同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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だんだんと近づいてまいりました。


幕間 迫る菊花賞

 クラシックの最終戦、菊花賞が近づいている今日、競馬ファンは活気づいていた。

 特に、今回のレースは例年以上に熱が凄い。

 関西の雄・ディープインパクト対関東の雄・ハレヒノカイザー。西高東低が目立つ近年では珍しい、東西対決の様相となっており、どちらもトップレベルの実力を誇っている。競馬の歴史を変える2頭、なんて触れ込みもあるほど。

 さらには、2頭でクラシックの冠を分け合っている。皐月賞を制したディープインパクト、日本ダービーを勝ち取ったハレヒノカイザー。これもまた、熱が高まる理由の一つだ。最後の冠がどちらの手に渡るのか、気にならない競馬ファンはいないだろう。

 新聞各社も、ディープインパクトとハレヒノカイザーのライバル対決に注目しており、見出しも2頭をピックアップしたものしかない。

 

【ディープインパクトVSハレヒノカイザー!勝つのはどちらか!?】

【皐月賞馬とダービー馬の激突。5度目の対決を制するのは?】

【関西のディープと関東のカイザー。菊花賞の展望は?】

 

 さらにはJRAのプッシュもあってか、2頭のライバル関係はさらに推されることになる。

 グッズの展開に、勝って応援お弁当企画の立案。連日のように刷られ、売り切れが続出する2頭の新聞。社会現象を巻き起こしそうなほどであり、菊花賞の来場者数は更新される見通しが立っている。普段は記者やJRAに悪態をついているファンも、しっかりとグッズを買って貢献しているのだ。

 競馬ファンの熱は高まり続けている。最早異常ともいえるほどに。

 

 

 ここまで推される要因として、日本ダービー勝利後、ハレヒノカイザーの背景が注目されるようになったからだ。

 ハレヒノカイザーは名のある牧場の生まれではない。ほぼ無名の、しかも最後まで売れ残っていた馬である。そんな馬が日本ダービーを制し、菊花賞最有力候補に躍り出ているのだ。

 今まで人気が出なかった要因は、ディープインパクトに埋もれていたから。ライバルとして台頭してきた今、この育ちが記者によって猛プッシュされる。

 ドラマ性も抜群、もう一頭の有力馬とは対極に位置する育ちから、ドラマ性はさらに増した。

 

ディープインパクトは名門厩舎に名門牧場の御曹司のような育ち

ハレヒノカイザーは無名牧場の最後まで売れ残っていた格安馬

 

 厩舎に関してはどちらも名門ではあるが、入るまでの育ちは全く違う。これが、異常ともいえる人気の要因となっていた。

 

「ディープだディープ! カイザーなんかに負けるなよ!」

「頑張ってくれよカイザー! 応援してるからなー!」

「「「ディープ!」」」

「「「カイザー!」」」

 

 菊花賞は二強対決。ディープインパクトかハレヒノカイザーの勝ちで決まりだろう。どこもかしこもディープとカイザーを応援する声で溢れかえる。世間での菊花賞の反応は、そんなところだった。

 

 

 そんな世間の反応は関係なしに、厩舎の調教に熱が入る。

 二強対決など知ったことか。自分たちは勝ちに行くんだ。相手が競馬史に残るような怪物2頭だろうが、全力を尽くして勝ちをもぎ取る。それは、どの厩舎も同じ考えだ。

 中でも気合が入っているのは、アドマイヤジャパン陣営。人も馬も気合いが入っており、調教のタイムも好記録を出している。

 

「気合いが入ってるな、ジャパン」

「神戸新聞杯の負けが堪えたんだろう。いつも以上にやる気を出している」

 

 前走は5着。掲示板入りがやっとであり、ダービーも10着と惨敗。ディープとカイザーの人気に埋もれる、その他大勢の一頭になりつつある。

 しかし、馬のやる気は過去一番と言っていいほどの気合いだ。いつも以上に滾らせ、調教を嫌がる素振りもなく、黙々とメニューをこなしている。

 馬がやる気を出している。ならば人が応えないわけにはいかないだろう。アドマイヤジャパンの主戦騎手である槙山亘宏は、有力馬2頭の研究を怠らない。

 

「厄介なのは、岡邉さんが騎乗するハレヒノカイザーだ。崩しにくい王道の走り、アレが長距離でも発揮されるとなると、厳しいものがある」

 

 考えに考え抜く。2頭を出し抜くにはどうすればいいのか? 2頭に勝つためにはどのタイミングで仕掛けるのがベストなのか? 徹底的に調べ抜き、勝つためのプランを練り上げる。時には寝ずに作戦を練り上げることもあった。

 それだけ、厄介な相手なのだ。ディープインパクトとハレヒノカイザーは。これまでのレースで、十分すぎるほど理解させられている。

 

「スピードが飛び抜けている。日本ダービーも、3着以下は手も足も出なかった」

「……そうだね、槙山さん」

 

 皐月賞は2頭がクビ差の大激戦を繰り広げている中、3着以下は5馬身離され、日本ダービーはカイザーがディープを2馬身差で下した、そのはるか後ろの8馬身。惨敗も惨敗だった。

 槙山も、恐怖が身に沁みついている。どんなに前を走っても、どれだけの差をつけようとも上がってくる2頭。真綿で首を締めるのではなく、一気に首を切り落とされる感覚。あの2頭を相手にしていると、気づけば自分たちは敗北しているのだ。

 並んだかと思えばあっという間に抜き去る姿は、今も網膜に焼き付いている。ぬぐえない恐怖が、強大な圧が襲ってくる。戦う気力を削ぐように、強者の前では平伏するしかないのだとばかりに。

 それでも、今度こそは負けられない。そんな思いを胸に、他陣営も調整を続ける。

 

「勝とう。アドマイヤジャパンを、菊花賞馬にする」

「頼みます、槙山さん」

 

 打倒ディープ。打倒カイザー。この2つを掲げて。

 

 

 

 

 

 

 この前のレース、俺はまた負けた。外から抜いていく姿を、眺めていることしかできなかった。

 本当に、なんであんなのと同じ時代に生まれてしまったのか。呪わずにはいられない。

 

(それもアイツだけじゃない。アイツと同じやつが、まだいるんだから)

 

 ディープインパクトにハレヒノカイザー。楽しそうに走っては、周りの心をへし折るヤバいやつら。アイツらは楽しくても、こっちは全然楽しくない。無自覚にこっちの心を粉々に砕く、バケモノども。

 強さが飛び抜けている、なんてレベルじゃない。とある重しは、アイツらのことを指してこう言っていた。

 

「我々は3着争いをしているようなものだ。あの2頭の強さは、歴代と比べても飛び抜けている」

 

 正直腹は立つ。腹は立つが……納得してしまう俺がいる。

 仕方ない。だって、アイツらが強いのは事実なんだから。格が違う、何もかもが違う。本当に俺と同じなのか? と思いたくなる日々だ。

 俺以外のやつもみんな思っている。口では負けない、とか今度こそ勝つ、と威勢よくいても、内心では勝てるわけがないって思ってるはずだ。そんだけ、アイツらはヤバい。

 

『じゃ、ジャパン。ディープとカイザーはいないよね?』

『ん~? アイツらならまた走ってるんじゃない?』

『よ、よかった……あいつら、怖いよね』

 

 もう折れてしまっている。どうしようもないほどに。

 みんな、ディープがヤバいとか、カイザーが怖いとか。そんなことばかりだ。カイザーに関しては、普通に接してきてもレースでは怖い認定。生活とレースは別、ってやつだ。

 

『一緒のレース、ヤダなぁ。カイザーはディープと一緒になってから、毎日のように走ってるし』

『どんだけ走ってる、って話だよね。分かるよ』

『それに、差を見せられて……後ろを走る分にはいいけど、それ以外はなぁ』

 

 レースってのは勝たなきゃいけない。勝つためには、アイツらの前を走る必要がある。けれど、アイツらの前を走るのは……ほぼ無理だ。みんなそう思ってるからこそ、一緒のレースは嫌だと言っている。

 それに、気持ちは折れずとも。どうしようもない場合がある。ヴァーミリアンもそうだ。

 

『なぁ、ジャパン』

『んあ? どうしたよヴァーミリアン。またカイザーに怖い思いでもしてんの?』

『だだ、誰が……なんて、な』

 

 アイツは、悔しそうにしていた。俺のからかいにも大した反応をしないで、諦めたような感じで。

 

『俺さ、人間どもが言うには、ダートレースの方に転向するらしいんだわ』

『……そ』

 

 ダート転向になったと、もう芝のレースには出走しないって。そう言った。

 ヴァーミリアンは心底悔しそうだった。気持ちは、まだ折れていないのに。まだアイツらと戦う意思はあるのに。

 

『悔しいなぁ……、もう、アイツらにリベンジできないんだから……!』

『ヴァーミリアン』

『俺はまだやれるのに、勝ちたいのに。人間の方が先に折れちまった。仕方ねぇよな、不甲斐ない成績しか残せないんだから』

 

 人間の方が折れてしまっては、どうしようもない。

 恨みをぶつけるのは簡単。けど、ぶつけたところでどうなる? 人間だって俺達のことを考えての決断だ。

 ムカつきはするし、蹴りたくはなるけど。アイツらに勝てない俺らが悪い。それに尽きる。

 

『あ~あ、結局カイザーのやつと再戦はナシか。次こそは勝つつもりだったのに』

『放牧地でアイツの姿が見えたら、いまだに怯えて縮こまるのに。凄い自信だね』

『う、うるせぇ! ダートだったら負けねぇよ!』

 

 アイツ、ダートのレースにはいかなそうだけどね。芝の方で結果を残してるんだから。

 ヴァーミリアンがカイザーたちにリベンジする機会は、もう永遠にないだろう。芝で結果を残せないのだから、芝に帰ってくることもない。人間ってのは、そういう考えだ。

 本当に、なんであんなバケモノどもと同じ時代に生まれてしまったのか。人間が信じる神様ってのは、どうやら意地が悪いらしい。

 

『まぁ、さ。俺、あっちでも頑張るよ。だから、ジャパンも頑張れよ』

『あぁ。ヴァーミリアン』

『なんだ?』

 

 ……まぁいい。やることは変わらないんだから。

 

『お前の分までやってやる。お前の分まで、あのバケモノどもに勝ってくるよ』

『っ、ジャパン、お前』

『バケモノでもまぁ、勝てるチャンスはあるし。次は負けないし、うん』

 

 アイツらに勝つ。飛び抜けた実力を持つバケモノに、いまだに追いつくことができないバケモノに。抗い続けて、迫ってやる。

 そして、俺の背中を見せてやる。アドマイヤジャパンの背中を、落ちていったみんなの分も含めて、アイツらに追わせてやる。ヴァーミリアンのことが、改めて俺にそう感じさせてくれた。

 

 

 勝つためには、人間の言うことを聞く必要がある。人間は俺なんかよりもレースを知っているし、勝つための何よりの近道だ。

 それに、知っている。俺に乗っているこの人間は、勝つために頑張っていることを。

 

「まだダメだ。この判断じゃ、ディープとカイザーには勝てない!」

 

 他とは違う。勝つという気概。感じ取れないほど俺はバカじゃない。

 俺もそれに応える。めんどくさくて仕方がない調教ってやつも、普段よりも真面目にやる。本当は嫌だけど、これも勝つためだ。

 

(あいつらに勝つには、人間の指示に従うのが一番だ)

 

 バケモノどもに勝つためだったら、嫌なことでもやってやる。そんぐらい俺は勝ちたいんだ。もう負けたくないんだ。

 残された時間は短い。放牧の間も走り回って、アイツらの後ろをついて回る。

 

『あれ? ジャパン君珍しいね!』

『たまにはいいよ。お前、いつもうるさいし』

『酷い!? けどジャパン君がやる気になってくれて嬉しいな!』

『たのしー!』

 

 アイツらは、まぁ変わらない。楽しそうに走っているだけ。ムカつくやつだ。こっちが苦労していることも知らないで。

 でも、それも今の内。次の菊花賞ってやつで、俺はお前らに勝つ。

 

(負けてたまるか、落ちてたまるか! 俺は、アイツらに勝つんだ!)

 

 待っていろ、ディープインパクトにハレヒノカイザー。今度こそ、お前らに勝ってやる!




次回から菊花賞。前編後編になるかは分かりません。
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