らっしゃい、私です。現在私は調教中なわけですが。
『あ、カイザー君だ!』
『おや、プイちゃんではありませんか』
まさかの調教パートナー、プイちゃんになりました。プイちゃんはというと嬉しそうに興奮していますよ。騎手さんに宥められてますけど。
「どうどう。レース明けなんだから、あまり本気にはなるんじゃないぞ」
ちなみにプイちゃんはレースを勝ったそうです。人間さん曰く4馬身差とのことです。う~ん強い。ま、私は5馬身ですがね!
それにしても嬉しそうなプイちゃん。微笑ましいですね。
私? 超絶嬉しいですが何か。なんせプイちゃんと私は親友ですからね、親友。走るの大好きな親友ですよ。
さて、なんで私とプイちゃんの調教が一緒になったのか。これには山よりも高く海よりも深い理由があるんですよ。
知っての通り、私とプイちゃんは超絶仲良しです。知らなかった人は今覚えてください。
私もプイちゃんも、お互いに走り出したら止められない性分。しかもテンション上がりながら走るもんだから、傍目から見たらめちゃめちゃ楽しそうに見えるんですよね。
その現場を、人間さんが目撃していたわけですよ。で、目撃した人がプイちゃんの調教師さんに話をもっていき。
「ディープインパクトとハレヒノカイザー、仲が良いので調教でも相性がいいのでは?」
「なら富士澤さんにお願いしてみるか」
と、いうのが。事の発端でございます。別に深くなかったし単純な理由ですね、うん。
富士澤さんがOKを出したのかは、こうして調教が実現しているのが証拠になるでしょう。
そんな経緯があって、私とプイちゃんは一緒に調教することに。なんだかんだお初ですよお初。
私とプイちゃんの調教はと言いますと。
『楽しいね、カイザー君!』
『うん! 坂道たーのしー!』
『たーのしー! アハハ!』
そりゃあもうウルトラハッピーの楽しさMAXですよ。気の合う2頭が一緒に調教したらそりゃ無敵になりますよ。
いや、本当に楽しい。クラちゃんとの調教に勝るとも劣らない、走る楽しさが倍になったような感覚! こりゃあたまりませんね。何時間でも調教できちまいそうです。
「ディープ! 抑えて抑えて!」
「カイザーもだぞ! もう少し抑えて走ってくれ! ディープはレース明けなんだぞ!」
『『はーい』』
なお、人間さんはその限りではない。ストップがかかったので私が先に停止。続いてプイちゃんも停止。
「うぅん、ストレスなく調教をしてくれるのは助かる、が」
「カイザーもディープも、制御が難しいですね」
人間さん曰く、ちょっとでも気を抜くとすぐに本気を出しちゃうから頭を悩ませているらしい。ごめんね、なんか。
しかしどうしたものか。プイちゃんとの調教は楽しいですが、これだと解消されちゃうかもしれません。うぅむ、ちょっくら大人しくしときますか?
「……ただ、カイザーほどの馬が併せになれば心強いっすね。ディープのメンタル面にも良い影響を与えているようだし、多少の暴走は目を瞑るか」
「こちらも同じ意見だ、生江さん。カイザーの併せができる相手は貴重ですので」
「あ~……やっぱり、ですか?」
ふ、心配は杞憂に終わりましたか。このまま調教のパートナーは継続のようですね。理由は何とも切実なものですが。
なんですか、私の併せができる相手が貴重って。そんな私が悪いみたいな。まぁ私が悪いんですけど。それはそれでスペシャルな馬ってことでよろしくお願いします。
こうして、私とプイちゃんは栗東にいる間、調教のパートナーになることが決まりました。
「ラインクラフトだけでは、どうしても限界があったからな。増えるのは嬉しい限りだ」
「それだけハレヒノカイザーの実力が抜けてる、っちゅうことですね。ま~凄い馬ですよ、実際。隆君も手放しで絶賛してましたから」
隆君、というのはプイちゃんの主戦騎手の人だろう。今日はいないけど、あの人私が見てないところでも褒めてくれてるのか。嬉しいね。
一緒に馬房に戻る私とプイちゃん。栗東遠征は素晴らしいものになりそうですね。
◇
とある放牧の日。事件が起きました。
『か、カイザーさん……そ、その子は?』
『あれ、クラちゃんだ。お久~』
プイちゃんとのんびりしていたら、まさかのクラちゃんに遭遇しました。なんか耳を立てて警戒しているみたいですけど、周りになんかあります?……別になんもないや。
ただ、クラちゃんはずずい、っと私に近づいてきた。最初のシャイな君から成長してくれたみたいで、カイザーさん嬉しい。いや、思い返しても別にシャイではなかったですね。
『隣のその子は!?』
『いや、落ち着いてクラちゃん。絶対に会ったことがある子だから』
『う、浮気……!』
どこでそんな言葉覚えたのクラちゃん。後、私とプイちゃんは同性だから浮気でも何でもないでしょ。
耳絞って威嚇しているクラちゃん。どうやら我を忘れているご様子。これは仕方ありませんね。
『クラちゃん、この子はプイちゃんだよプイちゃん。ディープインパクト』
『……ディープ、さん?』
『あれ? クラフトちゃんだ』
この子がプイちゃんであることをカミングアウトすると、ようやく落ち着きを取り戻してくれました。いやはや、一段落ですねこれで。クラちゃんまだ戸惑ってるみたいですけど。
なので、私が一から説明します。プイちゃんとどこで会ったとか、どうして仲良さそうにしているのか。
『……つまり、ディープさんとカイザーさんは友達、みたいなものと』
『イエス。私とプイちゃんは友達で親友よ』
『そーだよー!』
誤解が解けたようで何より……ちょっと、なんでまだ耳絞ってるんですか。何か気に食わないことが?
『た、確かにディープさんとカイザーさんは仲が良いかもしれません』
『ん~? カイザー君と走るの楽しいから、そうだねー』
『ですが! カイザーさんと一番仲が良いのは私ですので! そこは間違えないように!』
……はは~ん、そういうことだね。友達がとられそうで、嫉妬しているわけだね! ふふ、可愛い子ですねクラちゃん。
ですがご安心を。私は友達に優劣をつけない馬ハレヒノカイザー。勿論クラちゃんも親友ですよ。これからの付き合いも変わりませんとも。
まぁ付き合いが長いのはどちらかというとクラちゃんですしね。そういう意味では、一番仲が良いと言えるのかもしれません。最初に出会ったのはプイちゃんですけど、長い時間を過ごしたのはクラちゃんですし。
『確かに、一番仲いいのはクラちゃんだね』
『ッ! そうですよね、そうですよね! 私ですよね!』
圧が強いねクラちゃん。凄く顔を寄せてくるね。
この攻勢を受けて、プイちゃんはというと。
『そうなの? まぁいいや、君も走ろうよ!』
『へっ?』
『走ろう走ろう! 僕とカイザー君だけで走っても楽しいけど、たくさん混ざった方が楽しいよ!』
ふ、流石はプイちゃんです。見事なまでの走り屋思考。
かくいう私も、同じことを考えていたんですけどね!
『クラちゃんも走ろう! 私とプイちゃんと一緒に!』
『え、え、え?』
『よ~し、今日も走るぞ~!』
あ、プイちゃんめ先にスタートダッシュしたな!? 負けていられませんよ!
『待てプイちゃん! ほら、クラちゃんも一緒に走ろう?』
『え、あ、は、はい』
こうしてクラちゃんも交えて、3頭で走ることに。
結論から言いましょう。めっっっちゃ楽しいです!
(プイちゃんと走るのも悪くありません。ですが、クラちゃんが増えたおかげでさらに楽しい!)
これがさらに増えたらどうなるんでしょうね! 想像しただけでワクワクが止まりませんよ!
『アハハ!たのしー!』
『楽しいなぁ!』
『は、はひぃ……』
こうして、私達は放牧地で走り回っていました。大変楽しかったです。まぁ……クラちゃんがとっても疲れていたのは反省点ですね。
『ご、ごめんねクラちゃん!? テンション上がりすぎちゃってつい!』
『だ、だい、じょうぶです。ただ、ちょっと、つか、れちゃい、ました』
ほんっっっとーに、ごめんなさい! こんなになるまで付き合わせちゃって……。
もうね、これは反省ですよ反省。自分に喝を入れなければいけません。
(やっちゃったな~、これは。加減、ってわけじゃないけど、今後はもうちょっと考えていかなきゃ)
いくら私が楽しくても、周りがそうじゃなきゃ意味がありませんから。今回の暴走は猛省しなければ。
私達の暴走に付き合ってもらったわけですし、今度はクラちゃんの方に付き合いましょう。罪滅ぼし、というわけではありませんが、クラちゃんの楽しいことをしてあげたいですから。
『とりあえず、日向ぼっこしようか。今日は天気もいいし、プイちゃんもたまにはいいでしょ?』
『いいよー』
『ッ! 日向ぼっこ、この天気ならベストポジションは……!』
『わ、クラちゃんにスイッチ入った』
休息もかねて、日向ぼっこです。本当にごめんね? クラちゃん。
◇
放牧の時間で、カイザーさんを探していると。他の子と仲良さそうにしているのを見かけました。
正直、焦りました。カイザーさん、かっこいいから。他の子にちょっかいをかけられてるんじゃないかって。急いで隣に行かなきゃって思った。
心配は、杞憂だったけど。相手はディープさんで、栗東でも有名な子だったから。
ディープインパクト。最近人間の間で、英雄と呼ばれている子。ものすごく速くて、強いって聞いてる。私は一緒に走ったことがないけど。
どんな子なんだろう? と気にはなってた。まさか、私と同じくらいの子とは思わなかったけど。
ディープさんとカイザーさんは、とても仲が良いみたいで。ちょっと、もやっとした。
でも、カイザーさんは。
『確かに、一番仲いいのはクラちゃんだね』
今思い出しても嬉しい。カイザーさんにとっても、私が一番仲の良い子なんだ。
嬉しいな、嬉しいな。そう、カイザーさんと一番仲が良いのは私。他ならない、カイザーさんが言ったことだもの。間違っているはずがない。
ちょっと優越感。ディープさんがいくら凄くても、カイザーさんと仲が良いのは私。そう、これは変わらないのだから。
まぁ、ディープさんは特に気にしてなかったけど。
(嫉妬を向けてた私にも、一緒に走ろうって言ってくれた)
なんだか自分が恥ずかしい。ちょっと反省。
ディープさんから誘われて、カイザーさんからも誘われたので、一緒に走ることにした。
私も、スピードには自信がある。カイザーさんにもついていける。だから大丈夫なんて、そう思ってた。
最初のうちは、ちゃんとついていけてた。けれど、走っていくうちに引き離されて……気づけば、私はカイザーさん達の後ろを走っている状況。
頑張って追いつこうとする。追いつけない。
もっと頑張る。追いつけない。
いつもは追いつけるのに。追いつけない。
(あぁ)
嫌でも理解してしまう。分からされてしまう。
私は苦しいのに、2人は楽しそうで。まだまだ、全然余裕そうで。
(やめて)
楽しく走るカイザーさんの姿。私の時よりもずっと楽しそうで、ずっとずっと輝いていて。
(私が、隣にいたいのに)
認めたくないのに、認めざるを得なくて。
(そんな顔、しないで!)
醜い嫉妬を、ディープさんに向けてしまう。全てを、理解してしまう。
カイザーさんは、私と走る時手加減してくれてたんだ。カイザーさんは優しいから、私が傷つかないようにって、手加減してくれてた。
だって、そうじゃなきゃ説明がつかない。私と走る時よりも、ずっと楽しそうに走る今のカイザーさん。眩しく輝く姿に、憧れすら抱く。
(私だけの、笑顔にしたかったのに……)
私じゃ引き出せないカイザーさんを、ディープさんは引き出せる。そのことが、たまらなく悔しい。
最初よりももやもやする。くらくらして、ズキズキして。どうか届いてって、お願いだから動いてって。
でも、届かないの。どんなに頑張っても、カイザーさん達には届かない。ずっと、ずぅっと、私の先を行ってる。
気づけば、カイザーさん達は止まっていた。
(あぁ、やっと終わったんだなぁ)
『だ、大丈夫クラちゃん!?』
カイザーさんが、私を心配している。嬉しいな、こんな時でも、私を気にかけてくれる。
『ごめん、ちょっとテンション上がりすぎちゃって……!』
分かってます。カイザーさん、とっても楽しそうでしたから。私と走っている時よりも、ずっと。
『だ、だい、じょうぶです。ただ、ちょっと、つか、れちゃい、ました』
『ごめんね? なんか』
ディープさんも、申し訳なさそうにしている。
大丈夫です。大丈夫、大丈夫。
『遠慮、しなくていいんですよ。今は無理でも、いつか追いつきますから』
『クラちゃん?』
『今は、カイザーさん達に追いつけないですけど。いつかきっと、追いついてみせますから』
これは、精一杯のやせ我慢。今が限界なんだってことを悟らせないために、カイザーさんの優しさに甘えないために。
カイザーさんは、お日様だ。いつも明るく輝いて、みんなを照らすお日様。
そんなお日様を、私で曇らせるわけにはいかない。だから、笑顔でいてください、カイザーさん。
(きっと、カイザーさんが満足できるくらいに速くなってみせますから。だから、その時は)
『カイザーさん。私の隣で、笑ってくれますか?』
『え、うん。それくらい別に。クラちゃんと一緒にいるの楽しいし』
カイザーさんの楽しそうな姿で、私の心はポカポカする。日向ぼっこしている時みたいに、あったかくなる。
『とりあえず、日向ぼっこしようか。今日は天気もいいし、プイちゃんもたまにはいいでしょ?』
『いいよー』
『ッ! 日向ぼっこ、この天気ならベストポジションは……!』
『わ、クラちゃんにスイッチ入った』
頑張ろう。カイザーさん達に追いつけるように。調教、ちょっと嫌な時もあるけど、頑張ろう。
あまりにも無情な差。