やっほい、私です。セントライト記念が終わりましたよ。
ぬはは、見事勝利してきましたよ私は。圧勝も圧勝、大勝利です。
(新聞でも大々的に取り上げられましたからね。気分が良いですよ!)
記事には私のことを褒めちぎる内容が書かれていました。【菊花賞に向けて視界は良好!ハレヒノカイザー圧巻の5馬身差勝利!】とか、【西のディープに東のカイザー!菊花賞もこの2頭で決まり!】とか。その調子でもっと褒めるのじゃ。余は気分が良いぞよ~! 何キャラですかね、コレ。
さて、そんな私でございますが。現在馬運車に乗せられています。どこに行くかと言いますと、栗東の方のトレセンにお邪魔することになったんですよ。
時はセントライト記念から1週間後。結構すぐ移動することになったんですよね。
これには大きな理由が2つあります。1つは栗東トレセンの設備が使える、というもの。
栗東には美浦よりもすごい坂路コースがあるらしく、その効果は絶大だとかなんとか。栗東の子達が軒並み強いのは、この坂路の存在が大きいと言われるほどです。
(早めに遠征すれば、その坂路を長く使える。この機会を逃すわけにはいかない、でしたね)
なので、栗東にお邪魔している間は坂路の調教が多くなると聞かされました。坂だろうが何だろうが、走れるなら私は良いですよ。
もう一つの大きな理由は、早めに関西の空気に慣れておきたい、というものです。
遠征の影響が出ないとも限りませんし、早めに着いてレースへの影響を出さないようにしたい、という狙いがあります。
(後は、あっちにはクラちゃんがいるから、とか言ってましたね。楽しみだな~、クラちゃんに会うの)
栗東と美浦で離れてはいますが、北海道ではずっと調教のパートナーを務めていましたからね。案外、向こうでも一緒になるんじゃないか、と踏んでいます。
まぁ色々と思惑はあるみたいですが、それよりも楽しみですね。栗東の子達に会うのが!
(プイちゃんとかはレースでしか一緒にならないもんな~。この機会を逃すわけにはいかぬ)
後は、向こうの人達は関西弁で話したりするんでしょうか? ちょっと気になります。
なんにせよ、私の栗東遠征は楽しみで仕方がない、ということですね。
そして到着。富士澤さんや壬生さんに連れられて、向こうの人達と落ち合うわけだけど。
「富士澤さん。今日からしばらくの間、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、お願いします世戸口さん」
向こうの人、別に関西弁ではなかった。ま、そんなこともあるよね。
そしてこの世戸口さんというお方、なんでもクラちゃんを担当している調教師さんとのことで。私がこっちに遠征する際、是非に! と声をかけてくださった方です。なんとなく理由は察せますよ。
次の日から早速坂路調教。クラちゃんは別にいませんでした。私一頭での調教になります。
さて、見せてもらいましょうか、栗東の坂路とやらを!
それから、今日一日の調教を過ごしたわけですが。
(……あぁ、はい。確かに美浦とは違いますね)
こっちの方がよすぎるという意味で。なんだ、私が今までやっていた坂路は? こっちの方がキツいんじゃが?
岡邉さん達が栗東の坂路が使えない、と嘆いているのがよく分かりましたね。確かにこれは効果がありそうです。なんせ坂具合が違いますよ。なんて言うんだっけ、勾配とかそんな感じのやつ。
これで鍛えてたら、さぞかし強くなりそうですね。願わくばずっと使いたい、というのが富士澤さん達の要望でしょう。
(でも、いずれは美浦に帰っちゃうしな~)
富士澤さんは美浦の調教師。栗東にいつまでも滞在するわけにはいかないのが現状。遠征ぐらいでしか使えない、か。
ならば仕方ありません。栗東に遠征している間は、この坂路コースで存分に鍛えさせてもらいましょう!
「っお、気合いが入ってるなカイザー! その調子で頑張れ!」
「ヒヒィン(はーい)!」
ぶっちゃけ細かいことなんてどうでもいいや! この坂路コースサイコー! ずっと走ってたーい!
◇
栗東に遠征してから次の日ぐらいの放牧。私は、出会いました。
『『あれ?』』
おいおい、なにかと見覚えがあるあの鹿毛の馬体はっ!
『プイちゃんだー!』
『カイザー君だー!』
まさかまさかのプイちゃんではありませんか! 放牧地で出会えるとは、なんという運命! これも私の日ごろの行いがいいおかげでしょう。
プイちゃんと出会って小躍りですよ小躍り。向こうも大変嬉しそうにしています。
『カイザー君、カイザー君』
『なにかな、プイちゃん』
おっと、言わなくても分かりますよ。
私とプイちゃんが出会った。それすなわち。
『走ろう!』
『勿論、走ろう!』
放牧地を駆け回って、走りまくりましょう!
並んで走る。なんにも縛られずに、本能の赴くままに。
『アハハ!』
栗東だし、出会えるとは思っていた。けど、いざ会うとあれですね。走りたい、今すぐにプイちゃんと走りたいと思ってしまいました。
細かいことは考えない。必要ない。レースの時と、何も変わらない。
この一瞬を、楽しいこの時間は邪魔させない。不思議なことに、全然走り回ることができる。疲れよりも楽しいという感情の方が勝ってるのかな? とにかく、私とプイちゃんは走り続けていた。
それからしばらく。プイちゃんとずっと走ってて、さすがに疲れたから休憩する。
『楽しいね、プイちゃん!』
『うん、すっごく楽しい! もっと走ろう!』
『走ろう走ろう!』
けど、この休憩している時間すら惜しい。もっともっと、プイちゃんと走っていたい。
私とプイちゃんは同族だ。馬だから一緒とか、そういうことじゃなくて。もっと根本的なところから似ているんだと思う。
走るのが大好きで、楽しい。この楽しい時間を誰かと共有したい。そんなことを思っているに違いない。
『やっぱり速いね、カイザー君。カイザー君と走るの、すっごく楽しいよ!』
『そっちこそ。プイちゃん走るの凄く速いもんね!』
『えへへ~』
ふ、中々可愛いじゃありませんか。さすがはクラちゃんと同じで私の親友です。
それにしても、栗東トレセン最高では?
(あの強くなれる坂路を使いたい放題、放牧ではプイちゃんと一緒で毎日走り回れる。最高の環境じゃあないですか)
ま、私は美浦の子なんでね。ちゃんと分かってますよ。それにしても、ロブロイさん元気にしてるかな~? なんか、帰ってきた時は結構やつれてた気がしますけど。海外遠征の影響ですかね?
『カイザー君はこっちに来たの? こっちに住むの?』
『う~ん、残念ながら。今回は短い間だけ、こっちでお世話になる予定ですね』
『え~!? じゃあ一緒に走れるの限られてる!』
そう、私とプイちゃんがこうして走るのは限られているのである。何と残念なことか。
けど、ここで発想の転換ですよプイちゃん。
『ちっちっち。ここにいる間は好きなだけ走れるってことですよ、プイちゃん。これはお得じゃありません?』
『……確かに! いっぱい、い~っぱい走ればいいもんね!』
『そう! 体力も回復しましたし、もっと走りましょう!』
『走ろう! 他の子も一緒に走ればいいのにな~』
それはそう。放牧だから周りにもいるんですが、遠巻きに眺めるだけでだ~れも参加しようとしません。
ふふん、恥ずかしがっているわけですね。では、こちらから声をかけましょう!
『一緒に走ろう!』
『え、嫌だ』
なんでじゃい! 私はこっちでも断られるんか!? 全く、シャイな子達ばっかりですねぇ。
『仕方ないから私達だけで走ろうか、プイちゃん』
『まぁ、カイザー君だけでも楽しいから良いよ。走ろう走ろう!』
いやっほう! 栗東トレセン最高!
ちなみに放牧の時間中走り回っていたのは、私達の様子は人間さん達にがっつりと見られていたらしく。
「ディープ、レースが近いんだからあんまり走っちゃダメ!」
まだ放牧の時間だったのに、プイちゃん共々叱られました。というかプイちゃんレース近かったんですね。
けど、プイちゃんは私と走っていたのが大満足だったのか、それとも気にしていないのか。ちょっとしょんぼりしてましたが、すぐに立ち直っていました。
『カイザー君、また走ろーね!』
『勿論です。放牧の度に走りましょう』
いやはや、可愛いやつじゃないですかプイちゃん。レースの威圧感なんて何のその、ですよ。
親愛の証というやつでしょうか。顔をグイグイ寄せてくるプイちゃんである。ちょっとくすぐったい。
「……それにしても、カイザーとの相性がいいのか?」
「ですよね。今日の放牧は輪をかけて楽しそうでしたし」
「これは、富士澤さんに打診するのもありか?」
おや、富士澤さんに何をお願いするつもりなのでしょうか? ちょっと気になりますが、核心に触れることは話しておらず。なんの情報も得られませんでした。
ま、未来のお楽しみということにしておきましょう。少なくとも、私が関わっていることは確かですからね。根拠? 勘です。
◇
美浦からアイツが来た。東のディープと呼ばれている、ハレヒノカイザーが。
初対面から、馴れ馴れしいやつだと思っていた。こっちのことなんか知らんとばかりにグイグイ詰めてきて、若干のうっとうしさを感じていた。
ただ、悪いやつじゃない。楽しそうにしているし、なんならこっちも楽しくなる。それは違いない……はずだった。
その印象が変わったのは、一緒に走った時。アイツは、笑いながらこっちに追いついてきた。
それだけじゃない。一度減速させられてたのに、すぐさま追いついてきたんだ。
(こっちは一生懸命だったのに、アイツは全然余裕そうだった)
正直、恐怖を感じた。得体のしれなさに、底の見えない実力に。
他のやつらと一緒に走るレースでも、見せられた。ハレヒノカイザーの実力を。
『アハハハ!』
ディープと一緒に笑いながら上がってくるアイツ。こっちが一生懸命に走ろうが、お構いなしに抜き去っていくアイツの姿。
恐怖でしかない。こっちは必死なのに、あっちは余裕すら感じさせるような走り。圧倒的な格の違いってのを見せられている気分だった。
それからも何度か同じレースで走った。どのレースでも変わらない。アイツは楽しそうに走って、その姿が──どうしようもなく怖いと感じてしまう。
この感情を抱いているのは俺だけじゃない。というか、ほとんどのやつは同じことを感じている。
顕著なのは、ヴァーミリアンだ。ハレヒノカイザーと一緒に走った時、相当な恐怖を感じたらしい。いったい何があったのやら。
『よう、ジャパン』
『ん~? どうしたんだヴァーミリアン』
『アイツが、ハレヒノカイザーがこっちに来てるって本当か?』
びくびくしながらそんなことを聞くぐらいには。どんな目に遭わされたのやら。
嘘を言ってもバレるだろうし、嘘を吐く理由もない。
『あぁ、来てるよ。なんなら今日走りに誘われたよ』
『……よし、隅っこにいよう』
『本当にどんな目に遭わされたのさお前』
ヴァーミリアンは気が弱いわけじゃない。むしろ真逆、気は強い方だ。
だというのに、ハレヒノカイザーの名前を聞くと途端に小さくなる。気持ちは、分からないでもない。
『ジャパンだって知ってるだろ? アイツとディープの強さを!』
『……まぁね。一緒に走ってるし』
『だったら、分かるだろ!?』
ヴァーミリアンは、ディープだけなら折れなかっただろう。
けど、ハレヒノカイザーには。
『俺、こえぇよ……! アイツ、なんで余裕で俺に追いついてくるんだよ! おかしいだろ!』
『まぁ、確かにね。普通に怖いよね、全然余裕で追いついてくるの』
『そ、それに。アイツまだまだ速くなるんだ。今いるところなんて、人間がよく言う、氷山の一角? みたいなもんなんだよ!』
『よくそんなの知ってるね』
恐怖を感じている。多分だけど、ヴァーミリアンからしたらディープ以上に恐怖なんだろう。ハレヒノカイザーの存在は。
……ただ、ここで終わるならヴァーミリアンじゃない。
『で、そんなお前にとっての恐怖がいるわけだけど。諦めんの?』
煽ってやると、ヴァーミリアンは不機嫌そうにしていた。分かりやすく怒っている。
『だ、だ、誰が! 確かにハレヒノカイザーは怖いが、それとこれとは話が別だ! アイツが相手でも勝ってやるよ!』
『さっきまで隅っこにいようとか考えたやつとは思えないね』
『う、うるさい! 震えてるのは武者震い? ってやつだ!』
『別に震えてることは指摘してないけどね』
完全には折れてない。ヴァーミリアンは、まだ立ち向かう意思がある。
なら、大丈夫だろう。気持ちが折れてなければ、立ち向かうことはできる。
『次のレース、俺達ディープと一緒らしいよ』
『……あぁ。けど、俺は負けねぇぞ!』
『俺も、負ける気はないよ。あの怪物に、勝ってみせるさ』
次のレースで、ディープインパクトと戦う。ハレヒノカイザーに並ぶ怪物と。
……負けてたまるか。このまま、何もできずに終わってたまるか。そんなの、俺のプライドが許さない!
(抗ってやる、あのバケモノどもに!)
俺は、アドマイヤジャパンは。そう固く誓った。
冷静に笑いながら追いついてくるのはめちゃくちゃ恐怖。