ウィッス、私です。突然ですが、今の私は北海道にいますよ。
なんで、と思うかもしれません。簡単に言えば、夏休みみたいなものですよ。頑張ったからご褒美です。
(向こうよりも全然過ごしやすい。富士澤さんに感謝だ!)
北海道の夏は関東の夏よりも涼しい。風が気持ちいいや。
私が過ごしている場所では、美浦トレセンほどじゃないにしても、走るための設備がそれなりに整っています。
芝のコースだったり、ダートのコース、さらにはウッドチップの坂道なんかも。より取り見取りですよ。
夏休みとして過ごしつつも、このコースを利用してトレーニングに励む。夏を過ぎたらすぐにレースですからね。身体が鈍っちゃわないようにするため、頑張らねば。
(確か、富士澤さんのお兄さんが場長を務めてるんだとか)
そりゃまた凄い。そんな繋がりがあったわけですね。
現在の私は調教も終わって馬房でリラックスタイム。こっちの人達にもラジカセを用意してもらって、音楽を聴いていますよ。
いや~、極楽極楽。もうこれがないと落ち着きませんね。
「凄いな。本当にリラックスしている」
「一雄から聞いたときは半信半疑だったが、驚いたな」
耳を立てると、ここの職員さんの話声が聞こえます。私がラジカセで音楽を聴きながらリラックスしているのが意外だそうで。当たり前ですけどね。私以外に見たことありませんし。
そして、新聞なんかも持ってきてくれます。富士澤さんたちが、私がここで過ごす段階でいろいろと教えてたみたいで。
「よ~し、新聞を持ってきたぞカイザー。一緒に読もうな」
「ヒヒィン(はーい)!」
待ってました。今日のニュースを読ませてちょうだいな。もう新聞を読むことにも慣れてきた私ですよ。
ここでも情報はいろいろと入ってくる。サッカーのワールドカップがどうとか、関東圏でちょっと大きい地震があったりとか。
中でも注目すべきなのは、私のニュースだ。
ふっふっふ、聞いて驚かないでください。なんと私、新聞に取り上げられることが多くなったんです!
(プイちゃんのライバル、ハレヒノカイザー。その強さに迫る……ふっ、中々いいじゃあありませんか)
おいおい、私も随分スターになっちまったもんですね。無敵状態ですよ、無敵状態。こりゃあファンのみんなからサインをねだられてしまいますね。私の中で有名=サインの常識が変わる日は来るのか。どうでもいいか。
話を戻しますと、私に関する記事が露骨に増えました。今まで全然なかったというのに、ここ最近で爆発的に増えています。
具体的には、3ヶ月に1回ぐらいあるかな~? ないかな~? なんてペースだったのに、今では2週間に1回ぐらいのペースに爆増しました。プイちゃんの次ぐらいに、目にする機会が増えましたよ。
「お、今日もお前の記事があるな、カイザー。やっぱり嬉しいか?」
「ヒヒィン(勿論)!」
「ま、だよな。やっぱ嬉しいよな」
撫でてくれる人間さん。私の気持ちは有頂天に。最近だ~れも一緒に走ってくれないことなんか忘れちゃいそうなほど、気分が良いですよ。
今回の記事の内容は、テキである富士澤さんに聞いた、私の強さの秘訣。こんな調教をやっているとか、私がもっている強みの部分とかを説明している。
(【一番は賢さ。この賢さが、ハレヒノカイザーの強さを支えている】。ふふん、私は賢いですからね)
血統的に2400mも厳しいにも関わらず、私はこの賢さがあるからこそ走り切ることができたと。この賢さならば、3000mの菊花賞も行けるはず、と踏んでいるそうです。
ただ、富士澤さん的には秋の天皇賞に出走したかったのだとか。クリスエスさんやロブロイさんも、菊花賞ではなく天皇賞の方に行ったみたいですし。
(それにしても天皇賞ですか。これはきっとすごいレースに違いありません)
なんてったって天皇賞ですよ、天皇賞。天皇と言えば、日本の象徴ともいうべきお方。そんなお方を冠しているのですから、日本でも最高位のレースに違いありません。
いろいろと協議を重ねつつ、将来を見据えて長距離を経験しておくのは悪くない、ということで、私の菊花賞出走は決まった。
(なんか、海外のレースとか検討しているらしいですね、私)
なんならロブロイさんと一緒に海外のレースに行くことすら検討されてましたから。時期尚早ということで、結局はなくなりましたけど。
あ、ちなみにロブロイさんは今海外に行ってます。イギリスのレースに出走するんだとか。
去り際のロブロイさんは今でも思い出せますね。
『なんでそんな遠いところいかなきゃいけねぇんだぁぁぁ……』
うん、怨嗟の声を上げてたな。宝塚記念クビ差の3着で頑張ったのに、ちょっとあんまりな仕打ち。
話がそれましたが、私にはまだ早いということで海外のプランは見送りです。来年ならば機会はあるかもしれない、なんて語ってました。
(今回の新聞で、そのことについて触れてますね。ゆくゆくは海外挑戦を掲げていることとか)
あんまり海外遠征はしたくない、のが富士澤さんの本音らしいですが、私やロブロイさんの素質に惚れ込んでの挑戦らしい。いや~、照れますねぇ。
「カイザーの海外挑戦、か。重い馬場は走れるのだろうか?」
「うぅん、ハレヒノカイザーは規格外の賢さですからね。もしかしたら、あっちの芝にすぐ順応するかもしれませんよ?」
「可能性としてはあり、ということか」
はっはっは。どうも、規格外の賢さを持つ馬ハレヒノカイザーです。
さて、記事の内容についてもう少し触れましょう。記事には私の次走についても触れていますね。
私の次走はセントライト記念、というらしいです。昔の凄いお馬さんの名前を冠したレースなのだとか。
(実績さえ上げれば、私の名前を冠したレースが作られる可能性が?)
ハレヒノカイザー記念……なんか絶妙にコレジャナイ感。よし、なかったことにしましょう。
セントライト記念はダービーよりちょっと短い2200m、関東の中山で開催されます。そして、このセントライト記念は菊花賞のトライアルレースなんだとか。
本来なら、私は菊花賞に問題なく出走はできるらしい、ですが。
「菊花賞前に一叩きしておきたいからな。神戸新聞杯は有力馬が集まりやすいから見送り。関西の遠征前に、勝って景気よく行きたいんだろう」
「だから関東のセントライト記念なんですね」
とのことらしい。神戸新聞杯の方にはプイちゃんが出走するらしいので、ちょっと残念です。
「シンボリルドルフも勝ったレースだからな。縁起を担ぐ、という意味もあるかもしれんな?」
「あはは、こりゃ勝ってゲンを担がないとですね!」
へ~、私のおじいちゃんも勝ったんですか。勝ったらご利益ありそうな気がしてきました。
新聞についてはこんなものですね。人間さんありがとうね。
「お、もういいのか? それじゃ、今度また持ってくるからな」
は~い、よろしく頼みましたよ。次に持ってくるのが楽しみですね。
それにしても、こっちに来てからというもの刺激がないですね。いえ、調教で走るのも楽しいですし、放牧で走り回るのも楽しいから不満はありません。
ただ、ここいらでスパイスが欲しいと思うわけですよ。たまにありません? 食べ飽きたから味変したくなること。それと似たようなものです。
(ご飯も美味しいし、水も美浦に比べて美味しいから文句はないんですけど。どうも足りないというか)
なんかありませんかねぇ。今日もご飯の草をもしゃもしゃ食べながら、新しい刺激を欲する私である。
「あ、そうだ。今回新しい子が来るからな。馬房はカイザーの隣だ」
「了解です。向こうからの強い要望、でしたよね?」
お、私にお隣さんができるわけですか。それは嬉しいですね。隣の馬房ずっと空いてたので。
さてさて、誰が来るのでしょうか? まさか新しい刺激を欲していたら、刺激になりそうなのが来るとは思いもしませんでしたよ。
(知ってる子かな? それとも知らない子かな? 知らない子の方が可能性高いな)
知らない子でも楽しみです。ぜひとも仲良くしたいですからね。
さぁ、その子の名前とは!
「そうだ。にしても、まさか桜花賞馬が来るなんてな」
……うん? なんでしょう、なんとなくわかった気がするんですが。
「ハレヒノカイザーがいるならお願いします! なんて言ってましたもんね。よっぽど苦労することがあったのか」
「なんでも、カイザーに惚れているらしいぞ? 隣をキープしたら梃子でも動かないとか」
「へ~、お前も罪な奴だな」
おいおい、ほぼ確定じゃないですか。絶対に知り合いじゃないですかその子。
「ラインクラフトが来るからな。カイザーの併せも本格的なものになるし、お前も嬉しいだろ?」
わーい! クラちゃんが来るぞー!
◇
次の日。クラちゃんはやってきた。
『お久しぶりです、カイザーさん』
『久しぶりー、クラちゃん!』
久しぶりのクラちゃん。テンションが上がってしまいますね。クラちゃんは基本関西ですし、レースでもなければ縁がないですから。
まさかこの北海道でまた一緒になるとは。これは運命ってやつかもしれませんね。
クラちゃんはというと、相変わらず私の隣をキープしているご様子。美浦では引きはがすのに苦労していましたが、こちらでは問題ありません。なんせお隣さんですからね、お隣さん。
『こっちでは私達お隣さんなんだって。良かったね!』
『ッ! カイザーさんは、嬉しいですか?』
『え? そりゃ勿論!』
まさかクラちゃんがお隣さんになるとは思いもしませんでしたからね。本来なら牡馬と牝馬が隣同士になるなんてことないみたいですが、特例措置ってやつらしいです。特例措置、特別感があって素敵。
そして、クラちゃんが来てからは、私の調教のパートナーはクラちゃんになった。今までは私がいろんな子に併せる形で組んでましたけど、それでは私のためにならない、ということで。
『よろしく、お願いします。カイザーさん』
『うん、よろしくね!』
実績もあってなおかつ速いクラちゃんが、私の相方に。というかクラちゃんは速いな~。さらに鋭くなった、気がする。
併走は大体1600mでやることが多い。クラちゃんの適性距離に合わせている形だ。
『すいません、カイザーさん。私がもっと、長い距離を走れれば』
『なんで? どの距離でも走るの楽しいよ!』
どんな距離でも楽しいものは楽しい。なので問題はないのである。
放牧でもクラちゃんと一緒。というか、クラちゃんが私にべったりなので必然的に一緒になるといいますか。気にすることじゃありませんね。
『というわけで、走ろうクラちゃん!』
『は、はい』
クラちゃんは私がお誘いしても走ってくれる貴重な子! この機会を逃すわけにはいかぬ! ま、私が走ってたら他の子も勝手についてくるんですがね。
でも、やっぱり嬉しいもんですよ。誘ったら一緒に走ってくれるというのは。
『楽しいね、クラちゃん! アハハ!』
『はい……本当に』
並んで走るこの感覚、たまらないです。
ひとしきり走った後、クラちゃんの日向ぼっこに付き合う私。ほほう、これは中々。
『いいね。あんまり日向ぼっこしたことないけど、悪くない』
『ですよね。良いですよね、日向ぼっこ』
動き回るのが好きなので、というか走るのが好きなのでやったことありませんでしたが、なるほどこれは。クラちゃんが好きなのも分かりますよ。
『クラちゃんは何かあった? 向こうで』
『特には。カイザーさんと会えなくて、寂しかったです』
嬉しいこと言ってくれますね。照れますよ。
それにしても、平和ですな。のんびり日向ぼっこするのも悪くありません。
どれくらい時間が経ったのかな? このまま寝てしまおうかな、なんて考えてた頃。
『カイザーさん、凄く速くなってますね』
ふと、クラちゃんからそんなことを言われた。あ、分かります?
『ふふん。私も大きいレースを勝ったからね。凄く速くなったよ!』
『はい。調教で走っている時も、こうして走っている時も。カイザーさんが初めて会った時よりも速くなってるのを感じます』
成長ってやつですよ、成長。
『本当に、速い。
『クラちゃん?』
どうしました急に。私の底が何です?
『やっぱりカイザーさんは凄いです。凄く速くて、温かくて。みんなの中心にいます』
『ふふ~ん。それほどでもないよ』
クラちゃんってば誉め上手ですね。そんなに褒めても、ご飯を分けてあげることぐらいしかできませんよ?
『……私は、ずっといますから』
『うん?』
『あなたがどんなに速くなっても、私はずっと近くにいますから』
? よく分からないね。でも、ずっと近くにいるのは良いね。グッドです。
『いいね! でも、人間さんを困らせたらダメだよ?』
『無理です。カイザーさんの隣にいたいので』
せめて善処するぐらいは言ってほしかった。けど、これがクラちゃんクオリティ。
さて、日向ぼっこ継続じゃい。人間さんが来るまでは、2人で一緒に日向ぼっこですよ。
放牧地でのまさかの出会い。クラちゃんと過ごす日々は、とっても楽しいです。
仲良しでいいわね。