俺──ゼンノロブロイには可愛い後輩がいる。見ているとこっちも楽しくなって、思わず笑顔になっちまうような、そんな後輩が。
そいつの名前はハレヒノカイザー。いつも楽しそうにしていて、愛嬌が良くて、周りに慕われ──
初めて出会った時は、ま~どこにでもいるような奴だな、と思った。ま、他と変わらずそこまで関わり合うことはないだろう、なんてな。
そんな風に思っている俺に、アイツは迷わず近寄ってきた。
『ハレヒノカイザーです! よろしくね!』
いや、普通にびっくりした。他の奴らは俺らにビビってんのに、カイザーだけは全くビビらずに近づいてきたんだから。怖くねぇのか、なんて思った。生意気だな、とも。
元からいた連中も、最初は気に入ってなかったよ。生意気な奴とか、ぶっ潰してやるとか言ってた。クリスエスさんは特になんも言ってなかったけど。てかクリスエスさんにも臆せず行けるアイツはどうなってんだ。
でも、数日もしたらさ、全員気を許してんの。
『へ~、凄いんですね先輩!』
『へへ~ん、だろだろ?』
シメてやるとか息巻いてた奴も、気づけばみんなハレヒノカイザーと仲良くなっていた。いや、すげぇな本当。気の強い奴だっているのに、アイツはビビることなく仲良くなるんだから。
『お前カイザーのこと気に食わんって言ってなかった?』
『バっ、お前! あんないいやつを気に食わんとか正気か!』
『お前のことだよ』
ぶっちゃけた話、ここの奴ら全員と仲良しって言われても信じるわ。そんだけスゲェもん、アイツは。
しかも、アイツはま~速かった。ここに来た時からずっと変わらず。
『速いな、カイザーは』
『そうですね、クリスエスさん。なんつーか、本当にすげぇなカイザーの奴』
クリスエスさんも速いって言ってたし間違いない。アイツと同じ時期に入ってきた奴らは、もう相手にならないレベルだろうな。
俺とクリスエスさんは良く一緒に走る。そのたびに、クリスエスさんはカイザーのことを話題に挙げていた。
『カイザーは凄い逸材だ。この前走ったが、速い』
『あ、俺も一緒に走りました! 確かに速いですよね、俺らほどじゃないですけど』
『それは当然だ。さすがに、私達より速かったら、凹む』
俺もカイザーのことは嫌いじゃない。俺のことを褒めてくれるし、凄い凄いって言ってくれる。可愛い後輩だ。
けれど、クリスエスさんはそれだけじゃない。少し、心配していることがあるみたいだ。
だからかもしれない。俺に、あるお願いをしてきたんだ。
『ロブロイ。カイザーのことを頼んだぞ』
『へ? な、なんでまた急に』
『頼んだ……カイザーを、孤独にしないように』
最初はクリスエスさんが言ってることが分からなかった。なんでアイツが孤独に? あんなに周りに慕われているのに。そりゃないだろと思っていた。
──けど俺は、クリスエスさんの言葉の意味を、後に理解することになる。
気づいたのはアイツがディープインパクト、ってのと会った後。カイザーは、さらに速くなっていた。
『お前さらに速くなってんな』
『ふふ~ん、プイちゃんに負けるわけにはいきませんからね』
相も変わらず楽しそうに走るカイザー。いつもの調子だな~、なんて思いつつ放牧へ。
この頃から、カイザーを取り巻く環境は少しずつ変わっていった。
『ねぇねぇ、一緒に走ろう!』
『え~、ヤダ』
『なんで!?』
放牧の時、カイザーは一緒に走ることを拒否されていた。確か、カイザーと同じぐらいの頃に来た奴だった気がする。
気分が乗らないとか、そういうことだってあるだろう。だから気にしなかった。
けど、カイザーはほとんどの奴から一緒に走ることを拒まれていた。カイザーから誘われても、嫌だと突っぱねている。
(おいおい、こりゃ変じゃねぇか?)
さすがにおかしいと思ったよ、俺は。だって、カイザーと仲良くしているのは変わらないのに、走るのだけは嫌だって言われてんだぜ? むしろ、喜んで走るはずなのに、だ。
放牧地で、アイツについていくように走る奴はいる。でも、アイツに誘われても走る奴はいなくなっていた。
『タイミングか! タイミングが悪いんか!? えぇ!』
『ま~落ち着けよカイザー。そんな日もあるだろ』
が、おかしいと思ったので、一緒に走る奴に話を聞いてみた。
『おい、ちょっといいか』
『ろ、ロブロイさん。なんですか?』
俺が質問すりゃ誰だって答える。カイザーには言いにくくても、俺ならば言えるって奴はいる。
だから聞いてみた。カイザーと一緒に走りたがらない理由を。
『なんでカイザーの誘いを断ったりするんだ? 前までは普通に走ってたろ』
帰ってきた答えは、予想外のもので。
『あー……
『あっ?』
一瞬理解が追い付かなかった。
待て待て、アイツが怖い? どこが? 怖さとは無縁だろ。
『だって、俺達が一生懸命走っても、笑いながら追いついてくるんすよ、カイザーのやつ』
……あ。
『他のみんなもそう。どんだけ差をつけられても、どんなに頑張ってもアイツは笑いながら追いついてくる』
『っ、確かに』
『だからまー、一緒に走っても楽しくないっつーか、むしろ怖いっつーか。カイザーと走ると、勝てねぇって思わされるから』
言われてみりゃ、確かにそうだ。アイツは走る時、いつも笑っている。そして、必ず追いついてくる。
『放牧で後ろをついていくのは良いっすよ。楽しいし、こっちも笑っちまうし。でも、勝負ってなるとマジで嫌ですね。格の違いを見せられるんで』
『……それが、理由か』
『そうっす。あ、でもカイザーには言わないでくださいね? 別に嫌いになったとかじゃないし、言われたら傷つくだろうし』
カイザーの心配をしてるってことは、嫌いになったわけじゃないんだろう。全部が全部、変わったわけじゃない。
他の奴らに聞いても同じような答えが返ってきた。
カイザーが怖い、格の違いを見せられる、カイザーには勝てない、だから一緒には走りたくない。
(ぶっちゃけ、カイザーは強くなった。クリスエスさんがいたあの頃よりもずっと速く、他を置いてけぼりにするぐらいに)
そして、クリスエスさんが言ってたことを理解した。なんでクリスエスさんがカイザーを孤独にするな、と言ったのか。
全部見抜いてた。クリスエスさんは、カイザーが強くなることを。他がついていけないほどに強くなることを、クリスエスさんは分かってたんだ。マジでスゲーな、さすがはクリスエスさんだわ。
んで、まぁ。他の奴らの気持ちは分からんでもない。ぶっちゃけ、俺も最近感じてきたことだ。
(あいつはマジで強い。俺でさえも、勝てねぇって思わされることが多くなった)
俺が感じるんだ。他の奴らは俺以上に感じてるに違いねぇ。
つまりは、カイザーは他から怖がられている。走ることを恐れられている。
『あ、ロブロイさんだ。おーい!』
『うん? どしたよカイザー』
怖いけど、アイツは良い奴だ。仲良くはしたい。走らなければ、アイツの怖さを知ることはない。
『私もでかいレースを勝ちましたよ! これでロブロイさんと一緒です!』
『ほ~ん? ま、俺はそのでかいレースを3つ勝ってるがな!』
『なぬ!? 追いついたと思ったのに!』
だから、極力走らないようにしている。こんなところだ。
気持ちは分かる。誰だって、怖い奴とは走りたくないからな。
(確かに、孤独になるわな。そして、これから先、もっと孤独になる)
あんまりじゃねぇか。走るのが大好きなのに、走ると離れていっちまうなんてよ。いくら何でも可哀想だろうが。
『しかーし、私はこれから先も勝っちゃいますもんね! プイちゃんにも勝った私は無敵、まさにUMA!』
『毎回思うけどそのUMAって何だよ』
『なんかよく知らない生き物のことらしいですよ』
こんな良い奴が、将来は孤独になってしまう。そんなの、良いわけねぇだろうが。
俺だってぽつんといるのは嫌だ。誰だってそうだ。周りのことが大好きなコイツも、きっと同じだろう。むしろ俺たち以上に嫌なはずだ。
他の奴は、もう走ろうとする奴はいなくなった。誘われてもほぼ断っている。珍しくもなんともなくなった。いや、なくなってしまった。
カイザーは、少しずつ孤独に近づき始めた。今も進んでいる。
『そうだロブロイさん、走りましょうよ!』
『あ~? めんどくさ、いや。良いぞ』
『本当ですか!? やったー!』
だから、コイツが孤独にならないように。せめて俺だけでも一緒に走ってやるとしよう。カイザーは良い奴だし、それに、俺は
別にクリスエスさんに頼まれたからじゃねぇ。俺自身が、コイツと走りたいから走る。そんだけだ。
『じゃあさっそく走りましょうよ! 走ったら他の子も寄ってくれますし!』
『落ち着けって。分かってるからよ』
急かすアイツを見ながら、思う。
(なぁ、クリスエスさん。あなたから頼まれたけどよ)
今は俺がいるから良いだろう。俺がいるから、孤独にはならない。
だが、俺だってずっとここにいるわけじゃない。もし俺が、クリスエスさんのように遠くに行ってしまうことになったら。
(俺がいなくなったらアイツは……どうしてやればいいんでしょうね?)
カイザーの孤独は、誰が埋めてやれるって言うんだ?
◇
日本ダービーが終わって、ハレヒノカイザーの評価は一変した。
今まではテイオー産駒の期待馬、ぐらいしか印象になかった本馬。日本ダービーでディープインパクトを破って優勝した後は、かなりの注目を集めるようになる。
無敗を誇ったディープインパクトを、ダービーのレコードタイムで破って勝利。好位追走からの盤石な競馬で、その実力を示した。
記者達はこぞって記事を上げ始める。【ここにきてディープに向かい風か!?】、【強力なライバル出現!】と、今までのノーマークから手のひらを返すように記事を出した。
「というか、前々から強いとは言われてただろ。記者の目が節穴すぎるだけ」
「ディープに勝つならカイザーぐらいかとは言われてた。それをいまさら何言ってんだか」
「つーか、ディープディープって囃し立ててたくせにこれかよ」
一部の競馬ファンからは冷ややかな目を向けられるものの、一般大衆が彼らと同じ反応するかは別の話。ウケるかウケないかは別だ。
ディープインパクトの人気は言わずもがなであり、そんな人気馬にライバルが出現となれば、気になるのが人間の性。一部の反応とは裏腹に、記事は好調な売れ行きだったという。
ここに加わるように、JRAも介入。ディープの銅像の件など忘れたのか、2頭のライバル関係をピックするように画策。噂段階ではあるが、今も計画は進行中とのこと、らしい。
一躍有名となったハレヒノカイザー。ただ、面白く思わない人々がいる。
ディープインパクトを推していた人々だ。一般人だけではなく、報道関係者の中にもディープの三冠は確実! という声を上げるファンは一定数存在している。
「ディープこそが最強、ディープが一番強いんだ!」
強さに惚れ込み、同世代に敵はいない。そう信じてやまなかった。順調にスター街道を上っていくのが約束されていた。
だが、ハレヒノカイザーによって偉業は阻まれた。すでにクラシック三冠を取ることはできず、無敗もなくなってしまった。
「嘘だろ? ディープが、ディープが」
「負け、た」
ファンの心理からすれば偉業を阻んだ怨敵。ハレヒノカイザー憎し、とディープファンは掲げている。
「次は絶対に勝てよー、岳ー!」
「これ以上負けるのは許さへんからなー!」
これ以上負けるな、ハレヒノカイザーにだけは絶対に勝て。それがディープインパクトを応援するファンの、大多数の声である。
現在のハレヒノカイザーは、ファンよりもアンチの方が多い。ディープインパクトファンの大多数がアンチなので、それも当然かもしれないが。
謂れのない誹謗中傷に、根も葉もない噂。所詮はまぐれ勝ちなどと口にするファンもいた。報道関係者に至っては、ディープが負けたことばかりを取り上げて、カイザーのことに触れないところさえもあった。
ただ、報道のインタビューで主戦騎手である岳は、ハレヒノカイザーを称賛するコメントを残している。
「あれほどのレースをされたらどうしようもない。僕とディープインパクトの完敗ですよ、あの日本ダービーは」
ハレヒノカイザーは強かったと。負けたのも納得のいくものだったと発言している。
これに関しては、調教師である生江も同じようなコメントをしている。
「ダービーは見事なレースだった。ハレヒノカイザーはやっぱり強いね、うん」
勝者を称え、次こそは勝つとコメント。敗因を洗い出し、次の勝負に向けて舵を取っている。
なのに、ファンは止まらない。勝利を認めようとしない。ハレヒノカイザーはディープに劣ると声を大にする。日本ダービーであったことなど、忘れたとばかりに。
「あんな勝利まぐれだ、まぐれに決まってる!」
「そうだそうだ! 油断したところを出し抜いただけだろ!」
「次のレースではディープが圧勝する!」
耳を塞ぎたくなる、醜悪な声。他のファンからは煙たがられていることも知らずに、過激なファンは声を上げ続けていた。
良くも悪くも、ハレヒノカイザーの状況は大きく変わってしまっている。厩舎での関係も、世間からの反応も。
この状況の中明かされた、彼の次走は。
「ハレヒノカイザーの次走は──セントライト記念です」
セントライト記念。菊花賞のトライアルレースだ。
うーんヒトカス。