同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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ダービーと同じくらい長いな、お前な。


第66回菊花賞

 ハレヒノカイザーはスタミナがある方ではない。父であるトウカイテイオーは長距離が得意ではなかったし、母父のダイタクヘリオスはマイラー。血統だけ見れば、とても長距離を走り切ることはできない。

 しかし、ハレヒノカイザーは自分でペース配分ができる。加えて、突出したスピードが可能にする、他馬よりも優れた巡航速度。

 

(これさえあれば、カイザーは長距離を走り切れる)

 

 私はそう確信している。確かにスタミナはないかもしれないが、それでも大丈夫だと判断した。菊花賞を勝てる、ディープに勝つ算段がある。

 大事なのは、私の騎乗。だからこそ、不安が頭によぎる。

 しばらくの間自分の手を眺め、ため息を吐く。

 

「成績は、お世辞にも良いとは言えないな。むしろ、悪い方だ」

 

 年齢ゆえの衰えが出ている。改善の兆しがあった理想と現実の乖離はまた激しくなり、思うような騎乗ができなくなってきた。カイザー以外では、ほぼ勝てなくなっている。

 本来ならば、騎手はすっぱり辞めようとも考えていた。ギャップに苦しむぐらいならば、潔く身を引いて引退しようと。立つ鳥跡を濁さず、騎手から離れようとしていた。

 それでも辞めなかったのは、カイザーの存在があるからだ。彼に乗っている間だけは、まだ理想の自分が演じられる。騎手としての岡邉幸生が、まだ生きている。

 

(ルドルフのような馬にまた巡り合いたい。そう思っていた)

 

 そう思い続けていたものの、巡り合うことはできず。諦めかけていた。自分にとっての最高の名馬、シンボリルドルフのような馬はもう現れないと思っていた。

 だが、現れた。それも、2頭。間違いなく日本の競馬史を塗り替える2頭が、同じ時代に誕生した。そして、運命ともいうべきか。そのうちの1頭に騎乗することが叶った。感無量だな。

 

 

 私はもう、騎手を続けることは難しい。それでも、私は。

 

「ハレヒノカイザーが走り続ける限り、彼が引退するまでは。私はジョッキーであり続ける」

 

 ルドルフの孫、ハレヒノカイザー。彼に乗り続ける。

 

 

 

 

 

 

 10月23日、京都競馬場。菊花賞が開催される舞台は、日本ダービーの時を超えるほどの客入りを見せていた。

 前夜は雨が降っていたにもかかわらず、開門を待つ徹夜組も存在。より良い席を確保するために、雨だろうが何だろうが関係ないとばかりに待ち続けていた。

 開門の段階で一万人超え。入る客はまだまだ衰えず、中では日本ダービーの際に作られたディープインパクトの像の前で記念撮影をするファンでごった返している。

 特設テントにはディープインパクトのグッズが別で置かれており、明らかな特別扱いを受けていた。

 

 

 ただ、今回はそれだけではない。特設テントはもう一つあり、そちらにはハレヒノカイザーのグッズが置かれている。

 ディープインパクトのライバルであり、ダービー馬。こちらも盛況であり、ディープのように銅像はないものの、置かれているグッズのラインナップは似たようなものだ。

 明らかな二強対決と評されている今回の菊花賞。勝つのはディープインパクトか、それともハレヒノカイザーか。他のファンからすれば面白くないかもしれないが、それだけこの2頭が突出している、ということでもある。

 1番人気はディープインパクト。前走の神戸新聞杯を楽に制し、長距離に向けて自信を深めている陣営の言葉から、こちらが推されることになった。

 差がない2番人気にハレヒノカイザー。やはり血統の不安があるのか、セントライト記念の勝ちを加算してもこちらが不利である、と判断している人は多い。

 

「でも、ダイタクヘリオスって有馬記念掲示板入りしてるんだよなぁ」

「あんま血統がアテにならんしな、カイザーの場合」

 

 あんまりアテにしているファンはいないようだが。

 余談だが、3番人気の倍率は24倍である。この2頭がどれだけ突出した人気を誇っているのかが、よく分かるだろう。

 

 

 

 

66回 菊花賞

 

 

枠順番号馬名性齢人気

1
1コンラット牡38

1
2ヤマトスプリンター牡311

2
3ミツワスカイハイ牡316

2
4ローゼンクロイツ牡34

3
5ハレヒノカイザー牡3
2

3
6アドマイヤフジ牡35

4
7アドマイヤジャパン牡37

4
8ディープインパクト牡3
1

5
9シャドウゲイト牡310

5
10エイシンサリヴァン牡317

6
11レットバトラー牡315

6
12シックスセンス牡3
3

7
13ピサノパテック牡39

7
14ディーエスハリアー牡313

8
15フサイチアウステル牡36

8
16マルブツライト牡312

8
17マルカジーク牡314

 

 

 かつては三冠を確実視されていたディープインパクト。しかしそれは、一頭のライバルにより成し遂げることができなくなった。

 ディープファンは、そのライバルを毛嫌いしている。蛇蝎のごとく嫌い、負けてしまえと願う。

 

「頑張れー、ディープー!」

「ハレヒノカイザーには負けんなー!」

 

 ハレヒノカイザー。ディープの神話を砕いた、同世代のダービー馬。ディープファンにとっての、怨敵。

 汚い野次は、流石に飛ばない。飛ばせば、他のファンと衝突になる。ダービーの一件もあってか、京都競馬場のいたるところで警備員が目を光らせているため、下手なことをすれば即座に退場だ。

 せめてもの抵抗か、ハレヒノカイザーを鋭く睨みつけるファン。もっとも、楽しそうにしているハレヒノカイザーの姿が目に映って、毒気を抜かれそうになっていたが。

 

《前日の夜に降っていた雨の影響はありません。京都競馬場第11R、クラシック最後の冠をかけた戦い菊花賞が幕を開けようとしています。右の外回り、芝3000m。3歳馬にとっては初となる長距離での戦い。注目が集まるのは、やはり2頭でしょう》

《はい。ディープインパクトにハレヒノカイザーですよね。皐月賞馬ディープインパクト、ダービー馬ハレヒノカイザー。どちらもインパクトの強い競馬をしてくれましたから》

《証明するように、この2頭が突出した人気を誇っています。ちょっと距離不安が残るハレヒノカイザーは2番人気。ディープインパクトとの差はありません。どちらも万全の仕上がり、果たして菊花賞を制するのはどの馬になるのか? 各馬順調にゲートへと入っていきます》

 

 ファンファーレが響き渡り、各馬がゲートへと入っていく。一頭、また一頭とゲートへ収まる。

 緊張に震える騎手がいる中で、ハレヒノカイザーに騎乗している岡邉は非常に落ち着いていた。しっかりと手綱を握り、今回の作戦を立てている。

 ディープインパクトに乗る岳も同様だ。成すべきことを成す、そう言わんばかりに堂々としている。

 

 

 そして、大外枠のマルカジークがゲートに収まった。

 

《突出した実力を持つライバル2頭。そのどちらかが、二冠を賜るのか? ディープインパクトにハレヒノカイザー、いつもは親友、ターフ(ここ)では最強のライバル。負けられない戦いが、譲れない勝負が今幕を開けようとしています》

 

 実況が響き、静まり返る競馬場の空気を切り裂いて──ゲートが開いた。競走馬たちが一斉に駆け出す。

 

《第66回菊花賞っ、三冠目をかけた戦いが今ッ、スタートしましたッ! さぁ立ち上がり、誰がハナを奪うのか。ディープインパクト今日は上手く出ました、出遅れはありません。ハレヒノカイザーも好スタート、先行争いに加わります。ただ、ちょっと抑え気味か? 飛び出したのはシャドウゲイト、宣言通りの逃げを打ちますシャドウゲイト坂東徹造。2番手にはアドマイヤジャパン、アドマイヤジャパンがつきます。無理には競り合わない、アドマイヤジャパンが内を走る》

 

 熱狂が始まる。声援が飛び交い、ファンの熱が伝播していく。菊花賞が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 菊花賞序盤。ディープインパクトはまずまずのスタートでホッと一息ついたファンだったが、すぐに心臓に悪いことが起きた。

 普段ならば後方からの競馬を展開するディープインパクトだが、この時掛かっているのか、普段よりも前目の位置につけようとしていたのである。

 行きたがる素振りを見せるディープインパクト。しかし、ここで岳はしっかりと手綱で抑えるように指示を飛ばす。

 

まだここじゃないぞ。大丈夫だぞ

 

 そして、ディープインパクトが前に行かないように内へ誘導する。馬群の中にディープを収めることで、前へ行くことを阻止しようとしていた。

 まだ行きたがっているものの、前の馬が邪魔となって進むことはできない。

 

行きたいなぁ

 

 もどかしい気持ちを抱えたまま、ディープインパクトは中団の位置でレースを進める。口を割って折り合いを欠いている状況に、ファンは悲鳴のような歓声を上げていた。

 

 

 対するハレヒノカイザー。こちらはいつも通り好調である。

 先行の位置につけ、逃げるシャドウゲイトが見える位置でレースを展開。アドマイヤジャパンの後ろにつけていた。

 

《シャドウゲイトがハナを切る。まずは1周目のホームストレッチ、15万人を超える大観衆の前を通ります各馬。先頭シャドウゲイトが差を広げて逃げている。2番手はアドマイヤジャパン、4馬身から5馬身後ろにアドマイヤジャパンがつけています。その後ろにハレヒノカイザー、今日も好位置だ》

《ディープとは対照的に非常に落ち着いていますね。余裕をもって走れています》

《大歓声に包まれる京都競馬場。ハレヒノカイザーに並びますピサノパテック4番手。コンラットと続いていますが、ディープインパクトは内へ入れている。岳隆が懸命に折り合いをつけようとしていますディープインパクト。諫めるように動かします岳隆。ディープインパクトはまだ掛かっている、シャドウゲイトが引っ張るレースで、1番人気ディープインパクトは掛かっている!》

 

 中々折り合いをつけることができないディープインパクト。ライバルが万全の走りをしている中、これはさすがにまずいと感じ始めるファン。

 

「落ち着けー!」

「なんとか折り合いつけろ岳ー! これで負けるなよー!」

 

 最終的にディープは、第1コーナーに入ってからようやく折り合いがついた。

 

あ、まだゴールじゃなかったや

 

 急激にやる気をなくしたかのように落ち着くディープインパクト。ホッと一息ついた岳は、ようやくレースができる、と鋭く前を睨みつけた。

 

 

 第1コーナーを越えて、馬群はさらに縦に長くなる。先頭を走るシャドウゲイトが差をつけようと逃げ、そうはさせまいとアドマイヤジャパンが2番手で追走。シャドウゲイトとアドマイヤジャパンが逃げる形に変わった。

 

《第2コーナーを越えてまもなく向こう正面。逃げるシャドウゲイトを追うアドマイヤジャパン、アドマイヤジャパンがシャドウゲイトにつきます。3番手との差を広げていく2頭、5馬身から6馬身はあるでしょうか? 3番手はピサノパテック、外にコンラット。ローゼンクロイツと続いて、ハレヒノカイザーは現在6番手で進みます》

《ピサノパテックとコンラットはハレヒノカイザーを警戒していますね。動き出しに合わせられるようにしています》

《2番人気のハレヒノカイザー、やはりこのレースでも警戒されている。人によってはディープよりも警戒すべきだろうと考えているのが、このハレヒノカイザーであります。ハレヒノカイザーの後ろはフサイチアウステル、さぁその後ろにはディープだディープだ。早くもライバル2頭がこの位置に集まっているぞ。ハレヒノカイザーとディープインパクトはほぼ同じ位置にいる!》

 

 本来であれば、向こう正面に入れば落ち着く展開になる菊花賞。ただ、シャドウゲイトに騎乗する坂東は緩める気はさらさらない。

 

このまま大逃げにシフトする

 

 そう言わんばかりに、シャドウゲイトは脚を緩めずに逃げていく。アドマイヤジャパンが、シャドウゲイトについていく。

 絶妙なペース配分。1000mの通過タイムは60秒9とまずまず。好調に飛ばして逃げるシャドウゲイトとアドマイヤジャパン。その差は、10馬身は開こうとしていた。

 どれだけの差が開こうが、ハレヒノカイザーに焦りはない。じっくりとレースを窺い、然るべきタイミングを見極める。

 

まだだ、まだだぞ

 

 相棒を宥める岡邉。ハレヒノカイザーも応えるようにじっとする。ローゼンクロイツに抜かれ、フサイチアウステルとの差が開こうとも動かなかった。

 折り合いがついたディープインパクトも同様だ。

 

あ、カイザー君だ!

 

 普段ならば見ることのない位置に友達がいる。ディープインパクトはまた掛かりそうになるが、岳が抑えることで辛抱強く我慢していた。

 向こう正面の先行集団に動きはない。前を走る2頭がガンガン飛ばして大逃げを取ろうとも、じっくりと脚を溜めて待っていた。

 

《向こう正面も半分を過ぎました。シャドウゲイトとアドマイヤジャパンが大きく差を広げて逃げている。ちょっとペースが落ち着いているか? 3番手ピサノパテックはアドマイヤジャパンからかなり離されているぞ。まだ行かない、まだここではない。馬に言い聞かせて、手綱を握ります。だが、逃げ切り勝ちだけは許したくないところだ》

 

 じわり、じわりと。先頭と先行集団の差が開いていく。

 

 

 先頭を走るシャドウゲイトの坂東と、アドマイヤジャパンの槙山は手ごたえを感じていた。

 このペースでも行ける、今のまま維持すれば必ず勝てる。そう信じてやまなかった。

 ディープインパクトとハレヒノカイザーには勝てる。そうなると問題となるのは……隣を走る相手のみ。

 

どこで仕掛ける?

 

 考えを巡らせる坂東。機会を窺う槙山。

 己の相棒のベストなタイミング。どこで仕掛けるのが正解か、どこで前に出れば振り落とせるか。機会を待つ。

 

《早くも第3コーナーのカーブを曲がります2頭。シャドウゲイトとアドマイヤジャパンがレースを作る。アドマイヤジャパンを突き放して先頭を走るシャドウゲイト。遅れること2馬身の位置にアドマイヤジャパン。坂を上る勝負所、ハレヒノカイザーが徐々に進出を開始している。それを見てディープインパクトも上がっていくぞ》

 

 待つ。歓声が支配する京都競馬場で、心を落ち着かせて静かに待つ。

 

《後はどこで仕掛けるか? 後ろからディープインパクトが上がっていく、ハレヒノカイザーが前を進む。ローゼンクロイツを躱し、フサイチアウステルに並ぼうとしている。もうすぐ第4コーナーのカーブ、坂の頂上に立って、下りに入ります先頭シャドウゲイト!》

 

 待って、待って──第4コーナーに入る直前。

 

ここだ、ジャパン!

 

 槙山の鞭が飛ぶ。アドマイヤジャパンに仕掛けろ、と合図を出し、早めの抜け出しを図った。

 京都の下り坂を利用して加速する。かつての三冠馬、ミスターシービーが取ったロングスパート。ゆっくり上ってゆっくり下るという常識を破り、下り坂を利用してのロングスパートを仕掛けた。

 スタミナによる消耗戦、というよりは、いかに長く脚を持続させるかの勝負に持ち込む。こうなれば、アドマイヤジャパンが落ちてこない限りは、後続は追いつくことはできない。

 開いたシャドウゲイトとの差を縮めにかかる。ここまで絶妙なペース配分で逃げていたシャドウゲイト。それに並ぼうとするアドマイヤジャパン。

 

《第4コーナー、アドマイヤジャパンが下り坂で加速している、アドマイヤジャパンがシャドウゲイトとの差を詰めていく。アドマイヤジャパンが仕掛けた! アドマイヤジャパンがシャドウゲイトに並ぼうとしている! その差がグングン縮まる、シャドウゲイト負けじと逃げていく。ディープインパクトとハレヒノカイザーは外から回る。今フサイチアウステルを躱して、5番手に浮上した2頭!》

《おっと、これは槙山騎手上手いですね! 後続が追い付く前に逃げる算段を立てています!》

《他の馬も続々と雪崩れ込んでいる! リードが縮まってきているぞ。そして最後の直線! ここでアドマイヤジャパンがシャドウゲイトを捉えた捉えた! アドマイヤジャパンが先頭に変わる!》

 

 最高のペース配分で逃げていたシャドウゲイト。そして、最高のタイミングで仕掛けたアドマイヤジャパン。

 競馬ファンが見れば見事、と口から漏らすだろう。このままいけば、アドマイヤジャパンの勝ちで決まりだ、そう賞賛するだろう。

 アドマイヤジャパン鞍上の槙山は、最高のタイミングで抜け出せた、と口角を上げる。

 誰もが最高の奇襲だと褒めるに違いない。()()()()()、勝っていても全くおかしくないレースだ。

 

《先頭はアドマイヤジャパン、アドマイヤジャパンに変わった! シャドウゲイトはもう無理か? 必死に粘るシャドウゲイトこれはもう無理か! 先頭はアドマイヤジャパン、アドマイヤジャパンが先頭に立ちます!》

 

 だが、アドマイヤジャパンが相手にしているのは。

 

《だがここでハレヒノカイザーとディープインパクトッ! ハレヒノカイザーとディープインパクトが上がってきたぁぁぁ! 最強の2頭が上がってくる、アドマイヤジャパンとの差をあっという間に詰めてくる! 必死に逃げるアドマイヤジャパン槙山則寛! その差をグングン詰めるハレヒノカイザーとディープインパクト!》

 

 普通ではなかった。

 槙山は圧が強くなるのを感じる。ずっと感じてきた圧、震えあがりそうな強さを誇る2頭。

 槙山は完璧な競馬をした。絶妙なペース配分で逃げるシャドウゲイトを早めに捕まえ、下り坂を利用してスパートをすることで後続との差を広げる。落ちない限りは負けない戦い。普通ならば勝っていても全くおかしくない。

 だが、この2頭は。

 

なんで、どうして

 

 槙山とアドマイヤジャパンの思いを粉砕するほどに、強かった。

 

なぁ

 

 アドマイヤジャパンは必死に逃げる。

 

お前ら似たような冠をもう持ってるだろ?

 

 後ろから追いつこうとしている恐怖から必死に逃げる。

 

だったら、譲ってくれてもいいだろ?

 

 強くなる圧から必死に逃げる。笑いながら迫ってくる恐怖から逃げ続ける。

 

最後の一つぐらい、俺に譲ってくれてもいいだろ!

 

 ……しかし、アドマイヤジャパンの思いは届かない。執念は、届かない。

 

なんで、そんなに強いんだよ……

 

 最高のタイミングで仕掛けても、最高の騎乗ができたとしても敵わない。アドマイヤジャパンが相手にしている最強の2頭は、それほどまでに強いのだから。

 

《残り200mでハレヒノカイザーとディープインパクトがアドマイヤジャパンに並んだァァァ! そして、あっという間に躱した2頭! さぁやはりこの2頭だ、やはりこの2頭の競り合いになった! 後はどちらが抜け出すか! どちらが先に競り落とすかの勝負になる! ハレヒノカイザーとディープインパクト、最後もこの2頭が争う展開になった!》

 

 菊花賞最終局面。ハレヒノカイザーとディープインパクトが競り合う。

 

 

 

 

 

 

 完全に並んだままの2頭。ハレヒノカイザーとディープインパクトは、全くの互角のまま最後の直線を駆け抜ける。

 

楽しいな、楽しいな!

楽しい、楽しい!

 

 白熱した勝負を楽しむ2頭。沸き上がる歓声はさらに大きく、熱を帯びていく。

 

「負けるなディープ! 絶対に勝てー!」

「ここで勝てカイザー! 勝つんだー!」

 

 勝負は完全にこの2頭。岳の鞭が飛べば、岡邉の鞭も飛ぶ。完全に並んだデッドヒートはどこまでも続きなそうなほどだった。

 

《ハレヒノカイザーとディープインパクトが並ぶ! 完全に並んだ2頭の競り合いはどこまで続くのか!?》

《これはちょっと……目が離せないよ!》

《ハレヒノカイザーかディープインパクトか!? どちらが先に抜け出すのか! まもなく残り100m!》

 

 必死になる騎手。思いを飛ばすファン。

 その中でハレヒノカイザーは。

 

もっと先に行きたいな

 

 さらに加速した。

 

《さぁ残り100m! 他馬を突き放す2頭、ここでハレヒノカイザーが抜け出したァァァ! ハレヒノカイザーが先頭だ、ハレヒノカイザーが先頭だ! まだ加速するとでもいうのか!? ハレヒノカイザーがディープインパクトを競り落とす! ディープを競り落とす!》

「あぁクソ! ()()()()()()!」

「負けるなディープー! カイザーに勝てー!」

 

 ハレヒノカイザーの加速は止まらない。

 

凄い、凄いやカイザー君!

 

 ディープインパクトも負けじと競りかける。追いつこうと差を詰める。

 

もっと、もっと!

 

 クビ差、ハナ差の大激戦。どちらが勝つのか全く予想がつかないぶつかり合い。

 ──その勝負は。

 

っあ、え?

 

 あっけなく、終わった。

 

《残り50m! ハレヒノカイザー失速、ハレヒノカイザー失速! ここで力尽きてしまったハレヒノカイザー! ディープが躱した躱した! 最後の最後にスタミナを残していたディープインパクト前に出る!》

「いっっっけぇぇぇぇ!」

「止めろぉぉぉ!」

 

 ディープファンの声援が飛ぶ。カイザーファンの悲鳴が聞こえる。菊花賞を制したのは──

 

《ディープだディープだ! 【英雄】ディープインパクトが、【太陽の皇帝】ハレヒノカイザーを倒したァァァ! 勝ったのはディィィプインパクトォォォッッ!! 二冠を取ったのはディープインパクトだぁぁぁ! ハレヒノカイザーは惜しくもクビ差の2着、クビ差の2着であります!》

《いやぁ……言葉が出ません! 何という勝負でしょうか!》

《この2頭の勝負は毎回凄い! 皐月賞も、ダービーも激戦! この菊花賞もまた激戦! ですが最後は、スタミナを残していたディープインパクトが勝利を掴み取った! 最後の最後にスタミナがなかったハレヒノカイザー! 鞍上の岳隆、渾身のガッツポーズ! 右手を掲げます岳隆!》

 

 ディープインパクトだった。

 

 

 ファンからは賞賛の声が飛ぶ。ディープインパクトの勝利を称え、喜びで満ちている。

 

「やっぱすげぇぞディープ! よく頑張ったー!」

「これで二冠だー!」

 

 褒め称え、口々にディープインパクトの強さを語っている。

 ただ、それだけではなかった。

 

「……ただ、ハレヒノカイザーな」

 

 ディープファンの頭によぎるのは、ハレヒノカイザーの存在。

 嫌いな存在だ。アイツさえいなければ、ディープは無敗の三冠馬だった。そう信じてやまないファンは、やはり好きになれないと思っていた。

 だが、最後の直線。ディープインパクトと競り合い続ける姿を見て、あらためて思い知らされた。

 

ハレヒノカイザーは強いのだと

 

 それでも、その言葉を口にすることはない。()()、素直に応援することはできない。

 ただ、今後はハレヒノカイザーの動向にも注目しよう。そう思い始める、ディープファンだった。

 

 

 そして、ハレヒノカイザー。こちらは──普通じゃない空気が流れている。

 

「お、おい、見ろよカイザーのやつ」

「あぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普段ならば、勝とうが負けようが飛び跳ねまわるハレヒノカイザー。この時ばかりは様子が違った。

 勝ち馬であるディープインパクトを睨みつけているようにも見えているのである。

 負けて悔しいと思っているのだろう。次こそは負けないと意気込んでいるのだろう。ファンは思い思いの解釈をする。

 

「ついに、ハレヒノカイザーに勝ち気が」

 

 そう思うファンも少なくない。

 ──だが、それならばどれほど良かっただろうか。

 

「カイザー?……カイザー!」

 

 突然、鞍上の岡邉が飛び降りる。動こうとしないハレヒノカイザーから下馬、心配するように寄り添う。

 ただならない事態を察したのだろう。ファンからは困惑の声が上がる。

 

《おっと、ここで岡邉騎手がハレヒノカイザーから降りました。いったい、何があったのでしょうか?》

《もしかして、ハレヒノカイザーに何かアクシデントが!?》

 

 ディープインパクトもハレヒノカイザーに近づき、寄り添う。救護班が到着するその時まで、ディープインパクトはハレヒノカイザーの傍を離れようとしなかった。

 

第66回菊花賞勝者・ディープインパクト

 

 

 

 

 

 

 後日、一つのニュースが競馬ファンに舞い込んできた。

 

【ハレヒノカイザーは右第1指骨剥離骨折。復帰には3ヶ月かかる見通し】




激走の代償……?
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