同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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今回は主人公ではなく馬主さんの方。


幕間 カイザーの馬主

 ハレヒノカイザーの馬主の名は、春陽幸光(はるひ ゆきみつ)という。日本でも有数の大企業の社長、御年61歳であり、馬主も1980年頃からやっているなどそれなりに歴も長い。

 ただ、重賞を制した所有馬はいなかった。最高が中央のオープンレースであり、ほとんどが未勝利のままレース生活を終えている。ありふれた、よくある話ではあるが。

 野心がないわけではなかった。重賞を制した所有馬を持つ、何か奇跡が起きてG1を勝ってくれる子がいたら、と思うくらいには。ただ、一番は競走馬が無事に走り切ってくれることだと考えている。

 そんな彼は、古くからの顔なじみである調教師、富士澤一雄からある馬を勧められた。

 

「春陽さんの顔なじみの牧場に、売れ残っているのが不思議なトウカイテイオーの産駒がいる」

 

 不思議、の意味は分からなかったが、牧場がお得意様である日比谷さんであったことから見に行くことに。そこで紹介されたのがブランシュテルの2002──現在のハレヒノカイザーである。

 

「父トウカイテイオーの母父ダイタクヘリオス……なんともまぁ」

「不思議な血統ですよねぇ。やっぱり、お父さんの影響ですか? 日比谷さん」

「まぁ、はい。父がトウカイテイオーが好きだったから、その流れで」

 

 主流の血統とは言えない血。漫画やドラマのように運命的な何かを感じることもなければ、売れ残っても不思議ではない血統だな、というのが春陽の所感だった。

 ただ、一点。春陽が思ったことは。

 

(楽しそうに走る子だ)

 

 走り回るハレヒノカイザーが、とても楽しそうにしていることである。他の馬より何倍も、走ることそのものを楽しんでいる。そんな思いを抱かずにはいられなかった。

 

「楽しそうですねぇ」

「でしょう、春陽さん。思わずこっちも笑顔になるような、そんな走りをする子なんです。ブランシュテルの2002は」

 

 思わず漏れ出た春陽の言葉に、即座に反応する日比谷。そこに付け加えるように、富士澤が口を開く。

 

「凄い素質がありますよ、ブランシュテルの2002は」

 

 富士澤が太鼓判を押す才能の持ち主。春陽は才能に惚れ込んで購入、というわけではなく。

 

「あんなに楽しそうに走る子を、レースで走らせてやりたい」

 

 ハレヒノカイザーを目いっぱい走らせたい。だから購入することを決めた。価格は400万……格安である。

 

 

 さて、そんな春陽だが。ハレヒノカイザーの成長報告は聞いていた。

 

「順調に調教できてますよ」

「やっぱり凄いですね。タイムがどんどん縮んでいます」

「春陽さんに、重賞を届けてくれますよ」

 

 矢継ぎ早にハレヒノカイザーを褒めちぎる富士澤に苦笑いを浮かべつつも、楽しそうに走っているという報告に顔を綻ばせる。

 

(まずは新馬戦。だけど、本当に重賞を取ってくれると嬉しいねぇ)

 

 淡い期待を抱きながら、今度の新馬戦を楽しみにしていた。

 素質馬と期待されても、結果を出せずに引退なんてことはままある。もしかしたら、ハレヒノカイザーもそうなるかもしれない……けれども。

 

「最後まで楽しく走らせてやりたいねぇ」

 

 春陽の思いは一つ。ハレヒノカイザーを走らせてやりたい、それだけだった。

 なお、ハレヒノカイザーの新馬戦は。

 

《ハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーだ。ハレヒノカイザー1着文句なし! 新潟第5Rの新馬戦を制したのはハレヒノカイザーです! ラスト200mであっという間に躱した。2着トーヨーフレンチとの差は4馬身。これは文句なしの完勝です! 勝ったのはトウカイテイオー産駒のハレヒノカイザーだ!》

 

 文句のつけようは口を割って走ること以外には何もない完勝だったのだが。残り200mで前を走るジュライワンを抜き去ったかと思うと、他馬を突き放しての4馬身。まさに他とは一線を画す強さを見せつけての勝利だった。

 この結果には春陽も大口を開けて固まった。それはもう傍目から見たら愉快なアホ面を晒していた。

 いやいや素質馬と聞いていたがこんなあっさりと勝つなんて思わなかった、表情がそう物語っている。開いた口が塞がらない思いだ。

 

「え、え。え~……こ、こんなあっさり勝っちゃうもんだっけ?」

「春陽さん驚いてますね」

「ま~楽々と新馬戦を勝ったんだからな。そりゃ驚くだろうな」

 

 壬生と富士澤も苦笑いである。さすがにこれだけの楽勝を見せてくれたのだから、春陽もハレヒノカイザーの素質を認めた。

 

「ほ、本当に重賞を取れちゃうかもしれないねぇ」

「取れますよ、カイザーは。そのためにはあの口を割って走る癖を矯正しないといけませんけど」

「俺は楽しそうだし良いと思うんだけどねぇ。なんにせよ」

 

 そして春陽は、朗らかな顔でハレヒノカイザーを見つめる。ほっと安心したように呟いた。

 

「無事に走り切ってくれて、嬉しいねぇ」

 

 我が子を見るような眼差し。富士澤と壬生も、顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 無事に新馬戦を抜けたハレヒノカイザー。富士澤たちは次走について話し合うことになった。

 

「重賞挑戦も悪くない。同じ新潟競馬場の、新潟2歳ステークスはどうだ?」

「いやいや、ちょっと待ってくれないかねぇ富士澤さん。さ、さすがに早いんじゃないのかい?」

 

 富士澤が提案したのは9月開催の新潟2歳ステークス。いうまでもなく、重賞だ。オープンレースを挟むことなく、いきなり重賞に挑戦しようとしているのである。出走は問題なくできるとはいえ、さすがに春陽は尻込みしていた。

 ただ、自信があるのか富士澤は意見を曲げない。春陽を説得する。

 

「ハレヒノカイザーの素質は分かったでしょう、春陽さん。行けますよ、新潟2歳ステークス」

「そ、そうは言うがねぇ……」

 

 ちらりと岡邉の顔色を窺う春陽。ただ、岡邉も富士澤の意見に賛同だった。

 

「今回と同じ競馬場ですし、ハレヒノカイザーならば問題なく行けるはずです。勿論相手は今日よりも強くなりますが、ハレヒノカイザーなら勝てます」

「う、うぅん」

「それに、新馬戦の騎乗で分かりましたが、ハレヒノカイザーは本当に利口です。こちらの指示に従ってくれる」

 

 岡邉は興奮気味に、というか席から立ち上がって力説する。ハレヒノカイザーの素晴らしさを。

 

「最初は先頭に立つぞ、という勢いでゲートから飛び出したが手綱を引くとすぐに引っ込んだ。そして、その手綱だけでこちらの意図が伝わったかのように、行きたがる素振りを見せずに内を走り続けていた! あれほど利口な馬は新馬じゃなくともいないぞ!」

「は、はぁ……そりゃ、凄いねぇ」

「さらには最後の加速だ。鞭を一発入れていけ、と合図をしたらぶっ飛んでいった! あの加速はまだまだ粗削りだが、大成すれば素晴らしい脚になるだろう! 血統的に長距離は厳しいかもしれないが、あれほどの賢さを持つ馬ならば絶対にこなせる! ゆくゆくはクラシックの三冠を」

「岡邉。分かったから落ち着け。春陽さんが戸惑ってる」

 

 富士澤に言われ、岡邉は恥ずかしさで顔を赤くして席に座りなおす。これほどの熱意を受けて、春陽もハレヒノカイザーがどれほどの逸材か改めて実感した。

 

(大ベテランの岡邉さんがこれだけ言うなんて。本当に凄い子なんだねぇ)

 

 それはそれとして。改めて出走するレースについて話し合う。ただ、今の熱意を受けて春陽の腹積もりは決まっていた。

 

「それで、どうされますか春陽さん。私共の意見は新潟2歳ステークスで「うん、分かった。新潟2歳ステークスでお願いしますねぇ」ッ!」

「今の岡邉さんの熱意を聞いたら、行けるんじゃないかと思っちまったよ。それに、せっかく挑戦権があるんだ。挑まないのは損だねぇ」

 

 新潟2歳ステークスへの出走。もしかしたらを起こしてくれるかもしれない、せっかく挑戦できるのだから挑戦するべきだ。春陽はハレヒノカイザーの次走を、新潟2歳ステークスに決めた。

 富士澤と岡邉の表情も笑顔になる。ウキウキで出走を決めた。

 

「そうですか! では、ハレヒノカイザーの次走は新潟2歳ステークスで行きましょう!」

「任せてくれ富士澤、春陽さん!」

「うん、任せたよ」

 

 こうしてハレヒノカイザーの次走は新潟2歳ステークスに決まった。後で2連勝の馬が乗りこんでくることが判明したものの、春陽の心は穏やかだ。

 

(重賞に挑戦して、入着してくれたら嬉しいねぇ。掲示板入りでもしてくれれば)

 

 掲示板に入着したらいいな、という淡い期待を抱く。ハレヒノカイザーの素質は信じているが、まだまだ粗削りというのが富士澤たちの話。気持ちだけで勝てるほど甘くない世界であることは、春陽も十分に分かっている。

 それでも、一つでも上の着順に。それが春陽の願いだった。

 

 

 なお、その春陽の願いの裏でハレヒノカイザーはというと。

 

『へぇ~、ロブロイさんはクリスエスさんを尊敬してるんですね。確かにカッコいいですもんね!』

『お、話が分かるなカイザー。カッコいいよな~! 俺も、クリスエスさんに頼んだぞ、って言われたからな。こりゃ頑張らねぇといけねぇってなってるとこだ!』

『頑張ってくださいロブロイさん! 私応援してます!』

『嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかカイザー!』

 

 派手にとんでもない馬と話していた。

 

 

 

 

 

 

 さて、あれよこれよという間に迎えた新潟2歳ステークス。春陽としては1つでも上の着順に、なんて思いを抱いてレースを観戦していたのだが。

 

《残り600を切りましてアイルラヴァゲインがリードを取ります。だがここで先頭はハレヒノカイザーに変わった変わった。ハレヒノカイザーが先頭に立ちます。最後の直線、アイルラヴァゲインが懸命に粘りますが、3番手に控え続けていた4番人気ハレヒノカイザーがあっという間に差をつけていきます。フェリシアとワイルドリバーが伸びてくる。ワイルドリバーはちょっと伸びが足りないか?》

 

 道中いつものように3番手をキープして走り、最内を陣取り続けて最後の直線へ。気づけば新馬戦と似たような展開になっていた……口を割って走る癖も変わらず。

 またもや大口を開けて固まる春陽。どうなってんの? と言わんばかりの表情である。

 

《ハレヒノカイザーが先頭1馬身のリードを取る! アイルラヴァゲインを躱してフェリシア、フェリシアが2番手に浮上!フェリシアの外からマイネルレコルトが飛んできた、マイネルレコルトが来た! しかし先頭は依然としてハレヒノカイザー、ハレヒノカイザーが笑いながら走る! 差は2馬身に開いた!》

「え、え。え!?」

 

 ハレヒノカイザーだけ最内。他の馬はほぼ真ん中に密集しているにもかかわらず、ハレヒノカイザーだけは最内を陣取るように走り続けていた。岡邉の騎乗もそうだが、応えるハレヒノカイザーもまた見事である。

 はずれ馬券の紙吹雪が飛び交う中、ハレヒノカイザーは──いとも簡単に新潟2歳ステークスを制した。

 

《マイネルレコルト猛追! 猛追するがこれは届かなかったマイネルレコルト。勝ったのはハレヒノカイザーだ。1番人気マイネルレコルトを、見事に下したハレヒノカイザー1着! オーナーの春陽幸光に、初の重賞をもたらしましたハレヒノカイザー! これは孝行息子、競馬場に笑顔の花が咲き乱れる。新潟2歳ステークスを制したのはハレヒノカイザーだ!》

 

 気づけばあっという間の勝利。あれだけ苦労していた重賞制覇を、ハレヒノカイザーはこともなげに取ってきたのだ。喜びや感動よりも、えぇ……という不思議さの方が勝る春陽である。

 いつものように、楽しそうに跳ねているハレヒノカイザー。それを見て笑顔になるファン。馬主である春陽は、困惑しつつも笑みを浮かべていた。

 

「は、はは……これは、本当に凄いねぇ」

 

 口から漏れ出た言葉。もしかして、本当にG1を取ってくれるかもしれない。そう期待せずにはいられない素質を、ハレヒノカイザーは見せたのである。

 

 

 2歳限定戦とはいえ、重賞は重賞。今まで届かなかった栄光を手に取ることができたのである。そりゃあもう嬉しくて仕方がない。

 

「父さん、なんか嬉しそうだね?」

「お、おぉ? そうか?」

「えぇ。あなた、帰ってきてからずっとにこにこしているんですもの。すぐに分かったわ」

「何があったんだよ?」

「あぁ、実はな……」

 

 その日の春陽幸光は、家族にもからかわれるくらいにニヤニヤしていたらしい。家族にハレヒノカイザーのことを話してる時も、終始笑顔だった。




さらっとゼンノロブロイと邂逅してるハレヒノカイザーである。
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