同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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副題・勝利を願われた


第85回凱旋門賞・前編

 これまで、日本の名馬たちがその舞台で敗れ去っていった。

 スピードシンボリから始まった挑戦は、今なお現代に受け継がれ。かの舞台で勝利することを焦がれている。

 今年もまた、日本最強の2頭が。

 フランスの、凱旋門へと挑戦する。

 

 

 天気は雨が予報されていたものの、結局雨は降ることなく凱旋門賞当日を迎える。10月1日は秋とは思えないほどの快晴、天候で馬場が一変するロンシャン競馬場において、この天気はありがたいことだった。馬場はもちろん良馬場。運も味方につけたこの状況、勝たないわけにはいかない。

 この日、ロンシャン競馬場へ足を運んだ日本人のファンはかなり多い。遠く離れた土地であるにも関わらず、大勢のファンが詰め寄っていた。ディープインパクトとハレヒノカイザーの晴れ舞台、一目見たいと思うのがファンとしての気持ちなのかもしれない。

 中では、日本のTV局がカメラを回す準備をしている。日本のファンによる開門ダッシュなど、いろんなことはあったものの、ロンシャン競馬場のレースプログラムは順調に進んでいった。

 

 

 そして、第7レース目。観客の熱が高まっていく中、ついに凱旋門賞の時を迎える。

 ディープインパクトとハレヒノカイザーがパドックに姿を現すと、日本のファンは一斉にカメラのシャッターを切った。世界に挑戦する2頭の雄姿をカメラに収め、応援の声を飛ばす。

 

「頑張れー! 負けるなー!」

「凱旋門賞を勝ってくれよー!」

 

 2頭は──とても落ち着いている。ディープもカイザーも、静かにパドックを周回していた。それでいて、静かに闘志を燃やしている。目からは溢れんばかりのやる気が伝わってくる。観客は、思わずごくりと息をのんだ。

 2頭にかかる期待は相当なものだ。どのメディアも、この2頭以外に勝てる馬はいないと断言し、ここを勝てなければこの先勝てないだろうと豪語する者もいる。

 ファンも同じ思いだ。カイザーとディープの実力を認めているがゆえに、2頭には相当な期待がかけられている。

 

「凱旋門賞獲ってくれー!」

 

 日本の悲願を果たせと、多大な期待をかけていた。

 ハレヒノカイザーとディープインパクトは、誘導馬につれられて、コースへと姿を現す。場所を変えても2頭の雰囲気は変わらないままであり、好走が期待できる様であった。

 

《この日を迎えました、第85回凱旋門賞。天候にも恵まれ、馬場の状態も良い状態で出走が可能となります。1番人気に推されましたのは日本の馬、ハレヒノカイザーが1番人気に推されています。フォワ賞の圧倒的な勝ちっぷり、暴君とも呼ばれるあのレースが、ハレヒノカイザーを1番人気に押し上げました。続く2番人気にディープインパクト、まさか日本の馬が1番人気と2番人気を独占するなど、誰が予想できたでしょうか?》

《ただ、人気だけじゃレースは決まらない。ハリケーンランもプライドも、確かな実力を持っているよ》

《その通りですね。ただし、人気には実力を兼ね備えているのもまた事実。芝2400m、良馬場の凱旋門賞。返し馬が終わり、各馬がゲートへと入ります》

 

 日本のようにファンファーレはない。静かに、厳かにゲートへと入る各馬。

 ハレヒノカイザーがゲートへ向かう。内側の枠を獲得した彼は、誘導されるがままにゲートへと入る。

 ゲートに入る直前に、騎手である岡邉は己の相棒に一声かける。

 

「Take it easy.気楽に行こう、カイザー。私達ならば勝てる」

 

 岡邉の言葉に、ハレヒノカイザーは一つ鳴いて答えた。

 

大丈夫。今日の僕は無敵

 

 カイザーは、自分の調子が最高潮であることを感じていた。今まで以上に何でもできる、これまで以上のレースができる、このレースを──勝つ。そう考えるほどに。

 ゲートへ入るカイザー。続くように他の馬も収まり、最後にディープインパクトがゲートに入った。

 入る前に、岳はハレヒノカイザーがいる方を睨む。

 

「今日は譲らない。絶対に勝たせてもらう」

 

 呟きを拾い、ディープも一つ鳴いて答えた。

 

勝とうね、人間さん

 

 最後にディープインパクトがゲートに入り、態勢は整った。

 

《今、最後の馬がゲートに入りました。9頭での出走となります凱旋門賞、この少数で、ついに日本の悲願は達成されるのか?》

 

 静まり返る会場。まだか、まだかと逸る気持ちが広がる中で──ゲートの開く、ガコンっ、という音が聞こえた。

 その一瞬で、すでに飛び出している影が一つ。そう、ハレヒノカイザーだ。今日もまた、いつものようにロケットスタートを決めている。

 

《世紀の一戦、世界が注目する凱旋門賞が今っ、スタートしましたッ! さぁやはり飛び出してきたのは日本のハレヒノカイザー! 内枠からガンガン上がっていく、これがハレヒノカイザーの代名詞ロケットスタートォ! 他馬との差を開きにかかります! 外からはアイリッシュウェルズ、内からこれまた日本馬ディープインパクトが追走。ハナを取るのはやはりこの馬ハレヒノカイザー。【月の暴君】が、あっという間にペースを奪う!》

 

 他馬よりも一歩先にスタートしている感覚。今日も見事に決めて、ハレヒノカイザーは2番手との差を広げにかかる。

 そうはさせまいと、外からはドーヴィル大賞典優勝馬のアイリッシュウェルズが追いかける。さらには、珍しいことにディープインパクトが好スタートを切って追走していた。

 珍しい、で済まされないディープインパクトの先行策。元々スタートが巧くないディープは常に後方からの競馬だった。それが今回はスタートが上手くいきすぎたため、前でレースを展開することになる。

 ディープのファンは不安を抱く。いつもの後方待機策じゃなくて大丈夫なのか? と。

 

「後方じゃなくて、前? 大丈夫なのかよ岳ー!」

「落ち着けー! 焦るなー!」

 

 観客が声を荒らげるが、岳に聞こえるはずもなく。ディープインパクトは3番手でハレヒノカイザーを追走していた。

 このままスローペースで、馬群は一塊になるだろう。ハレヒノカイザーは逃げ馬というわけではなく、どちらかといえば先行馬。この状況ならば、例年通り固まった馬群で展開されるはず。そう目されていた。

 ──しかし。

 

《ハレヒノカイザーが独走する、ハレヒノカイザーがぐんぐん差を広げていく! これはすさまじいペース、【月の暴君】による高速巡行が繰り出されているぞ。ガンガン上がっていくハレヒノカイザー、すでに2番手との差を3馬身、4馬身とつける勢いだ! アイリッシュウェルズとディープインパクトは行こうかどうか迷っている、その間にもハレヒノカイザーは独走する!》

《いやぁ、これは明らかな暴走だね。馬が掛かってるよ》

 

 そうはならない。ハレヒノカイザーは、2番手との差をさらに広げにかかった。

 これにより、馬群はハレヒノカイザーを除いた集団で固まる。固まった馬群の5馬身先に、ハレヒノカイザーの姿がある。

 スローペースにはさせない、ハイペースにしてやる。そんな意志さえも感じそうなほどに。

 

「こっちはもっとヤバいじゃねぇか! 落ち着け岡邉ー! 暴走してんじゃねー!」

「掛かるのは本だけにしてくれー!」

「負けられねぇんだぞー!」

 

 ディープファン以上に声を荒らげるカイザーファン。無論、届くはずもない。

 ハレヒノカイザーが暴走に近いペースで駆け抜ける。ロンシャンの上り坂に入る段階ですでに6馬身。これだけの差をつけて逃げようとしていた。

 

 

 あまりにも速いペース。普段以上のスピードで走る相棒に、岡邉は一瞬、手綱を絞ろうと思っていた。

 しかし、それはしなかった。なぜならば。

 

これでいける。大丈夫

 

 カイザーから伝わる、圧倒的な自信。このままでも最後まで持つ。むしろ、このペースこそが自分にとっての最適。そう伝わってくるからだ。

 

(……判断を誤るわけにはいかない。信じろ、カイザーを!)

 

 手綱を絞るのを止め、このままいかせることを決意。他馬を突き放す高速巡行を披露する。

 結果的に、これが正解だった。

 ハレヒノカイザーは暴走しているのではない。他馬を突き放す今のスピードこそが、カイザーにとっての適正ペース。

 

これだけの力でも、最後まで持つ

 

 ロンシャンの馬場はフォワ賞で経験した。どれだけの力を発揮すればスタミナを残せるかも計算した。全ての上りも下りも経験済み。どこで仕掛けるべきかも覚えている。

 

これが、僕の全力

 

 そう主張するように、ハレヒノカイザーは脚を緩めない。いや、正確には緩めているのだろう。今は上り坂、無茶をすべきタイミングでないことは把握しているはずだ。

 だが、()()()()()()()()()()()()()。その事実を突きつけられる。

 

《ハレヒノカイザーの暴走は止まらない、その差が7馬身はついたぞ。2番手アイリッシュウェルズはいくかどうか? いや、これは行く判断を下したアイリッシュウェルズ。ディープインパクトも追走する。これはハリケーンランらも同じだ、馬群の塊がハレヒノカイザーに追いつこうとしている》

《暴走しているから大丈夫じゃないかな?》

 

 フォワ賞の記憶がチラつく。綺麗な逃げ切り勝ちを許したあのレースが記憶にこびりついている以上、追わないという判断は彼らにない。たとえ自滅覚悟のペースだとしても、追わなければ負けるのだから。

 少しペースを上げて、ハレヒノカイザーを追い始める。その差は少しずつ縮まる、が。ハレヒノカイザーに焦った様子はない。

 

《まもなくコーナーのカーブへと入ります。先頭は依然としてハレヒノカイザー、2番手との差は5馬身から4馬身に縮まったか? それでもなお勢いよく走ります。2番手で追うのはアイリッシュウェルズ、そしてディープインパクトさらにはシロッコが並びかけます。後ろにハリケーンラン、プライド、ニエル賞覇者レイルリンクがこの位置につけている》

《この展開なら、後ろが有利だね。後はハレヒノカイザーがどこまで持つかだけど》

《レイルリンクがついて、最後尾にはシックスティーズアイコン。先頭から最後尾まで12馬身から13馬身はあるでしょうか? さぁ先頭のハレヒノカイザーがコーナーを曲がりますがっ、これは見事なコーナリング! 最内をキープしながら、ほとんど減速せずに曲がります!》

 

 淡々と、どこまでも冷静にレースを支配していた。

 

 

 後ろから眺める岳も、ディープインパクトに騎乗しながら焦りを募らせる。

 ただ、岳が焦る理由は、展開のせいだけではない。今なお彼の視界に映るのは──栗毛の馬。サイレンススズカの幻影。

 

(ダメだ、彼の影が……!)

 

 いつからか見るようになった幻影。ハレヒノカイザーにぴったりと張り付くように走るそれは、岳にしか見えない幻だ。

 スズカとカイザーは違う、頭では分かっていても、どうしても影がチラつく。そして、ざわつく。

 

(追わなければ、まずい!)

 

 ディープインパクトの手綱をさらに緩める。ハレヒノカイザーに追いつけと指示を出す。これ以上離されたら、本当に手がつけられなくなるからだ。

 

今日はもっといいの?

前に追いつけ

やったー!

 

 これ以上離されるわけにはいかない。少しでも早く追いつかなければならない。胸のざわつきを信じて、岳はディープインパクトに騎乗する。

 

(感覚だけど、これまでのハロンタイムはほぼ全て11秒台……! 上り坂だったのに、恐ろしいペースで上っているッ!)

 

 ロンシャンを、これほどのスピードで駆け上がるサラブレッドなど聞いたことがない。競走中にもかかわらず、どうか外れてくれと願う……自分の体内時計が、悲しいほど正確無比であることを知りながら。

 

 

 ロンシャンの坂を下り終えれば、今度はフォルスストレートが待ち受ける。最後の直線に向けて、各々が脚を溜める場所。

 

《ハレヒノカイザーがフォルスストレートに入る、ハレヒノカイザーが先頭でフォルスストレートに入った! 2番手ディープインパクトは4馬身の差、4馬身の差をさらに詰めようとしているディープインパクト。アイリッシュウェルズはやや抑え気味、シロッコが果敢に行きます。もう逃げさせないぞ、シロッコも行く。ハリケーンランも差を詰めようとしているぞ》

 

 なのに、ここから仕掛けようとする騎手もいた。理由はやはり、ハレヒノカイザーの逃げである。

 すでに落ちてこないことを悟っている彼らは、早い段階でハレヒノカイザーとの差を詰めようと上がってきていた。実況・解説やファンが暴走と判断する中で、騎手は暴走ではないと理解していた。

 まもなく最後の直線。ハレヒノカイザーとの差は──4馬身。

 

 

 

 

 

 

 初めてだ、こんな感覚は。

 誰にも負ける気がしない、ハレヒノカイザーが落ちることは、微塵も感じられない。

 皆は信じがたいことだと思うかもしれないだろう。常に11秒台を刻みながら逃げるハレヒノカイザーを、ありえないと叫ぶだろう。

 だが可能なのだ。ハレヒノカイザーには、常に11秒台を刻みながら逃げることが。

 

(いいや、それだけではない)

 

 10秒台を刻むこともできる。それはおろか、トップスピードに乗れば10秒を切ることだってできる。そんなことさえも、ハレヒノカイザーは可能にする。

 我々の常識で彼を測ることはできない。いいや、我々の物差しで、彼を測ろうとすることすら烏滸がましい。

 なぜなら、彼は太陽なのだから。近づく全てのモノを焼き尽くし、あらゆる生命体が羨望の眼差しを送る太陽。ハレヒノカイザーは、そんなサラブレッドだ。

 何といえばいいのだろうか? 全てを支配する、全能感とでもいえばいいのだろうか? 彼に跨ると、不思議なほどの安心感に包まれる。

 

「負ける気がしない」

 

 ハレヒノカイザーに騎乗しながら、そんなことを思っていた。

 

 

 もうすぐ、最後の直線。ロンシャンの最後の直線を、私は先頭で駆け抜ける。

 なんと気持ちの良いことか。太陽に跨り、ロンシャンの地を焼き払っている。ホースマンならば誰もが憧れる凱旋門賞の舞台を、私は太陽に跨り蹂躙している。

 さぁ、もうすぐだ。もうすぐ──最後の直線が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 ダメだ、それ以上はダメだ。

 

(お願いだ、止まってくれっ)

 

 こんなこと、願っちゃダメなのは分かってる。みんな勝ちに行ってるんだから、思っちゃダメなのは理解している。

 それでも、ダメだ。それ以上はダメだ、ダメなんだ!

 

(このままじゃ、君はっ)

 

 君がどういう子なのかは、岡邉さんから何度も聞いている。優しくて、利口で、人のことが大好きな馬だって。

 きっと君は、みんなが望むから走るのだろう。みんなが願うから、このレースを勝ちに来たんだろう。

 ……だけど!

 

「止まれ……止まれ……!」

 

 ダメなんだ。君と、スズカの幻影が重なる。このまま追いつかないと、君は──スズカのようになってしまう!

 見覚えがあるんだ。不思議なほどに、背筋が凍るくらいに。

 あの時のような感覚。騎乗しているだけなのに、自分たちは無敵だと錯覚するような感覚。そして……その果てのゴールを、僕は知っている!

 お願いだ、止めてくれ岡邉さん。今のあなたは無敵なんかじゃない。

 

(このままいくとっ)

「取り返しのつかないことになるっ!」

 

 ディープ。僕の身勝手な思いをどうか許してくれ。君に騎乗しながら、他の子を考えることをどうか許してほしい。

 けど、もう嫌なんだ。あんな思いをするのは。僕も、誰にもさせたくない。

 だからどうか!

 

「頑張れッ! ディープッ!」

 

 ハレヒノカイザーに、追いついてくれ!

 

 

 

 

 

 

 ロンシャン競馬場の名物、フォルスストレート(偽りの直線)。250mほどある直線を駆け抜け、最後の緩やかなカーブを曲がると──最後の直線を迎える。

 各馬が一斉に最後の直線へと雪崩れ込んできた。先頭を走るのは、日本のハレヒノカイザー。

 

《さぁ最後の直線だ、これが最後の勝負になります。先頭を走るのはハレヒノカイザー、日本のハレヒノカイザーが逃げている! 逃げに逃げるハレヒノカイザー、その脚は衰えることを知らない! 2馬身の差をキープしてハレヒノカイザーが逃げている! 2番手はディープインパクト、シロッコにハリケーンランも上がってきた!》

《い、いや、追いつけるはずさ! ハリケーンランも、プライドも!》

《レイルリンクきた、レイルリンクもきた! じわじわと差を詰めてきたレイルリンク、ここでディープインパクトの外につける! アイリッシュウェルズは脱落だ、ディープインパクトとレイルリンクがハレヒノカイザーを捕まえようと動き出す! 最後の攻防、凱旋門賞最後の攻防が繰り広げられる!》

 

 爆発的な歓声が、日本のファンから沸き上がる。

 

「逃げろカイザァァァ! そのまま逃げてくれぇぇぇ!」

 

 カイザーファンの、怒号のような声援。

 

「捕まえろディープ! お前は前でもレースできるんだろ!?」

 

 ディープファンの、追いつけという叫び。

 

「『お願い、負けないで!』」

 

 現地のファンの、悲痛な願いの声。様々な感情が入り乱れるロンシャン競馬場の応援席。泣いても笑っても最後の勝負が展開される。

 

 

 先頭を走るハレヒノカイザー。恐ろしいことに、彼の脚色は()()()()()()()()()()()()()()()()。先頭を走って、暴走と言われるほどのペースで走っていたはずなのに、ハレヒノカイザーは落ちてくる気配を微塵も感じさせない。

 必死に追うディープインパクト。ありったけの力を振り絞って、ハレヒノカイザーに追いつけと手綱を動かしている。

 レイルリンクもそうだ。ハリケーンランも、プライドも、他の馬もそうだ。先頭を走る馬を捕まえようと、必死になって手綱を動かしている。

 ここで──ハレヒノカイザーはギアを()()()()()()。落ちたスピードが、上がる。

 

《ハレヒノカイザーがスパートをかける! ハレヒノカイザーが早々にスパートをかける!? なぜだ! お前にそんな力は残っていないはずだ! 先頭を逃げていたはずのハレヒノカイザーのスピードが、さらに上がる!?》

《わ、我々は何を見せられているんだい? こんなの、おかしいって!》

《だがレイルリンクもディープインパクトも負けていない! これ以上は離されまいと、必死になって粘っている! その差を縮めようとこちらも負けじと上がる! 300を切った! ハレヒノカイザー先頭ハレヒノカイザー先頭!》

 

 なぜだ、どうしてだ。なんでお前に余力が残っている。先頭で走り続けてきたお前に、どうして力があるのか?

 そんな疑問を一蹴するハレヒノカイザーの走り。ただ、他馬も負けていない、その差を詰めようとじりじりと差を詰める。

 万事休すか、ハレヒノカイザーはここまでか。そう思った観客の目に映りこんだのは──信じがたい光景。

 

これが、正真正銘の全力

 

 さらに加速するハレヒノカイザーである。

 ありえない、どうなっている。そんな声が漏れ出るほど異常な光景。ハレヒノカイザーは、最後の200mでさらに加速した。

 誰もがスパートをかけていたと思っていた。しかし、それはカイザーにとってスパートでも何でもなかった。この200mで見せている加速こそが、真のスパート。ハレヒノカイザーの、まごうことなき全力の走りである。

 

《は、は、ハレヒノカイザー突き放す! ハレヒノカイザーが突き放す! 詰められた差を、戻していくハレヒノカイザー! ディープインパクト必死に粘る、レイルリンクが追いかける! しかし追いつけない、差は詰まらない、誰にも影を踏ませなぁぁぁい!》

「うわあああぁぁぁ!?」

「や、やめてっ!」

「いっけぇぇぇ!」

 

 現地民の叫び。カイザーファンの喜びを帯びた声援。いいや、カイザーファンだけではない。日本人ファンの、勝利を願う声が。ハレヒノカイザーを後押しする。

 

「いけっ! カイザー、岡邉! 世界を獲れ!」

「頑張るんだカイザー! あともうちょっとだぞ!」

「頑張れ、頑張れ……!」

 

 富士澤、壬生、春陽が祈る。

 

「ディープ! 隆君! 気張れや! 絶対に捕まえろー!」

「負けるなディープ! お前は、最強のサラブレッドだー!」

「ディープ……!」

 

 生江、壱河、金田が願う。

 勝利を、凱旋門賞を、世界の頂を。全員が望む。

 

 

 そして──ハレヒノカイザーは駆け抜ける。

 

《ハレヒノカイザーが抜けている! ついに、挑戦の歴史が終わる、歴史が変わる! 日本競馬の頂点、いや! 全てのサラブレッドの理想が! このロンシャンに君臨する!》

 

 誰もよりも速く、誰にも影を踏ませない逃走劇を披露して。

 

《ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザー! ハレヒノカイザーだぁぁぁ!! 凱旋門賞を制したのは日本のハレヒノカイザーだぁぁぁ! 圧倒的スピード、全てを焼き尽くす太陽の威光! これら全ては計算ずくだった! ハレヒノカイザーが凱旋門賞を勝ちました! ついに、日本の悲願が果たされました!》

《い、いやぁ……これは序盤の言葉を謝罪しなきゃいけないね。圧倒的すぎるよ! おめでとうハレヒノカイザー!》

《2着は4馬身差ディープインパクト、3着レイルリンク! 日本馬によるワンツーフィニッシュ! そしてなんとッ!? 勝ち時計は驚愕の2:21:88! こ、こんなタイムがありえていいのか!? ロンシャンでこんなタイムは見たことがありません! パントレセレブルが記録した2:24:6、それを3秒近くも塗り替えた文句なしのワールドレコード! 次元が違う、速さの次元が違う! これがハレヒノカイザーの強さだぁぁぁ!》

 

 ハレヒノカイザーが、レースを制した。

 祝福の喝采と、悲痛な叫びが混じるロンシャン競馬場。日本人ファンは歓喜の声を上げている。

 ついに果たされた。スピードシンボリから始まった挑戦が、今日ここで終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 これが、生まれて初めて出す全力。

 中々悪くないんじゃないでしょうか? なんていうんでしょうね、不思議なほど満足していますよ私は。こう、清々しい気分になれています。

 まぁいいでしょう。とにかく、減速しないと。いつも以上にスピードを出しましたからね、減速して、止まらないと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキィ!!

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