孤高の鬼、羽島伝記   作:狐ノ陽炎

6 / 6
世間知らず その2

大天狗に案内される事数十歩、いつ振りかに見る天狗の里を怪しまれない程度に見回す。人間の建築物にはとても勝てそうにないくらいには質が悪い。前回ここに来たのがいつだったか忘れたけれど、100年は経っているはず。そこから考えてもあまり進歩しているとは思えない。

 

まあ私も羽島ちゃんもそこに期待しているわけではないけれど、私が単に気になっただけ。"私"が彼ら彼女らに核心を突いている部分だから気になった事。

 

まあ…今は敢えて気にしない事にしましょうか。

 

「…着いたぞ。ここだ」

 

と思ったら嫌でも気にせざるを得ない事に気付いた。大天狗が"ここ"と指した建物だけ、実に人間らしい。相手が誰だか分かっているからこそ、私が私の思考を巡らせる。

 

あぁ…私…。

しっかりとニヤケ顔を抑えているでしょうか?

 

ふふふ…

 

考えるまでもないわね。隣に居る大天狗の思考を読むのを、表情を変えるのを忘れるほど気にしていたんだから。私が。

 

「久しぶりね…」

 

 

・殺気

殺気とは、人を殺そうとする気配。

激しい憎悪・敵意に満ちた、不穏な空気・気配。

 

との事である。

 

今ミスティア・ローレライは、とてつもない殺気を放った。

当然彼女の隣に居た大天狗はすぐさまそれに気付き、表情を大幅に変えた。何故なら大天狗からしてみれば、その殺気は今まで感じた事は無い。他種族はおろか、天狗内からでさえ…ここまで強大で、危険を感じたものは初めてであった。本来であれば天魔の居る建物の中まで数メートルの距離があるとはいえ、今すぐにでもこの凶悪であろう存在を排除しようと動いたはずである。

しかし大天狗にはそれが出来なかった。

理由は絶対的な信頼を置ける天魔、この人物を当然のように信頼していたからか。それともミスティア・ローレライの殺気に怖気づき、動く事が出来なかったからか。はたまた、その両方か…。

 

だがそれでもミスティア・ローレライは気づかない。無論、大天狗の気配や表情など、視界に入っていないからである。

 

 

和風な玄関ね。引き戸をガラガラ言わせながら開けると、真っすぐな廊下が見える。何故かしら、どこかで見たようなレイアウトね。靴を揃えて置き、棚に綺麗に仕舞ってある上履きを取って履く。

 

出迎えは無かったけど、一切電気の付かない玄関と廊下に一つだけ明かりが見えた。その明かりへ向かうと、見知った人物が一人…。

 

「来たか」

 

鴉山日和。天狗達の長、天魔であり私や羽島ちゃんの幼馴染。

…で、何故か鴉山日和の傍には鴉天狗と白狼天狗が一人ずつ。鴉天狗は普通だけれど、白狼天狗はさっき私に大きな声で唾をつけてきたあのバカに遠く及ばない弱弱しい気配。良く言えばこれからの天狗社会を担う素材の一人って所かしらね。

 

「あらあら、私はてっきり二人きりだと思っていたわ」

 

天魔の表情を変える事なんて出来ない。だから私も変えるつもりはない。

 

「何、急な来訪だったものでね。我に用事があった二人を無理に帰すのも悪いと思ったからだ」

 

鴉山日和は、見た目だけで考えれば普通の鴉天狗に変わりは無い。

 

「それで、我に何の用だ?」

 

だけど過去を知っている私は、今の方が幾分変わった方だと思っている。

 

「一部からは神と崇められる天魔様…。私の用事が分からないかしら?」

 

元々彼女は内気で臆病な性格だった。けれど羽島ちゃんやあの子…の助けや上下厳しい天狗社会のおかげか、それともそのせいか。

 

「大体の予想はついている…。だが、相手はミスティア殿だ。その用事の範囲も広かろう?」

 

硬く、丈夫で、それでいて太い、仮面を彼女はつけている。

 

「ピンポイントでこの用事だ…という事までは分からぬ」

 

それが"天魔"というもの。

 

だけれど、この仮面に隙なんてものは存在しない。通常仮面とは普段意識してつけるものでは無く、ある特定の環境下から生まれてくるものであると私は考える。

少なくともあの子がそうだったように…。

 

でも鴉山日和の仮面は、鴉山日和自身をもって自由に取り外しができる。はじめ私が【天魔の表情を変える事なんて出来ない】と暗示したのはこれが理由…。

 

「そう…。だったら一から全て言う必要は無いのね。助かるわ」

 

それはそうと、気になるのは天魔の横に居る二人。

 

「最近羽島ちゃんに迷惑かけすぎなんじゃない?」

 

随分と私の事を警戒しているのか、私から目を離そうとしない。

 

「何度も何度も出向いて、貴方自身で行くのはまあいいとして…ねぇ?」

「それほど急ぐ必要があるからだ」

 

敢えて私は見ないようにしてるけど、多分目を合わせた途端、目に見えて分かるくらい面白く変わるんだろうなと思うと感情を抑えられなくなる。

 

「だが…中々理解しては貰えないな…」

 

そりゃそうよ!

 

って言いかけたけど危ない危ない。私が自分から私を変える事は無い。天魔にその気は無いだろうけど。

 

「当り前じゃない。これは()()()の問題なのよ?」

 

いや、その気は無いは言い過ぎかしら。

 

「ふふっ。我は十分理解しているつもりなのだがな…」

 

視線・表情・気配

この三つで揺さ振りをかけている…。ようにも見える時は少なからずある。

 

「そもそもどうしてそんな急ぐ必要があるのかしら」

 

今私の"眼"は、およそ親友を見ている"眼"では無い。

 

「………」

 

ここに来て初めての沈黙。これまでも私に対する揺さ振りに感じる。

 

「全て…羽島殿の為だ」

 

…?

こいつ(天魔)は何を言っているの?羽島ちゃんの為?私ほどではないけれど、貴方も分かっているはずよ?

 

「今頂点の座を変わるだけなら、必要以上に羽島殿の名誉を守る事が出来る」

 

貴方は鴉山日和としてでは無く、天魔としての意見を優先するというの?

 

「理由が何であれ、羽島殿が現状を引き延ばしにしているのは事実だ」

 

まったく貴方も落ちたものね…。私は貴方の事…少し勘違いしていたのかしら?

 

「下につく鬼達はともかく、それ以外の妖怪はいちいち理由など知らぬ」

 

 

待って…。

 

私は今…どこに居る…?

 

 

「言っている意味が分かるか?現状維持がこのまま続けば…」

 

「羽島ちゃんの印象は良くない、そう言いたいのかしら…?」

 

 

今私は…どんな顔をしている…?

 

 

「そうだ」

 

 

いつの間にか私は…変えられた…?

 

 

「我も羽島殿には恩義がある…。何もせず黙って羽島殿を待つだけという真似はしたくないのだ」

 

 

いいえ…まだ私は変えられてない。ここから私が私を見失わなければいい。

 

「そんな事羽島ちゃんだって分かってるわよ。分かった上で頂点が変わるのが早いって言ってるの」

 

私は自分を忘れたの?いいえ、そんな訳ないわ…。

 

「ならば…どうしろというのだ…」

 

えらく迫真ね、嘘くさいけど嘘が全く見えない。本当に嘘偽りない心の底から出た言葉が、"それ"なのね。

 

「………」

 

私は特に意味もなく横に居た白狼天狗を見た。

 

「ッ!!?」

 

私の"眼"に気付いた彼女は驚き、そして恐怖を覚えただろうか?声にならない声で小さく身体がびくっと反応したのが目に見えた。

 

「あらあら…」

 

思わず私は自分で私の表情を変えた。とてもその反応が面白かったから。私に視られていないはずの鴉天狗も、小さく震えているのが視界に入った。

 

「ふふふ、我が部下を虐めるのはやめてくれるか?」

 

天魔は白狼天狗の頭を優しく撫で、こう答えた。

 

「まだ外を知らぬ狼と鴉だ。手加減くらいしておくれ」

 

天魔は自分で私を変えたと思ったかしら。貴方があまりにその気だったから、つい乗っかっちゃったじゃない。

 

「とにかく、これ以上羽島ちゃんに迷惑をかけるのはやめた方がいいわ」

 

少し天魔は、若い衆に対して甘すぎると思うの。

 

「ふむ…。また別のアプローチを考えよう…」

 

いいえ、それだけじゃない。色々な意味で『甘い』のよ。下っ端の狼達から大天狗まで、自由にさせ過ぎなのよ。天狗の里という、一定範囲内とは言え、自由度は遥かに高い。

 

「それじゃ、私は帰るわね」

 

まあ、そもそも天魔が僅か数日で何回も里から出る時点で、下の自由度を今更問うた所で、遅いかしら。

 

「羽島殿も我も、これから忙しくなる。今年はここまでだ」

「忙しくなる?」

 

だけれど、少なくとも私から見て、天魔は常に沈着冷静。

 

「人里に出入りしているミスティア殿なら分かるであろう?秋には何が控えている?」

 

普通に考えて週に何回も誰かを尋ねるような真似をするような人物じゃない。

 

豊穣祭(ほうじょうさい)収穫祭(しゅうかくまつり)、かしら?」

「その他小さなものを含めたら十を超える…」

 

天魔らしくない、小さな溜息をついてそう言う。

 

「なんで?羽島ちゃんが参加してるのは知ってるけど、貴方も参加するの?」

「数年前、羽島殿に誘われてね。以後毎年参加している」

 

これは外堀を埋める為なのか、それとも羽島ちゃんに狂わされているのか。

 

「そう…」

 

これ以上長居しても意味は無い。視線をもと来た廊下へ移そうとした。

 

「待って」

 

天魔から、私を呼び止める声が聞こえた。

 

「まだ何か?」

 

呼び止める気配は、少し違うものを感じた。

 

朱里(あかり)ちゃんに、伝えて」

 

鴉山日和。

 

「時間があれば、どこかで飲もうって…」

 

そう、これこそが彼女そのものの気配。これが鴉山日和本来の気配であり、性格(すがた)なのである。

 

「……。ええ、わかったわ」

 

暫くぶりに見たけれど、相変わらず可愛いわね。

 

「しっかり伝えておくわね」

 

やっぱり日和ちゃん、私と一緒なのね…。いや、決めつけるのは早計かしら?こういうのは身近な人物に聞いてみるのが一番早いわね。

 

外に出ると、入る前と全く同じ位置に先程の大天狗が立っていた。中が気になっていただろうか、それとも天魔からそういう指示が出ていたのだろうか。

 

「ねえ貴方」

「どうした」

 

私としてはその辺の事は別にどうでもいい。私が聞きたいのは別の事。

 

「天魔が羽島ちゃんの所に行く事、事前に知ってたの?」

「……」

 

すぐに思いつかなかったのか、少し下を向いて考え始めた。

あらら、こんな形でこの大天狗を変えてしまったわ…。今回だけは無かった事にしとくわね。

 

まあ何より、私も今、日和ちゃんに変えられているでしょうけど。

 

「いや…全て事後報告だ」

 

やっぱりね…。

私と一緒で、変える変えないで片づけられてしまうものではない。天魔は羽島ちゃんに()()()()()のね。

 

「じゃあ、帰るわね」

「道案内は必要か?」

「要らないわ。ここを真っ直ぐ行けばいいんでしょう?」

 

聞きたい事、分かった事、言いたい事、全て上手くいったわ。少し変えられそうになったけれど、予想の範囲内ね。

さて、これから羽島ちゃんが向かう所は…。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。