はい、私です。いやね、安田記念も圧勝でしたよガハハ! 本番は凱旋門賞なんですけどね、褒められたので私の気持ちも有頂天! いや~、気分がいいぞよ~!
「機嫌良さそうだな~。新聞でもお前のことが絶賛されてたし、実際凄いレースだったからな」
「ブモ(褒めて)!」
「本当に凄かったぞカイザー。まさかここまでの結果を出すなんてなぁ」
壬生さんもたくさん撫でてくれますよ。ふふん、気分が良いですね。偉い人になった気分です。馬ですけど。
しかもですね、壬生さんが言うように新聞でも私のことが連日報道されていたわけですよ。なんならテレビのニュースにもなったみたいですからね。なんてこった、いつの間にかお茶の間デビューを果たしていた馬、ハレヒノカイザーです。
それくらい衝撃的な勝利だった、というだけではなく。あるレースが絡んでいるのだとか。
「お前の次走はフォワ賞。かつてはエルコンドルパサーも勝ったレースだ。頑張るぞ、カイザー」
そのレースは凱旋門賞。日本にとっては悲願ともいえるレースの名前です。
フランスで開催されるレース。世界最強の競走馬を決める戦い、なんてフレーズでしたかね。とにもかくにも、世界的に見てもトップレベルのレースであることには間違いありません。
長い歴史の中で、日本の馬も何頭か挑戦してきたそうです。私のおじいちゃんも遠征プランがあったとかなかったとか。
その中で勝ってきたのは……0。日本馬は誰も勝っていないのが現状なのだとか。
(ただ、惜しいところまでは行ったらしいですね。それもつい最近)
エルコンドルパサー、という名前のお馬さんが凱旋門賞2着に好走したらしいです。現地のメディアからはチャンピオンは2頭いた、と言われるほどに絶賛される内容であることから、きっとすごく強いお馬さんだったんだな、ってことが分かります。なんで知ってるかって? 最近凱旋門賞特集なるものを新聞で見かけるようになりましてね。名前を見るようになったんですよ。
そんなレースを、私とプイちゃんは走ります。これはもうね、気合いが入るってもんですよ。
(きっとすごく速い子達がたくさんいるんだろうな。楽しみだな!)
それに、向こうは私のことを知らないからきっと併走を断らないはず! ふへへ、あっちの子達と走るのが今から楽しみですよ。まぁいなくてもプイちゃんがいるからそこの問題はナッシングな気がしますけどね。
そんな状況ですが、行くのは岡邉さんと壬生さんだけで、富士澤さんはフォワ賞のレースの日からくるそうです。向こうでの調教は、主にプイちゃんの調教師さんが見ることになるそうで。
私以外にも見るべき子達はたくさんいますし、こればっかりは仕方ない問題ですね。それにプイちゃんの調教師さん、生江さんも素晴らしいお方。文句は凱旋門賞直行以外にはないということで、二つ返事で決まりました。なんでいまだに凱旋門賞直行のことを根に持っているのやら。
それで、付いていく壬生さんに関してですが。
「フランス語覚えられる気がしね~……」
「頑張れよお前。というか、お前から直談判したんだろ?」
「そりゃそうだけどさ、それでも難しいもんは難しいんだよ」
言語の壁に苦戦してるそうです。フランス語、お洒落な感じがしますね。私ボンジュールぐらいしか知りませんけど。
向こうで生活するなら、言語スキルは必須。岡邉さんは海外遠征をしたこともあってか、ある程度は話せるそうです。大丈夫かどうかは知りません。
向こうに詳しいスタッフとかも用意するそうですが、それでも自分でどうにかしておきたいところ。壬生さんは今も頑張ってフランス語を覚えていますよ。
それはそれとして、フランス語がどんなものが気になるところ。ちょいと拝見。
「なんだ、カイザー。お前も興味があるのか?」
「お前より早く覚えたりしてな?」
「やめろ本当に。そうなったら立ち直れなくなりそうだから」
ふ~ん、へ~……さっぱりわかんね。日本語でおけ。
「興味深そうにジロジロ眺めてるな。本当に覚えてたりしてな」
「やっぱ賢いな~お前」
いやはや、全然分からないね。そもそも日本に住んでるから日本語でいいでしょ。あ、フランス行くんでした私。英語で何とかならないかな? 英語も話せないけど。
「か、カイザーに負けてられるか! 俺も必死に覚えるぞ!」
「おう、頑張れよ」
そろそろ走りたいな~。
◇
安田記念が終わってから結構な日が流れて。今日の新聞を持ってきてもらうとそこには!
【ディープインパクト圧勝!凱旋門賞に向けて弾みをつける!】
プイちゃんがレースを勝った記事が出てきましたよ! ほほう、プイちゃんも無事に勝ったみたいですねぇ。私達国内無敵か?
内容としては宝塚記念を圧勝したことをクローズアップしていますね。7馬身差の圧勝……ほ、ほほう? 私よりも着差を広げるとは、中々やるじゃないですかプイちゃん。しかし、私はレコードタイム。互角、ってところですか。良馬場だったら更新してそうな気がしますけど。
記事では私のことについても触れられてますね。日本から最強の2頭がフランスに殴り込み、とね。フハハ、ここでも絶賛されるのが私、ハレヒノカイザーです。
ちなみに岳さんのインタビューもありますね。馬場が重くなってくれたので、より凱旋門賞に近い条件で走れた、なんて語っています。
「向こうも勝ったか。まぁディープも強いからな」
「ブルル(プイちゃん凄いね)」
「放牧の時間まではまだだからな~。落ち着くんだぞカイザー」
違いますが。テンション上がって走りたくなっているのは事実ですが、違いますよ壬生さん。走りたいのはそうなんですけど。
こうして記事とか見てると、やっぱり凱旋門賞は凄いレースなんだと分かりますね。いやはや、そんなレースに出走できるとは……私も凄い馬になっちまったもんです。売れ残りとか言われてたのが信じられないですよ本当。
フランスの現地入りは早いタイミングで。もうそろそろ生江さんたちが向こうで泊まる予定のアパートとか厩舎を見繕う旅行に行く予定なんだとか。私も行きたかったぜ旅行。きっとお洒落な街並みが広がってるんだろうなぁ。
そんで、私達が現地入りするのは8月になりそうだとか。この8月というのがミソで、仮に凱旋門賞から帰ってきても年内のレースに出走できる限界ギリギリの期間なんだとか。
(検疫がどうたらこうたらって言ってましたね。60日ルール*1があるんだとか)
この60日を過ぎると、検疫にかかる日数が倍以上になるとかなんとか。そんな厳しいものがあるんですねぇ。そこまで厳重にする必要があるから、なんでしょうけど。
この期間を倍にしないためにも、できる限り長い間滞在できるように、限界ギリギリを攻めて凱旋門賞に出走するらしいです。これもあってか、不承不承ながらも岡邉さんたちも納得したようです。
(向こうの芝に慣れるため、ですか)
そんなに違うものなんでしょうか。中々楽しみですね。
私達の凱旋門賞は近づいてきています。私も、もう1ヶ月もすれば検疫厩舎に移動しますよ。どんなところなんでしょうね。ちょっと楽しみです。
◇
安田記念を圧勝したハレヒノカイザー。関係者からも絶賛される内容であり、文句のつけようがないレースだった。
凱旋門賞に向けて視界は良好。次走であるフォワ賞も、きっと素晴らしいレースをしてくれるだろうとファンは期待する。
こうなると、次に注目されるのはディープインパクトだ。こちらも凱旋門賞に出走予定であり、月末に宝塚記念を控えている。
ハレヒノカイザーがド派手な勝利を飾ったのだ、まさかこちらがコケるはずがないだろう、とファンはプレッシャーをかけている。もはや壮行会のような雰囲気を感じさせている宝塚記念は、ハレヒノカイザーの影響で緊張の一戦となった。
迎えた本番の日。朝から雨が降っており、芝が水を吸ってぬかるんでいる。競馬場も阪神のコース改修に伴い、京都で施行されることになっていた。
ただし、パドックで見るディープインパクトの調子は絶好調そのもの。不安を感じさせない、威風堂々とした雰囲気を感じ取っていた。
「ディープの調子は最高潮、こらもろたわ!」
「万が一にも負けるんじゃねーぞー!」
「絶対に勝てー! カイザーに負けるなー!」
どんなレースを見せてくれるのか、どんな勝ち方をしてくれるのか。ファンは結末を楽しみにしていた。
結果としては、ディープインパクトの圧勝で終わる。それも、ハレヒノカイザーに負けない形で。
《最後の直線で早々に先頭に立ちましたディープインパクト。バランスオブゲームを大外から躱してディープインパクト一気に先頭だ! 凄い凄い、凄い脚でやってくる! ディープインパクトが凄い脚で上がってくる! 一頭だけ良馬場で走っているかのような感覚だ! 粘るバランスオブゲームをあっという間に躱したぁぁぁ!》
最後の直線で先頭を走るバランスオブゲームを躱すと、後はディープの独擅場。他馬を突き放し、追いつこうとする他馬に現実を見せるような、圧倒的な力を見せつける。
「いいぞー、ディープー!」
「このまま行けー!」
「かっこいいわ~!」
7馬身差。最終的に、ディープは7馬身差をつけての勝利を飾る。G1の、重馬場に近い稍重の馬場となった京都競馬場を駆け抜け、ディープインパクトはファンの期待に応える形で勝ったのだ。
《ディープ圧勝、ディープ圧勝! 凱旋門賞に向けて視界は良好、宝塚記念を制したのはディープインパクトだぁぁぁゴォォォルイン! 7馬身差の圧勝を飾りましたディープインパクトォ!》
京都競馬場に沸き上がる歓声。ディープインパクトの勝利を称え、これならば凱旋門賞でも負けないだろうと安心感を覚える。レコードでこそないものの、そんなポンポン出ても困る上に馬場が悪い。むしろこの馬場で7馬身差の圧勝ならば、本番の凱旋門賞も素晴らしいレースをしてくれるに違いないと、そう安心していた。
陣営も、雨の影響による馬場をむしろ好都合と捉えている。
「重くなれば、その分だけロンシャンの芝に近づきますから。その点ではむしろ良かったな、と。この馬場でこれだけの圧勝をしてくれるのだから、凱旋門賞も負けませんよ」
こちらは直行で向かう。一抹の不安はあるものの、レースに向けて視界は良好だ。本番の日を楽しみに待つことにする。
ただ、ディープインパクトの主戦騎手である岳はある不安を抱いていた。といっても、ディープインパクトに対する不安や順調すぎて怖いというものではない。
彼が抱える不安は──ハレヒノカイザーだ。
(京王杯に安田記念。どちらも後ろから見ていた)
安田記念ではテレグノシスに騎乗していた岳。ハレヒノカイザーのレースっぷりは、しっかりと目に焼き付けていた。
圧倒的な巡航速度から繰り出される逃げ。しかも、ノーマルペースで逃げているだけなので終盤も差せる脚がある。
まさしくスピードが桁違いの馬。そこに賢さも合わせ持っているのだから、ディープインパクトにとっての天敵だな、と評価を下している。
(……時々、
しかし、その姿がとある馬と重なる。岳にとっては切っても切り離せない彼に。
姿かたちは全然違うはずなのに、今のレーススタイルは非常に酷似している。前まではそんなことを感じさせなかったのに、先の2戦で強烈に印象をつけられた。否、つけられてしまった。
圧倒的な逃げ。理想を体現したかのような馬。岳にとって忘れることなど永遠にできない彼。
「スズカ……」
サイレンススズカ。ハレヒノカイザーを見ていると、どうしてもその馬の影がチラついてしまう。それが、岳の悩みの種だった。
幻視する度に、彼はスズカではないと言い聞かせ、冷静さを取り戻す。それでも、走っている姿を見る度に見えてきてしまう。
(前まではこんなことなかったのに……見るようになった原因は、やはり)
以前までは、王道の先行策を取っていた。だから見ることはなかった。そのスタイルが、サイレンススズカに近い逃げに変わった。その結果、彼の姿を幻視するようになった。岳はそう思っている。
(それに、厳密にはスズカとは違う。どちらかといえば、マルゼンスキーやそっちタイプの競走馬だ、ハレヒノカイザーは)
圧倒的なスピードによる蹂躙。スズカとはまた違うタイプの逃げ馬。そう自分に言い聞かせ続ける。
しばし考えこんだ後、岳は強い意志で幻影を振り払った。強い眼差しで、誰もいない正面を見据える。
「ディープにとって最も負かしにくいタイプ。それでも、勝つんだ。僕とディープが」
サイレンススズカに近いということは、その対策も考えついている。なにせ、自分はサイレンススズカに騎乗していたのだから。だからこそ、絶対に負けられないと固く決心した。
宝塚記念も終わり、ディープインパクトとハレヒノカイザーは──凱旋門賞に向けて、調整が進められていた。
おフランスへ。