はーい、私です。いや~、この前あった新潟2歳ステークスも勝って絶好調ですよ。私のオーナーである春陽さんが凄い表情してたのは記憶に新しいですね。
なんでも、春陽さんは重賞とやらが初勝利だったとか。重賞ってのは、レースの中でも特に格が高いレースのことを指すらしい。本来は勝つだけでも凄いこと。そんなレースを、私は勝ったのだ。
ほほ~ん、つまりこれは、アレですね?
(私は凄い馬ってことだね! いや~、ここで才能開花しちゃったか~)
ま~私の才能は富士澤さんや岡邉さんも認めるぐらいですからね。これくらいはこなせますよ。いやはや、もしかしたら人気者になるかもしれませんね~。今のうちにサインの練習をしておきましょう。あ、蹄じゃサイン書けないや。仕方ないので印鑑形式で何とかするとしますか。
さて、そんな私なのですが。今は次のレースに向けて調教の最中でございます。どでかいレース、朝日杯に出走予定ですよ。朝日杯……朝日ということはお日様。私の名前はハレヒノカイザー。これはつまり……勝ったな?
(冗談はともかくとして頑張りますか)
朝日杯は重賞と呼ばれるレースの中でも最高位のランクらしいです。新潟2歳ステークスがG3で、朝日杯はG1。なのでメンバーも新潟2歳ステークス以上に豪華なメンバーが集まる予定だとか。
しかーし、今の私は無敵ですよ無敵! レースも連勝中で、最高の状態を維持しております! こーれは貰いましたねアハハハッ!
「調子良さそうだな、カイザー」
ほほう、分かりますか岡邉さん。そうです、今の私は最高に調子が良いですよ!
「今日の併走相手は、栗東の方からくる新馬が相手だ。お前と同じ世代だな」
ほほう、新馬が相手と。
「まだ新馬戦を迎えていないそうだが、強さは折り紙付きだ。けど、お前なら問題ないさ」
ふふ~ん、当然ですよ当然! なんてったって、私は重賞馬ですよ重賞馬。世代でトップレベルと言っても過言ではありません。今回もぶっちぎってやりますよ!
準備運動を済ませていると、お相手の方が到着しましたね。ほほーん、私よりもちょっと黒っぽい馬ですね。でも、ロブロイさんよりは黒って感じがしない。どちらかというと、私の色に近いのかな?
栗東から来た相手、ということはここでは見ない馬。気になります。
『今日はよろしくね!』
まずはあいさつですよ。一鳴きしてあいさつ、これ大事。相手の方はっと。
『うん? よろしくー』
ちゃんと返してくれました。つまりこの子は良い子ですね。私が今決めました。
ただ、その子は──独特の雰囲気を放っています。なんていえばいいんでしょう、私のことを品定めというかなんというか。ジーっと見てきますね。何かついてます?
『ねぇ、君はさ』
『はい?』
その子は、ためらいもなく聞いてきた。
『君は速いの?』
「ッ!」
……お、おぉう。何という圧。一瞬気圧されましたよ。いや、ちょっと。ちょっとだけね? ちょっと気圧されただけですから。私はまだ負けてませんし? そんなまさか重賞馬の私がまだデビューもしてない子に負けるわけありませんし?
ふふん、ここは自信をもって答えましょう。なんてったって私、重賞馬ですので。
『速いよ。自信めちゃくちゃあるね!』
その子は……特に何も言わない。ただ、ちょっと黙ったかと思えば。
『うん、
『……うん。よろしくー!』
人懐っこそうに答えた。う~ん凄い子だ。なんてお名前なんでしょうか。気になりますね。
「岳君、その子が」
「えぇ。ディープインパクトです。調教で何度か騎乗していますが、この子の素質は相当のものですよ」
「……そうか。だが、ハレヒノカイザーも負けていないぞ」
騎手さんの名前は岳さんですか。それでこの子がディープインパクト、と。ほうほう。
『ならプイちゃんだね!』
『プイちゃん?』
『あだ名! 呼びやすいから!』
プイちゃんはというと、特に気にした様子は見せない。どうやら気に入ってくれたようだ。
『うん、じゃあプイちゃんでいいよ。それよりも早く走ろうよ!』
『ふふん、そう慌てるものじゃありませんよ。待ちなさいな』
『えー!? 走りたい走りたい走りたい!』
この子も走るの大好き、ってことですか。シンパシーを感じますね! あなたと私は仲間! 親友です!
それからほどなくして併走の時間がやってきます。この子は相当の自信を持っているようですが、相手が私なのが悪かったですね。
(私はすでにデビュー済み、しかも重賞馬。プイちゃんはデビューすらしていない新馬。格の違いってやつを教えてやりますよ!)
悪く思わないでくださいねプイちゃん。これもまた、社会勉強ってやつですよ。私がいっちょ、競走馬の先輩として厳しさを教えてやるとしましょう。
位置について、スタートする。いつもの爽快な感覚が、風が立ちはだかって、風を切り裂いて進む感覚が襲ってくる。
(何度体感しても変わらない。この走る感覚は、本当に最高だ!)
さぁて、プイちゃんには悪いですがこのままぶっちぎってやるとしましょう!
私とプイちゃんの差はどんどん開いていく。後ろを確認しているわけじゃないですけど、走る音が徐々に遠ざかっていってますからね。なんとなく分かりますよ。
『わ、わ!
そうでしょうそうでしょう。私は速いんですよ。憧れてくれてもいいんですよ?
『じゃあ──少し本気を出して走るね!』
はへ? 何を言って──。
「なッ!?」
『ちょっ!?』
岡邉さんの驚いたような声。いや、そりゃそうでしょうよ。現に、私だって驚いていますよ。
一呼吸。そのくらいのわずかな時間しかなかった。なのに、プイちゃんは。
『はぁぁぁっっ!?』
『よーし、このまま走っちゃうぞー!』
あっという間に追いついてきたんですけど!? 気づいたら隣にいるし!
いや、ちょっと待って。何その加速!? こんなあっさり追いつかれるとは思わなかったんですけど!?
ち、ちくしょう! メンツにかけられて負けられないぞこれは! 急いで加速じゃい!
『わ! 追いついてくるんだ!』
『ふ、ふふーん! 私は速いですからね! これくらい当然ですよ!』
『やっぱり凄い! じゃあ、
『はへ?』
え、ちょっと待って。さらに加速するの? なんて思ってる暇もなく……プイちゃんはすさまじい速さで私を置き去りにしようとしていた。
「これが……ディープインパクト!」
岡邉さんもびっくりしてるんだろうな、コレ。気持ちは分からないでもない。デビュー前なのに、こんなに速いなんて思わないもの。いやいや、アレ馬じゃないでしょ。UMAでしょUMA。どう考えても馬じゃないってプイちゃん。
プイちゃんの姿はちょっと先にある。そんなに離されてはいない、推定2馬身ぐらいの差。
だけど、さっきから縮まらない。
(初めての経験だ)
基本私は、同じ世代の子をぶっちぎって走ってきた。私の方が速くて、私より速い馬は歳が上の馬しかいなかった。私は世代の中でも抜けた実力らしいし。
初めての経験だった。自分が後ろを走っているってのは。
(こんなの、こんなの……)
だからだろう。私がこんなにも。
(最ッ高に楽しいじゃん!!)
胸が高鳴っているのは!
ヤバいヤバい。いつもの併走よりも倍楽しい! いや、倍なんてものじゃすまされない。3倍とか4倍とかあぁもう、とにかく信じられなくらい楽しい!
考える必要なんてない! 今はただ、プイちゃんとこの時間を楽しみたい!
「カイザー……ッ!?」
おうおう待てやいプイちゃんや。もっともっと、この時間を楽しんでいきましょうや!
『ッ! 凄い、僕の、ここまでの速さに追いつけるなんて!』
『あ、は。アハハ!』
『ッ! ……そうだね。もっと楽しもうよ! もっともっと、本気を出して走ろう!』
言葉なんていらない。私達の間に、そんなものは必要ない! この楽しい時間を、もっと共有したい!
『あはは』
『あはは』
『『アハハハハハッッ!!』』
楽しい楽しい! 併走が、こんなにも楽しいのは初めて!
「ま、ずいっ!この調子だとディープは!」
向こうの騎手がなんか言ってるけど関係ないや! 今はただ、プイちゃんとの併走を楽しみたい! もっともっと……「止まれカイザーッッ!」ぐえっ!?
急に引っ張られて現実に引き戻される。あ、あれ? 私は今、何をやっていたんだっけ?
(確かプイちゃんと併走していたはずなんだけど)
……そうだ! プイちゃんと走ってたんだ! プイちゃんは、プイちゃんはどうしてるの!?
「落ち着けカイザー! ディープインパクトは、少し先にいる」
あ、本当だ。ちょっと先にいたや。向こうも岳さんに宥められてる。
「ディープ、今日は調整だよ。張り切りすぎ」
調整……調整? あ、そういえばそうだった。プイちゃんと走るのが楽しすぎて忘れてた。
それにしても、すっごく楽しかった!
『プイちゃんプイちゃん! すっごく速いんだね!』
もう興奮が止まらない。今すぐにでも一緒に走り出したいくらいには興奮している。それはあっちも同じみたいで。
『こっちもだよ! カイザー君、すっごく速いんだね!』
『楽しいな~。もっと走ろうよ!』
『うん! 走ろう走ろう!』
よ~し、このまま走ろ「ストップだカイザー!」あ、はい。ダメですかそうですか。しょぼん。
悲しいなぁ。プイちゃんと走るの、これまでにないくらい楽しい経験だったのに。いや、待て。プイちゃんは同世代だ。つまり……この先レースで一緒になる機会はたくさんあるということ!
これは楽しみが増えましたね!
『じゃあプイちゃん。今度また一緒に走ろーね!』
『うん! じゃあねカイザー君!』
併走が終わったらプイちゃんとは別れる。いや~、良い子だなプイちゃん! また一緒に走りたいな~!
「……アレがディープインパクトか。それにしても、初めてだな」
「あぁ。ハレヒノカイザーが初めて口を割らずに走っていた。つまり、本気だったってことだ」
口を割る? なんか時々言われるんですよね。どういうことなのかはよく分からない。頭を上げて走るなとはよく言われてますけど。
でも分かんないんだよな~。頭を上げて走った記憶なんてないし。
ま、いいか。この先の調教も頑張ろ~。
(朝日杯も近いからね。頑張らないと!)
走っていればプイちゃんともまた走れるでしょ! やるぞやるぞやるぞ~!
なお、その後の私。
「右の前脚が軽い炎症を起こしていますね。安静にしておいた方がいいです」
「様子がおかしいことを訴えていたから念のため診断しておいたが、正解だったな」
「これだと朝日杯は出走できんな……」
脚に異常が起きた結果朝日杯の出走は取り消しになりました。いや~、プイちゃんとの併走にやる気を出しすぎちゃったね。
プイちゃんと走るのは凄く楽しい。我を忘れて走っちゃうくらいには。UMAみたいな速さをしてたけど、関係ないね。それにUMAだとしても仲良くしたい。だって気が合うんだもの。最早親友ですよ親友。
「年末は休養。年明けの予定は……また練り直しだな」
「あぁ。全く、厄介な馬と併走したものだ」
富士澤さんも岡邉さんも難しい顔を浮かべている。でも、私の頭にあるのは早く次のレースにならないかな~、といったもの。このまま走り続けて、いろんな子達と走りたいって思っていた。まずは休養かな。無茶をしたらダメだってロブロイさんももういなくなったクリスエスさんも言ってたからね。ちゃんと学習できる私は賢い子。
次のレースどうなるかな~。楽しみだな~。
◇
今日は、凄く楽しい子と併走ができた。
「ハレヒノカイザー……確かに凄い才能だな」
「はい。噂には聞いていましたけど、ディープインパクトに並ぶなんて」
僕と同じくらい速い子。それも、僕と同じような子と会った。走るのが楽しくて仕方がない、ものすごく気が合いそうな子。
「恐るべきは、一度ディープに離されたのにすぐさま並んだんです。
「……あぁ」
カイザー君。また一緒に走りたいな。すぐに走れるかな? きっと走れるよね?
「まずは新馬戦。あまり派手に勝たないでくれよ?」
「善処します」
楽しみだな。カイザー君とまた走れるの、楽しみだな。もう一度走る時のために、張り切って走ろう。
◇
12月の中旬。衝撃のデビューを果たした競走馬がいた。後方一気で他馬をぶっちぎり、2着を7馬身差でねじ伏せた馬。
「派手に勝つつもりはなかったんですけど、やってしまいました」
騎手である岳隆は調教師にそう語った。文句なしの上がり最速を記録し、天才騎手がこの馬の名前をぜひ覚えておいてほしいというほどの逸材。
競馬ファンもその強さを目に焼き付けた。圧倒的な勝ち方、間違いなくクラシックの主役になる。そう口にするファンも中にはいた。
その馬の名は──ディープインパクト。
ついに邂逅を果たした。なお2人は仲良し。