同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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ロブロイさん……。


幕間 先輩の意地

 ケガをしたアイツが帰ってきた。可愛い後輩のハレヒノカイザーが。

 ケガをしたってのに、アイツは特に変わってなかった。いつもみたいに楽しそうにしていて、自分のことよりも俺の方を心配する変な奴。

 

(普通、自分がケガしたってのに、俺がレースで負けたことを心配する奴なんていねぇだろ)

 

 アイツっぽいと言えばアイツっぽいが。しかも、自分にできることは協力しますよ、と言ってくるんだからな。本当に、生意気で可愛い後輩だ。

 

 

 だからこそ、残念に思う。カイザーとの別れの日はどんどん近づいてて、残されている時間は少ないのだと感じずにはいられない。

 

(今月と来月。前にも出たことがあるレースに出走する、つってたな)

 

 全く、俺よりも長く走ってる奴はいるってのによ。もう少しぐらい、長く走らせてほしいもんだぜ。

 ま、人間の考えてることも分からなくない。なんせ、俺自身が感じてしまっているんだからな。自分自身が衰えていく感覚を。

 前みたいなレースは難しくなって、前を走る奴が気に食わねぇって気持ちも薄れていって。自分が前よりも弱いってことが、嫌でも分かっちまう。

 

(ま~それでも? 結構良い順位に入るあたりさすがは俺って感じだが)

 

 そう強がることしかできない。俺にもクリスエスさんのような時が来た、って割り切れるだけ、まだ幸せかもしんねぇけど。

 俺はまだ恵まれている方だと知っている。中には、俺以上にどうしようもない理由で走れなくなる奴だっているんだから。ケガだってその一つだ。

 なんにせよ、後2回だ。それで俺は、この美浦トレセンを去らなければならない。

 

(引退した後は、カワイ子ちゃんとの良いことが待っているらしいからな! これは頑張らないとな~)

 

 それに、どれだけゆっくりしていても怒られない、夢のような生活が待っていると聞く。カワイ子ちゃんと仲良くできて、サボっても怒られないとか最高の環境だ。

 こっちみたいにキツい調教もないし、自由気ままに走っても許される。そう考えると、引退も悪くないかなって思えてくる。

 

 

 ……ただ、どうしても心残りがあるんだ。

 どうしようもねぇってのは分かってる。カイザーにはまだ走りたい、ってこぼしちまったけど、理由は走りたいからの他にもある。

 

(俺が去った後。カイザーはまだまだ走るはずだ)

 

 どこまで走るかは知らねぇ。もしかしたら、俺よりもずっと長い間走るかもしれねぇ。

 そう考えると浮かぶのは──孤独を抱えたまま走るんじゃないか? という不安だ。

 

(カイザーの強さはずば抜けている。さんざん走ってきた俺だからこそ分かる。アイツの強さは、ここでも群を抜いてるってな)

 

 ここに限った話じゃねぇ。俺が走ってきた相手の中でも、クリスエスさんに匹敵するどころか超えるんじゃないか? と思わせたのはアイツだけだ。とんでもねぇ奴だよ本当に。

 だからこそ、不安なんだ。強すぎるからこそ、アイツが走りに誘っても誰も乗ってこねぇ。

 

(アイツが怖いから、強いから。だから誰も走りたがらねぇ)

 

 結局、変わることはなかった。放牧で、アイツが走っている時に、後ろからついていくだけ。隣に並んで走ろうとする奴は、俺くらいしかいねぇ。俺も、追いつくのがいっぱいいっぱいだ。

 恐れていたことが現実になった。俺がいなくなったら、アイツは孤独になるだろう。クリスエスさんが予想していた通りに、アイツは孤独のまま走り続けることになる。

 

(ムードの奴も、流石にそれは無理って言われたからな。ったく、先輩なんだからもうちょっと頑張れっての)

 

 ダンスインザムードの気持ちも分からんでもないがな。アイツの強さを目の当たりにしたら、そりゃ断るわ。

 美浦でカイザーのパートナーが務まるのは、もうムードぐらいしかいないだろう。他にもいた気がするけど、あんまり関りがないから忘れた。

 本当に、ままならねぇもんだ。あんなに良い奴が、あんなに走るの大好きな奴が。孤独のまま走ることになっちまうなんてよ。仕方がないと言えば、それまでだが。

 

 

 そんな時ふと、アイツから言われたことが浮かぶ。引退することが決まって、まだ走りたいとぼやいた俺に対する、あの言葉が。

 

(ロブロイさんの分まで走る、引退するロブロイさんの気持ちを背負って私は走ります、か。本当に、良い後輩だわカイザーは)

『頑張りましょうロブロイさん! よっ、あんたが大将!』

『なんじゃそりゃ』

 

 そんなアイツに、何か応えてやらないとな。ま、走るの大好きだし、アイツが走るのにとことん付き合ってやるとしよう。その方がアイツも嬉しいだろ。

 

 

 

 

 

 

 サボっている時は、時間がゆっくり流れてほしいと思っているのに。このままゆっくりにならねぇかな、と思っている時は早く過ぎていく。あっという間に、残り2回の内の1回が来た。

 絶賛走っている最中。スタートがあんまりうまくいかなかったから、いつもより後ろの方でのレースになった。

 

《向こう正面を越えて、先頭はタップダンスシチー、タップダンスシチーが先頭だ。ストーミーカフェがついていく展開。4馬身後ろにビッグゴールド3番手、アドマイヤジャパンが4番手。中盤にはコスモバルクにリンカーンが降ります》

《無理やりハナを奪いに来ましたね。これがどう影響するのか、気になるところです》

《リンカーンの後ろにはヘヴンリーロマンス天皇賞馬、イギリスのウィジャボードにバゴもおります。ゼンノロブロイは後方待機、ハーツクライも似たような位置につけている。先頭の2頭がハイペースで飛ばしていきますジャパンカップ》

 

 周りの馬はすげーのばかり、大レースの空気って奴は、何度味わってもヒリつかせてくれる。

 

(さて、と。どのへんで鞭が飛ぶかね)

 

 あいにくと、どこでスパートをかければいいかなんて賢いことはできない。走るのにいっぱいいっぱいで、そんなこと考えている暇がねぇ。

 衰える身体、消えゆく闘志。出せない実力、縋りたい過去の栄光。みっともないが、思わずにはいられない。

 

(アイツは、本当にどこまでも付き合ってくれたな)

 

 調教の時は一緒にならなかったが、放牧の併走でアイツとずっと走っていた。つか、アイツマジで走るの好きなんだな。めちゃくちゃ走るわ本当。

 楽しそうに走るアイツの姿がちらつく。後ろをついていく分には楽しいが、隣を走ると心を折られる走り。

 何度も何度も付き合った。アイツは、俺のことを考えてかセーブしていた。ケガもあるかもしれねぇけど。

 

(頭に浮かぶわ。頑張ってください、とか勝ってお祝いしましょう、とか。いろいろとな)

 

 自分も大変だってのに、俺のことばっか考えてんだからよ。ちっとは自分のことを考えろっての、本当に。思わず笑っちまう。

 

 

 カーブを曲がる。外へ持ち出す。

 

《第3コーナーを曲がります、タップダンスシチーの先頭は変わりません、ストーミーカフェが3番身差2番手。ビッグゴールドにコスモバルク、外からはキングスドラマ、アドマイヤジャパンにウィジャボードも位置を上げてきた。中団にはヘヴンリーロマンス、1番人気ゼンノロブロイはまだ後方集団だ、後方に控えておりますゼンノロブロイ》

 

 視界が開けているってのは悪くねぇ。前から何も飛んでこねぇし、気ままに走れるし。

 俺にやれることは一つだけだ。勝つために、やれるだけのことをやる。本当にただそんだけ。

 

(だからこそ、ちょっとでも遅れるな。人間の指示に、すぐに反応しろ)

 

 待つ、待つ。ひたすらに待つ。

 時が来るのを、俺が勝てるその瞬間が来るのを。

 コーナーを1つ曲がり終わって、新しいコーナーに入って。その指示が来た。

 鞭が一つ入る。追い込め、という合図。ここで仕掛けろ、という指示が飛んできた。

 応える。外から回っていって、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように、前を走る他の奴らを追い越していく。目の前に広がるのは──長い直線だ。

 

《最後の直線に入ります、先頭はタップダンスシチー、タップダンスシチー先頭だ。ゼンノロブロイも外から上がってくる、真ん中からはウィジャボードだウィジャボードだ! 残り400を通過した、アルカセットも来る! ヘヴンリーロマンスに大外からサンライズペガサスもきた!》

《さぁ最後の勝負ですよ!》

《タップダンスシチー逃げ切れるか? これは苦しい苦しいタップダンスシチー。並ばれてしまったゼンノロブロイにウィジャボードが突っ込んでくる! 3歳馬アドマイヤジャパンはどうか? アドマイヤジャパンも伸びてくる!》

 

 つらい、しんどい。なんで走ってんだよと思わずにはいられない。

 他の奴らに負けるのも癪だし、勝ったら褒めてくれるから走ってきた。

 けれども、嫌でも衰えを実感しちまう。いつもだったらこのまま突き抜けるだろうに、ついていくのも精一杯だったからか、脚が疲れてきた。

 

(……やれるっ)

 

 自分の気持ちに鞭を打って、まだ自分はできると奮い立たせる。諦めてサボりそうになる俺を蹴って、もっと走れと動かす。

 

《残り200目前にして先頭がゼンノロブロイに変わった変わった! ゼンノロブロイが先頭だ、ゼンノロブロイが先頭だ! しかしアルカセットが突っ込んでくる、アルカセット突っ込んでくる! 後ろからはハーツクライだ、リンカーンも来ている。混戦模様だ、ここから抜け出せるかゼンノロブロイ!》

 

 しんどい、つらい。それでも走れ。

 衰えが酷い、闘争心が薄い。それでも走れ。

 なんで走れって? んなの、決まってんだろうが。

 

(でかいレースが1つ終わって、ケガから帰ってきたカイザーがずっと付き合ってくれた)

 

 自分のことよりも俺を優先して。自分だって大変なのに俺に付き合ってくれて。どっちが先輩なのか分からないことをされてきた。

 アイツは一生懸命頑張ってんだ。だったら、先輩の俺が頑張らないわけにはいかねぇだろ。

 それによ、アイツはすげぇ奴なんだ。俺なんかよりもずっと強くて、ずっと速いんだ。

 そんな奴がさ、言ってくれんだよ。

 

『ロブロイさんは凄いですよね! さすがは富士澤さんのエース!』

『私もロブロイさんみたいにいっぱい大きいレース勝つぞー!』

『頑張りましょう、ロブロイさん! ロブロイさんは強いんですから!』

 

 俺は強いって。俺に、期待してくれてんだよ。

 

《ゼンノロブロイこれは厳しいか! アルカセットが抜け出した、アルカセットが抜け出した! ゼンノロブロイを追い抜く、ハーツクライだハーツクライだ! ハーツクライも突っ込んできた! アルカセットかハーツクライか! ゼンノロブロイは厳しいか!?》

 

 だったらよぉ……衰えがどうとか、勝つのは厳しいだとか。言ってる場合じゃねぇんだよ!

 

(可愛い後輩が頑張ってんだ。俺が勝つって応援してくれてんだ! だったら、頑張らなきゃダメだろうが!)

 

 俺を動かすのは、前みたいな闘争心じゃない。前を走るのが気に食わないとか、そんなもんじゃない。

 俺を応援してくれてる後輩がいる。期待してくれている後輩がいる。だから、どんなに厳しくても勝たなきゃいけねぇ。もう無理とか、これでもよくやったとかほざいてる場合じゃねぇんだよ。

 

(しいて言うなら、意地だ。後輩に情けねぇ姿は見せられねぇ、だから頑張んだよ!)

 

 追い抜かされたのなら、また追い越せばいい。単純なことじゃねぇか。

 そぉら、すぐさま追いついた。後はこのまま、抜け出すだけだ……!

 

《ゼンノロブロイも並んだ、ゼンノロブロイも並んだ! アルカセットにゼンノロブロイ、ハーツクライが並んで突っ込んでくる! 3頭が並んだ並んだ! 誰が抜け出すか! アルカセット、ハーツクライ、ゼンノロブロイ! 3頭がもつれてっ》

 

 抜け出せ、抜け出せッ!

 もっと、もっとだ!

 走れ──ゼンノロブロイ()!!

 

《ゼンノロブロイがわずかに抜け出した! ゼンノロブロイだゼンノロブロイだ! ゼンノロブロイが史上初のジャパンカップ二連覇ァァァッ! 快挙を成し遂げたゼンノロブロイ、一度は抜かれても差し返した意地の一撃! 秋古馬三冠の強さを見せつけましたゼンノロブロイ! 2着はアルカセット、3着はハーツクライ!》

《いや、凄い激戦でしたね! それに、これはっ!》

《時計の文字が赤く光っています。レコード決着だレコード決着だ! 2:22:1のレコードタイムで駆け抜けました! 成し遂げましたゼンノロブロイ、やったぞゼンノロブロイ!》

 

 気づけば、俺は勝っていたようだ。なんで分かるかって? 人間が褒めてくるからだよ。

 

(へっ、これでまた、カイザーの奴に自慢できるな)

 

 俺は凄いことをやったぞって。そしたらアイツは、俺を褒めるんだろうな。やっぱりロブロイさんは凄いです、ってな。

 

 

 はは、帰った後が楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 

 レースが終わって、美浦に帰ってからしばらく後のこと。

 

『ロブロイさんはやっぱ凄いですね! 史上初ですって、史上初!』

『はっはっは! そうだろカイザー! 俺はまだまだやれる!』

 

 やっぱアイツは褒めてきたわ。なんつーか、想像通りで笑えてくるな。

 ただ、同じことはもう難しいかもしれない。疲労が溜まってるし、無理もできない。

 けど、残り1回。せめて、悔いなく走るとしよう。

 

『あ、次のレースはプイちゃんも走るみたいですよ。めちゃくちゃ強いんで気を付けてくださいね』

『お前と同じくらい強い奴か。ま、ほどほどに頑張るよ』

 

 そのラストランで、まさかカイザーと同じくらい強い奴と走ることになるなんてなぁ。どんな実力なのやら、ディープインパクト。




ロブロイさん……!というかこの年のジャパンカップにバゴ(クロノジェネシスの父)がいたのビビった。
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