ボンジュール、私です。今日はね、ついに来たわけですよ。フランスへと旅立つ日が!
待っているのはなんかお洒落な街並み、後は……後は、フランスパン? エッフェル塔とか凱旋門が待っているはず!
そんなわけですが、現在の私、いや私達はというと。
『暇だね、プイちゃん』
『早く走りたーい!』
『いかん、プイちゃんに禁断症状が!』
飛行機のコンテナに乗せられて、大変暇をしております。乗るまでも暇だったのに、ここから先もまだ暇だとは思うまい。まぁこうなる気はしていたけども。
この飛行機に乗る間も、ま~暇だったわけですよ。検疫厩舎と言って、万が一がないように別のところに隔離されて、いろいろと検査をして。後はマイクロチップも埋められましたね。これも義務付けられてるんだとか。
それだけで終わりかと思えば、ここからが地獄の始まりだったのです。数日間を厩舎の中で過ごし、問題がないと判断されてようやく飛行機に乗っている、というわけです。
この飛行機に乗ってからも地獄。フランスにつくまでの間、馬運車と似たような感じで待たされることになります。これが十時間以上続くとかマジ? 許されていいんですかそんなの。
私はまぁいいでしょう。全然よくはないですが、我慢はできますので。
問題はプイちゃんの方です。プイちゃんは私と同じ生粋の走り屋。かなりストレスを溜め込んでいますよ。
『走りたい走りたい走りたい! 暇だよー!』
『まぁまぁ落ち着きなされやプイちゃんや。もう少しの辛抱ですよ』
『それさっきも聞いた! 何回も聞いた!』
私のもう少しの辛抱作戦もそろそろ苦しくなってきましたよ。かれこれ10回以上は言ってますからね、プイちゃんにも飽きが来ました。
時計を確認する限り、到着するまでの時間はあと半分ってところですか……半分? 地獄が過ぎるぞ壬生さん。
(フランスへの旅路は、最初から困難ですねぇ)
『暇暇暇ー!』
『あっちについたらたくさん走りましょうねプイちゃん。ストレス発散するぐらい』
『当然!』
いやはや、にしても暇ですね~。ラジカセすらないので暇ってレベルじゃありません。新聞もないし、本当に暇だ。時間を潰せるものがない。
(舐めていましたよ海外遠征。まさか、こんな障害が待ち受けているとは!)
ですが私はめげません。我慢できる子ハレヒノカイザー、この輸送にも耐えてみせますとも。
『暇ー! 走りたーい!』
プイちゃんはもう耐えれそうにないですけど。向こうについたら思いっきり走りましょうね、プイちゃん。
そして、約12時間という地獄のフライトを終えて私は今!
(フランスに着いたぞォォォ!)
フランスの空港に着きました! 空港の名前はシャルル・ド・ゴール空港だとか。なんてお洒落な名前。もうここからオシャな雰囲気が漂っていますよ。
プイちゃんもつくまでの間になんとか宥め、今は落ち着いています。あんなに走りたいと駄々をこねていたプイちゃんを、平静まで持ってきた私。ふふん、メンタリストになれるかもしれませんね。
フランスに着いた。次に私達がすべきことは!
(また馬運車ですかそーですか)
向こうでお世話になる厩舎に着くまでの間、車で大人しくしておくことですね、はい。
いやはや、2頭以上でいること必須ですねこれ。一頭だけだったら耐えきれませんよおそらく。
ただ、今回はプイちゃんだけではありません。
「よしよし、飛行機ではよく我慢してくれたな。ここからの間は、俺も乗れるから。ラジカセもちゃんとあるし、日本からお前お気に入りの新聞とか持ってきたから」
壬生さんも、お世話のために乗ってくれています! しかも、私が好きなラジカセと新聞を持って!
さっそく頼みますよ壬生さん。プイちゃんが耐えきれそうにないんですよ。やっと着いたと思ったのに、また馬運車だから抑えるのが限界ですよ。
「分かった分かった。もう少しの辛抱だから。そんなに頭をぐりぐりと押し付けないでくれ」
『なにやってるのー? 僕も僕もー』
「ちょ、ディープインパクトまで真似してきたじゃないか。止めなさいカイザー」
壬生さんにラジカセを聴かせてもらうことで事なきを得ました。ちなみに、いつものようにクラシック音楽です。もはやマストアイテムですよ。
それからまたしばらく時間は過ぎて。午後5時ぐらいだったかな? こちらでお世話になる予定の厩舎に着きましたよ。
というか到着するまでの間凄かったですね。途中からは馬運車から降りて歩いて向かったわけですが、とにかくもう景色が凄かったです。散歩してたら気持ちよさそうな風景が続いていました。
向こうではプイちゃんをお世話している人と壬生さんが、調教師さんと話をしているのが見えますよ。それよか私とプイちゃんは走りたいんじゃ~。早く走らせてくれ~。
「『すみません、ディープインパクトたちが走りたそうにしているので』……」
「『ハッハ、構わんよ!ここに来るまでに随分なストレスだったろうからな。疲れを癒した後、放牧地で走り回ってくるといい。後で案内してやろう』」
ふっ、何言ってるか全然分からんね。フランス語なんて知らないんですよこちとら。
それから馬房の方で少し休んだ後、放牧の時間がやってきました。
放牧が始まるとどうなるか? 決まってますね。
『思いっきり走りましょうプイちゃん! もう走っても許されますよ!』
『やったー! 走ろう走ろうカイザー君!』
ついに走れますよひゃっほい! というかもう走ってますよたまらねぇ!
こっちの放牧地は、何といっても広い! 日本の放牧地よりもずっと広いですよ! こーれはたまりませんなぁ。走るのも楽しくなるというもの!
『よし、あそこら辺まで競走しましょうプイちゃん!』
『そうだね! 過ぎても楽しいからしょうがないよね!』
『そうそう。しょうがないしょうがない!』
この後めちゃくちゃ走りました。やっぱりプイちゃんと走るのも楽しいですねぇ。検疫や飛行機に乗っている間、ずっと走れなかったからその反動も凄いです。
ついに到着したフランス。レースに向けて、頑張りますか。
◇
こちらでの過ごし方ですが、日本とはまた違った生活を送っています。大元は変わらないんですけど、細かいところが変わっている、みたいな。そんな感じ。
特に大きいのは体を洗うときでしょうか。日本ではホースの水で洗っていましたが、こちらではバケツに水を汲んで身体を洗ってくれます。しかも馬房の中で。
「これがフランス式らしいぞ、カイザー。俺もびっくりした」
「ブルル(そうなんですねぇ)」
なんでこうするのかは分かりません。なんか深い理由があるのでしょう、多分。
次に餌や水の問題。餌は日本から取り寄せているらしい。随分と手間暇かけてるんですね。これは嬉しいですよ。
「よ~しカイザー。餌だぞ~」
「ヒヒィン(ご飯だご飯だ)!」
「いっぱい食べろよ、って。お前の食欲はこっちでも変わらなかったな。良いことだ」
そして水は、こちらの水を浄水して飲ませてくれてます。最初は日本から持ってきたものでしたけど、水の方は限界があったのか変わりました。どっちにしても飲めるのでよしっ!
最後は調教ですかね。どうもこっちには日本のウッドチップコースがないらしく、そちらをメインで使っていたプイちゃんは結構な痛手なんだとか。
仕方ないのでダートコースを変わりばんこで使用。ただ、こちらもこちらで問題がありまして。
「……固いな、土が」
「雨が降るとかなり状態が悪くなりますね。これだと他のコースを探した方がいいんじゃないでしょうか?」
「そうやね、壬生君。なにかええコースがあるといいんだけど」
雨が降ると、このダートコースの状態が極端に悪くなっちゃうんですよ。走るのも難しいぐらいに。
こっちにはダートのレースがないらしいですし、それの影響もあるんですかね?
調教面ではかなり苦労しているようで、ウッドチップコースに代わるコースを探す日々です。別にこだわる必要はないと思うんですが、これもプイちゃんのため、勝利のため。徹底的にこだわり抜きたいのでしょう。
(本気で勝ちに行ってるんだもんね。それくらい、この凱旋門賞を大事にしている)
岡邉さんたちは前哨戦を使わないから舐めてる、なんて言ってましたが、そんなことはありませんでしたね。むしろ超絶本気です。最終的に岡邉さん達が納得したのも分かりますね。
これぐらいしなければ勝てない凱旋門賞、ですか。
(どんなレースで、どんな子達が出走してくるのか)
プイちゃんだけじゃない。世界から集まってくる子達が相手だ。
そもそも、ここ欧州は本場と呼ばれるところらしいです。競走馬の原点は、ここから始まったと言っても過言ではないんだとか。
私達はアウェー、向こうはホーム。ふむん、中々厳しい事情がありそうで。
(ただでさえレベルが上なところで、相手が得意とする場所で走らなきゃいけないわけですか。こりゃあかなりの苦戦を強いられそうです)
それでも、勝ちましょう。託されたので、願われたので。私はやれる子ハレヒノカイザー、みなさんの期待に応えましょうとも。
それはそれとして、何かいいコースがないかな~と探していたところ。結構よさげなコースを発見しました。
「ここは全天候に対応しているコースらしいです。クッション性も中々ですし、悪くないんじゃないですか?」
「……うん、いいね。壱河君の言う通り、ここで調教を進めよか」
ファイバーサンドコースというもの。はえ~、全天候に対応できるなんて、欧州は調教コースも進んでるんですねぇ。
クッション性も中々、こーれは勝ち申したわガハハ!
なお、現実にそんな都合の良いものがあるわけがなく。
「ヒヒーン(かった)!?」
このファイバーサンドコース、雨が降り続けるとめちゃくちゃに固くなることが判明しました。いや、固すぎでしょこれ。こんなところで走ったら余計に悪影響だよこれ。クッション性もなにもねぇ、マジで固すぎますよこれは。
『えぇ~? こんなとこ走るのヤダー!』
これにはプイちゃんもご立腹。抗議してますよ抗議。私も一緒に抗議しましょう。
ただ、生江さんもこれは予想外だったらしく。
「……どないする? 岳さん、岡邉さん」
「どうするもなにも、これじゃ調教できませんよ。この状態で走ったら、かえってディープインパクトの調子が悪くなります」
「同意見だ。さすがにこんな状態では……」
岳さんも岡邉さんも、かなり苦しい表情をしていました。苦労してるんだなぁ。
「しゃあないです。前みたいに、ダートコースを使いましょか」
「それしかありませんね」
結局は、最初みたいにいろんなダートコースを利用。その日のコース状態を見極めながら使用していくことに。これに行きつくわけですね。
『なんか走るところがコロコロ変わるねプイちゃん』
『そうだねー。でもカイザー君と走れるから良いかな』
あらやだ嬉しいこと言ってくれるじゃありませんか。そんなプイちゃんは後でいっぱい走ってあげましょう。放牧地は変わらないのでね。
調教の日々は過ぎて、生江さんも満足げな顔をしています。
「ディープインパクトもええ調子です。なんなら栗東の調教よりも楽しそうにしとる」
「そうなんですか? 生江さん」
そうなのか生江さん。そんなに楽しそうなのか生江さん。
「そうですよ。カイザーとの調教がよほど楽しいみたいやね。良い時計で走りますし、カイザーがおってくれるから毎日楽しそうですわ」
「アハハ。こちらもですよ。カイザーはいつも変わらないですけど、ディープインパクトといると楽しそうにしてますから」
「ホンマ、2頭とも仲がええですわ。ベストパートナーちゃいますか?」
はっはっは、そりゃ私もプイちゃんも親友なのでね。仲が良いのも当然というもの。
『カイザー君カイザー君! 早く一緒に走ろう!』
『慌てないでくださいよ。勿論走りますよ……私が先にね!』
『あ、ずるいずるい! 僕もー!』
フランスでも変わらない、何ならプイちゃんがいるから楽しいです! 待っていてくださいねフォワ賞。私が今、そこに行きますよー!
遠くでは、生江さん達が私達の走りを眺めています。岳さんや岡邉さんの姿もありますよ。
「隆さん、幸生さん。絶対に獲りましょうや、凱旋門賞を」
「当然です。絶対に勝ち取ります、僕とディープで」
「勝つのは私とカイザーだよ、隆君」
騎手の方々はバチバチとしていますね。それほどまでに、凱旋門賞に本気だということですか。
(……フォワ賞、いろいろと試さなければいけないことが山積みですね)
ならば私も本気で対応せねば。まずはフォワ賞、ここで馬場を確かめます。本気の出し方も、なんとなく察しがつきましたからね。
それに、こちらの馬場は日本よりも重い、なんて言われてますからね。諸説あるそうですが、とにかく芝は違うものとして認識した方がいいでしょう。
フォワ賞で勝利を狙いつつ確かめる。そして、最適な走りを見つけるとしましょう。
今は8月の終わり頃。フォワ賞が、刻一刻と迫ってきています。
まもなくフォワ賞。