どもっす、私です。いろいろとね、ありましたね、はい。
まずは、京王杯の勝利。大楽勝ともいうべき内容で、私は勝つことができました。岡邉さんや富士澤さんからも褒められて、凄く嬉しかったですよ。
私個人としても、中々悪くないレースでした。学んだことを活かして、しっかりと勝つことができて。それに、楽しかったですしね。
ただ、まぁ……衝撃的なニュースがあったわけで。それがクラちゃんの引退です。
(最初新聞で見た時はびっくりしましたね。信じたくない気持ちも少しありました)
病気を発症してしまった結果、もうレースで走るのが難しくなってしまったこと。今後は繁殖牝馬? として、別の土地で生活するようになること。もう美浦に来ることはないってことを知りました。
しかも、クラちゃんが発症してしまった病気は、私達競走馬にとっては不治の病らしく。過去にもいろんな名馬が発症して、引退を余儀なくされたそうです。私のおじいちゃんも、クラちゃんが発症した病気で引退することになったとか。
……で、病気の原因に私の存在があるかもしれない。多分ですけど、そうなんじゃないかと私は思っています。
(前々から私の隣で走りたい、って言ってましたからね。無茶な調教をしたのかもしれません)
私の強さは世代レベルじゃない。歴代で語れるレベルだって富士澤さんたちは言ってます。その辺の事情はよく知りませんけど、結論私はとっても強いってことです。
これが、クラちゃんを無理させてしまった原因ではないか? そう思いました。私に追いつきたいがために頑張っていた、それこそ無茶な調教を積んだ。その結果……なんてこともあり得るかもしれない。
結局のところ分かりませんし、これも全て私の想像に過ぎません。なので、深くは考えないようにします。
そして、とある日。放牧の前に、私は違う場所に連れてこられました。そこで待っていたのは──クラちゃん。レースを引退するはずのクラちゃんが立っていた。
(クラちゃんだ!)
たくさんのことを話しました。引退すること、ケガの原因を作ってしまったこと、もう一度一緒に走ろうって約束したこと。本当にいろんなことを。
そして最後に。
『どんなに速くなっても、私はあなたのそばにいます。追いつくことはできなくても、それでも貴方のそばに居続けます』
『だから、突き抜けてください。誰よりも速く、誰よりも一番に。これから先のレースも、頑張ってください。私はずっと、待ってますから』
託された。クラちゃんに、誰よりも速くなってほしいと。一番になってほしいって。私はクラちゃんに託された。
えぇ、託されたからには、頑張らないといけません。私はできる子ハレヒノカイザー、クラちゃんの思いも背負って、頑張って走りましょう。
最後にグルーミング、だっけな? 私に甘噛みをしていって、クラちゃんは北海道へと渡りました。さようならクラちゃん。またいつか会う日まで、待っていてくださいね。
さて、決意を新たにして安田記念を頑張ろう! となっている私ですが。ここらで一つトラブルが発生しましてね。いえ、私のトラブルではなく、なんなら安田記念のトラブルでもないんですが。
「は~あ。まさか、前哨戦を使う使わないでめちゃくちゃ揉めるなんてなぁ。富士澤さんも岡邉さんもめちゃくちゃ怒ってるし、幸先が不安すぎるぞ……」
「ブルル(どしたの)?」
「生江さんも意見を曲げる気はないみたいだし、どうなっちまうんだ……カイザー、新聞ならもう読んだだろ?」
富士澤さんも岡邉さんも怒り心頭、って状況になっているんだとか。そういえば、今日の調教もどことなく機嫌が悪そうでしたね。なんというか、カリカリしてましたよ。後新聞ではないです。
2人が怒っている原因は、秋の海外遠征についてです。ちょっと先のお話ですね。
私とプイちゃんは、秋に凱旋門賞というフランスのレースに出走することになりました。フランス……どことなくお洒落な気分ですよ。
(私の立場的には、帯同馬ってのが近いんでしたかね。プイちゃんのサポート役みたいな)
私の役割はプイちゃんが寂しがらないようにするサポート役、という名目。実際には、どっちも勝ちを狙いに行くのでサポート役ではない、みたいな感じです。
プイちゃんと私は大の仲良し、親友オブ親友ですから。現地で寂しがるようなことはナッシング! 調教も質の高いものができる上に、プイちゃんも万全の状態で出走できる。なんならプイちゃんに匹敵する私も出走するからこれは勝ち申したわガハハ! な~んてふんぞり返っていたところですよ。
が、それはついこの間まで。今現在はというと。
「前哨戦を使わないだと? 直行で勝てるほど凱旋門賞は甘くない!」
「そうだ! 本来ならば1年以上の長期プランで挑戦するようなものだぞ!」
「アイツは凱旋門賞を舐めてる!」
こんな調子らしい。おいおい、ちょっとの間で随分な言い草じゃあないですか。あ、ちなみに馬房でこの会話を聞いたわけじゃありませんよ。壬生さんが愚痴ってたのを聞きました。壬生さんは仲裁役だから、毎回この愚痴に付き合わされてるみたいなんですよね。
なんて憐れな。慰めてあげましょう壬生さん。元気出してね?
「わっぷ、なんだ? カイザー。餌なら今日の分はもう食べただろ?」
餌じゃないんですけどね。まぁいいでしょう。
そんな状態のお2人。今もプイちゃんの調教師である生江さんに直談判しているようですが、もう決まったこととあちらも意見を曲げてないらしいです。う~ん、平行線。
私? 私は勿論前哨戦に出走しますよ。確か、フォワ賞とかそんな名前のやつ。春陽さんも最初はプイちゃんが出走しないなら、こっちも出走しなくていいんじゃないか? って考えだったらしいですが、富士澤さんたちの熱弁で出走を決めたらしいです。いったいどんなことを言われたのやら。
始まる前からこのすったもんだ。どうなるんでしょうねぇ本当。
「ハァ……どうなるんだろうな本当。帯同馬の話がなかったことにならなきゃいいけど」
いや、どんだけ大ごとになってるんですか。そんなことになる可能性すらあるんです? それだけは止めてくださいよ本当に。
◇
安田記念まで残り僅か。だというのに、私にはまだ京王杯の手ごたえが残っている。
(なんという、素質だ。まだ進化する余地を残しているとは)
巷では私の騎乗がどうこう言われているが、私は一切関与していない。カイザーは、自分でレースを組み立てていた。それも余裕を持ちながら。
恐ろしい。そうとしか言いようがない。電撃戦とも呼ばれるスプリント戦を、あぁも容易く勝つなど到底信じられない。もしこれまでの重賞を勝っていなかったら、本当は短距離馬だったんじゃないか? と錯覚してしまいそうなほどの圧勝だ。
(2馬身。短距離の着差にしては、素晴らしいものだ)
これが全力ならば、恐怖を覚える必要などなかっただろうに。
後ろからオレハマッテルゼが必死に上がってくるのは見えていた。しかし、そんなオレハマッテルゼに対しハレヒノカイザーが突き付けたのは──生物としての格。差をキープし続けたうえで圧倒したのだ。
そもそも、自分でレースを組み立てたのだから恐ろしい。自由に走れという指示を出したとはいえ、まさかすぐに適応するとは思うまい。オレハマッテルゼは高松宮記念2着。ラインクラフトの2着に入っているのだから、強さは言うまでもないだろう。
「く、くく……っ! どこまで進化するんだ、君はっ!」
そんな相手に勝った。これからはマイル以下に挑戦しよう! と声を上げても許されるレベルの強さだ。彼ならば、かつてタイキシャトルが制したジャック・ル・マロワ賞にシーキングザパールが勝ったモーリス・ド・ゲスト賞も勝てる。私は確信している。
夢が広がる。もし欧州遠征ができていたら、彼はどれほどの偉業を積み上げただろうか?
(キングジョージやコロネーションカップは外せない。ルドルフが挑んだアメリカ……ブリーダーズカップに挑戦するのもまた、一つの選択肢だろう)
最終的には春陽さんの選択に委ねることになるが、どこに出走しても彼ならば勝つだろうな。それも、楽勝で。
もし、彼のスピードが完成した時。いったいどうなってしまうのか? 彼の底を垣間見た時、どうなってしまうのだろうな。恐ろしく思いつつも、楽しみにしている自分がいる。
「凱旋門賞は夢物語で終わらない。必ず勝てる」
これまで幾多の競走馬が破れていった。その舞台を勝つ、絶対に。
……凱旋門賞といえば、ディープインパクトの調教師である生江さんが舐めたことを言っていたな。
「ディープは直行で挑みます。前哨戦は使いません」
フォワ賞といった前哨戦を使わない宣言。これには、思わず大口を開けてしまったものだ。
無論、一雄さんも私も猛反対した。隆君も、わずかに渋面を作っていた。凱旋門賞がどれほどの舞台か知っているからこそ、前哨戦を挟まない理由が分からないからだ。
生江さん曰く、ディープの体調面を加味してとの決断らしいが……どうだろうか?
体調の問題は確かにあるかもしれない。しかし、それでも前哨戦を使った方がいいのは明らかだ。何度もそう説得した。どうか考え直せと。
それでも、生江さんは頑として首を縦に振らなかった。
「何べん言われても同じです。ディープは前哨戦を使いません」
いったい何がそうさせるのか……私には分からん。勝ちたくない、というわけではなさそうだが。
(引退後のことを考えている、ってのはあるだろうが)
考えられる線として、もし怪我でもしたら種牡馬入りに影響があるかもしれない、という考えがある。
ディープの種牡馬入りはほぼ確実なものとなっている。先日の天皇賞・春はレコードを1秒以上更新する3分12秒8。それだけではなく、クラシックの二冠に有馬記念の制覇。これからも勝ち数を伸ばしていくことを考えれば、種牡馬入りしないという道はないも同然。
すでに将来が約束されているディープに、酷なローテで挑むのはよろしくない、なんて考えているかもしれない。あくまで私の想像に過ぎないが、できる限りレースを使いたくない理由としては十分すぎる。
種牡馬入りならば、カイザーもまた種牡馬入りが確実だ。ディープを下したダービー馬というフレーズだけでも大きいのに、バイアリーターク直系のパーソロン系は貴重なんてレベルじゃない。トウカイテイオーがまだ現役の種牡馬とはいえ、数が多いに越したことはないのだから。特に、サンデーの血が飽和しつつあるこの時代では。
(これは、金田オーナーと春陽オーナーの考え方の違いだろうな)
将来を見据える金田さんと、今を見据える春陽さん。どちらが悪いかとは一概に言えない、どちらも悪くない。そう、悪くないことなのだ。
悪くないとは分かっているのだが、それはそれとして腹は立つ。凱旋門賞を軽く見られているような気がして。私の個人的な感情に過ぎないが、それでも前哨戦は挟むべきだと、そう考えている。
「もっとも、勝つのは私とカイザーだがね」
カイザーはしっかりと前哨戦を使う。その上で、ディープに勝つとしよう。そうすれば、前哨戦を使う意義が分かるはずだ。こうすると、なんだか個人的な恨みのようだな。良くないことだ。忘れておくとしよう。
今は目先のこと。安田記念のことについて考えよう。ダンスインザムードとの併せで調教しているが、体調面も全く問題なく調整ができている。
「ダンスインザムードも安田記念に出走予定だからな。ヴィクトリアマイルを制してくれたことだし、こちらにも期待したいところだ」
同じ東京1600mを勝っているダンスインザムードとの併走は、カイザーにとってもプラスになる。
果たして安田記念ではどのような走りを見せてくれるのか……非常に楽しみだ。
安田記念、まもなく。