セントライト記念が近づいている今日、記者達はこぞって富士澤厩舎への取材に足を運んだ。
目的は一つ。セントライト記念に出走する、菊花賞最有力馬の一頭・ハレヒノカイザーのことで取材するためだ。
ハレヒノカイザー。あのディープインパクトと接戦を繰り広げ、日本ダービーでは2馬身差の完勝をあげた、ディープインパクトのライバル。
注目度が上がっているハレヒノカイザーの記事は需要がある。理解している記者達は、セントライト記念の前に富士澤厩舎へと取材に赴く。
良い数字を取るために。顧客に買ってもらうために。見向きもしていなかったことも忘れて。
取材はというと。富士澤は自信満々に答えてた。
「セントライト記念はハレヒノカイザーが勝つ。これで勝てなかったら嘘だ」
勝利宣言。走る前から、ハレヒノカイザーが勝つことを確信しているかのような発言が波紋を呼ぶ。
追い切りのタイムが良いわけではない。なんなら遅い方だ。
これで? と思わずにはいられない。しかし、富士澤は饒舌に語る。
「夏を越えて、ハレヒノカイザーはさらに成長しました。マイネルレコルトやアドマイヤフジが出走してくるけど、今のハレヒノカイザーが負ける未来が想像できない」
夏の放牧でずっと体作りに励んでいたこと、身体に厚みが増してきたこと、トモの張りが素晴らしいこと。どれもがハレヒノカイザーを絶賛する内容であり、記者も一瞬うのみにしてしまいそうになる。
ハレヒノカイザーは菊花賞を視野に動いていることが話され、ディープインパクトとの4度目の対決が楽しみだ、と富士澤は明かす。
「後は長距離を走り切れるかだけ。けど、カイザーならば問題なくこなせるだろう」
スタミナに不安は残るものの、ハレヒノカイザーは賢いから走り切れる。菊花賞も勝てると踏んでいるようだ。
タイキシャトルやシンボリクリスエスを育てた厩舎の、調教師の強い言葉。一部不安要素が残っているものの、これだけ自信があるならば何かあるに違いない、と記者は大興奮。さっそく記事を書き上げた。
なお、富士澤に褒められている最中、ハレヒノカイザーが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていたことも、勿論記事に書かれていた。
第59回 セントライト記念
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 性齢 | 人気 |
1 | 1 | カネサマンゲツ | 牡3 | 13 |
1 | 2 | ピサノパテック | 牡3 | 7 |
2 | 3 | アドマイヤフジ | 牡3 | 4 |
2 | 4 | ハレヒノカイザー | 牡3 | 1 |
3 | 5 | ドリーミーオペラ | 牡3 | 14 |
3 | 6 | モリノミヤコ | 牡3 | 15 |
4 | 7 | マイネルレコルト | 牡3 | 3 |
4 | 8 | フサイチアウステル | 牡3 | 2 |
5 | 9 | セイカチューバ | 牡3 | 16 |
5 | 10 | コンラット | 牡3 | 5 |
6 | 11 | マルブツライト | 牡3 | 10 |
6 | 12 | カンペキ | 牡3 | 12 |
7 | 13 | トップガンジョー | 牡3 | 6 |
7 | 14 | ニューヨークカフェ | 牡3 | 8 |
8 | 15 | キングストレイル | 牡3 | 9 |
8 | 16 | スムースバリトン | 牡3 | 11 |
中山競馬場の客入りは順調。例年のセントライト記念以上に、見に来る人が増えていた。
これは、ハレヒノカイザーの影響が大きいだろう。ディープインパクト最大のライバルとして名が売れ始めている相手を一目見ようと、足を運んでいるファンは多い。
「今日も頑張れよ~、ハレヒノカイザー!」
「口を割るんじゃないぞ~」
ただ、元からハレヒノカイザーだったファンが多数だ。ディープインパクトほどじゃないにしても、ハレヒノカイザーの人気は高い。ディープ以外に先着を許していない、安定した成績が好かれる要因となっている。
圧倒的な人気は倍率にも表れている。1番人気の1.1倍を誇っていた。
パドックでも惚れ惚れするような馬体を披露。返し馬も順調に済ませており、これは前評判通りに勝つな、と予想される。
《菊花賞のトライアルレース、第59回セントライト記念。大きな拍手と歓声の中で、出走の時を待ちます。コースは外回り、芝の状態は良馬場の発表、天候にも恵まれ、晴れ空の下出走となりました。菊花賞に向けての試金石にしたいこのレース、2200mでの戦いです。3着までは菊花賞への優先出走権を得ることができます。注目すべきはやはり》
《はい。ダービー馬のハレヒノカイザーですね。気性が激しいトウカイテイオー産駒の中でも、大人しい気性に確かな実力。世代トップの実力を誇ります》
《続く2番人気は4枠8番のフサイチアウステル。調子を上げてきています。3番人気は朝日杯王者、4枠7番のマイネルレコルト。少しピリッとしない直近の成績。ここで一つ、2歳王者としての意地を見せたいところです》
ファンファーレが響き渡り、競走馬たちがゲートへと案内される。係員が誘導し、一頭、また一頭とゲートに入っていく。
《富士澤調教師が太鼓判を押すハレヒノカイザーの状態。ダービー馬がその強さを見せつけるのか? 春のクラシックを共に走った戦友が、はたまた夏の上がり馬がダービー馬の躍進を阻止するか。順調に進む枠入り、今大外枠のスムースバリトンがゲートに収まりました》
静かな空気が流れる中山競馬場。少しの沈黙を破り──ゲートの開く音が聞こえた。
《菊花賞トライアルレースセントライト記念が今っ、スタートしました! 綺麗なスタートを切ります、中でも2枠4番のハレヒノカイザーこれは好スタート! ハレヒノカイザーが好スタートを切ってハナに立とうかという勢い。内枠を活かしてピサノパテックも上がっていく。セントライト記念、誰がペースを握るのか?》
セントライト記念が始まる。
◇
序盤の先頭争い。ハレヒノカイザーは先頭争いには加わらず、内側をキープしながら前の位置につけるいつものスタイル。無理に行くことはしない。
周りが追い抜いていこうと、無理に抜き返しはしない。マークされて闘争心を煽られようが、岡邉の指示に従ってすぐに冷静さを取り戻す。
なにより、馬がレースを理解しているかのように動く。終始冷静にレースを運び、自分の走りをすることを徹底している。
やられる側からすればたまったものではないだろう。レースをさせないようにしても、相手にはそれが効かないのだから。
《第2コーナーを越えて向こう正面。少し落ち着いてきました展開、ペースを握るのはピサノパテック、そしてコンラットも行きます。コンラットから1馬身離れて、この位置にハレヒノカイザーがつけている。落ち着いて展開するハレヒノカイザー、外にはアドマイヤフジ、ドリーミーオペラが構えている》
《いやぁ、この冷静さがハレヒノカイザーの武器ですよね。落ち着いてレースができていますよ》
《向こう正面に入りました、セントライト記念。ペースはやや遅めか。馬群は固まっています。他馬を警戒するように動いている。誰が最初に仕掛けるかも注目したいところ》
ドリーミーオペラに騎乗する喝蒲に、マイネルレコルトの五藤もやりにくさを感じる。ペースがブレないハレヒノカイザーを崩すことができず、どうしたものかと頭を悩ませる。
その間も、ハレヒノカイザーは自分のペースを貫いて悠々と進んでいる。
その走りには余裕すらも感じるほど。この余裕が、他の騎手を焦らせる。
「いけいけー! カイザー!」
「頑張ってー!」
ファンの声援が飛び交う中、ハレヒノカイザーに騎乗する岡邉は、1つ鞭を入れて合図を出す。
もう少しペースを上げてもいいぞ
岡邉の意図を理解したハレヒノカイザーは、すぐにペースを上げる。向こう正面も半分を過ぎた頃だ。
もっと走りたい
今までの鬱憤を晴らすように、大人しかったペースをさらに上げる。ドリーミーオペラやマイネルレコルトも追走し、ハレヒノカイザーを中心とする先団は前を走るピサノパテックとコンラットに追いつこうとしていた。
《向こう正面半分を過ぎて、ハレヒノカイザーがここでペースを上げてきた。これはハレヒノカイザーのロングスパートか? ドリーミーオペラにマイネルレコルト、後続もペースを上げていくぞ。先行集団の先頭、ハレヒノカイザーについていく。1馬身の差を詰めていくハレヒノカイザー。コンラットとピサノパテック、差を詰めさせないようにこちらもペースアップだ》
先頭を走るのはピサノパテックとコンラット。だが、実質的なペースメーカーはハレヒノカイザーだ。
ハレヒノカイザーが動けば、他馬も動く。自由にはさせない、徹底的にマークされているのが分かる。
そして目撃するのは──ハレヒノカイザーが内を悠々と上がっていく姿。
ペースを上げているとは思えないほど軽やかに、ロングスパートを仕掛けているとは感じさせない程余裕に。気づけばドリーミーオペラとマイネルレコルトは振り切られていた。
驚きに目を見開くジョッキーたち。置いていかれないためにも追走し、マークを切らさないようにペースを上げる。
ただ、今の段階でもいっぱいいっぱいだ。あまり無理をしては、馬の方が潰れてしまう。今はまだ何とかついていけているが、それもどれだけ続くか。焦りはさらに募るばかりである。
第3コーナー。気づけば先頭に立つのはハレヒノカイザー。コンラットもピサノパテックも、第3コーナーの真ん中を過ぎた頃には抜かれていた。
《第3コーナーを越えて、先頭に立つのはハレヒノカイザー。ハレヒノカイザーがあっという間に先頭を奪いました。ピサノパテックにコンラット、負けじと粘るがハレヒノカイザーは悠々と進む、悠々と進んでおります》
《余裕すら感じさせますね。かかっているわけではなさそうです》
《まさかこのままいってしまうのかハレヒノカイザー。第4コーナーに入って、先頭はハレヒノカイザー、リードはそれほどありません。ありませんがハレヒノカイザーには余裕を感じられます!》
楽な手応えで先頭を走る。他の馬も必死に走るが、ハレヒノカイザー優位は揺らがない。
第4コーナーでも隊列が変わることはなく、最内先頭をキープしながらハレヒノカイザーは先頭へ。
鞭は、入らない。ほとんど馬なりのまま最後の直線を疾走する。
馬なり。そう、馬なりのはずなのだ。そのはずなのに、他馬との差がどんどんついていく。1馬身の差が2馬身に、2馬身の差が……といった具合に、じりじりと差をつけられていく。
ハレヒノカイザーが速くなったわけではない。他の馬が潰れてしまった。
他の騎手は絶望する。なんだこれは? と。ハレヒノカイザーの実力を目の当たりにして、それでも食らいつこうと手綱を握る。
しかし、差は一向に縮まらない。姿がどんどん遠くなるほど背筋が凍り、手綱を握る手が震えてしまう。
ハレヒノカイザーと先行集団との差は、広がっていくばかりだ。
《最後の直線、先頭で走るのはハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ!グングン進んでいくぞ、しかし手綱は持ったまま! 手綱は持ったままだ岡邉幸生! コンラットは落ちていく、ドリーミーオペラも苦しそうだ。ここで待ってましたとばかりに控えていたキングストレイルが上がってくる。マルブツライトも来たぞ、先頭ハレヒノカイザーを捕まえることができるか!》
中団や後方に控えていた馬も、最後の直線になだれ込んでくる。先行勢はハレヒノカイザーのペースに合わせていたためか総崩れ、残っているのは1頭だけだ。
これほど崩れているのに、ペースを握っていたハレヒノカイザーは意に介さず進む。
「うおおおぉぉぉ! すっげぇぜカイザー!」
「やったれー! そのまま突き放せー!」
落ちない。他馬が崩れるペース以上で走っていたのに、ハレヒノカイザーは全くと言っていいほど落ちてこない。マルブツライトたちが上がってこようと、ハレヒノカイザーに追いつくには圧倒的に距離が足りない。
その後もペースを上げることも、落とすこともなく。ハレヒノカイザーはセントライト記念のゴール板を駆け抜けた。
《だがハレヒノカイザーは落ちてこなぁぁぁい! ハレヒノカイザーが独走で駆け抜けた、ハレヒノカイザーがセントライト記念を制したァァァ! これはまさしく圧勝、他馬を寄せ付けずに5馬身差の快勝です! 菊花賞に向けて、万全の状態をアピールしましたハレヒノカイザー!》
観客の声援がひときわ大きくなる。勝者であるハレヒノカイザーを称え、菊花賞も頑張れと、応援の声を上げていた。
「よくやったぞカイザー! そのまま、菊花賞もディープをぶっ倒せー!」
「ディープなんかに負けないでー!」
少しばかり、応援に私情が入っているが。気持ちは本物だ。
いつものように飛び跳ねるハレヒノカイザー。喜びを全身で表して、観客に向かってアピールしている。
「……なんつーか、あの姿見てると楽しく走ってんだなって分かるよな」
「あぁ。ディープには勝ってほしいけど、なんつーか……細かいこと抜きにしてさ」
「うん。勝って、喜んで跳ねてる姿を見たいね」
セントライト記念を制したハレヒノカイザー。次走は──菊花賞だ。
◇
富士澤調教師のコメント
「菊花賞に向けて弾みをつけることができた、というのが一つ。後は、実践で成長したカイザーを見ることができたからよかったです。やっぱり、夏を超えてさらに強くなったし速くなった。これなら勝てる、ということで、秋の天皇賞ではなく菊花賞に向けて照準を合わせる予定です。なんにせよ、一度は関西の競馬場を経験しないといけませんから。早めに現地入りして、向こうで調教を進めていくことになると思う。
今回のレースは、正直6分か7分仕上げ。菊花賞は万全の仕上がりで挑みます」
岡邉騎手のコメント
「やっぱり速くて強いね、うん。最後の直線もほとんど馬なりだったし、それで他馬との差をつけるんだから、この馬のスピードがいかに突出しているかがよく分かる。今後が楽しみなのは変わらないな。
菊花賞は正直距離不安がある。けど、スタミナの調整が自分でできる子だから、問題なくこなせるとは思っている。それに、秘策もある。菊も取って、ウチのカイザーが二冠を取らせてもらうよ」
春陽オーナーのコメント
「無事に走り切ってくれて、ほっと一安心です。本当に孝行息子ですよ、ハレヒノカイザーは。次のレースも楽しみです」
見た感じ馬なりで5馬身差つける化物。なんだこれは()