同世代のUMAさん   作:カニ漁船

41 / 73
太陽は遍く照らす。安らぎを与え、繁栄をもたらし、笑顔の花を咲かせ──近づくものを例外なく焼き焦がす。


幕間 あなたのことが

 追いつきたかった。カイザーさんに追いついて、楽しく走っていたかっただけだった。

 

『楽しいね、クラちゃん!』

『はい、カイザーさん。とっても!』

 

 笑顔が好きだから、楽しそうに走るカイザーさんが好きだから。その笑顔を一番近くで、隣で見ていたかっただけだった。

 孤独で走るのは、きっとカイザーさんにとって耐えられないこと。だから、貴方は孤独じゃないって教えてあげたかった。証明するためにも、追いつく必要があった。

 孤独なんかじゃないよって、私がいますよって、証明したかったんだ。

 

(頑張らないと……カイザーさんの笑顔を、曇らせないために!)

 

 嫌な調教だって頑張った。放牧の時間も、走り続けて追いつけるように努力した。

 

『痛ッ!』

 

 だから、なんでしょうか。大事なレースを目前に控えたある日、最後の追い切りも終わった後、脚に鋭い痛みが走った。

 初めてなのに、凄く嫌な予感がした。私の中でなにかが崩れそうな、とてもよくないことが起きるんじゃないかって思った。

 ねぇ、嘘だよね? そんなこと、ないよね?

 

「テキ! ラインクラフトの歩様が!」

「なに? 今すぐ獣医者を呼んで来い!」

 

 大丈夫、大丈夫だから。こんな痛み、すぐに治まるから。だから呼ばないで、お医者さんなんて呼ばないで。

 

「どうでしょうか? ラインクラフトの様子は」

「……」

 

 お願い、人間さん。良い子にしますから、もう日向ぼっこの邪魔されても怒らないから。だからお願い。もっと走らせて、もっと頑張らせて。

 私は、カイザーさんの隣にいたいだけなの。そのためには、もっともっと頑張らないといけないの。カイザーさんは太陽、みんなをポカポカ照らして、優しく微笑んでくれる太陽。そんなカイザーさんに、私は近づきたいの!

 だからお願い、もっと、もっと……!

 

「──左の前脚に、繋靭帯炎を発症しています」

「けい、靭帯炎。という、ことは……」

「もうレースで走るのは難しいでしょう」

 

 けれど、現実はどこまでも残酷でした。

 

 

 

 

 

 

 お医者さんに言われた。私はもう、レースで走ることはできないって。これ以上頑張ることはできないって、言われた。

 私のお世話をしてくれた人間さんも、残念そうな表情をしていた。辛い顔をして、私にとって残酷な決断を下した。

 

「ラインクラフトは引退だ。彼女のためを考えるなら、ね」

「今まで、よく頑張ったな。お疲れ様、クラフト」

 

 人間さんの表情は、とっても辛そうで。本当は人間さんも嫌なんだってことが伝わってくる。それでも私を引退させるのは、きっと、どうしようもないから。

 

(どう、して)

 

 どうして私なの? 私はただ、カイザーさんに追いつきたかっただけなのに。それだけなのに、どうしてもう走れなくなっちゃうの?

 私の何が悪かったの? どうしてこれ以上速くなっちゃいけないの? カイザーさんはもっと速いのに、追いつくには全然足りてないのに。

 

「やる気を出してくれた矢先にこれか。本当に……本当にっ」

「クラフトのやる気はあります。けど、こればかりはどうしようもないですよ」

「分かってるっ。そんなことは分かってるんだ!」

 

 カイザーさんは言ってた。最近、どの子も隣を走ってくれなくなったって。後ろをついてくるばかりで、みんなカイザーさんの誘いを断るようになったって。

 このままだと、カイザーさんは孤独になっちゃう。孤独で走るのは、カイザーさんにとって耐えられないこと。カイザーさんの笑顔が、曇ってしまう。

 だから、私が隣で支えてあげたかった。カイザーさんの笑顔が曇らないように、ずっと隣を走っていたかったのに!

 

(どうして私なの!? なんで、なんで私から取り上げるの!)

「……クラフト。泣いてるのか」

「クラフトだって悔しいですよ。勝つために頑張ってきたのに、こんな結末だなんてっ。あんまりだ」

 

 神様、もっといい子にします。だからお願いします。私から取り上げないでください。もっと走らせてください。

 贅沢は言いません。だからっ、お願いします。私をもっと走らせてください、もっと頑張らせてください!

 ……そんな願いは、聞き届けられるはずもなく。

 

「今後は繁殖牝馬として、ですか」

「だな。ただ、年内中の種付けは厳しいものがあるだろうし、活躍は来年度からになるだろう」

 

 私はもう、レースで走ることはなくなってしまった。

 

 

 終わりだ。頑張ってきたのに、努力してきたのに。

 

(こんな終わりなんて……あんまりです……っ!)

 

 それに、もう栗東に帰ってきちゃいました。カイザーさんに会うこともできない。一度も会うことがないまま、私は別の土地に移動することになる。

 合わせる顔がない。いつかきっと追いつくって、貴方の隣に立ちますって言ったのに、約束を破った私に、会う資格なんてない。

 けど、最後に願うなら。

 

「ブルル(カイザーさんに会いたい)……っ」

「……」

 

 一目だけでも、一瞬だけでもいい。最後にカイザーさんに会いたい。美浦にいるカイザーさんに、一度でもいいから会わせてほしい。

 それも無理なんだろうな。そう思っていたけれど。

 

「テキ。これはラインクラフトの担当として、自分が最後にやりたいことです」

 

 私とずっとお世話してくれた人、武村さんが。テキと呼ばれた世戸口さんの前に立つ。世戸口さんは、何も言わない。武村さんの言葉を待っている。

 武村さんの言葉は。

 

「どうかお願いします──最後に一度だけでいい。ラインクラフトを、ハレヒノカイザーに会わせてやってください」

 

 私が願ってやまない、要求でした。

 

 

 

 

 

 

 武村さんの要求は、私の願いは叶った。

 

「先方にも許可は取れた。牧場へ帰る前に1回だけ、カイザーに会うことができる」

「ッ! ありがとうございます、テキっ!」

「……俺としても、会わせてやりたかった。クラフトもきっと、会いたいだろうから」

 

 北海道、という土地に帰る前に、一度だけ美浦に寄ることができた。カイザーさんに、会うことができる。

 

 

 放牧の時間。カイザーさんは──やってきた。

 

『ん?』

 

 カイザーさんだ。会いたくて、一目見たかったカイザーさん。

 すぐに私に気づいて、いつものように楽し気に、私の方へと近づいてきて。

 

『クラちゃんだー!』

 

 屈託のない、いつもと変わらない笑顔を向けてくれる。

 あぁ、やっぱり暖かい。心がポカポカして、ずっと隣にいたくなる。

 

『カイザー、さん』

『クラちゃんこっちに引っ越してきたの? ということは、私達が一緒にいれる時間もっと長くなるね!』

 

 楽しそうで、輝いていて。

 

『今は梅雨時だから、あんまり日向ぼっこはできないかもしれないけど。私もベストポジション見つけたんだよね』

 

 私の好きなこと、日向ぼっこの場所をおススメしようとしてくれて。

 

『だから今度、一緒に日向ぼっこしようね! きっとクラちゃんも気に入ると思うから!』

 

 私のことを、()()()()()()()()

 カイザーさんは知ってる。私がもう走れないってことを。だから、レースのことを一切聞いてこない。走ろうなんて言ってこない。私の好きなことに、合わせようとしている。

 身体を動かさなくていいから。負担にならないから。だから日向ぼっこを提案してくれた。

 

(バレバレですよ)

 

 また遠征に来たんだ、ならともかく。こっちに引っ越してきただなんて。そんなこと、あるはずがないじゃないですか。

 笑ってしまいそうになる。もっと居たいって思ってしまう。太陽の笑顔に、溺れそうになる。

 けれど、踏ん切りをつけなきゃいけない。今日ここに来たのは、お別れのためだから。

 

『カイザーさん。気を遣ってくれなくてもいいですよ』

『……あ~、バレてた?』

『だって、カイザーさんのことですから。私は何でもお見通しです』

 

 きっと、カイザーさんに会うことはできない。人間さんも、難しいって言ってた。それでもどうにか努力はするって言ってたけど、厳しいと思う。

 

『クラちゃん』

『いいんです、カイザーさん。これは全部、私が招いたこと。カイザーさんに落ち度はありません』

 

 そう、これは私の自業自得。無理に頑張って、人間さんに迷惑をかけて。分不相応な夢を見てしまった、私が悪いんです。

 

『私、もう走れなくなっちゃいました。カイザーさん、知ってますよね?』

『新聞、見たよ。そういう病気だって、もうレースで走ることはできないって書かれてた』

『はい。なので、私はもうカイザーさんの隣で走れません』

 

 胸が苦しい。言ってて、とても悲しくなってしまう。本当は嫌なのに、もっと走っていたいのに。どうしようもないが溢れて、ズキズキしてくる。

 

『ごめんなさい、約束を破ってしまって。ずっとあなたの隣にいるって言ったのに、近くにいるって言ったのに』

 

 結局私は、カイザーさんに追いつくことができなかった。その事実が、重くのしかかる。

 失望されても仕方がない。そう思っていたのに。

 

『──いつかさ』

『えっ?』

『いつかさ、またどこかで出会ったら。その時は一緒に走ろうよ』

 

 カイザーさんは、私と走ろうって言ってくれた。

 

『レースで走るのは難しくても、軽く走るのは大丈夫なんだよね?』

『そ、そうですね。軽い運動程度ならば、問題はないと』

『じゃあ、その時一緒に走ろうよ! 引退してもさ、たまには身体を動かさないといけないから! その時一緒に走ろうクラちゃん!』

 

 その時はもう、凄く遅くなっているのに。きっと、カイザーさんを満足させることはできないのに。

 

『でも、私は遅くなります。カイザーさんを満足させることは』

『う~ん……クラちゃん』

 

 それでも、カイザーさんは。

 

『──私はクラちゃんと走るだけでも楽しいよ』

 

 私と、走りたいと言ってくれた。

 

『どうしてクラちゃんがそんなに頑張ったのか。その理由は、私にはなんとなく分かる。というか、今の言葉で確信した』

『かい、ざーっ、さん』

『私にこんなことを言う資格はないかもしれない。けどさ、もしワガママを言っても許されるなら』

 

 こんな私に、不甲斐ない私に。

 

『私はクラちゃんと走りたい。だって、クラちゃんと走るのは凄く楽しいから』

 

 もっと走りたいと、言ってくれた。

 どうして? なんで? 本気で走った方が楽しいはずなのに、その方がカイザーさんにとっても嬉しいことのはずなのに。どうして、どうして遅くなった私でもいいって言ってくれるんですか?

 

『どう、して』

『どうしても何も。私は走るだけでも楽しいから。クラちゃんと走れるってだけで、私は幸せだから』

 

 どうして私に、そんな優しい言葉をくれるんですか?

 あぁ、ダメだ。会うんじゃなかった。そのまま会わずに別れていれば、こんな気持ちにならなくて済んだのに。

 

『クラちゃんが嫌だって言うなら、まぁ仕方ないかな。その時は潔く諦めるよ』

『いやじゃ、ないです。私も、カイザーさんと走りたいです』

『え、本当!? やった、やった! 嬉しいな嬉しいな!』

 

 もっとカイザーさんと一緒にいたいって、思わずに済んだのに……!

 神様。あなたは本当に残酷です。私から走りを奪って、カイザーさんに追いつく機会を奪って。

 

(カイザーさんは、これからもっと孤独になる。一緒に調教をしたから分かります。カイザーさんの強さは、群を抜いているから)

 

 カイザーさんを孤独にしようとしている。

 どうしてですか。こんなに優しいカイザーさんが、なんで孤独にならなくちゃいけないんですか? ただ走ることを楽しんでいるだけなのに!

 けど、分かってる。どれだけ喚いても仕方がない。私の病気と同じくらい、どうしようもないこと。だから、私にできる精一杯は。

 

『カイザーさん』

『どうしたの、クラちゃん?』

『カイザーさんは、もっとずっと速くなる。それこそ、誰も追いつけないくらいに』

 

 私がカイザーさんにできることは。

 

『どんなに速くなっても、私はあなたのそばにいます。追いつくことはできなくても、それでも貴方のそばに居続けます』

『……そっか』

『だから、()()()()()()()()()。誰よりも速く、誰よりも一番に。これから先のレースも、頑張ってください。私はずっと、待ってますから』

 

 あなたは孤独じゃないって、教えてあげること。

 もう追いつくことはできないかもしれない。満足させることはできないかもしれない。だからこれは、ただの自己満足。

 カイザーさんがどう受け取るかは分からない。それでも伝えてあげたい。

 あなたを待っている人がいる。あなたは孤独なんかじゃないってことを。

 カイザーさんは、空を見ていた。曇天の空を眺めて、カイザーさんは──

 

『うん。クラちゃんの思いも背負って、私は突き抜けるよ』

 

 宣言した。これからも頑張ると。私の思いを背負って走ってくれると。

 あぁ、やっぱりカイザーさんだなぁ。

 

(私の大好きな、カイザーさんだ)

 

 カイザーさん。あなたのことがずっと好きでした。あなたの輝くような笑顔が、貴方の眩しい輝きが、お日様のような暖かさが私は好きでした。

 きっと、カイザーさんはとても人気だ。かっこよくて、速くて、優しいから。私以外にも好きになる子がきっと現れる。私が会ってないだけで、もしかしたらいるかもしれない。

 

(けど、そうだなぁ)

 

 願わくば、貴方の一番が私でありますように。そう願いながら、最後の一時を過ごす。

 

 

 気づけば、人間さんが私達の下へやってきた。

 分かる。これが最後だ。カイザーさんとの別れが、やってきた。

 

『……それでは、カイザーさん。これでお別れです』

『うん。でもさ、きっとまた会えるよクラちゃん。その時はよろしくね』

『はい。よろしくお願いします』

 

 最後に一回だけ。私はカイザーさんの鬣を噛む。愛情を込めて、私のことを忘れないように。

 カイザーさんは、立っているだけ。何もしない、拒まない。ちょっと、嬉しい。

 一通り噛んだ後、私は大きい車に乗り込む。ここに来る時も乗った車だ。

 ちょっと大きい音が鳴った後、車が動いた。これで本当に、お別れだ。

 

(さようなら、カイザーさん)

 

 いつかまた会う日まで。どれだけ遠く離れていても私は──カイザーさん(あなた)のことをずっと待っています。




「ラインクラフトの種付け相手は?」
「すでに決まっている。ラインクラフトには我慢してもらうことになるけど、ね」
「まぁ、一択ですよね」

とある人間の会話。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。