どもども、私です。脚の状態がよろしくないということで放牧に出されています。ま、短い期間ですけどね。
レースが終わった後なんかは結構放牧に出されているので、目新しさはないかな。
「いいか、ハレヒノカイザー。絶対に、絶対に! 脱走するんじゃないぞ!」
脱走しようにも安静にしとかなきゃいけませんからやりませんよ。ケガが悪化でもしたらみんな悲しんじゃいますし。悲しいのは良くない、本当に良くないですから。
ちなみに、念押ししている人間さんの言葉から分かる通り、放牧の度に脱走しているのが私です。理由? 別にありませんよ。寝床が窮屈とかでもないですし、なんなら居心地がいいから好きですし。
ならなんで脱走するかって言われたら……衝動? 癖になってるんですよ、脱走するの。自由っていいよね。
「ま、さすがにケガしてるって分かってるから脱走はしないだろ。心配しすぎだ」
「いーや、これくらいは言い聞かせないと! 俺らが何回手を焼かされたか……!」
「普段は賢いのになぁ。な~んでこの脱走癖だけは治らんのやら」
そこに脱走があるからですよ。自分で言っててわけわからないですねコレ。
ま、安心してください人間さん。今“は”こんな状態だから脱走はしませんよ。悪化したらその分レースには出走できなくなりますし。復帰も遠ざかります。それはごめんですからね。
(幸いにも2週間とかで帰るみたいですし、1月の終わりとか2月ぐらいには美浦でしょう)
なのでしっかりと治しますよ~。よく食べてよく寝て、治療してもらって万全に体調を整えます。来るべきレースに向けて!
放牧地でも極力走り回らないように省エネスタイルで。でも、たまには動かさないといけません。身体が鈍っちゃいますから。
(軽く走り回る感じで……うんうん、それでも楽しいな)
人間さんからもストップがかからないのでこれがちょうどいいのだろう。よっしゃ、走り回りましょう。
草原を走り回って運動運動。どや? これなら文句ないでしょう?
「……よし、ちゃんと放牧地にいるな。えらいぞカイザー。その調子で、脱走なんてするんじゃないぞ」
いくらなんでも警戒しすぎでしょ。
と、いうわけで。2週間はあっという間に過ぎていった。馬運車に乗せられて、帰ってきましたよ美浦トレセン! ほんの2週間なのに、随分と懐かしく感じますね~。
戻ってきた私を出迎えてくれたのは富士澤さんと壬生さん。私を担当してくれる人たちだ。
「お帰りカイザー。状態を見て、明日からまた調教だぞ」
はいはーい。なんなら今日からでも行けますよ富士澤さん。やる気満々ですぜ私は。
「ブルルッ(行けますよー、今からでも行けますよー)」
「走りたいのは分かるが、我慢だ。お前はケガ明けなんだからな? 分かってくれるな?」
う~ん、こればっかりは仕方ない。富士澤さんが正論だ。大人しく馬房に戻るとしましょう。
壬生さんに手綱を引かれて馬房へ。久しぶりの我が家だ我が家! 我が家というには語弊がありますけど!
ついでにお久なメンバーにも会いましたよ。ロブロイさんとか。
『久しぶりだな~ここも。ゆーて2週間しか経ってないけど』
『お、帰ってきたんだなカイザー。今日からまたよろしく』
『あ、ロブロイさん! またよろしくお願いしまーす!』
『やっぱお前がいると空気が違うわ。明るくなるな』
あ、本当に? そいつは嬉しいですね。楽しいのが一番、笑顔が一番ですよやっぱ。
次の日からは調教も再開。ケガ明け一発目の調教、選ばれたのは──プールトレーニングでした。
「よーし、頑張って進めよカイザー」
お馬さんでもプールでトレーニングとかあるんですね。美浦トレセンで最初にプールトレーニングをやった時はびっくりしましたよ。しかも割と種類があるという。円形のプールで、なんかこう上手い感じに泳いでいきますよ。
「いいぞいいぞ! その調子だカイザー!」
別に複雑な動きはしません。犬かきみたいに泳いで進む。一見トレーニングになるの? と思わずにはいられませんが、これがま~効果的なわけですよ。どう効果的なのかは全く分かりませんけどね!
(プールで泳ぐの楽し~!)
「楽しそうに泳ぐなカイザー。この調子で、どんどん泳いでいくぞ!」
(はーい!)
水で浮く独特な感覚、割と癖になりません? 学校の授業でプールがあると、テンションが上がるのと同じですよ。楽しいんですよね、プールはプールで。走るのとはまた違う快感があります。
四本の脚を使ってえっちらおっちら。あ~、楽しいな~。
「プール調教も苦手に思わずやりますね。最初の調教でも、怖がることなく入水しましたし」
「あぁ。こっちも苦労しないで調教できるし、なにより進んでやってくれるからどんどん強くなる。テキとしては、ハレヒノカイザーを育てるのは楽しいよ」
ほほう、嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか富士澤さん。もっと褒めてください。誉め言葉プリーズ!
あ、テキっていうのは調教師さんのことらしい。調教師さんを縮めてテキと呼ぶのだとか。なので壬生さんとかも仕事中とかはよくテキと呼んでいる。それにしてもテキですか。どういう意味かは理解できませんが、略称みたいでグッド。
「後は、岡邉さんですよね。一時は引退なんて話も出てましたけど」
なぬ!? 岡邉さん引退するんですか! そうなると……私には誰が乗るので!?
(普通に考えて別の騎手なんだろうけど……寂しいなぁ)
新馬戦からずっと騎乗してくれましたし、なにより出会ってもうすぐ1年ですよ? 記念すべき日が来るのに、まさか引退だなんて。
ですが、出会いもあれば別れもある。これもまた、岡邉さんの新しい門出を祝う日になるんです。今度会った時はいっぱい顔を舐めてお祝いしなければいけませんね。新しい騎手の人とも、仲良くなるためにいろいろと頑張らないと。あ、騎手はジョッキーとも呼ぶらしいです。なんかカッコいいですね。
「岡邉も身体のことがあるからな。だが……まさかハレヒノカイザーに騎乗するからまだ引退しない、だなんてな」
ゑ? マジで? 岡邉さん引退しないの? やったー!
「やっぱ記録がかかってますものね。3000勝とか、桜花賞を勝てば八大競走完全制覇ですし」
「壬生、今更記録に拘るような騎手じゃないぞアイツは。アイツは本当に、ハレヒノカイザーがいるからこそ騎手を続けるんだ」
やった、やった。岡邉さんが私に騎乗し続けてくれるぞ。嬉しいな嬉しいな! 新しい出会いも悪くないけど、やっぱり岡邉さんしか勝たん!
「理想の自分との乖離が問題だったらしいが、それも順調に治りつつある。このままハレヒノカイザーの鞍は継続だ」
ふふん、これは調教にも熱が入りますよ! 頑張って強くなって、岡邉さんをびっくりさせちゃいましょう!
「ハレヒノカイザーに騎乗していたい、今後もずっと乗せてください……岡邉にここまで言わせるなんてな。それだけなんだよ、ハレヒノカイザーの素質は」
「お前は幸せ者だなぁ。関東のトップジョッキーで、大ベテランの岡邉さんにここまで言わせるのは」
いや本当に。私がいるから現役続行します、なんて言われて嬉しくならないわけがありませんよ。う~んヤバい、もっともっと頑張りたくなるぞ!
「お、ペースが上がったなカイザー。やる気スイッチが入ったか!」
「頑張れ~カイザー! この調子でもう1周!」
うおおお! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる! 今の私は太陽神を宿しているから絶対にできる!
(ケガ明けとは思えないほどに成長して、岡邉さんをびっくりさせてやりますよ~!)
この後めちゃくちゃプールトレーニングした。富士澤さんたちがびっくりするくらいには順調に。
「ケガする前より本数は減らしているが、それでもほぼそん色ないな」
「ただ、ちょっとバテ気味ですね。このまま体を洗って、餌を食べさせて馬房ですね」
「そうだな。細心の注意を払って移動しろ」
あ、調教終わりか。じゃあ戻りましょうそうしましょう。急いで戻ってシャワーとご飯だー!
丈夫な体は普段の食事からと言いますからね。モリモリ食べるぞ~!
「……って、ちょっと待ってカイザー! 走って戻ろうとするんじゃない! 壬生はって、壬生! 手綱はどうした!?」
「待ってくれカイザー! そのまま行こうとしないでくれぇぇぇ!」
あ、やっべ。壬生さんが手綱持ってないのに走っていこうとしちゃった。急いで立ち止まって壬生さん達が来るのを待つ。
危ない危ない、怒られちゃうところだったよ。ちょっとテンションが上がりすぎたね。
「すぐに止まってくれたな……やはり賢いなカイザーは。だが壬生、手綱を離していたのはどういうことだ?」
「す、すみません。カイザーは素直に言うことを聞いてくれるから、ちょっと油断してて」
「気持ちは分からないでもないが、その油断で大変なことになったらどうするんだ? 今後はこういうことがないように気を引き締めて」
あ、壬生さんが怒られてシュンとしている。う~ん、これはやっぱり私のせいだ。
ごめんね壬生さん。私のせいで怒られちまったね。ごめんなさいのペロペロだ。
「わっぷ。な、慰めてくれるのか? カイザー。いいんだよ、手綱を離してた俺が悪いんだから」
「ブルル(元気出して)?」
「ははっ、大丈夫だよ。慰めてくれてありがとうな」
壬生さんはすぐさま立ち直って元気になった。うんうん、これが一番ですね。元気が一番、笑顔が一番。
立ち直ったところで馬房へと戻ります。
『あ、カイザーが戻ってきてる』
『おはよーうみんなー! またよろしくねー!』
『よろしくー』
『やっぱりカイザーがいないとなー』
帰る際にはたくさんのお馬さんとすれ違う。中には見たことがないお馬さんもいるけれど関係ない。コミュニケーション大事。
プールトレーニングが中心の調教でも、美浦のコースで走る日だってもちろんある。今日はその日で、なんとなんと!
「よ~しよし、久しぶりだなカイザー」
岡邉さんを乗せて走る日ですよ! いいよね岡邉さん、いっぱい褒めてくれるから好き。
あ、そうだ。最近覚えた一発芸でも披露しますか。これはびっくりすること間違いなしですよ。ただ、誰かが乗ったままやると危ないので気を付けながらやらないとですね。
「うん? どうしたんだカイザー。何をやろうとして……」
岡邉さん達がいる前で私がやるのは──仁王立ちですよ仁王立ち。いつもは四本脚で立つ私ですけど、後ろの二本脚で器用に立てるようになったんですよ!
そのままひょこひょこと歩く。これが結構難しいんですよね。例えるなら逆立ちみたいな? 人間の一本足でバランスを取るみたいなことが近いかもしれません。だけど何とかモノにすることができましたよぐふふ。私の宴会芸はこれで決まりましたね。
案の定岡邉さん達もびっくりしてますよ。サプライズ大成功!
「……ハッ!? カイザー、今すぐ止めなさい!」
あ、はい、すいません。慌てて止めに入ってきた富士澤さん。この慌てよう、良くないことだったのかな? だとしたらこの宴会芸は封印するしかありませんね。
「まさか立ち上がるとは……」
「いつの間に覚えたんだそんなこと」
「カイザー。それは脚への負担が凄いから止めような? ただでさえお前は足に不安があるんだから」
やっぱり悪いことだったみたいだ。なら迷うことなく封印ですね。さようなら私の宴会芸、たったの一回で出番は終わってしまいました。
「二本足で立つなんてねぇ。しかも10メートルぐらい歩いてたし」
「シンザンみたいなことするな」
「だとしても、今後はやらせない方がいいだろう。ケガをする可能性だって0じゃないんだからな」
私のサプライズは驚かせるには十分でしたが、不安がらせたのはダメですね。富士澤さんの顔を舐めてごめんなさいします。
「っとと、こっちも声を荒らげてごめんなカイザー」
いえいえ、私を心配しているのは分かりますからね。反省しなければ。
気を取り直して調教の時間。岡邉さんを乗せて走り回るけど、いや~気持ちいいー! ようやく思いっきり走れますよー!
「……タイムも悪くないな。復帰明けを考えたら十分だ」
「でも、相変わらず口を割って走りますね。ディープインパクトの時は割らなかったのに」
「本気を出して走っているわけじゃないんだろう。ま、本番で出してくれればいいさ」
きゃっほう! 楽しいぜい! 復帰明けでも変わらないハレヒノカイザーをよろしくお願いします!
癖になってんだ、脱走するの。