ちーっす、私です。リハビリセンターでの日々を終えて、美浦トレセンに帰ってきましたよ私は。
いやぁ、懐かしいですね美浦トレセン。あの時と何も変わりません。2週間そこらしか経ってませんけど。
「よ~しよし、お帰りカイザー」
「ヒヒン(ただいま壬生さん)」
壬生さんに連れられて馬房へ。今日の調教はお休みです。あまり激しい運動もできないので、しばらくは調教もお休みですね。
美浦トレセンのお家へと戻ってくると、懐かしい姿が。
『おう、久しぶりじゃねぇかカイザー』
『あ、ロブロイさん』
ロブロイさんと会いました。おぉ、こちらは本当にお久しぶりですね。菊花賞の時は栗東に遠征してましたし、帰ってきたと思ったらすぐにリハビリセンターに行ったので、ロブロイさんと会うのはかれこれ1ヶ月ぶりでしょうか。
ただ、リハビリセンターでも逐一情報は追っています。新聞なんかは向こうでも読めたのでね。まぁ、なんですか。
『惜しかったみたいですね、ロブロイさん』
『おー。あともうちょいだったんだがなぁ』
ロブロイさん、前走の天皇賞ってレース2着だったんですよねぇ。ハナ差の2着とわずかに届かなかった模様。
ちなみに、私の一年先輩のムードちゃんも出走してましたよ。こちらも3着と惜しかったようです。放牧の時にでも慰めてあげましょう。
しかし、私も2着でロブロイさん達も2着と3着。好走は、好走なんですけどね。
『あまり落ち込まないでくださいよ。次頑張りましょうよ、私と一緒に』
『カイザーは、2着でしかもケガしたんだっけか? お前本当に気をつけろよ。ケガは怖いんだから』
『大丈夫ですって。分かってますよ』
『お前の場合、ここ一番でやらかす気しかしないからな』
私の信用がないに等しい件について。どういう意味なんですかね。
『前々から言ってるように、レースってのは1着にならないと意味がねぇ。1着にならなきゃ、2着も10着も同じだ』
『シビアな世界ですよねぇ』
『そういうもんだ。俺たちの世界ってのはよ』
あ、でも聞きましたよロブロイさん。なんでも今回の天皇賞、とてもすごいことになっていたんだとか。
『確か、天皇陛下が観てたんですよね? 凄いことじゃないですか!』
『あ~? あ~、確かに偉い人間が観に来てたらしいな。俺らを世話している人間も、いつもより気合いが入ってたし』
そう、今回の天皇賞は天皇陛下が観戦していたのだとか! ロブロイさん達が羨ましいですね。というか天皇陛下も競馬のレースを観戦したりするんですね、と驚いたりしてました。
ロブロイさんも相当に悔しいご様子。ここはいっちょ、私が応援しましょう。
『そんなレースを、ロブロイさんは2着なんですから! やっぱりロブロイさんは凄いです!』
『ふふん。それほどでもある。ただ、最近は惜しいことばっかだからな。そろそろ勝ちたいところだ』
『次のレースは勝てますよ! 勝つためにも、私が念を送りますね!』
うおお~、ロブロイさん勝て~、勝て勝てロブロイさ~ん。
『あんがとよカイザー。お前と会ったらなんとなく気が楽になったわ』
『ほほう。それは良かったです』
元気が出たようならなにより……の割には、ロブロイさんあんまり元気そうじゃないですね。なんででしょうか?
よほど負けが堪えているのかもしれません。でも気が楽になった、とは言ってますし。もしかして、別のことで気がかりなことが? その線が濃厚ですね。
『なにか、気がかりなことがあるんですか? ロブロイさん。気が楽になった割には、あんまり元気じゃなさそうですけど』
『……お前って、本当に鋭いよな』
それほどでもあります。
聞いてみたはいいものの、話したくないなら別にそれでいいのですが。
『別に無理に聞こうとは思いませんけど。お悩みがあるなら聞きますよ』
『後輩がそこまで気を使わなくてもいい、が。まぁ、アレだ』
おや、話してくれるのでしょうか? いったい、ロブロイさんが抱えているものとは何でしょうね。
『放牧の時に話すわ。どうせ一緒になるだろうし』
あ、はい。
◇
気づけば放牧の時間。さてさて、ロブロイさんが話したいこととはいったい何じゃらほい。
『それで、なんでしょうかロブロイさん。なんというか、気にしてるのは勝ち負けだけじゃないような気がしますけど』
『あー、そのこと、なんだがな』
どんな情報が出てきても驚きませんよ。覚悟はできてますからね。さて、ロブロイさんのお言葉は!
『俺は、どうやら年末で引退するらしい。年明けには、ここからいなくなる』
『……おうふ』
すいません、思ったより深刻な話題でどんな反応をすればいいのか分かりません。というか、驚かないのは無理ですこれ。え、ロブロイさん引退するんですか?
『人間どもが話しているのを聞いてな。どうも、今月と来月のレースで俺は最後だとよ』
『あー、その……お疲れ様です?』
『なんだそれ。お前が気に病む必要はねーよ。これは、みんなが経験することだ』
そう、ですか。ロブロイさんも、クリスエスさんみたいに引退ってことですか。ロブロイさんもここからいなくなる……かなり寂しくなりますね。ロブロイさんには、結構お世話になりましたから。
後半の調教パートナーはもっぱらロブロイさんでしたし、良い感じの手の抜き方とか、それはまぁ色々と教えてもらいました。一番最初に出てくるのが手の抜き方なのが、ロブロイさんらしいといいますか。
『それに、衰えってもんが出てきたからな。前みたいなレースが、できなくなってきた』
『そうなんですか? ロブロイさん、それでも強かったと思いますけど』
『お世辞を言わなくてもいーよ。自分のことは自分が一番分かってんだからな』
う~ん、お世辞のつもりはなかったのですが。ロブロイさんは、どうもナイーブになっているのかもしれません。
『分かんだよ、前みたいな走りができなくなってきたし、勝ちたいって気持ちが薄れてきた。俺は、この辺が潮時って奴なんだ』
『そう、ですか』
こんな時、なんて言えばいいのか分かりません。でも、あえてロブロイさんに言うならば。
『お疲れ様、でした。ロブロイさん』
『……ほーん?』
『その、ロブロイさんの今後は分かんないですけど、未来に希望を持ちましょう。きっと、楽しいことが待ってますよ』
私に言えることなんてこれぐらい。ロブロイさんの未来を思って、応援することぐらいだ。
『後は、レースに勝ちましょう。私にできること、一生懸命頑張りますので。後2回、頑張って。ロブロイさんが好きな、のんびりとした暮らしを送れるように。一緒に頑張りましょう!』
『……アハハ! お前、引き留めるわけじゃないんだな!』
なんか笑われた。なんで?
『いや、悪い。なんか、お前の場合ロブロイさんいかないでー、とか言われそうな気がしてな』
『まぁその気持ちがないと言えば嘘になりますが。しょうがない理由なんていくらでもありますし。無理に引き留めてもアレじゃないですか』
『まぁな。今回のも、しょうがないパターンだ』
『だったら、私が無理言って気に病んでしまうよりも、ロブロイさんには後腐れなく行ってほしいですし。それに、お世話になった先輩の新しい門出は、楽しい気持ちで送ってあげたいじゃないですか』
無理なこと言って、ロブロイさんを悲しませて。その結果後味が悪くなったら最悪です。そうなるくらいなら、お互いに楽しい気持ちのまま別れたい。それが私のポリシー。
『……へ、後輩の癖に生意気だぞ』
ロブロイさんに顔を押し付けられる。肘で小突かれるみたいに。あの、くすぐったいですよ。
『まぁ、なんだ。俺ももうすぐここからいなくなるからな。最後に、お前に教えておきたいことがあるんだよ』
『なんですか? 手の抜き方ですか?』
『それは毎回教えてるだろうが。教えてほしいならもっと教えるぞ?』
どんだけバリエーションあるんですか。別に必要に迫られる場面もなさそうなので良いですよ。
『言っとくが、今回のは真面目な話だ。手の抜き方云々じゃない、俺からの、最後の教えだ』
ロブロイさんは、真面目な雰囲気。おふざけを一切感じさせない、今から言われることを絶対に忘れてはいけない、と思わせます。
『カイザー。お前は強い、めちゃくちゃに強い。美浦にいるやつら全員を相手にしても、お前は勝つだろうな。俺も、勝てなくなってきた』
『ロブロイさん、いつも調教では勝ってるじゃないですか』
『ありゃ調整だからだ。俺にいい気分で走ってもらいたいから、勝ってもらうのは当然だろ』
そうですね。私達に勝ってほしいから、調教では良いイメージで走らせたい。そんな考えも。
私も、いろんな子達と併走してきたから分かります。勝ったら嬉しそうにしているから、レースを頑張ろうって気になってるから。そんな子達を、見てきたから。
『お前は強い。だからさ、もっとワガママになれ』
『ワガママに?』
『そうだ。お前、全力出せなくて悩んでんだろ?』
悩んでる、というほどではありませんが。確かに気にしてますね。なんか、力が出せそうなのに出せない感じがするのは分かっています。
『お前は賢いからな。それに強い。全力を出さなくても勝てるぐらいだからな』
『別に、他の子達を下に見ているわけじゃないんですけどね』
『大丈夫だ。お前がそんな奴じゃないってこと、ここの奴らはみんな知ってるよ』
それは嬉しいですね。みんな良い子、今度いっぱい走りましょうね。
『人間のいうこと聞くだけじゃなくてよ、たまにゃお前が勝手に走るってのもいいんじゃねぇのか? 人間なんざ、振り回してなんぼだ』
『大丈夫なんですかね? いろいろと』
『人間はいい気分じゃねぇだろうな。けど、それぐらいがちょうどいいんだよ』
手のかかる子ほどかわいい、ってやつですかね? ということは、ワガママカイザーになるべきなのでしょうか?
というか、なんでワガママと全力を出すことが繋がるんでしょうか? あんまりつながりが見えてきませんが。というか、クラちゃんにも同じこと言われましたね。そんだけ私って手のかからない良い子なんでしょうか? しかも騎手を振り回せって同じこと言ってますし。
『なんにせよ、お前は強くなる。俺なんか、すぐに追い越しちまうぐらいにな。ま~もう追い越されてるけど』
『そんなことないですよ。大きいレース、まだロブロイさんほど勝ってませんし』
『そこが不思議なんだよな~。そんなに強いのかね、ディープインパクトとやら』
そりゃもうべらぼうに強いですよ。見た目との乖離が酷いですからね、プイちゃんの場合。
『なんにせよ、お前はもっと自由に走れ。騎手の言うことなんざ聞く必要はねぇ、お前が走りたいように走れ。お前はもう、レースってのを理解してんだからよ』
ロブロイさんからのお言葉。自由に走れ、走りたいように走れ、ですか。
『う~ん、分かりました。それなら、もっとワガママになってみます』
『おう、そうだそうだ。なんなら人間を振り落とせ』
『いや、そこまではしませんよ』
ケガするし、痛いじゃないですか。
『それに、お前も必ず引退することになる。その時に後悔するぐらいなら、後悔がないように走った方がいいだろ?』
『た、確かに! そうですね!』
『そうだそうだ! だからもっと振り回せカイザー!』
そうじゃないですか。後悔しちゃうぐらいなら、振り回した方が良いかもしれません。気づかせてくれたロブロイさん、やっぱり私の先輩です。
ロブロイさんの言葉をしっかりと覚えておかねば。そう思っていると。
『は~あ、それにしても』
『どうしました、ロブロイさん?』
空を見上げているロブロイさん。ぽつりと一言。
『──もっと走りたかったわ』
そう、呟いた。
『衰えてきてる、ってのは分かるけどよ。それでもまぁ、走りたいって思っちまうんだな、これが』
『……そういう、ものですか?』
『そういうもんだ。負けたら悔しい、思うように走れなくてイライラする。ぶっちゃけ、悪いことばっか頭に浮かんじまうけどよ』
ロブロイさんから出てくる言葉は悪態ばかり。でも、それでも。
『だからこそ、勝った時が格別なんだ。もっとレースで走りたい、って思うぐらいにはな』
走るのが好きなんだなってことが、伝わってくる。
けれど、ロブロイさんは後2回だ。後2回しか、レースには出走できない。走ることはできても、レースには出れない。
しみじみと呟くぐらいには、思い入れがあるのだろう。だったら、私にできることは。
『じゃあ、後の2回を頑張りましょう! ロブロイさんが勝てるように、私もお手伝いしますので!』
『……は、結局そこに行きつくんかいお前は』
『それに、ほら、アレです! え~っと、え~っと』
思いつくのは、これくらいだ。これくらいしか、私にはできない。
『ロブロイさんの分まで、私走りますので! 引退するロブロイさんの気持ちを背負って、私は走ります!』
心配をかけさせないために、もう大丈夫だと安心させるために。これくらいの気持ちで行きましょう。ロブロイさんには、笑っていてほしいですから。
『……お前ってやつは本当』
『な、なんでしょうか?』
『生意気だぞ後輩!』
「ヒヒーン(わー)!?」
びっくりした、急にどつかないでくださいよ! キックしてきたから驚いたじゃないですか!
けれど、軽く触れるソフトタッチみたいなもの。本気で蹴り抜こうとはしてなかった。いや、ロブロイさんはさすがにしないだろうけど。
『あんま気負いすぎんなよ? ただでさえお前、頑張りすぎるところあるし』
『大丈夫ですって。私、できる子ですので』
『あーはいはい。ま、なんにせよこれから頑張れよ。俺は引退しても、ムードのやつはまだ走るし。路線も被るかもしれないから、まぁ大丈夫だろ』
あ、ムードちゃんはまだ走るんですね。これでムードちゃんも引退となったらどうしたものかと思っていました。
それからは、ロブロイさんと一緒に過ごしていた。この時間を過ごせるのも年内までですからね。今のうちにいろいろと教わっておかなければ。
『あ~後カイザー。お前が走るの断られることだが……やっぱいいや』
『え、なんですか? あれってタイミングが悪いんじゃないんですか?』
『まぁ、そう思ってた方がお前は幸せだろ。気にすんな』
『そこで止められたら余計気になるんですけど! 教えてくださいよ!』
教えてくれないこともありますけど。けちんぼ。
ロブロイの引退。先輩の思いを背負って走ることを決めるカイザー。