両親の許可を得て八百万百が寝ている寝室に入ったクリスは顔色が非常に悪く魘されている八百万百を見て察する。
呪い袋*1が部屋の何処かにあるな……と。
八百万百の寝室そのものがかなり広く呪い袋を隠すには絶好の場所となる。
呪い袋はその名の通り袋であり大きさは手に収まるサイズである為、隠しやすい。
だがクリスも超一流のハンターと呼ばれる手練である。
黒魔術を覚えたての素人が隠す様な場所など1発で分かる。
部屋を見回して顎に手を当てて考え込むクリス。
2〜3秒してからペンライトを咥えて八百万百が寝ているベッドの下に潜り込んでベッドの脚の隙間を確認すると……呪い袋を見つけた。
紐で括りつけられたベッドの脚と同色の袋で作成された呪い袋、角度的に余程注視しないと見えない上に念には念を入れているのか隠蔽の
紐を外してポケットに仕舞うとクリストと唱えて寝室内に聖域を作る。
澄んだような空気が部屋を包み込み呪われた寝室が清浄な物へと清められる。
八百万百の顔色も段々と良くなってきており呪いが浄化されているのが確認できた。
「キャス……」
トレンチコートを着込んだ天使の名を呟くとクリスの背後から聴き慣れた声がした。
「クリスティーナ……その子は?」
「呪い袋で呪われていた被害者だ……なぁキャス、この子はこのままだと死ぬ……助けられるか?」
呪い袋を一時的に無効化した事により呪いの進行は喰い止めたものの1週間という時間は呪いを解呪するにはあまりにも遅すぎた、クリスにも呪いに関する知識はあるが呪い返しや解呪には儀式の素材が足りない。
それを聞き……カスティエルはベッドに寝ている八百万百に近寄りジッと見つめ呟く。
「……可能だ」
キャスが八百万百に近寄り額に触れると見る見るうちに八百万百の顔に生気が戻り眼を開けた。
それを確認してから廊下で待っている八百万の両親を呼び状態を確認してもらう。
娘の状態を確認した両親、特に奥さんは娘が元気になった様子を見て感涙している。
そして数分の後、知らぬ間にいたトレンチコートの男性に気付き少々困惑しながらクリスに問いかけて来た。
「えっ……とクリスさん、そちらの男性はどちら様に?」
世界的名医ですら匙を投げた状態の娘を助けてくれたからか感謝半分、困惑半分の眼差しで見てくる。
それを感じ取りクリスはキャスを見ながら説明を行う。
「こちらのトレンチコートの男性はカスティエルと言います……私の古い友人であり、娘さんの治癒に協力していただきました……娘さんはもう大丈夫です……呪い袋は回収して効力を無効化して私が持っています、2〜3分もすれば体調も良くなりいつも通りの娘さんに戻ります……娘さんが元に戻って良かったです」
それは紛れも無く本心からの言葉、ハンターは超常現象から他者の命を救う事で自分達の存在理由を認識している。
時折ハンター達は思うのだ、こんな事をしていて何になると……所詮は自身の怨みを他の魔物や悪霊相手に晴らしてるだけだ。
本心から、なんの憎しみも無く悪霊や悪魔、ヴァンパイアから人を救うなんて高尚な理由で狩りを続けていけている者はほんの一握りであり殆どのハンター達は『人を救う』なんて建前に過ぎず自身の復讐の代替行為に等しいと心の何処かで理解している。
人を救えているのはあくまでも結果的に救えているだけであり……大切な家族や友人を失ったという晴らせない憎しみの果てに、狩りを続ける隠れ蓑にしかしていない……その『殆どの』という括りの中にはクリス自身も含まれている。
しかし、折れそうな心を奮い立たせてくれるのはその時助けた人達から贈られる感謝とその人達が平穏無事に生きているという事実。
八百万百が元に戻ったのを確認してから両親に向かいポケットから名刺を取り出してクリスは語る。
「こちらに書かれているのは私のスマホの電話番号になります……この様な不可思議な、一般的な常識では説明出来ない何かが再度あればこの番号にいつでもお気軽にご連絡を……では娘さんもお元気になられた様なので私達はこれで失礼いたします」
一礼をしてそう語るクリス。
そう告げて仕事は終わった故に屋敷を後にしようとした所……奥様から晩餐への招待をされるカスティエルとクリス。
「娘を助けていただいたのに何の御礼も出来ないなんて、そんな悲しい事はございませんわ……金銭的なお礼はひとまず明日にして、お二人とも今晩の食事を一緒にどうでしょうか? 娘もきっと喜びます……命の恩人ですもの」
ワクワクとした表情でそう語ってくる奥様、娘の八百万百も元気であればこの様にプリティな雰囲気を振りまいたのだろうなと思い、救えた事に安堵するクリス。
そして、食事にと、そう告げられるもカスティエルは天使故に一般的な人間のソレとはかけ離れている。
食事や睡眠、排泄といったモノは必要としない。
……先程もうすっかり元気になった八百万百が部屋から出てきて御礼を言われた。
クリス自身も食への探究心は並々ならぬ物がある。
しかし、ここ最近呪いにより体調を崩していた娘にとっては久しぶりの家族の団欒となるだろう、それを邪魔するには忍びない。
「いえ……せっかく娘さんが治って、久しぶりに家族で食卓を囲むというのに私やカスティエルといった他人がいては楽しめる筈の食事も楽しめないでしょう……我々はまた後日伺いますので……どうか今日の所は娘さんと家族水入らずで一緒に過ごしてあげて下さい」
そう告げてクリスとキャスは八百万家を後にした、また明朝来てくださいと言われたのでまた後日来るのだが。
空輸されて八百万家に保管されていた愛車へと跨り八百万家から出て自身の居住する予定の家へとバイクを走らせるクリス。
キャスはと言えばまたボビーの手伝いをするという事でアメリカへと戻っていった、尤も……キャスも明日の19時にはまた八百万家に伺うのだが。
そうして、クリスは自身が住む事になる家へとバイクを走らせる。
到着すると辺りを見回して確認し地図と照らし合わせる、雄英高校から徒歩10分。
徒歩5分圏内には生活に必要なスーパーや家電量販店、コンビニやショッピングモールが連なっており一軒家自体の間取りもかなり広い。
5LDKであり書斎や地下室、天井裏も充実している、過去にボビーが訪日した際に念の為にと購入したセーフハウスらしく家具はそのままボビーの好みの物が置かれていた。
既に不動産関連の手続きを済ませている為に有難く使わせてもらう。
暖炉があり……電気や水道も生きておりすぐさま使える。バイクを停めるスペースも完備しており地下室にはパニックルームが。
そうして一度荷物をバイクから下ろして日用品などを棚に仕舞うとベッドの近くに設置してあるコンセントにタブレットとスマホの充電器を挿して充電を行いタブレットに保存してある数万冊の古文書や伝承本の中から目的の物を見つけて再度読み返す。
目的の物を読み解くと儀式の準備をしてクリスは無効化した状態の呪い袋を取り出して呪いの根源となる対象の位置を特定する。
何はともあれ……クリスにはまだもう1つ、残った仕事がある。
それを行うには夜まで待つ必要がある為に一度シャワーを浴びて簡単な食事を摂ると一度ゆっくりとソファに座って休み、古文書の復習をしながら夜を待つクリスであった。
20時過ぎ。
とある一軒家のリビング。
テーブルのど真ん中に置いてあるボウルの中には黒兎の脚の骨やノコギリ草、シモツケ草、墓場の土、処女を殺した男の骨、兎の歯、鴉の羽根、死人の血が混ぜられており、そして悍ましい中身のボウルを祀る様に描かれている不気味な紋様の祭壇。
そして極め付けは呪いの対象を確定させる個人的な持ち物……八百万百の着用していた下着。
「くっ……何で失敗したのよ‼︎ まぁいいわ‼︎ まだまだあの小娘を呪う材料はまだまだあるんだから‼︎ 今度こそ‼︎」
そう叫ぶのは八百万百を呪っている1人の女性。
その女性は八百万家を解雇された元メイド、金銭の横領がバレ9日前に解雇された。
その後……何とか頼み込んで解雇を帳消しにしてもらえないかを懇願した。
だってそうだろう? 世界でも5本の指に入る程に巨万の富を誇る八百万家だ。
たったの1億5000万ぽっちを使い込んだだけでクビにするなんて……許されない。
民事告訴及び刑事告訴をすると通告され……絶望していた時にあの噂と出会った。
十字路で呪文を読んで悪魔を呼び出せば自身の魂と引き換えに願いを叶えてくれると。
10年後に死ぬ事になるらしいが知った事か。
遠い未来の自分よりも明日の自分が死にそうなのだ。
喜んで魂を差し出した。
元々から無神論者であったし魂なんてあやふやな存在、あるかどうかも不確かな物に毛程の興味も無かった。
今日生きる為ならば魂なんぞ……喜んでくれてやる。
そう考えて魂を売り払った代償がいま手に持つ黒魔術の本である。
素晴らしい、この本があれば何でも出来る。
金、男、上等な食事、何でも手に入る。
だが……ひとまずは私をクビにしたあの家の娘を呪い殺さなければ気が済まない。
ジワジワとゆっくり呪い、嬲り殺しにして途方に暮れるのを想像しながら食べる食事は最高だったが……。
「呪い殺してやるわ、アンタの大事な娘をね」
本を手に取り八百万百の下着をナイフで切り刻みながら呪文を唱える。
「Dilacerare, dilacerare, dilacerare…… Submergi, submergi, submergi」
黒魔術の本を捲りながら唱えているとインターホンの音が聞こえ舌打ちして呪文を中断しインターホンモニターを確認する。
其処に映されたのは外国人の女性。
その女性はその手に持った財布を見せながら拙い日本語で語ってきた。
「此方に財布が落ちてました……貴女のじゃないですか?」
その女性が見せてきた財布は外から見て分かる位にパンパンに中身が入っている財布であった為に女は笑いを堪えながら思案する。
(パッと見た感じ40〜50万位入ってそうな……端金だけど受け取っておくとするか)
そう思案して、黒魔術を覚えた今となっては40〜50万なんぞ端金だが貰える物は貰っておこう。
そう考えドアを開け外面良く意識した笑顔を向けて語りかける。
「どうもありがとうお嬢さん……失くして困ってたのよ」
そう告げてドアを開けて財布を受け取ろうとした刹那……何かを吹きかけられて意識を失った。
クリスは呪いの大元を特定しその家へと到着すると札束を詰めた適当な財布を見せながらインターホンを押す。
そして適当な虚言を語りながら片手で財布を、もう片方の手で粉末のカモミールを握り締めてドアが開いた瞬間にカモミールを吹きかけながら呪文を呟く。
「Obdormiscere」
カモミールなどの一部の毒草、薬草、香辛料は魔法の原材料となる。
今回はカモミールを使って眠らせる魔法を使用したという訳。
昏倒した黒魔術覚えたての仮魔女の身体を支えると誰にも見られない内に引き摺りこみながらクリスは家へと侵入する。
丸3日は目醒めない故……取り敢えずリビングに運び放置すると呪いの根源を見て理解する。
やはり十字路で契約した10日程度の仮魔女……。
この手の黒魔術の初心者はスターターセットを燃やせば力を失う。
クリスはスターターセットを回収すると最後に仕上げを行う。
記憶を一定の期間に渡り消去する魔法を。
黒魔術の契約をした期間から現在に渡り記憶を消して完全に呪いの事を忘却させる。
「さて……取り敢えずこれで2度と呪えなくなった訳で……10年後に死ぬのは変わらないけど自業自得だな」
クリスはハンターであるが自分から魂を悪魔に売り払い私利私欲の為に黒魔術を使用する奴は救うに値しないと考えている。
ナイアガラの滝へ身体中に重りを付けて自分から飛び込む馬鹿を救うのは流石のクリスでも無理という事。
痕跡を全て抹消して帰るクリス。
そうして……自宅に帰って地下室で呪い袋とスターターセットに油をかけて火を焚べる。
メラメラと炎が上がり……呪い袋とスターターセットは灰となって消え失せた。
「取り敢えず……これで八百万百は大丈夫ですね」