3コーナーめがけて進む各馬。ニシノドコマデモ、その後ろにディープインパクト。ディープインパクトはここにいます。さらにはエイシンニーザン、内にダンスインザモア、外にシックスセンスが続きます。コンゴウリキシオー、今日は後ろからの競馬だ。最後方はマイネルレコルト、マイネルレコルトがこの位置だ》

《マイネルレコルトがちょっと珍しい位置にいますね。位置取り争いを嫌ってか、それとも控えすぎてしまったか?》

《まもなく第3コーナー、先頭はコスモオースティン。1馬身半のリードを取ります。シャドウゲイトが2番手ですが、インティライミが早めに動いています。インティライミが早めに動いてっ、おっとこれはハレヒノカイザーも行くか? ハレヒノカイザーも動きがあります》

 

 第3コーナー。歓声がにわかに大きくなる。

 コーナーの初めの方で、ハレヒノカイザーが少し行きたがる素振りを見せる。だが、岡邉はまだここではないと判断して抑える。

 指示には──素直に従った。インティライミが先行し、ハレヒノカイザーは控える。仕掛けどころを見誤らないように、冷静にレースを運ぶ岡邉。

 

まだ、まだだ

 

 少しずつ、その時を待つ。

 

まだ、まだ

 

 じわじわと、機が熟すのを待つ。

 緊張が走る岡邉。後ろからディープインパクトが上がってきているのだろう、と予測を立て、わずかな焦りを覚える。

 それでも、ここじゃないと律する。待って、待って。

 

ッここだ!

 

 その時が、きた。

 岡邉の鞭が入る。ハレヒノカイザーは合図の下進出を開始。

 徐々に早くなるペース。最後の勝負に向けて、各馬が動き始めた。

 

 

 それは、後ろも例外ではない。

 

「あっ」

 

 認識した時にはすでに。シックスセンスに騎乗する志井はディープインパクトが外に持ち出したのを見た。

 外に持ち出したディープインパクト。いかんなくその実力を発揮して、大外から捲りを決めようと動く。

 ディープが上がってくる姿を確認した観客は、さらに大きな声を上げた。

 

《先頭はコスモオースティン、速めに動き出したインティライミがシャドウゲイトに並ぶ。ですがここで、いつの間にか外に持ち出していたハレヒノカイザーが並んでくる! ハレヒノカイザーがインティライミに追いつきます。後ではディープインパクトがじわじわと上がってきています。レースが動く第3コーナーを越えて第4コーナーへ!》

 

 ハレヒノカイザーも外に持ち出して、先に抜け出したインティライミに楽に追いつく。

 そう、()()()()()()()

 

「ぐっ!?」

「カイザーッ!?」

 

 焦る岡邉。まだ仕掛けるつもりはなかったのに、気づけばインティライミに追いつくばかりか、先頭を走ろうとするコスモオースティンを捉えんばかりに走っているのだから。

 ここでハレヒノカイザーがかかったか? そう思った岡邉は落ち着かせるように声をかける。手綱をわずかに引いて、抑えろと指示を出す。

 だが、ハレヒノカイザーは止まらない。

 

このままいくよ

 

 そう主張するように、岡邉の指示に逆らう。

 一瞬困惑する岡邉。悩んだ末に出した結論は──カイザーのプランで行くこと。

 締めた手綱を緩める。ハレヒノカイザーがさらに進出を開始する。

 

《第4コーナーに入ります、各馬第4コーナーへっ、ここで! ハレヒノカイザーがグングン上がっていきます! ハレヒノカイザーが前に出る、インティライミを躱して、コスモオースティンへと並びかける!》

《おっと、これはちょっと仕掛けが早いですね。掛かっているのでしょうか?》

《さぁここで、第4コーナーの中ほどでコスモオースティンにハレヒノカイザーが並んだ並んだ! 先頭争いにハレヒノカイザーが加わります! 後ろからはディープインパクトも上がってきている、馬群が詰まってきています!》

 

 あっという間にコスモオースティンに並ぶ。そればかりか、躱して先頭に立つ。それも、()()()()()()()

 少しずつ、差を広げていくハレヒノカイザー。コスモオースティンが先頭は譲らない、とばかりに粘るが、必死な彼をあざ笑うように差は広がっていく。

 

 

 最後の直線をむいた。先頭は、ハレヒノカイザーただ一頭。並んでいない、誰もいない状態で。ハレヒノカイザーが一番最初に最後の直線へと入ってきた。

 

《最後の直線に入ります。先頭はハレヒノカイザーに変わった、ハレヒノカイザーに変わりました! 早仕掛け、スタミナは持つのかハレヒノカイザー! ディープインパクトも気づけば大外から伸びてきている! 立ちはだかるのは東京の坂、東京の坂を上りますハレヒノカイザー!》

 

 リードを2馬身取っているハレヒノカイザー。初めての東京競馬場、立ちはだかる東京の坂を前に、ハレヒノカイザーは心の中で笑っていた。

 

どんな景色が待っているんだろう?

ここを越えたら凄くないかな?

楽しみ、楽しみ!

 

 駆け上がるハレヒノカイザー。口は割っていない、頭も上げていない。東京の坂を、苦もなく上がる。

 東京競馬場に広がるどよめき。ただ、安心感を覚えていた。

 

「どうせ最後にはディープが躱す」

「弥生賞も、皐月賞もそうだった」

「ディープは次元が違う馬。カイザーとは違う」

 

 これまでのレースから、ディープインパクトならば問題なく躱せると心の中で呟く。歓声もディープ一色、すぐに追い越せと檄を飛ばす。

 証明するように、ディープインパクトはグングン上がってきていた。力尽きたコスモオースティンを躱し、残り400を切って2番手に浮上したインティライミを追い抜く。

 後はハレヒノカイザーだけ。そう、後一頭追い抜けば、ディープインパクトは勝てる。そう信じてやまない。

 

《ハレヒノカイザーだハレヒノカイザーだ! 坂を超えて、先頭を駆け抜けるハレヒノカイザー岡邉幸生! ディープインパクト・岳隆が必死に追いかける! その差は3馬身から縮めていく! 残り200を切って先頭はハレヒノカイザーだ! これは凄い!? ディープインパクトが縮めていくが、その差がなかなか縮まらない! 残り200しかないぞ! さぁどうなるかディープインパクト!》

 

 大丈夫、大丈夫だ。ディープならばきっと勝てる。たとえ、ハレヒノカイザーとの差が縮まらなくても、ここから一発逆転の手があるはずだ。そんな幻想を抱くファン。

 だが、現実に一発逆転の手もなければ、起こっていることが変わるわけでもない。先頭はハレヒノカイザー、2番手はディープインパクト。その差は2馬身。しかし、残りの距離でこの2馬身を覆すには、あまりにも足りない。

 状況を理解する。ようやく、ディープインパクトが絶対絶命の大ピンチに陥ってることを理解する。

 

「そんな、嘘だろ!?」

「負けないでー! ディープー!」

「さっさと追い越せー!」

 

 怒号のような歓声。悲鳴のような声援。いろいろと入り乱れる東京競馬場を駆け抜けるディープインパクト。

 追いつけないのか? もうここまでなのか? そう思った瞬間。

 

やっぱり凄いや

楽しい、楽しいな

追いつきたいな!

 

 ディープインパクトのギアが、上がった。その差を縮めようと、さらにスピードを上げる。

 鞍上の岳さえも驚く。まだ上がるのか、まだこれだけの力を残していたのか。

 観客は希望を抱く。ディープのスピードが上がったことは、傍目から見ても明らか。ハレヒノカイザーよりも上だ。

 これならいける。これなら追いつける。さぁこれで二冠だ!

 

《ディープインパクト上がってくる! ディープだディープだ! このままでは終われないディープインパクト! ハレヒノカイザーを追いかけて、追いかけてっ》

 

 そんな幻想を、皇帝の子孫は。

 

《しかしここでハレヒノカイザーのギアも上がったぁぁぁ!? まだだ、まだ余力を残していた! 力を残していたのはお前だけじゃない! ここにきてハレヒノカイザーのギアも上がる! 差は縮まらない縮まらない! ディープインパクトを落とす! ハレヒノカイザーが止まらない!》

《そ、そんな!?》

「やめろォォォ!!」

「やめてぇぇぇ!!」

 

 粉々に、砕いた。

 

《ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ! 晴天の空を駆け抜けたハレヒノカイザァァァッ!! 太陽の皇帝、ここに降りぃぃぃぃぃん!!》

 

 

 

 

 

 

 静まり返る東京競馬場。決着したとは思えない、勝者を称える歓声すらも上がらない。ただ、唖然とした様子が広がる。

 そんな中で、実況の興奮気味な声が響き渡る。

 

《ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ! ハレヒノカイザーが3戦目にして、ついにライバルに雪辱を果たしました! やはり強かったハレヒノカイザー、【皇帝】の孫が、【太陽神】の孫が、【帝王】の息子が! 【太陽の皇帝】がレースを制した!》

《あ、あっ。そん、な。ディープが》

《ディープが勝っても記録づくめ、ですがハレヒノカイザーが勝っても記録づくめのダービー! 記録は前年のキングカメハメハを上回る勝ち時計2分22秒9、圧巻のレースレコード勝利! さらに、シンボリルドルフから続く3代ダービー制覇! これは凄まじい偉業だ! 2着ディープインパクトは2馬身差に敗れました!》

 

 【皇帝】シンボリルドルフから続く3代ダービー制覇。それを成し遂げたハレヒノカイザー。

 鞍上の岡邉は、ホッとしたとばかりに天を仰ぐ。

 一仕事終えた、ようやく解放された。そんな声が聞こえてきそうだ。

 

 

 しかし、東京競馬場は静まり返ったままだ。誰も口を開かない、目の前の現実を受け入れようとしない。

 言葉を失うディープファン。声を上げたいが、口をつぐんでしまうカイザーファン。

 誰が口を開くのか? 誰が声を上げるのか? 緊張が走る競馬場の空気を切り裂いたのは──

 

「……何やってんだッ!」

 

 ファンからの、心無い批判だった。

 

「俺達はディープが勝つところを見に来たんだよ!」

「ふざけんなー!」

 

 ブーイング。声は広がり、野次が飛び交う。勝ったはずなのに、嬉しいことなのに。出てくるのは勝者であるはずのハレヒノカイザーに対する批判的な声。

 もはや止まらない。そう思われたが。

 

「ふざけんなはテメェらだバカ野郎! 走ってんのはディープだけじゃねぇんだぞ!」

 

 これまた別のファンからの声が飛んだ。広がるブーイングに対し、一喝するように声を上げる。

 この男は、特段ハレヒノカイザーのファンというわけではない。ただ競馬が好きなだけの、一般人に過ぎない。

 だが、この状況に我慢ならなかった。称えられるべき勝者が貶められる異常な光景に、堪忍袋の緒が切れた。

 

「口を開けばディープだディープだと。他の言葉を知らねぇのか!」

「なんだと!?」

「そうだそうだ! 批判したけりゃ身内だけでやれ!」

「こんなところに持ち込んでくるんじゃねぇ!」

 

 混沌とした光景。無秩序で、殴り合いにすら発展しそうな雰囲気。警備員が総動員され、取っ組み合いを始めているファンを拘束し始める。

 

《お、落ち着いてください! どうか、どうか落ち着いて!》

 

 実況のアナウンサーも止めに入る。それでも止められない。

 そんな時だった。

 

「ビヒヒィィィンッッ!!」

「「「っ!?」」」

 

 天を衝くような嘶きが、東京競馬場に響き渡る。聞こえなかったファンもいるだろうに、思わずその手を止めてしまう。

 発生源は──ハレヒノカイザーだった。静かに佇み、観客を俯瞰したかと思えば──もう一度嘶く。

 

「ビヒヒィィィンッ!」

 

 騎手である岡邉も驚いているが、ハレヒノカイザーは止まらない。

 

俺を見ろ

勝者を見ろ

このレースを勝ったのは、俺だ

 

 そう言わんばかりの圧を、発している。

 またも静まり返る競馬場。次にこの空間を破ったのは。

 

「──おめでとう、ハレヒノカイザー!」

 

 ファンからの、温かい声援だった。

 その一言が、今度は会場全体に広がっていく。先ほどまで批判の声が大きかった競馬場は、今度はハレヒノカイザーを祝福する声に変わっていく。

 

《ッ! て、天に向かって、大きく嘶くハレヒノカイザー! ここにいるのを誰だと心得る! 俺の前で喧嘩は許さない! 皇帝の前で、無礼は許さんぞ! ハレヒノカイザーは、きっとそう伝えたいのでしょう!》

 

 批判の声を上げていた人々は、他の観客から白い目で見られる。たじろぎ、旗色が悪くなったことを感じ取った。

 そんな彼らの目に映ったのは。

 

《そして、喧嘩をするぐらいなら楽しめと! いつものように跳ねているハレヒノカイザー! いつもよりちょっと元気がありませんが、怒るぐらいなら笑えと飛び跳ねる! 怒るよりも笑顔になれ! これがハレヒノカイザーであります!》

 

 デビュー戦から何も変わらない、ハレヒノカイザーの姿だった。

 ばつが悪そうに頬を掻くファン。言いにくそうにして、掴みかかってきた男に対して。

 

「……ごめんなさい」

 

 謝罪とともに、頭を下げた。

 これで、両者の溜飲は下がる。各所で謝る姿が散見され、後にまばらな拍手が沸き上がる。

 たった一頭の競走馬の存在で、舞台は沈静化した。

 

「カイザー、お前……」

 

 ハレヒノカイザーの名前を呼ぶ岡邉。心が震えあがるのを感じ、頭を撫でる。

 

「お手柄だぞ、頑張ったな」

「ヒヒィン」

 

 嬉しそうに鳴くハレヒノカイザー。ぎこちないながらも笑顔が見られる東京競馬場の雰囲気に、満足しているようだった。

 

第72回日本ダービー勝者・ハレヒノカイザー

 

 

 

 

 

 

 勝ったけどブーイングされている件について。はは~ん、コレはあれじゃな?

 

(もっとド派手に勝てと。ここで満足してるんじゃねぇぞと。そう叱咤しているわけですね!)

 

 ふふん、任せてくださいよファンのみなさん。私はできる子、ハレヒノカイザーですよ? 勿論油断なんてしませんとも。次のレースもプイちゃんに勝ってやりますよ。ただ、私は別にマゾヒストじゃないんですよね。なので温かい言葉をプリーズ。できれば褒めて褒めて。

 ただ、どうやら違う様子。なんというか、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうですね。

 殴りかかろうとしている。必死に抑えられてる。心が、締めつけられる。

 

(……それはいかんでしょ)

 

 喧嘩を楽しいと感じるなら別だよ。好きにすればいいと思う。止めはしない。

 だけどさ、今の人間さん達は違う。気に入らないから、ムカつくから殴ろうとしているじゃん。

 それはダメだよ。私的にNG。だからさ。

 

「ビヒヒィィィンッッ!!」

 

 私を、見ろ。

 

「ビヒヒィィィンッ!」

 

 勝者を見ろ。ハレヒノカイザーを見ろ。そして──笑え!

 本当はすっごく疲れてるからやりたくない。だけど、いつもの私を思い出してほしい。

 頑張って飛び跳ねる。疲れてるとか関係ない、みんなの笑顔が見れるなら安いものだ。

 

(ふふん、さすがは私。どんどん笑顔が広がっていきますよ)

 

 その効果は抜群。徐々に、苦笑いでも笑顔の輪が広がっていく。

 さっきまで取っ組み合いの喧嘩をしようとしていたファンも、2人ともぎこちない笑みを浮かべている。うんうん、私は満足ですよ。

 疲れたから飛び跳ねるのやめよ。さて、後は帰るだけですね。

 

「カイザー、お前……」

 

 おん? どうしました岡邉さん。そんな心配してそうな声色で。

 

「お手柄だぞ、頑張ったな」

 

 わーい、岡邉さんに褒められたー!




コイツのメンタル無敵か? 日本ダービーでハレヒノカイザー大勝利! 陣営コメントは次回に。
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