どうも、私です。最近お馬さん生活に変化が訪れました。
まず、知らない人間さんを多く見るようになった。スーツを着こなして、いかにも社長ですみたいな雰囲気の人達を見かけるようになった。その人たちは私達が住んでいる牧場をジロジロと見ている。
で、今日もその日だ。社長っぽい人にラフな格好をした人、そして隣に立っている人間さん。
「あの子は確か、セレクトセールでも」
「はい。ブランシュテルの2002です。まだ売れ残っている状況でして」
「幸運というべきか。まだ彼のような逸材が残っていただなんて」
「富士澤さんにそう言っていただけると嬉しいですね」
社長っぽい人と富士澤さんと呼ばれた人、そして牧場の人間さん、私のお世話をよくやってくれている安達さんが話し込んでいるみたい。というか、ブランシュテルと言えば私の母馬の名前じゃないですか。2002はよく分からないけど、運命的な何かを感じますよ。なんてったって私の母馬と同じ名前が入ってるわけですからね。もしかしたら兄弟かもしれません。
「困ったことに脱走癖があるやつで。この柵を軽々と飛び越えています。それもほぼ毎日」
「ほう、毎日。手を焼いているのではないですか?」
「正直。ですが、こちらが気づいたら元の放牧地にいつも戻っているので。最近ではもう諦め気味です」
へ~、私以外にも脱走を企てる子がいるんですね。これはかなり運命を感じますよ。気が合いそうです。
「賢い子なんですね。ここが自分の生活空間だと分かっている」
「近くで見てみたい。お願いできますか?」
「分かりました。今連れてきますね」
安達さんが放牧地に入ってきて……あの、なんで私のところへ? ブランシュテルの2002さんのところに行くのではないのでしょうか? 名前かどうかも定かじゃありませんけど。
「行こうか、モーント。お前に興味を持ってくれる人がいるんだ」
あ、これもしかしなくても私がブランシュテルの2002か。そりゃ運命感じますね。なんてったって私ですから! 運命も何もあったもんじゃないですね。というか私の脱走をバラさないでくださいよ安達さん。
安達さんに連れて行かれるまま社長さんと富士澤さんのところへ。はへ~、なんか凄そうですね。
「確か、この子はトウカイテイオーの」
「はい。やはり血統の問題があってか、セレクトセールも芳しくなく」
「ですが、良い毛艶だ。鹿毛で、月のような流星がある。それに、賢そうだ」
「それに、見た目も悪くない。気性も穏やかだと聞いています」
ほほう、なかなか見る目がありますね。月のような流星はよく分かりませんが、私は賢いですよ。買いですよ買い。
「……うん、いいね。この子に決めました」
「そうですか!春陽さん、ありがとうございます」
「では、厩舎は私の方に」
その後いろいろ話し込んでたみたいですけど、私はどうやら買い手がついたらしい。社長っぽい見た目の人、春陽さんが決めて安達さんが喜んでいる。よしよし、これで私も晴れて競走馬とやらになれるのか。
話はとんとん拍子に進んでいき。気づけば私は生まれ育った牧場から出荷されることに。これがドナドナの気分ってやつですか。元気でやってくるよお母さん。
「いいか、モーント。これからお前は富士澤さんのところにお世話になるんだ。俺達はもう世話してやれないけど、向こうでも元気にやるんだぞ」
「富士澤さんは名伯楽として有名だ。お前もきっと強くなれる。頑張っておいで」
「日比谷さん達の大切な馬。責任をもって預からせていただきます」
あ、安達さん、日比谷さん……!
(やばい、涙出てきそう)
この人たちは私のことをずっとお世話してくれた人達だ。雨の日も風の日も、嵐の日だってやってきて。私が不安がらないようにお世話をしてくれた人達。そんな彼らと別れることになるのは、心にクるものがある。
安達さん、日比谷さん! 私、立派になってくるよ~!
「モーント。絶対に脱走騒ぎは起こすんじゃないぞ」
「それだけが心配だ。脱走して、富士澤さんに迷惑をかけるようなことはしないでくれよ?」
「あはは……そっぽ向かれてますね」
何度言われても無理なものは無理です。衝動が私を突き動かすもので。
手綱に引っ張られて私は車に乗り込む。馬運車、というやつらしい。中はかなり広い。
(これで移動とかするらしい。まぁ、確かに馬だけで移動はさすがに無理だもんね)
今から行くのはミホと呼ばれる地名らしい。ミホトレーニングセンター、とか言ってたかな? 勿論だけど聞き覚えはありません。
馬運車に揺られてドナドナ。結構揺れるし、人間の頃と違って耳とかよく聞こえるから酔いそうになる。でも問題ナッシング。これくらいは耐えれますよ。
◇
で、はい。そんな経緯もあって私が美浦トレセンに来てから数ヶ月が経ちました。もう年末が近づいてますよ。早いですね。ちなみにミホの漢字が分からなかったんですけど、どうも美浦と書くらしいです。最初みうらと呼んだのはここだけの話。
(ここに来たのが夏の頃だから、すっごく早く感じるなぁ)
思わず黄昏てしまうってもんですよ。時の流れって早いなぁ。
それで今、私が何をしているかといいますと。
「よし、カイザー。今日も頑張ろうか」
「ヒヒィン(はーい)」
絶賛調教の最中でございます。調教っていうのは部活でいう練習のことらしい。
最初はいろんなものを装着するから慣れなかったけど、今となってはもう慣れっこだね。これも競走馬になるために必要なこと、人間さんに迷惑をかけるわけにいかないからね。脱走? それとこれとは話が別だね。
調教は日が昇る前から。4時とかだったかな?
「今日も冷えるな~カイザー」
12月の日が完全に昇ってない時間帯だから寒いよね。ま、私はそこまで寒さを感じないけど。お馬さんの身体凄い。人間さんに引かれて、今日も調教頑張りまっしょい。
そうそう。さっきから人間さんが私のことをカイザーと呼んでるけど、私にも正式な名前が付きました! パチパチパチ~。
(ハレヒノカイザー。なんかかっちょいい!)
人間さんは私のことをカイザーと呼びます。意味は皇帝らしい。随分と偉くなったものだね私も。名前だけだけど。
「今日も元気に走ろうな、カイザー」
「ヒヒィィン!(勿論! 走るの超楽しいし!)」
「いつも楽しそうに走るもんな。その調子で、頑張れよ」
お世話してくれるこの人は壬生さん。私が美浦トレセンに来た日からずっとお世話をしてくれてる人だ。ご飯くれたり、寝床の藁を整備してくれるのもこの人。北海道の牧場で安達さんがやってた役割をしてくれる。牧場に来てた富士澤さんは調教の時ぐらいでしか見ない。
それで走る場所に到着、なのだけどっ!
(やっぱり、いつ見ても多いな~!)
故郷の牧場とは全然違う。見渡す限りの馬! 馬! 馬! って感じだ。私の同族がこんなにもたくさんいるとは。やっぱり日比谷さんの牧場は数が少なかったのかな?
今日走るコースに足を踏み入れて、地面の感触を確かめるために足踏み。よし、よし。今日も調子は悪くないね。
「よし、走ろうかカイザー」
壬生さんが私に乗る。このままの状態でまずは、歩く。パッカパッカ歩いて準備運動だ。
(走りたいな~走りたいな~)
いかん、本能が抑えきれない。今すぐにでも走りだしたいぞ!
「ダメだよカイザー。まだ我慢ね。まだ歩きだよ」
ちぇ、分かりましたよっと。どの道手綱を絞ってるから走れないし。ここは我慢して、壬生さんの指示通りに歩く。
しばらく歩いていると──壬生さんが掴んでいる手綱が緩んだ。おっと、これは!
「よし、ゴーだカイザー!」
待ってましたぁぁぁ! よーし、行くぞ行くぞー!
『きゃっほぉぉぉう!』
病みつきになるこの感覚! 風を切り裂いて進んでいく私の身体! いつ感じても、この走る感覚はたまらない!
壬生さんを乗せてもそれは変わらない。走っているこの時が、一番生を実感する!
「よーし、この調子でいこうかカイザー!」
壬生さんからの檄が飛ぶ。そりゃあもちろんってやつですよ。ずっとずっと走っていたい! 最高だこの感覚!
走って、走って、走って。コースを何周でもしちゃうぞって勢いで駆け抜けたけど。
『ぐえっ!?』
「よーしよし、そろそろ落ち着こうか。上がりの時間だぞ」
気づけば調教の終わりの時間だった。時間が経つの早すぎ……調教の時間だけ倍くらいに伸びてくれないかな?
「不満そうだな、カイザー」
「ブルル……」
そりゃそうですよ。私をもっと走らせろ~。
「けど、走りすぎも身体に悪いぞ。適切な量走るのが、お前が強くなる近道だ」
「ヒヒン」
「分かってくれたか? それじゃ、この後はシャワーだ。こっちも好きだろ?」
え、身体洗ってくれるの!? わーい! 早く帰ろ帰ろ!
「うおッ!?あまり引っ張るなって。楽しみなのは分かったから!」
おっと危ない。危うく壬生さんを乗せたまま暴走するところだった。ひとまず下りたことを確認して、と。
「それじゃ行くぞ。お家に帰ろうか」
「ヒヒーン!(はーい!)」
こうして午前の調教が終わる。
調教が終わると何が始まるのか? お手入れの時間が始まる。
馬の爪、っていうか蹄と呼ばれる個所。ここの掃除とかシャワーで身体を洗ってもらう。これがまたいいんですよ。
シャワーが気持ちいいのは言わずもがな、蹄の掃除も欠かせない。自分ではどうにもならないから人間さんの手でやってもらうんだけど、綺麗になると分かるもんなのだ。ちなみに最初、蹄を保護するための蹄鉄と呼ばれる道具を装着する時怖かったのはここだけの話。
(ハンマーで叩かれるから痛いと思ったけど、別にそんなことはなかったな)
暴れまわったのはいい思い出だ。人間さんにケガはさせなかったのは不幸中の幸い。ありがとう人間さんもとい安達さん。あなたのおかげでもう平気になりました。
掃除が終わればご飯の時間。今日ももりもり食べて大きくなるぞ~。
「お疲れ。ハレヒノカイザーの様子は?」
「おはようございます、富士澤さん。今日も軽々とこなしてましたよ。もっとキツい調教でもいいかもしれません」
「もう慣れたのか? ますますもって将来が楽しみになってきたな」
あ、富士澤さんだ。壬生さんと私の調教について話し合ってるみたい。
そうだそうだ~。私をもっと走らせろ~。もっとキツくてもいいぞ私は~。
「トウカイテイオーの子だからな。脚の不安を考えたらと慎重に見ているが」
「あ~……そういえばでしたね。でも、トウカイテイオーの子の割には利口ですね」
「そうだな。我の強い産駒が多い中で、ハレヒノカイザーはそんな素振りを見せない。こちらの言うことを素直に聞いてくれるからな」
そうでしょうそうでしょう。なんたって私、賢いので。だから調教の量を増やしてくれてもいいんですよ?
「年明け、だな。2歳になれば、新馬戦を見据えて量を増やしてもいいだろう」
「年末は現状維持で?」
「あぁ……って、凄く不満そうだなカイザー」
別にー。そんなことありませんよーだ。
「本当に賢いですよね、ハレヒノカイザー。生産牧場ではよく脱走してたらしいですが」
「らしいな。放牧地から脱走しては、引退馬たちのところによく混ざっていたらしい。しかも、タチが悪いことにバレたらすぐに自分の放牧地に戻ったそうだ」
「悪ガキみたいですね。幸いにも馬房から脱走することはないですけど」
まぁここは家みたいで落ち着くから。それ以外で脱走を企てるけどね!
「将来が楽しみなやつだよ、本当に」
「クラシック、取れたりするかもしれませんね」
「……どうだろうな」
クラシック、クラシック……音楽? 芸でも仕込まれるのかな私は。ま、分かんないからいいや。富士澤さんたちが考えてくれるでしょ。ひとまず餌を食べ終わったから御馳走様です。
「今度ラジオでも聞かせてみますか?」
「ダイタクヘリオスは新聞を読む馬と呼ばれていたからな。新聞を持ってきてもいいかもしれない」
ちょっと待って、本格的に芸を仕込もうとしてません? いや、読めるし聞けるけど走ることに関係あります?
(でも楽しそうだからいいか!)
そんなわけで今度持ってきてくださいね。馬房から顔を覗かせて催促しましょう。
「おっ、ハレヒノカイザーも乗り気みたいですね」
「本当に持ってくるか」
頼みま~す。
名前はハレヒノカイザーに。ハレヒノが冠名でございます。次回は騎手とか。