同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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主人公はいないです。


第50回有馬記念

 12月。有馬記念が近づいている。年の瀬の大一番、冬のグランプリレース。ファンは色めきだっていた。

 

 

 最も注目されているのは、やはりディープインパクトだろう。クラシック二冠馬であり、もう一頭と合わせて世代でも飛び抜けた強さの持ち主と評されていた。

 飛んでいる、とまで称される走り。虜にされたファンは多く、有馬記念でもきっと素晴らしいレースをしてくれるだろう、と期待に胸を膨らませていた。

 次に期待されているのはゼンノロブロイ。秋古馬三冠を制した競走馬で、ジャパンカップをレコードで制した古豪だ。今回は、ディープインパクトの対抗馬として名前を挙げられている。

 

【ディープインパクトVSゼンノロブロイ!若武者か、古強者か!】

【グランプリに相応しいメンバー勢揃い。その中でもひときわ輝く原石】

 

 ゼンノロブロイ以外にも、天皇賞馬スズカマンボにヘヴンリーロマンス。2004年の菊花賞馬デルタブルースに同期でジャパンカップ3着のハーツクライ。大逃げ馬のタップダンスシチーなど役者揃い。有馬記念の盛り上がりは約束されたも同然だろう。

 

 

 そんな中、ディープインパクト陣営に暗雲が立ち込める。寒波の影響が西日本を襲ったのだ。

 雪が降り積もり、最終追い切りをしようにもコースが使えない状態が続く。予定していた追い切りの日は大雪の予報であり、変更せざるを得なくなった。

 ようやく使えたかと思えば、普段は使うことのないダートのコースを使うことになる。

 そして、走るのはディープインパクトだけではない。他の馬だって走る。普段の追い切りよりも騒がしかった。結果、ディープインパクトにも多少なりとも影響を及ぼす。

 

「……さすがにアカンな、これ。岳さん! 早めに切り上げましょう!」

「そうですね。あまり追い込みすぎると、かえって悪い影響が出てしまう」

 

 湿ったダートで時計が早くなる。そう察知した調教師の生江は、必要最低限の追い切りだけを済ませて上がることを決めた。まだまだ走れるぞ、とアピールするディープインパクトをなんとか宥めて、レース本番の日に備える。

 

「追い切り、満足にできんかった。やけど、疲労を残したまんま走るよかマシだな」

「す、すんません生江さん……俺の見通しが甘かったです」

「ホンマにな。だけど、過ぎたことを言っても仕方ない。やれるだけのことをやる」

 

 これがどのような影響を与えるのかは不明。少なからず影響は出るだろう、というのが生江と岳の予想だ。

 それでも、自分たちがやれる精一杯の調整をやった。後は全力を出すのみ、と前向きに進む。願わくば、ディープインパクトが少しでも上向きの調子で挑めることを祈って。

 

『走る量、いつもより少なかった……まだまだ足りな~い!』

「落ち着け、落ち着けディープ。もう少しの辛抱だからな」

『む~! レースで発散してやる~!』

 

 そんな陣営の願いとは裏腹に、ディープは十分すぎるほど気合いが入っているが。少しばかり暴れて、厩務員に宥められる光景が広がっていた。

 

 

 そして、陣営の中には、静かに、ひっそりと牙を研ぐところがあった。

 ハーツクライ陣営である。ハーツクライに騎乗予定の外国人騎手、ロメールはディープインパクトの研究を続けている。

 

「……ウン。これだけの差があれバ、ディープインパクトが相手でも勝てル」

 

 ディープインパクトが抱える問題点。それらすべてを洗い出し、逆算して、道中どれだけの差をつければ勝つことができるか? をシミュレーション。満足のいく結果を得られたようで、表情には笑みを浮かべていた。

 

(気性の問題から、追い込みしかできなイ。そして、追い込みならばなんとかなル)

「ハーツは勝てル、問題なくネ」

 

 確信するロメール。英雄へと突き立てる牙を研ぎ、有馬記念に向けて万全の準備を整えていた。

 

 

 

 

 

 

 迎える有馬記念当日。押し寄せたファンの人数は16万人以上。菊花賞並の人数が中山競馬場へと足を運んでいた。

 多くの人はディープインパクトを目的に訪れている。今日はどんなレースを見せてくれるのか? 衝撃を残すような走りをしてくれるのだろうか? と、期待せずにはいられない。興奮が止まらない状態だ。

 

 

 そんな有馬記念は──悲鳴とともに始まる。

 

《キリのいい節目の第50回有馬記念。どんなレースが展開されるのか? 大外枠のオースミハルカがゲートに収まりまして、今有馬記念がっ、スターっ、トぉ!? あぁっとこれは!》

「きゃあああぁぁぁ!?」

 

 なんと、ディープインパクトがスタート直後に思いっきり躓いたのだ。パドックの段階で興奮気味だったディープ、それが最悪の状態で発揮されることになる。

 あわや岳騎手が落馬寸前、というところまでいった躓き。どうにか体勢を立て直してレースを展開。ただし、この躓きがあったせいで当然のごとく最後方だ。その間にも、他の馬は一斉に進んでいる。

 

《あわや落馬寸前! 落馬寸前まで行きましたディープインパクト岳隆! それでもなんとか持ち直します。気を取り直して、先頭を走るのはタップダンスシチー、やはりこの馬だタップダンスシチーが先頭を奪いに行く。しかしオースミハルカが競り合うぞ、オースミハルカも果敢にいきます。これはちょっと抑えきれない感じか?》

《オースミハルカこれは珍しいですね。けど、それ以上にハーツクライが珍しいですよ!》

《これは意外だ、ハーツクライが3番手、ハーツクライが3番手につけています。なんと前目の位置でレースを展開だハーツクライ。これにはどんな意図があるのか鞍上ロメール。各馬一斉にホームストレッチへと入ります。様々な期待が、様々な夢が、そして情念が渦巻いています中山競馬場。大波乱から始まったこのレース、どのような結末を迎えるのか?》

 

 集団となっていた馬群のさらに後ろ、2馬身の差でスタートすることになったディープインパクト。

 ただ、鞍上の岳はこの躓きで吹っ切れる。

 

(あ、危なかった~……けれど、問題はこの後だ)

 

 行きたがる素振りを見せるディープインパクト。いつもと同じで、興奮気味に走ろうとしていた。

 

行きたい、前に行きたい

 

 そんなディープを制する、岳の見事な手綱捌き。お前の脚を発揮するのはここじゃないぞ、まだまだ焦る必要はないぞ、と宥める。

 この指示にディープは──素直に従った。2馬身の差がついているが、問題はないとばかりに悠々と走らせる。

 ほっと胸を撫で下ろし、手綱を握る岳。虎視眈々と、機会を窺っていた。

 

 

 有馬記念はタップダンスシチーがペースを握る。続くようにオースミハルカとコスモバルク、そしてハーツクライだ。

 普段は後方で競馬をするハーツクライ。だが、今回の有馬記念に限っては先行集団につけている。

 これに競馬ファンは驚いた。

 

「後ろでレースをするハーツが前に?」

「あんまり想像がつかないな……大丈夫なのか?」

「けど、陣営は対策をばっちりしてきたって言ってたよな。ってことは、これも対策の一つか」

 

 果たして、鞍上にはどのような意図があるのか。ワクワクしながら待つことになる。

 一方、ディープは変わらずの最後方。ただ、少しずつ位置を押し上げてきた。

 第2コーナーを越えて向こう正面へと入ったレース。ディープインパクトは前へ前へと走る。順位を上げ、置いていかれないようにする。

 岳の脳裏によぎるのは、ハレヒノカイザーの存在だ。

 

(強い先行馬を考えたら、警戒は上げなければいけない。日本ダービーで痛い目を見たからね)

 

 だからこそ、予想では後方にいるはずの馬がいないことに違和感を覚えた。

 きっと前にいるのだろう。何か狙いがあって前にいるのだろう。そう結論付けて、想定よりも早めに上がっていく。

 

(心配が杞憂ならいい。ペースを下げるだけだ。けれど、なにかあってからじゃ遅い)

 

 頭をよぎる一抹の不安。差をつけられて、追いつけずに負けてしまうこと。そうはさせないために、ディープインパクトを早めに仕掛けさせた。

 向こう正面が間もなく終わる頃。ディープインパクトの位置がどんどん上がっていく。

 

《先頭を走りますタップダンスシチー、オースミハルカとコスモバルクが追いかけます。第3コーナーは目前、ペースが速くなってきました。4番手をキープするハーツクライ、そしてディープインパクトが上がってくる上がってくる! ディープだディープだ、ディープインパクトが早仕掛けで上がってくるぞ!》

 

 そんなディープインパクトを風除けにして、同時に上がっていくゼンノロブロイ。最大限の警戒をしているゼンノロブロイは、ディープインパクトをマークするように動いていた。

 

 

 ハーツクライに騎乗するロメールは、作戦が上手くいっていることに充足感を得る。

 加えて、発走時のアクシデント。影響は多少なりともあるだろうとほくそ笑む。

 

(幸運の女神のキスをもらっちゃったネ。これは、勝たないと!)

 

 風向きはこちらに来ている。ハーツクライに檄を飛ばし、第3コーナーから第4コーナーへ。先頭を走るタップダンスシチーを捉えるために、進軍を開始した。

 

《第4コーナーを回って先頭はタップダンスシチー変わりません。ここでハーツクライが仕掛けた、ハーツクライが動きます! さらにディープインパクト、ディープインパクトとゼンノロブロイが上がってくる! 先頭との差はすでに5馬身に収まってきた。ディープインパクトとゼンノロブロイが外から急襲する!》

 

 オースミハルカとコスモバルクを躱そうとするハーツクライ。ただ、相手も負けじと競り合ってくる。

 馬群が固まって進む。勝負は最後の直線へ持ちこされた。

 コスモバルクが一瞬、先頭に立つ。だが、ハーツクライが瞬く間に躱して先頭を奪った。タップダンスシチーの先頭は終わり、ハーツクライが先頭に立つ。

 

《最後の直線、コスモバルク先頭か? いやハーツクライだハーツクライだ! ハーツクライが先頭に立ちます! そして外からディープインパクトォ! ディープだディープだ、ディープが来ました! ゼンノロブロイも上がってくる、古馬の意地を見せるかゼンノロブロイ、ハーツクライ。若武者が飛ぶかディープインパクト!》

 

 ハーツクライの末脚は速い。コスモバルクが追い付こうと躍起になるが、しっかりと足を溜めていたハーツクライには及ばない。

 元来後方からの末脚で勝負をする馬。それでジャパンカップは3着に入り込んだ。並の馬ならば、末脚勝負で勝てない。

 ただ、ハーツクライが相手にしているのは並ではない。ディープインパクトが、瞬く間に差を詰めようとしてくる。

 

(けど、ダイジョウブ。全部全部、シミュレーション通りダ!)

 

 それでも心配はなかった。ハーツクライの末脚ならば問題なく勝てる。ディープインパクトを抑え込むことができる。そう信じてやまない。

 残り200を切って、ハーツクライの先頭が変わらない。少しずつ、じんわりと縮めてきているが追いつかないだろう。そんな一抹の不安がよぎる。

 

《外からディープ、外からディープ! そしてゼンノロブロイだ! 残り200を切って先頭はハーツクライ、ハーツクライが粘れるかどうか!》

 

 まさか、また負けるのか。ディープが、カイザー以外にも負けてしまうのか。そんな考えがよぎる。

 

 

 しかし、英雄はここからだった。

 

凄いな、凄いな

 

 ディープインパクトは喜びを覚える。楽しく笑い、追いつけそうにない窮地でも笑っている。

 

カイザー君みたいだな

 

 思い出す。かつて自分に土をつけた相手、ハレヒノカイザーの脚を。

 

だったら──もっと本気でも良いよね?

 

 彼ならばもっと楽しめると。彼ならば自分はさらに上に行けると。そう信じてやまないディープインパクト。

 そしてディープは──飛翔する。

 

《さぁディープインパクトだ! ディープインパクトが飛んできたぁぁぁ! やはりこの馬、ディープインパクトが飛んでくる! さらに勢いよく詰めてくるディープインパクト! ゼンノロブロイが必死に追いすがるがディープの末脚は次元が違う! ハーツクライとの差をあっという間に詰めた残り100m! ハーツクライ粘る、ハーツクライ粘る! しかしディープの末脚が凄まじい!》

 

 あっという間にハーツクライとの差を詰め、躱そうとしてきた。

 急に並んできたディープを見て、ロメールはぎょっとする。

 

(な、ナンデ!?)

 

 ありえない、そんなはずがない。そう思わずにはいられないロメール。ハーツクライに鞭を入れ、必死に手綱を動かし、檄を飛ばす。

 追い抜かれるなと、勝つのは自分たちだと気合いを入れる。

 しかし、そんな思いを粉砕するように。

 

《ディープ先頭! ディープが先頭だ! 先頭に立ったディープインパクト! ハーツクライとゼンノロブロイを突き放す! ディープ先頭ディープ先頭! これは衝撃の末脚ディープインパクト!》

 

 ディープインパクトは、ハーツクライをあっという間に切り捨てた。

 

 

 ロメールの見立ては間違っていなかった。指示を忠実に実行したハーツクライを責めることなど、できるはずもない。

 では、何が悪かったか? それは、きっと。

 

あれ? カイザー君ほどじゃなかったな。でも、強いな。楽しかったな!

 

 ディープインパクトという馬の潜在能力を、侮っていたことだろう。

 

《やはりこの馬は強い! これが新しい時代の先触れの風だディィィプインパクトォォォッッ!! 中山競馬場に、英雄が飛翔しました! ハーツクライを下し、ゼンノロブロイを追いつかせない衝撃の末脚! これが【英雄】ディープインパクトだぁぁぁ!》

「「「わぁぁぁ!!」」」

 

 有馬記念を制したのは、ディープインパクトだった。万雷の喝采に包まれるディープインパクトと鞍上の岳。応えるように、岳は頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 カイザーから、教えられていた。ディープインパクトの強さを。

 あぁ、なるほど。こりゃ確かに……!

 

(バケモンスペックじゃねぇか……! これが、ディープインパクト!)

 

 とんでもなくつえぇな、コイツは!

 

 

 見た目はそんなでもない。小柄な方だ。

 なのに、レースで走るとコイツの威圧感は半端じゃない。とんでもなく速いし、気づけばあっという間に突き放される。俺なんて、何かしようとしても無意味とばかりに置いていかれた。

 脚を回しても追いつけねぇ。衰えと疲労ってのもあるだろうが、万全の状態でも厳しい勝負だな、こりゃ。

 ぶっちゃけ、怖いわ普通に。不憫でならねぇ。コイツと、カイザーを相手にしなきゃいけねぇ奴がよ。

 これから先、これと対峙することになるのか、カイザーは。

 

(……頑張れよ。お前なら勝てる)

 

 それでも、心配はない。後輩なら、カイザーならばディープが相手だろうが勝てる。そう確信している。根拠? ねぇよ。しいて言うなら可愛い後輩だからだよ。

 

(にしても本当にやべぇなアイツ。マジでカイザーの同類だわ)

 

 走るのが楽しくて仕方がないといった様子。マジでカイザーと一緒だ。なんつーか、見てる分には微笑ましいな、うん。

 

 

 にしても、これで引退か。3着……まぁまぁ悪くない数字だ。

 

(悔しいが、もうこれ以上は無理だ)

 

 このレースで引退。後は、カイザーに託すとしよう。俺の気持ちを背負って、走ってくれるらしいからな。

 

『頑張れよ、カイザー』

 

 そう願って、俺の最後のレースは終わった。




皐月賞したのに勝ったのえぇ……(困惑)。ディープも強化されてる……。
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