同世代のUMAさん   作:カニ漁船

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リハビリの経過とか


順調に過ごしました

 へいへーい、私ですへーい。今日も今日とてプールトレーニングを頑張りますよへーい。

 

「負荷がかからないトレーニングかつ、スタミナを強化するにも一番だ。プール調教をメインにやっていくぞ」

 

 そんな富士澤さんのお言葉により、私の調教は基本的にプールで行われます。元よりスタミナに不安が残るタイプらしいですからね、私。

 これまでは速さで補っていましたが、どれだけ落ちているかはまだ未知数。ならば今のうちに不安要素を解消しておこう、というわけです。

 それに私、プールは嫌いではありません。こう、水をかき分けて進むの楽しくありません? 後は水に身体が浮いてる感覚。アレもまた乙なものです。

 

(プールは楽しい。これが楽しくないお馬さんは存在しているのか?)

 

 探せばいるかもしれませんね。少なくとも私は好きですよ、プール。

 タイムは中々。ケガを考慮すればいい感じらしく、富士澤さんもご満悦。嬉しそうにしていますよ。

 

「よし、いい感じだ。この調子で励むぞ、カイザー」

 

 はいはーい、お任せあれ。

 

 

 プールだけはよろしくないので、たまにコースに来ては軽く走ったりします。速歩、と呼ばれているやつですね。

 

「いいか、カイザー。ゆっくりゆっくり、だぞ」

「ヒヒィン(はいはーい)」

 

 速度を出しすぎないようにゆっくりと。この時脚を出す組み合わせをしっかりと意識して動かします。

 なんていえばいいんでしょうね、意識してやる早歩き? が一番近いかもしれません。

 しっかりと刻んで走る。こちらも好感触らしい。

 

「よしよし、いい感じだぞカイザー。この調子でゆっくりとこなしていこう」

 

 騎乗している壬生さんが褒めてくれます。ふふん、良いですよ良いですよ。このまま褒め続けてくださいね。

 

「そろそろキャンターに切り替えてもいいかもしれません。文句なしに順調です」

「そうだな。徐々にペースを上げていこう」

 

 お、そろそろキャンターですか。これは言うなれば軽いランニングのようなもので、ここまで許されてきたということは!

 

(すでに走るのも秒読み、ってことですね!)

 

 ふふん、完全復活のハレヒノカイザーになる日もそう遠くありませんね。みんながキャーキャー言ってるのが想像できますよ。

 

「放牧でも大人しくしているようだし、馬房でもいつもの調子を崩さない。ケガの影響を微塵も感じさせない」

「神経質になったり、臆病になったりする子もいるのに。カイザーはなにも変わりませんよね」

「スピードに賢さも備えて、さらにはメンタルも強いときた。理想のサラブレッドも、間違いではないな」

 

 聞きましたかこのお褒めの言葉。ふふん、気持ちが良いですよ! もっと褒めて褒めて!

 

「よしよし、褒めるとやる気を出してくれるな」

「これも変わりませんねぇ。こういうとこが可愛いんですけど」

 

 むふー、これからも頑張りますよー!

 

 

 

 

 

 

 私の復帰は順調、調教も上々といったところで、現在の季節は6月の終わり。着地検査から美浦のお家に帰ってきて、すでに3ヶ月が経過したわけですか。

 

(時の流れは早いものですね)

 

 これなら走れるようになる日もあっという間ですよ。なんなら今すぐにでも走れますよ。

 それはともかく、レースでもいろいろとあったそうで。なんともどでかいニュースが舞い込んできましたよ。

 

【64年ぶりの快挙!牝馬によるダービー制覇!】

 

 64年。随分と久しぶりに偉業を成し遂げたお馬さんがいるんだとか。凄いもんですねぇ。

 牝馬というのは、クラちゃんやムードちゃんと同じってことでしょう。その子達って基本、別のレースに出走するらしいです。名前は確か、オークス。

 オークスはダービーと違って限定戦。そちらに出走せず、混合戦になるダービーに出走してくるとは。

 

(随分とまぁ思い切りが良いですね)

 

 最終的には混合戦ばかりになりますが、私のダービーにはそういう子いませんでしたからね。だから、余計に凄いと感じますよ。

 後ね、カッコいいですよね。偉業を達成しました! って感じがね。

 

(凄く褒められたんだろうな~、良いな~)

 

 そんなことがありました。

 そんなダービーを制した子は、宝塚記念とやらにも出走したそうです。こっちは古馬、つまりは私達との混合戦なわけですが。

 

(思い切りが良すぎるってレベルじゃないですよコレ)

 

 まさか同期の牡馬を下した後に古馬も下しにかかるとは。それほどまでに自信があったのでしょうか。

 その意気やよし。迎え撃ってあげましょう! 私はいませんけどね。

 とはいっても、肝心のその子は8着に沈んだそうです。さすがに古馬の壁は厚かったようで。

 

(ウオッカ、って子でしたね。ふむん、どういう子なのか)

 

 ま、レースでもなければ会うことはなさそうですが。栗東の子らしいし。というか強い子みんな栗東じゃないですか。美浦も頑張りましょうよ美浦も。

 

(ライバルのダイワスカーレットって子も栗東ですし。その子も桜花賞とやらを勝ったそうですし)

 

 これが東西の格差ってやつでしょうか。坂路ですかね、やっぱり。

 あ、ちなみにダイワスカーレットって子はメジャーさんの妹にあたるそうです。半妹? とか壬生さんが言ってましたね。妹でも厩舎が違うことがあるのか。

 

 

 こういうのを見ると、やっぱり時間が過ぎていくのを感じますね。後はそう、ムードちゃんが引退してたこととか。

 

(私が検査している間に、美浦を去っていたようです)

 

 せめてお別れの言葉を言いたかったのですが、これも仕方なし。生きていればいつかは会えますよ。

 時間の流れが早く感じますが……それによって嫌でも実感せざるを得ません。

 

(私の騎手はいつになったら見つかるのか? さすがに不安になってきたんですけど?)

 

 代わりの騎手を探すと富士澤さん達が言ってからすでに2ヶ月。いろいろと声をかけているそうですが、いまだに色よい返事は聞けていないそうです。

 いえ、まだ全然焦る段階じゃないのは分かります。凄いよく分かります。

 もしかしたらね、心変わりしてくれるかもしれませんからね? 全然焦る必要はありませんよ?

 けど、懸念通り私は避けられているようで。

 

(今の私って凄い敬遠されているらしいですからねぇ。前はジャパン君に乗ってた槙山さんって人も、私の騎乗を断ったそうですし)

 

 私悪い馬じゃありませんよ。決して振り落としたりしませんよ。だから誰でもウェルカム。

 ま~乗りたくない理由なんて察しがつきますよ。

 ケガ明けで、有名で、勝ち負けが今後の評判を左右する馬なんて避けたいでしょう。

 それに、みんな自分のお手馬? という懇意にしている子がいるらしいですし。そう考えたら、私に騎乗する理由なんてさらになくなるわけです。

 

(忌避するのも分かりますけどね。どうなるか分かりませんから余計に)

 

 ですがご安心ください。決して後悔させないことを誓いましょう。なのでどうです? ここらでハレヒノカイザーに騎乗してみませんか? 一回だけ、一回だけでいいので。

 ま、私の騎手探しは大変難航しているご様子。それでも期限はまだ半年はありますからね。よゆーですよ、よゆー。

 半年もあればたくさんのことができます。そう、私の完全復活とかね。

 

(希望を持ちましょう、希望を。下なんか向いても好転することはないんですから)

 

 今日も今日とてご飯を食べる。草が美味いんだから。

 

 

 

 

 

 

 迷っていた。ある一つの選択に、手が震えるほどの迷いを感じていた。

 

「岳騎手。どうか、ハレヒノカイザーに騎乗してくれませんか?」

 

 目の前にいるのは富士澤さんと春陽さん。ハレヒノカイザーを管理している調教師と馬主さんで、今も復活のために動いている人たち。

 世間では、富士澤さんたちのことを非難している人は一定数いる。さすがに昨今の事情から控えめだけど、オーナーである春陽さんと一緒に責められていた。

 それでも毅然とした態度を貫いている。もう一度だけ出走させると、そう宣言している。

 

(強い人だ)

 

 もう前を向いている。あの時、憔悴しきった表情の富士澤さん達はいない。

 現状を受け入れて、前に進む覚悟を決めた顔つき。尊敬の念を抱く。

 そんな人たちからお願いされた選択肢。それが──ハレヒノカイザーの騎乗依頼。

 

「どうして、僕に」

 

 声は震えていないだろうか? そんな些細な心配をするほどに、今の僕は困惑している。

 ディープインパクトと何度も対峙してきた。その度に、恐ろしさを感じていた。

 常に爆発的な進化を続ける最強のライバル。

 相乗効果でディープも進化を遂げることができた、最高のライバル。

 そんな彼に、僕が?

 

「現在ハレヒノカイザーは、復帰に向けてリハビリを続けています。これについては、ご存じですね?」

「えぇ。それはもう、有名ですから」

 

 有名、という言葉に反応するお2人。当然だけど、あまり良い思いはしてなさそうだ。

 すぐに引き締めた表情で、こちらを見据えてくる。

 

「まず真っ先に、あなたが候補に挙がりました。ハレヒノカイザーに騎乗出来て、なおかつ岡邉騎手の後任となると、あなたを一番に挙げます」

「……光栄です」

 

 岡邉さんの後任たる騎手。そう思えてもらえるのは凄く嬉しい。

 あの人は本当に凄い人だ。騎手としても、人間としても尊敬している。

 少しだけ尻込みしてしまうのは確かだ。あの人が惚れ込んだ馬、ハレヒノカイザーに自分が騎乗していいのか? という気持ちは、少しだけある。

 

(だけど、それ以上に)

 

 スズカの幻影と重なる彼に騎乗するのが、少し怖い。

 ディープと最後に挑んだ有馬記念では見えなかったけど、その後はまた見えるようになった。

 こちらをじっと見つめる彼。何かを伝えようとしている姿。

 理由は分からない。僕を咎めたいのか、どうなのかさえも。

 

(ハレヒノカイザーに騎乗したら、きっと)

 

 より強く、スズカの幻影を認識してしまう。スタイルの似た彼に騎乗することで、より身近に感じてしまうかもしれない。

 恐怖。カイザーに騎乗してしまうことに、ちょっとした恐怖を感じている。

 

「どうでしょうか? 岳騎手。今回の騎乗依頼は」

 

 選択を迫られる。すぐにでも返事が欲しいだろうお2人は、僕をジッと見てくる。

 悩む。

 

(答えを知るならば、騎乗一択だ)

 

 後先のリスクなんて考えない。正直な話、あまり興味がない。

 

(けれど、僕は……僕はっ)

 

 答えを知るのが怖い。スズカが僕を非難していると知ったら、立ち直れる気がしない。

 長い時間悩んだ末に、口から出たのは。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 保留。それも、否定寄りの保留だった。

 

 

 あれから2ヶ月ほど。どうやら、カイザーの騎手探しは難航しているらしい。

 当然かもしれない。前までならいざ知らず、今のカイザーは爆弾を抱えた状態。

 さらには、岡邉さんの後任なのも拍車をかけている。

 

「厳しい、よな」

 

 探せばいくらでも出てくる、騎乗を断る理由。ハレヒノカイザーの騎手問題は、簡単に解決できるものじゃない。

 僕は、まだ返事を保留にしている。

 

(ここで僕が手を上げたら)

 

 すぐにでも騎乗出来るだろう。難航しているのだから、とんとん拍子で話が進むはずだ。

 ハレヒノカイザーに騎乗することができる。きっと、彼は素晴らしいレースをしてくれる。そんな予感がする。

 ──だけど、脚が竦む。どうしても、前に出てくれない。スズカの幻影が重なる彼に、一歩を踏み出すことができない。

 

「女々しいな、僕は」

 

 いつからこんなに臆病になったのか。そう思いつつも、ある人との会合のために向かう。

 

 

 通された部屋にいたのは、メイショウの馬主──松下さん。朗らかな笑顔で、僕を迎え入れてくれる。

 

「よく来てくれました、岳騎手。どうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます」

 

 中には石走さんもいた。メイショウサムソンで二冠を達成した騎手。

 ここに来た話は他でもない。

 

「それで、どうでしょうか? 乗り替わりの件は」

 

 メイショウサムソンの乗り替わりだ。

 どこにでもある話だ。少しでも上手いジョッキーに騎乗してもらいたい、勝ちを拾ってもらいたい。乗り替わりは、この業界ではよくある話。

 今回のメイショウサムソンに関してもそうだ。海外のレースに出走するために、海外の経験が豊富な僕に騎乗してもらいたい。それだけだ。

 石走さんも、これには了承している。

 

「カイザーが凱旋門賞を取りましたが、それでもやはり自分の馬で勝ちたいですから」

 

 ハレヒノカイザーが制したとしても、彼にとっては凱旋門賞が一番のレース。だからこそ、そこに自分のお手馬を送り込みたい。そんな思いを聞いた。

 問題はない。勿論、どの馬でも勝ちに行く。その思いは変わらない。

 けれど、頭に浮かぶのは──カイザーの件。

 

「どうしましたか? 岳騎手」

「……」

 

 メイショウサムソンに騎乗したとしても、彼に騎乗することはできる。凱旋門賞から有馬記念は問題なくこなせる。

 しかし、答えを出さないままメイショウサムソンに騎乗してもいいのだろうか? 迷いを持ったまま、別の馬の依頼を受けてもいいのか? そう、考えてしまう。

 

(答えが出ない。踏み出せない)

 

 石走さん達の前だというのに、カイザーのことが頭から離れない。

 目に焼き付いて離れないあの凱旋門賞。見事な走りと、幻影が重なるあのレースは、今もなおこびりついている。

 スズカの幻影は今も僕を見ている。それはきっと、カイザーに騎乗すれば分かること。

 あの答えを得たくないのか? 騎乗すれば手に入る答えを、僕は得たくないのか? 悩む、悩む。

 

「……どうやら、岳騎手には()()()()()()()()

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると、変わらぬ笑みを浮かべている松下さん。

 やってしまった。慌てて頭を下げる。

 

「す、すみません。つい考えこんでしまって」

「いえいえ、構いませんよ。ですが、どうやら岳騎手は悩んでいるようで」

 

 図星。気まずさから顔をそらす僕に、松下さんは少しも怒らないで。

 

「悩むくらいなら前に進みましょう」

 

 優しく言ってくれた。

 悩むくらいなら、前に進む?

 

「それ、は」

「きっと、岳騎手は岐路に立たされているのでしょう。それも、今後を左右するような道に今、立っている」

 

 松下さんは変わらない。優しい表情で僕を諭している。

 

「ならば前に進みましょう。後悔しないために、これからも前に進むために」

「これからも、前に進む」

「えぇ。願わくば、凱旋門賞は岳騎手に騎乗してもらいたいですけどね」

 

 最後にお願いも交えて。僕に道を示してくれた。

 

 

 極論、僕がハレヒノカイザーに騎乗しないのは怖いからだ。

 

(もしスズカに否定されたら、そう考えると)

 

 立ち直れなくなる。そんな怖さから、僕は返事を保留にした。

 でも、それなら最初から断ればいい。乗りません、とただ一言で済む話だ。

 返事を保留にしたのは、未練があるから。彼に騎乗すればきっと、スズカが僕を見る理由がわかると思ったから。

 否定されるかもしれない。けど、否定されないかもしれない。

 良い方向に傾くかもしれない。なら、前に進むべきではないか?

 そんな思いがひとかけらでもあったからこそ、僕は返事を保留したんじゃないんだろうか?

 

(臆病になるな、僕)

 

 道があるなら、前に進むべきだ。そう示されたならば。

 

「……松下さん」

「なんでしょうか?」

 

 僕は、震える脚を叱りつけて。

 

「メイショウサムソンの乗り替わりの件、了承しました。けど」

「けど?」

 

 前に進もう。その先に、残酷な答えが待っていたとしても。

 

 

 

 

 

 

 いやぁ、果報は寝て待てというらしいですが。

 

「カイザー、後任の騎手が決まったぞ! お前に騎乗してくれる」

「こうして会うのは初めまして、かな。僕は岳隆、よろしくね」

 

 寝てたら本当にきたよひゃっほい! これで私はレースに出れるぜ!




後任、決定!
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