同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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色々と情報が出てくるよ。


幕間 好転への道

 凱旋門賞以降、あまり良いニュースがない日本の競馬業界。鬱屈とした雰囲気の中に、一筋の光明が走った。

 

【フランスで療養中のハレヒノカイザー、術後の経過は順調!帰国の目途も立つ!】

 

 骨折したハレヒノカイザーが、日本に戻ってくる道が見えたというニュースが流れる。この一報は、競馬ファンにとっては嬉しい報せだ。

 

「カイザーが戻ってくるのか!?」

「やっとか! 具体的にはいつぐらいになるんだろうな?」

「なんにせよ、無事でいてくれて嬉しい……!」

 

 これまで詳細が伏せられていたハレヒノカイザーの現状。明かされた情報は──回復に向かっていること。日本に戻ってくる予定も立てられていることが発表される。カイザーのファンだけではなく、多くの人が安堵の息を漏らした。凱旋門賞から1ヶ月が経った後のことである。

 

 

 その間も、生江陣営に対する批判は止まらなかった。

 やれ生江の管理が悪かったと、遠征させるべきではなかったと口を揃える。ハレヒノカイザーを潰したのはディープ陣営だと声を上げる。声は大きくなっていた。

 だが、この現状に生江陣営の擁護派は猛反発。

 

「予期できないケガはたくさんある。レース中の骨折を全て予見するなど不可能だ」

「生江調教師の管理は完璧だった。富士澤陣営はそう証言している。管理を怠ったなどありえない」

「そもそも、遠征自体はハレヒノカイザー陣営も了承済みだった。それを責めるのはお門違いだ」

 

 生江たちは悪くないと声を上げ、批判する大衆に真っ向から立ち向かう。彼らは悪くないと、彼らを責めるのは間違っていると、批判派に一歩も退かない姿勢を見せていた。

 ただ、批判派には多くのマスコミがついている。マスコミの声は一般人よりも影響力があることから、劣勢なのは擁護派だった。

 

「それでも、声を上げ続けることが大事だ!」

「そうだ! このままで終わらせていいはずがない!」

「生江調教師の名誉を、ディープの名誉を取り戻すんだ!」

 

 挫けない。擁護派は立ち向かい続ける。批判する人々に対して、反論し続ける。

 当然だ。自分の好きな馬がこれほどまでに悪く言われて、気分が良いものなどいないのだから。

 必死にディープインパクトを擁護する。イメージ回復に努める。彼らは悪くないと、悪く言われる筋合いはないのだと主張する。

 

 

 その声は、生江厩舎にもしっかりと届いていた。

 

「負けないで、ディープインパクト!」

「俺達はしっかりと応援するからなー! 残り2走、次のジャパンカップも楽しみにしているぞー!」

「ハレヒノカイザーの分まで、頑張ってくれ!」

 

 厳しい意見、行き過ぎた誹謗中傷に精神をすり減らしていた生江たち。この声は、生江たちを元気づかせるには十分すぎる声だった。

 

(そうだ、俺達を応援する声はまだある。だから)

「隆君、ディープの調整をしっかりとしよう。このジャパンカップは、大事だよ」

「……分かっています。このレースは、絶対に勝つ」

 

 ジャパンカップに向けて調整が進められるディープインパクト。やる気は十分であり、完璧な仕上げで臨んでやると意気込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 迎えるジャパンカップ本番の日。パドックではディープインパクトに対し嫌悪の目を向ける人間もいたが。

 

「パドックではお静かにお願いします。繰り返します、パドックではお静かにお願いします」

 

 警備員が常に目を光らせており、下手なことをしないように巡回している。少しでも野次を飛ばそうものなら、すぐにでもお前を捕縛するぞとばかりに睨んでいた。

 この状況で野次を飛ばせるような人間はいない。所詮、安全圏からモノを言う人間に、そんな度胸などあるはずもなかった。

 

 

 ジャパンカップにおけるディープインパクトの人気は──1番人気。どれだけの誹謗中傷にさらされようと、実力と実績は確かなもの。1.3倍の人気で出走となった。

 ディープインパクトの様子はというと、落ち着いている。早く走りたくてうずうずしていることが多いディープが、落ち着いているのだ。

 12万を超えるファンが見守る東京競馬場のジャパンカップ。緊張と独特な雰囲気に支配される中、スタートが切られる。

 

《第26回ジャパンカップ今っ、スタートしました! 残り2戦、どのような走りを見せてくれるのかディープインパクト。まずまずのスタートを切りました、そのまま抑える形をとる岳隆。いつも通りの後方待機策、最後方へと位置を取ります》

 

 ディープインパクトは後方から。先頭を奪おうとしているのはコスモバルク。有力馬がベストなポジションへつけようとしている中、ディープインパクトに騎乗する岳は悠々と後方につけた。

 表情は、緊張。レースに負けられないプレッシャー、そして視界の先にいるかつての相棒の幻影。岳は、今までかつてないほどの緊張を感じながら手綱を握る。

 

(スズカ。君は僕に、何を伝えたいんだ?)

 

 幻影は何も喋らない、喋るわけがない。ただ岳の前を走り、早くこちらに来いとばかりに主張する。

 

(僕を、非難しているのか? ハレヒノカイザーの件で何もできなかった僕を、軽蔑しているのか?)

 

 無言で見つめた後、すぐに走り去る。そんなことを繰り返すサイレンススズカの幻影に、岳の精神は疲弊する。

 かつての相棒がなにを伝えようとしているのか。どうして岳の前から消えないのか。その理由が分からない。もしかしたら、自分を咎めようとしているのか? そんな考えが頭に浮かぶ。

 しかし。

 

(……いいや、今僕が騎乗しているのはスズカじゃない。ディープだ!)

 

 この勝負においては何の関係もない。自分が騎乗しているのはディープインパクト、このレースで勝者になるのもディープインパクト。そう決めて、岳は手綱を握っている。

 

(レースに勝って、何が変わるかは分からない。けれど、確かに変わることはあるはずだ!)

 

 負けられない戦いに臨む。第1コーナーのカーブを越えて第2コーナー。変わらずの最後方だ。

 

 

 観客の反応はというと、応援の声で溢れかえっている。

 

「頑張れー、ディープー!」

「負けんなよー!」

 

 ディープだけではないが、ディープを応援する声は確かにある。

 しかし、その中で。

 

「カイザー骨折させて走るレースは楽しいか~?」

 

 心無い野次があるのもまた、事実である。ニヤニヤしながら、他のファンが不快になるような発言を繰り返す人間は、確かに存在していた。

 

「どの面下げて日本に戻ってきた!」

「負けろ負けろー!」

 

 野次を飛ばしているのは、ディープインパクトのアンチ。とりわけハレヒノカイザーのファンを()()している人達だ。

 自分たちの推しがアイツに骨折させられた、だからアイツには何もを言ってもいい。そんな単純な感情論のみで、ディープインパクトに対し誹謗中傷の言葉を投げる。

 警備員も仕事をしたいが、流石に大観衆の中で声を判別するのは不可能。自分ではない、と言われたらそれまでだ。

 周りにいるファンは怒りを抱く。それでも、ここは我慢するしかない。騒ぎを起こせば迷惑をかけてしまう、それだけは避けなければならないから。

 

「頑張れー! 負けるなディープー!」

 

 そんな自分たちにできることは、一生懸命に応援すること。一層声を張り上げて、ディープインパクトを応援していた。

 

 

 

 

 

 

 カイザー君が、とても痛そうにしていた。

 前にも見たことあるような。ううん、前以上に痛そうにしていた。

 心配して、駆け寄った。大丈夫? って、無理しないで、って伝えた。

 カイザー君は、凄く痛そうなのに。

 

『だ、大丈夫ですよプイちゃん。これくらい、へっちゃらですので。すぐ歩けるようになります』

 

 明らかに無理をしているのに、僕を心配させまいと振舞っていた。

 僕でも分かる。今のカイザー君は、危ないって。

 

『無理しないで、カイザー君。痛いんでしょ? 無理しなくてもいいよ』

『は、はは。さすがに分かりますよね……けど、大丈夫です』

 

 心配する僕に、カイザー君は言ったんだ。

 

『倒れるわけにはいきません。ここで倒れたら、みんなが心配します。笑顔じゃなくなります。そうならないためにも、私は倒れるわけにはいかない』

『カイザー、君?』

『それに、本当に大丈夫ですよ。私は我慢強い子ハレヒノカイザー、すぐに良くなります』

 

 強い意志を感じた。絶対に倒れてやるもんかって思いを感じた。気丈に振舞って、自分は大丈夫だと鼓舞していた。

 その時、思ったんだ。

 

(カイザー君は、本当に強いや)

 

 決して折れない強い意志。彼が本当に強いことを、改めて思い出させてくれた。

 自分が一番大変なのに、カイザー君は。

 

『治ったら、また一緒に走りましょうねプイちゃん。きっと、きっと。約束です』

 

 僕の方を、気遣ってくれてるんだ。

 心配する僕に、一緒に走ろうと言ってくれたカイザー君。僕はなんて答えるべきか。

 そんなの、一つしかない。

 

『うん、きっと走ろうねカイザー君。それまでに僕、もっと速くなっておくから』

『あ、はは。その時が、楽しみですね』

 

 カイザー君と約束することだ。また一緒に走ろうって、彼と誓うことだ。

 

 

 あの日以来、カイザー君は見ていない。でも、僕にはわかる。

 

(カイザー君は今も闘ってる。走れるようになるために頑張っているんだ)

 

 だから、僕は強くなるんだ。ディープインパクトとして、僕は強くなる!

 僕に乗る人間さんは、不安がっている。この前のレースから、ずっと不安になっているみたい。

 お世話をしてくれる人間さんも、暗い表情のことが多い。それでも、僕を心配させないようにって頑張ってる。

 自分たちだって大変なのに、僕のお世話をしてくれる。僕が勝つために、一生懸命に手を尽くしてくれている。

 

(僕は、そんな人間さんの思いに応えたい!)

 

 このレースは負けられない、それでいて僕は無事に走らなきゃいけない。カイザー君みたいになったら、きっと悲しむから。なにより、カイザー君が悲しむから。

 僕が安心させるんだ。人間さんから向けられる良くない感情を吹き飛ばすくらいに、僕は──強いことを証明する!

 

 

 

 

 

 

 遠征後のディープインパクトには一つの不安要素があった。海外遠征の疲労が抜けきっていないのではないか? という不安。果たして好走できるのかと、ファンは心配していた。

 その心配は、一瞬にして吹き飛ぶことになる。

 コスモバルクが展開するスローの逃げ。早めに捕まえるべく第3コーナー時点で進出を開始していたディープインパクトは、大欅を越えてグングン上がっていく。

 

《ディープインパクトが上がってくる、一頭、また一頭と躱して上がってくるディープインパクト! 先頭は依然コスモバルクが逃げる、逃げているが後方からディープだディープインパクトだ! 第4コーナーで最後方から一気に5番手に上がってくるディープインパクト!》

 

 最後の直線に入る段階で、ディープインパクトはコスモバルクを射程圏内に捉えた。そのスピードは、他馬を圧倒するほどである。

 他がスローに見えるほどの速さを繰り出すディープインパクト。そして最後の直線──彼は飛んだ。

 

《ディープだディープだ! ディープインパクトが飛んでいる! 大きな翼を広げて飛んでいる! 内からドリームパスポートが伸びてくる、しかし大外からディープインパクトだ! 強さに陰りなし、我々の不安を一蹴する圧巻の走りだディープインパクト残り200!》

 

 瞬く間にコスモバルクを捕まえ、他馬を突き放して圧倒する。内からドリームパスポート、真ん中からウィジャボードが伸びてくるが、ディープのスピードは突き抜けていた。

 

「うおおおぉぉぉ!」

「すっげぇ! そのままいけー! 頑張れー!」

「負けないでー!」

 

 走る姿が目に焼き付いて離れない。思わず魅了されてしまうような、見事な走りを披露するディープインパクト。

 歓声を上げることも忘れ、擁護とか批判とか、そんなことがちっぽけに思えるほどの走り。気づいたときには、観客はただディープの虜になっていた。

 その差を3馬身、4馬身と突き放していく。どんどん広がっていく差は、5馬身になったところでゴール板を通過した。

 

《その強さに陰りなし! これが英雄の末脚ディープインパクトォっ!! 後方からの追込で、これだけの強さだ! 勇気の翼をいっぱいに広げたディープインパクトォ! ジャパンカップで凱旋だぁぁぁ!》

「「「わぁぁぁ!!」」」

 

 第26回ジャパンカップを制したのはディープインパクト。後方からの追込で、見事勝利を飾った。

 

 

 大歓声に支配される東京競馬場。ディープインパクトに騎乗する岳は、渾身のガッツポーズを披露していた。

 そして、岳は感じていた。ディープインパクトから伝わる安心感を。

 

「ありがとう、ディープ。君は強いな」

「ぶるる」

 

 気にしないで、と言わんばかりに反応するディープ。己の相棒に笑みをこぼすと、観客席に向かって一礼をする。

 静まる会場。岳は、大きな声で。

 

「ありがとう、ございましたっ!」

 

 感謝の言葉を口にする。東京競馬場は、再び大歓声に包まれた。

 

「おかえりー、ディープー!」

「最後も頑張ってくれよー!」

 

 檄を飛ばすファン。そして……彼らはある場所を見る。

 それは東京競馬場のコースではない。観客席、自分たちがいる場所。とりわけ、野次を飛ばしていた連中がいる場所に、鋭い視線を送る。

 

「うっ」

「な、なんだってんだよ」

 

 狼狽える、野次を飛ばしていた人。周りのファンは何も言わない。ただ無言で睨みつける。

 視線を通して、彼らの感情は伝わっていた。

 

早くここから出ていけ

ここはお前たちがいていい場所じゃない

大人しく消えろ

 

 無言の圧。居心地の悪さを感じた人は、すごすごと逃げ帰っていった。

 

「……はい。しっかりと顔は抑えてあります」

 

 その陰で、無線を飛ばしている警備の人間がいることに気づかず。

 

 

 

 

 

 

 後日、JRAからとある声明が出された。その内容は──生江厩舎の批判の声に対するもの。

 

「生江厩舎に心無い誹謗中傷の声が届いていることを、我々は把握しています。陣営の心労は計り知れず、また我々としても到底看過できる事態ではないと判断したため、こうして声を上げることにしました」

 

 JRAは、驚きの発表をする。

 

「我々はこの声に対し、毅然とした態度で臨みます。具体的には、生江厩舎に対し誹謗中傷を行ったと見なされる者に対して、提訴の準備を進めております」

 

 これ以上生江厩舎に対し謂れのない批判をするのであれば、法的措置も辞さないと宣言。批判派の人間は、一気に焦ることになる。

 だが、声明が出されてもどこか安心感を抱いていた。

 

「まさか本当に訴訟するはずがない」

「そんな手間のかかることをするわけがない」

 

 そう信じ、本気にしなかった。これまで通り変わらない日常を過ごすことができる、そう疑わなかった。

 その余裕が崩れたのは数日後。とあるニュースが流れてきた時だ。

 

《本日JRAは、生江厩舎に対し誹謗中傷の記事を書いたとされる出版社を起訴しました。同出版社は生江厩舎に関する事実無根の記事を書いたとされ……》

 

 1つの出版社が、JRAによって起訴されたニュース。インタビューにおいてJRAは、こう答えている。

 

《これ以上生江厩舎、並びに富士澤厩舎の関係者を批判をするのであれば、()()()()()()同じように起訴します》

 

 お前たちは容赦しない。これまでは見逃してきたが、これ以上は見逃さない。そう言ったのだ。

 安全圏から攻撃していた。だから誹謗中傷を繰り返していた。己の欲求を満たすために、逆らえない人形をいたぶるために。

 だが、これにより一気に逆転する。安全圏と思っていた場所は危険地帯となり、常に怯えながら過ごすことを余儀なくされる。

 批判派の人間は、これによって一気に沈黙した。表立って批判する人間は、完全に消えたのだ。

 

 

 生江厩舎にて、頭を下げているスーツの男がいる。

 彼はJRAの役員の一人。これまでの件を知っていた男は、生江厩舎に謝罪に赴いていた。

 

「これほどまでに遅れてしまい、まことに申し訳ございませんでした。皆様には大変な心労をかけてしまい」

「いえ、JRAさんのお気持ちも分かりますから。あの状況で、JRAが下手に介入するわけにはいきませんもんね」

「……それは、はい。こちらも下手に手出しができず」

 

 手出しできない理由はいろいろとあったようだが、全ての準備が整った今ならば動ける。だからこそ、JRAは迅速に動いた。

 富士澤たちの下でも、同じような説明を別の職員がしている。事態の鎮静化を図るために、JRAは攻勢に出た。

 

「これからは、我々がいる以上表立って声を上げる人はいなくなるでしょう。誰だって罪に問われたくはありませんから」

「ホンマにそうですね。これで、ようやく沈静化に向かうことができます」

 

 この状況になったのも、時間が経ったからだろう。彼らはそう考えている。

 時間が経って、生江厩舎の思いを十分に理解する人が増えた。その人たちが声を上げ、批判派に立ち向かってくれた。傾いていた天秤が、釣り合うようになったのだ。

 そして、ディープインパクトのジャパンカップ。あの勝利が、彼らを後押しした。

 実況のフレーズにもあった勇気の翼。ファンもまた、勇気を出す時だと奮起したのだ。

 

「これ以上好き勝手はさせない」

 

 一致団結して、批判派を糾弾した。マスコミにも声を上げ、運動を起こした。

 好転した状況。生江は涙をこぼしそうになる。

 

(俺らは、ホンマに見捨てられてはいなかった。応援する声は、確かにあった……!)

「ホンマにありがとうございます。これからも、頑張りますっ」

「はい。一緒に、頑張っていきましょう」

 

 ディープインパクトの名誉は、この日以降一気に回復することになる。【太陽の皇帝】に並び立つ【英雄】として、ディープインパクトは最後の戦い、有馬記念への準備を進めることになった。




いろんな状況が好転へ。
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