富士澤調教師のコメント
「もうね、嬉しいなんて言葉だけじゃとてもじゃないけど言い表せない。ダービーですよ? ダービー。シンボリクリスエスもゼンノロブロイも届かなかった栄光を、ハレヒノカイザーが取ってきてくれた。本当にね、よくやってくれた! と。戻ったらたくさん褒めてあげないとダメですね。
スタートも良かったし、早仕掛けがどうかと思ったけど最後まで持ってくれた。最後にちょっと一悶着ありましたが、やっぱり持ってますね、ハレヒノカイザーは。場の空気を嘶き一つで一変させた。凄い馬ですよ。今後のレースに期待できますね」
岡邉騎手のコメント
「ディープインパクトに勝つためには早く仕掛ける必要があった。ただ、あんなに早く仕掛けて大丈夫か? と思わずにはいられなかった。スタミナがある馬ではないから。結局は最後まで持ったのだから、ハレヒノカイザーの判断が正しかったことになる。この歳になっても、まだまだ教えられてばかりだ。
とにかくスピードが凄い。詰められた差を、また元に戻しちゃったんですから。まだまだ底が見えませんね。秋以降はさらに進化しているんじゃないか?」
春陽オーナーのコメント
「まさか、初のG1勝利が日本ダービーになるなんて。いや、もう、なんて言ったらいいのか分からない。勝ったハレヒノカイザーをうんと褒めてやりたいと思います」
◇
あ~い、私です。日本ダービーが終わって、次のレースは秋になるらしいですよ。
それにしても、ふっふっふ。ついに私、やっちゃいましたよ。
(プイちゃんに勝ったぜやっふ~! さらにはG1初勝利だぜイェイイェイ!)
プイちゃんに勝って、なんとG1初制覇でございます。G1は日本のレースでも頂点のレース。それを勝った私は凄いってことですよ。
それにしても、人が凄かったですね。皐月賞よりもさらに多かったですよ。注目度は日本ダービーの方が上なのかもしれませんね。
さて、現在の私でございますが。さすがの激戦だったのでね。調教はまだまだお休みです。ぐうたらしていますよ。隣の馬房のロブロイさんが羨ましがってました。まぁロブロイさんレースが近いから休めないですしね。
馬房で音楽を聴きながら休んでいると、壬生さんが顔を出してきました。
「カイザー、今日の新聞持ってきたぞ~」
お、ついにきましたか。これを楽しみにしていたんですよ私は。
なんで楽しみにしてたかって? 決まってるじゃないですか。
(私は大レースに勝った。つまり、一面が私の記事になっている可能性がある!)
ふふふ、ついに私も紙面の一面を飾るようになりましたか。おっと、押さないでください。サインはちゃんと全員分用意しますから。
一面を飾っているかもしれない新聞を、いざ見ましょう。壬生さんが広げた新聞には、おぉっ!
「良かったなカイザー。お前のカッコいい姿が一面に載ってるぞ」
おおお! でっかく載ってるじゃないですか! そうそう、こういうのですよこういうの。私が求めてたのは!
空に向かって咆哮している私。あ、これあの時のですか。え~っと、記事のタイトルはっと。ふむ、【晴天を駆け抜けたハレヒノカイザー、ディープインパクトを退け2馬身差V!】ですか。
それにしてもカッコいいですね~この写真。私のファンが増えてしまいますね。
(記事の内容は~、私を褒めちぎっていますね)
むはは、もっと褒めてくれていいんですよ。気分は最高です。
ただちょっと引っ掛かりますね。随所でロングスパート、とコメントされているところが特に。
ロングスパートは長めのスパート、ってことでしょ? 読んで字のごとくの、スパートを長くとるやつ。
(別にロングスパートのつもりはないんだけどなぁ。むしろ道中が結構遅めに走ってた、というか)
速く走ろうと思えばできたけど、ポジションが悪くないからあの位置に収まってたんですよね。記事では第4コーナーの手前でロングスパートを始めた、なんて書いてますけど、コレはちょっと違う。
私としてはノーマルに戻しただけ。本当に仕掛けたのは、それこそ200m超えたあたりだったはず。
(少なくとも、コーナーでは仕掛けてませんね。最後の直線でちょいと早めましたし)
まぁ道中よりも速いペースで走ることがロンスパってことなら、ロンスパということになるんでしょうか? う~ん、分からんね。
細かいことは気にしない。勝ったから気分が良いですよ。脚の状態も悪くはありませんし、万々歳です。
「それにしても、記者も勝手なもんだな。レース前はディープだディープだって騒いでたのに、いざハレヒノカイザーが勝ったらこれだ」
ただ、壬生さんの気分はよろしくないみたいですね。どしたん? 話を聞きましょうか?
壬生さんが眺めている新聞の記事を見ます。タイトルはっと、【ディープインパクトだけではない!ハレヒノカイザーを忘れるな!】ですか。そうだそうだ、忘れてもらったら困りますよ。
記事の内容はと言いますと、私の実力を評価してくれる内容ですね。むふふ、良いじゃないですか。その調子でもっと褒めちぎってください。テンションが上がります。
んで、まぁ。壬生さんが良い顔しないのも分かります。
(レース前の新聞、私なんて見向きもされてませんでしたからね)
プイちゃん凄い、プイちゃんはヤバい、ぐらいしか書かれてなかった。どの新聞もプイちゃんが中心、他の子なんて知らんとばかりの内容。私の記事が新聞の隅っこに書いてあるだけでも御の字みたいな状態でした。
ま、今回の私は一面を飾っているわけですがね! ワハハ!
「勝手なもんだよな。ディープの一強だ、ディープの三冠は確実だとか囃し立てといて。ウチのカイザーが勝ったら今度はライバル2頭の熱い戦い、ってシナリオに持っていきやがる」
ほ~ん、なんかいろいろとあるみたいですね。よほど思うところがあるのか、新聞を持っている壬生さんの手はプルプル震えています。
ぶっちゃけた話、私はそこまで気にしてません。みんなと走るの楽しいし、そこに何が介入してようが知ったことじゃないので。それでみんなが笑顔になれるというなら構わない、というか。
でも、壬生さんの気持ちは分からないでもない。
(壬生さん達が、私達にたくさんの愛情をもって接しているかはよく知っています)
大切に、手塩にかけて育てている。そんな子達に見向きもしなかったくせに、いざ勝ったら群がってくる。そりゃあ面白くないでしょう。
ただ、今の私にできることと言えば。
「ブルル」
「わっぷ。ど、どうした? カイザー。急に俺の顔を舐めてきて」
こうやって、舐めて慰めることぐらいですね。ほらほら、気にするんじゃありませんよ。笑いましょうや、私の記事が一面を飾ってるんですよ。
「ヒヒン」
「……ごはんか?」
いや、違いますけど。そう簡単に意思は伝わらないから、これは仕方ないね。
「ま、落ち込んでばかりもいられないよな。せっかくお前が勝ったってのに、沈んでる場合じゃない、か」
お、その意気ですよ壬生さん。もっと元気出していきましょう。
「ありがとよ、カイザー。そろそろ新しい曲も持ってくる予定だから、楽しみにしててくれよな」
やったー! 新しい曲が増えるぞー!
壬生さんは去っていき、またもや一頭で過ごすことになります。音楽を聴きながらリラックスですよ。
新聞を見て思い出しましたが、勝った後の口取り式は凄かったですね。
(富士澤さんも岡邉さんも、春陽さんも泣いてたなぁ)
みんな大号泣よ。私が勝ったのがよっぽど嬉しかったみたいで。泣きながら喜んでいました。
喜んでくれたのならば本望ですよ。頑張った甲斐があったってもんです。
涙声で私を褒めてくれた春陽さんは、今でも忘れられません。
「が、がん、がんばったなぁ。ありがとうなぁ」
泣きながら、必死に私へと感謝の言葉を口にする春陽さん。
「よくやったぞ、カイザー。あのディープに勝ったうえ、場の空気を一変させたのは、本当にお手柄だ」
「まさか、この歳になっても教えられるとは。私が思っている以上に、お前は成長しているのかもしれないな」
微妙に涙ぐんでいる富士澤さんと、どこか遠い目をして褒めてくれた岡邉さん。目を閉じれば鮮明に思い出せます。
(私頑張った。超頑張った。やっぱり、笑顔は最高ですね)
あの笑顔があれば、私はいくらでも頑張れる。凄く力が湧いてくる。よし、次のレースも頑張ろう!
そうそう。次のレースは、秋だって言ってましたね。それまではレースはないんだとか。
(もうすぐ6月だから、3ヶ月くらいは空くのか。結構空いちゃうな~)
それに、夏だから暑くなること間違いなし。少しずつ気温が上がってきてるみたいですし、そっちも注意しないといけませんね。
『ただいま~……つかれた』
『あ、お帰りなさいロブロイさん』
『おー、カイザー』
ぐうたら過ごしていたらお隣さんのロブロイさんが帰ってきましたね。今日もかなりのハードトレーニングを積んだのかもしれません。心なしか、疲れているような気がしますし。
『レースが近いからって、量が増えたんだよ。おまけに、ほぼ休みなしだったし』
『レースが近いから仕方ないんじゃないですか?』
『そりゃ分かってんだよ。でも、俺はもっと休みたいの!』
う~んいつものロブロイさん。一周回って安心しますね。
『まぁまぁ。頑張れば人間さんも褒めてくれるじゃないですか』
『そうかぁ? 俺はもっとやる気出せとしか言われねぇぞ』
それ普段のロブロイさんの態度のせいでしょ。
『また頑張ればお休み貰えますよ。それまで頑張りましょうよ』
『そりゃそうだけどな』
ちなみに、今度ロブロイさんが出走するレースは、投票で選ばれたお馬さんだけが出走できる、特別なレースらしい。夏のグランプリだとか。この前小耳にはさみました。
投票で選ばれたお馬さんだけが走れる、か。え?
(私も出走したい!)
そんなレースで選ばれるそれすなわち、私はとても人気がある馬だということ! これはぜひとも選ばれたい!
ま、冷静に考えて私はそのレースに出走できないんですけどね。日本ダービーがありましたし。
でもいいな~、出たいな~ロブロイさんが出るレース。
『ま、それに』
およ? ロブロイさんがちょっと真面目な雰囲気を発していますね。どうしたんでしょうか?
『可愛い後輩に情けねぇ姿は見せられねぇからな。まだまだ、頑張らせてもらうぜ』
『ろ、ロブロイさんっ!』
か、カッコいい! なんてカッコいいんですかあなた。これぞ厩舎の大エースですよ。
あ~、いろいろと考えたら走りたくなってきましたね。よしっ!
『休みが明けたら一緒に走りましょうよロブロイさん!』
『え、嫌だけど。疲れるし』
『そんな!?』
さっきまでやる気のあったあなたはどこに! というか、なんでみんな私と走るのそんな嫌がるんですか!
タイミングか、タイミングが悪いのか! もっと機会をうかがうべきなんですか!?
『ぶ~。いいですも~ん。音楽が私を癒してくれますも~ん』
『お前よく飽きないよな、その変なの』
『嫌いじゃないですし。それに、聞いていると味が出てきますよ』
『俺には分からん』
残念。理解は得られませんでしたか。趣味は馬それぞれなので、特に気にはしませんけど。
さて、寝藁をかき集めてリラックスタイムの続きと行きましょう。壬生さんがまた来るまでは時間がありますからね。ロブロイさんも、休みたいでしょうし。
『ロブロイさん、次のレース頑張ってくださいね』
『おう。こーはいがでかいのを勝ったからな。俺も負けてられねぇよ』
頑張れ~、ロブロイさ~ん。
ロブロイさんも頑張れ。