蒼角の兄になってしまった。 作:蒼角はここだよ!!!
まさかの続き。
タイトル詐欺な気がしていますが、そもそも一発ネタなので、ふんわり楽しんでもらえたら嬉しいです。
貳
大体、背の高いやつが苦手だ。
別に俺の背が低いのがコンプレックスってわけじゃない。単純に、背の高いやつを見るとあの男を思い出すからだ。
総じて男の鬼族は体格が立派になるもんなんだけれど、俺の場合、成長期に腕と足、ついでに角を失ったせいで、栄養が治癒に引っ張られて背が伸びる方に回らなかったらしい。
当然っちゃあ当然だが、結局、一向に成長しないまま今に至る。
あの時の選択を後悔してはいないが、もっと上手くやりようがあったんじゃないかとは思ったりする。
あの男を殺せはしなくとも、もうちょっと深傷を負わせるとか、俺が腕と足を失わないとか、そんな感じに。
──いつか、この大太刀が似合う鬼になれるといいね。
そんな誰かの願いは、もはや叶わない。
今となってはその大太刀も部屋の隅で燻っている。
手入れは続けているので埃を被ったりはしていないが、まあ、お役御免と言うか、なんと言うか。
あの時に折れなかったのは幸運だったけれど、ホロウに入ることなんてないし、ましてや戦争もないし……新エリー都や六分街が至って平和なので、あれを本格的に使うことは金輪際無いのだろう。
義手義足でまともに使えるとも思えないしな。
「……あー、憂鬱だ」
ベッドに倒れ込んで、呟く。
正直、ゼンゼロの世界だって知ってたらこんな風に生きてなかったんだけどなあ。
俺がそれに気付いたのは蒼角が産まれてからだ。それまでは前世の記憶があった上で普通に鬼族として生きてきたし、何なら『桃太郎』の世界観なんじゃないかとさえ思っていたので、いつか来るかもしれない
とはいえ、母さんも姉さんも、一応はあの男も、俺は本気で家族だと思っていたんだ。
だからこそ、あの男の暴走を本気で止めようと思ったんだけれど。
結果は変わらず、運命は変わらず。
こうして六分街でひっそりと隠れ住んでいる自分が、惨めになる。
──蒼角を、ひとりにしないで。
「……別に、あいつはひとりじゃないだろ」
対ホロウ六課、なんて大きな活動をしてるんだから、これから蒼角はみんなに愛される。
いつかアキラたちにだって懐くだろうし、そもそも蒼角には姉さんの血を継いだ柳がいる。
代わりはできても代わりにはなれない、なんて柳は言っていたが、別にそれだけで十分だろうに。
そんなのは当たり前で、人は一人しかいなくて、それでも世界は回るのだ。
俺がいてもいなくても同じだったように、俺の代わりはどこにでもいる。
代わりはできる──というか、アキラが多分やってくれる。
世界は運命に従って回る。
それで良い。
「どうせなら華々しく散りたかったな」
ぶっちゃけ、死に損なった感が凄い。
あの時ちゃんと刺し違えていれば、運命は変わったんだろうか。
生き延びた俺は、これからどう生きればいいのか。
何も分からない。
何も。
「……?」
と、そこで呼び鈴が部屋に響いた。
どうやら客が来たらしい。昨日アキラは来たばかりだし、柳は頻繁とはいえ昨日今日で来たりはすまい。
だから別の人間だと思うんだけれど……一体誰だろう。
表向き俺は家具屋を偽っていて、鬼族っぽい伝統的な家具を作って売っているが、買っていく人間はほとんどいないのでそっちの線も薄い。
ドライバディスク商売が主な収入源である俺である、ならば情報屋あたりから俺のことを聞いたエージェントとか、かな。
そう思って店に戻れば。
「大変です、蒼淵」
「……本当に昨日今日で来るやつがいるかよ」
早々に『無い』と判断した私服姿の月城柳が、随分と切羽詰まった様子で店先に立っていた。
溜息を吐かざるを得ない。
本来であればこのまま大した度胸だと皮肉を言うところだったが、しかし、この冷静沈着を地で行く女がここまで焦っているのは珍しい。
彼女がこんな風になるまで慌てる事態とは一体なんだろう。
少し興味が湧いて、俺は柳に続きを促した。
「で、何が大変なんだ? 俺としてはお前が来た時点で既に大変なんだが」
「蒼角にバレました」
「は?」
参
事が起きたのは昨日の夜。
柳と俺がいざこざを起こして気まずく別れた後、当然彼女は蒼角の待つ自宅へと帰宅した。
そこで蒼角は、柳が帰ってくるやいなや彼女に飛び込むように抱きついて来たらしい。
もっとも、それ自体は『いつものこと』なので驚くことではないらしいが……
とにかく、そうやって蒼角が柳の胸元に飛び込んでから、問題は起きた。
──にぃにの匂いがする。
そんな風に呆然と蒼角は呟いた、らしい。
「…………」
「失念していました。あの時でさえ、蒼角は私に抱きついて『ねぇねの匂いがする』と看破していたというのに……直に抱きついてしまった貴方の匂いを嗅ぎ分けることくらい、蒼角には容易でしょう」
柳の冷静な状況分析を、俺は流石だと褒め称えればいいのか、或いはヤケになっていると判断すればいいのか分からなかった。
大体全部お前のせいじゃん。
というより。
「……それを俺に言ってどうするんだよ。だから蒼角に会えってか」
「…………」
厳密に言えば、それは俺の存在がバレたわけじゃない。あくまでも柳から俺の匂いがしたというだけだ。酷なようだが、他人から親族の匂いがするという状況は、蒼角にとってはある意味日常茶飯事である。
ならば、どう誤魔化すこともできるはずだ。
誤魔化しと言うよりは、騙し、だが。
俺の言葉が図星だったのか、柳は何も言わない。俯いて、視線を逸らすだけだ。
しばらくの間俺は柳を睨んでいたが、柳は頑なに口を開かず、言い訳もしなかった。
後ろめたくはあるが、退くつもりはないということらしい。
大した根性である。
もっとも、俺だって退くつもりはないが。
「柳。俺はもう蒼角の兄貴じゃないんだよ。蒼角にとって俺は、姉さんよりも先にいなくなった奴でしかない。人によっちゃ、俺は死んだって聞かされてるんじゃないのかな。……だから、代役を立てよう」
「……代役?」
「アキラだよ。丁度良いだろ、兄貴分っぽくて。匂いはまあ、俺の服を貸し出せばどうにかなるだろ。問題はあいつが引き受けてくれるかどうかだが──」
「ここまで来て、蒼角に嘘を吐き続けるつもりですか……?」
俺の言葉に信じられないといった表情で、柳は言う。
今回の件は流石にわざとではないにせよ、彼女には『もしかしたら俺が蒼角に会ってくれるかもしれない』という期待や打算が全くなかったわけではないらしい。
不幸中の幸いというか、棚からぼたもちというか、とにかくそういったきっかけで関係が改善されることを柳は望んでいたのだろう。
彼女からしてみれば今の状況は板挟みも良いところなので、一刻も早く解決したいという感情は分からなくもない。
しかし、だからと言って、そんな風に責められるのはお門違いというものだ。
嘘を吐いているのは、俺だけじゃないのだから。
「……お前だって、姉さんが死んだこと、蒼角には言ってないんじゃないのか」
「──っ」
「『ねぇねの匂い』を持つお前は蒼角の信頼を勝ち取った。……別にそれは良い。むしろ、面倒をみてくれてることに感謝してる。だけど……いつかはバレるぞ、姉さんがもういないことは」
今の蒼角は幼く、鬼族から教育を受けているわけでもないので、他人から親族の匂いがする意味を理解していない。
だが、成長すれば自ずと理解するはずだ。
あの時何が起きて──そしてどうなったのかを。
事の顛末を。
「……貴方にも」
ややあって、柳は言う。
彼女自身の片腕を抱え込むようにした手に、力がこもる。
「あの人の匂いが、分かりますか」
「……まあ、そりゃあな」
否定しても仕方ないことなので、俺は頷く。
今のように距離を取っていれば気にならないが、昨日みたく抱きしめられたりされては、否が応でも感じ取ってしまう。
「もちろん、蒼角の嗅覚が鋭いってのはあるだろうけど……元々、鬼族は血を嗅ぎ分ける。だから
病によって余命幾許もなかった姉さんは、鬼族の未来を柳に託した。その血を、身をもって柳に捧げることで。
そうして、姉さんの血が半分流れている柳の決定に鬼族が従った。実質族長命令である。
でなきゃ、ただの人間に鬼族が従うわけがない。
「……だとしたら、仮に店長さんに頼んでも蒼角には気付かれるでしょう」
「いつかはな。ただ、今じゃない」
「……その時が来たら、どうするつもりですか」
「それは──」
姉さんと同じように、柳が俺の血を取り込めば良い。
「…………いや、なんでもない」
いくら何でもそれは言うべきじゃないと反省して、俺は口元まで出かかっていた言葉をぎりぎりで呑み込んだ。
確かに俺は柳が嫌いだけれど、それは俺がやりたかったことを取られた嫉妬でしかないのだから、この感情は正当じゃない。
血を託すのは姉さんの意志を踏み躙る行為だし、嫌がらせとしては度が過ぎている。
思い付くだけで十分に性格が悪いと言われれば、まあ、その通りだが。
「そんなことはさせません」
「…………」
「彼女に誓って──絶対に」
しかし、聡い彼女には俺が言わんとしたことが伝わってしまったらしい。
酷く怒った様子で、はっきりと言った。
今にも詰め寄ってきそうなくらいだ。
「……悪かった」
流石に今日も抱きしめられたくはないので、俺は素直に謝罪した。
不満そうに俺を見る柳だったが、それでも一応は止まってはくれたので、どうやらこの行動は正解だったらしい。
「まあなんにせよ、アキラに相談しよう。事情を説明しないことには話が進まないし──」
「その必要はないよ」
柳を宥めようとする俺の声は、第三者の声に遮られた。
……ここに来るやつで、俺の話を遮る奴なんて一人しかいない──何を隠そう、パエトーン兄妹の兄であるアキラその人である。
来ないと思っていた二人目の登場だ。
「すみません、柳さん。そんなつもりはなかったんだけれど、大まかな話は聞いてしまった。まさかとは思っていたけれど……想像以上に複雑な関係みたいだ」
「……盗み聞きか?」
「人聞きが悪いな、蒼淵。むしろ僕は人払いをしていたんだ。そして今はリンが見張ってくれている。店に入ってすぐの場所で話すようなことじゃなさそうだったからね」
「…………」
柳が持ってきた話が大事過ぎて、そのあたりの配慮が欠けていたことに、アキラに指摘されて俺はようやく気付いた。
客が来ないとはいえ、知られてはマズい情報しか語っていなかった今、アキラが見ていてくれなかったら更に問題が大きくなっていたかもしれない。
どうやら、助けられた、ようだ。
「……悪い、アキラ。礼を言う」
「いいさ。友だちだからね」
友だち、ね。
こういうことを素直に言えるところが、エージェントたちがアキラに絆される理由なのかもしれない、と思う。
実際、言われると嬉しいものだ。
「その……店長さん。この件はどうか内密に……」
「安心してくれ、柳さん。口外するつもりはないよ。誰にだって、秘密にしたいことはあるからね」
柳の苦し紛れの口止めに、アキラは優しげな口調で答えた。
それは柳に寄り添った言葉であり、事実それを聞いて柳は安心したような笑みを浮かべたが、しかし彼の正体を知っている俺からすれば、それは随分と含みを持った言葉である。
六分街にはそういった人間がたくさんいる、ということだろう。
彼も含めて。
「さて、蒼淵。本題だ」
気を取り直して、という風に、アキラは俺へ向き直る。
いつになく真剣な表情である。
「先に前提を確認しておきたい。まず、ここにいる柳さんは『対ホロウ事務特別行動部第六課』である月城柳さんで良いのかな。そして君たちが言う『蒼角』は、同じ部署に所属する『蒼角』さんだと」
「……気付いて、いたんですね」
「まあ、これでもビデオ屋だからね。ニュースもテレビもよく見るし、二人のことはどこでも報道されているから」
実際は裏の方で特定していそうだが……まあ、仮にアキラが一般人だったとしても、これだけ目立つ容姿の柳が頻繁に訪れていれば、変装しているとは言え、いつかはバレていただろう。
変装といっても、せいぜい地味な私服姿になっている程度だしな。
「そして蒼淵。君はその『蒼角』さんの実のお兄さんだ」
「血が繋がってるだけだけどな」
「……それで十分な気がするけれど、なるほど。状況は分かったよ」
俺の態度に何か言いたそうだったが、アキラはひとまず頷いた。
そしてしばらく考え込むようにして黙ってから、アキラは、
「蒼淵、その頼みは聞けない」
と、ハッキリと断言した。
口調から察するに、覆る余地はなさそうだった。
「……無理な話なのは分かってる。でも、一応理由を聞かせてくれ」
さっきは『アキラでいい』なんて言い方をしてしまったが、俺としてもこれが失礼な頼み事であることは重々分かっている。実際、彼からしたらなんのメリットもない頼み事なので、断るのも無理はない。
無責任な俺の、身勝手な依頼でしかない。
ただ、それでも。
俺は、蒼角の邪魔はしたくなかった。
足を引っ張るような真似はしたくないし、俺の存在を蒼角に引きずってほしくないのだ。
姉さんの影に隠れて、いなくなった奴のままでいるべきだという気持ちが、どうしても諦められずに残る。
「理由なんて、君が一番分かっているはずだ。……それでもあえて理由を挙げるなら、君が、彼女の唯一の家族だからだよ」
「……俺は勘当された身だ。しかも、蒼角に会ったのなんて何年も前だ。今更家族面されたくないだろ」
兄貴らしいこともできていない俺は、蒼角の兄を名乗る資格はない。
勘当されている以上、本当に。
「……君の境遇を、僕は知らない。だから、家族を大切にした方が良い、なんてことは言えないけれど」
「なら──」
「でも」
俺の言葉を遮って。
一度言葉を切ってから、アキラは言う。
「家族は
「…………」
一般論だ、とか。
俺たちがそうだとは限らない、とか。
色々心の中で言い訳は思い浮かんだけれど、上手く口にできずに、俺はアキラの言葉をただただ受け入れざるを得なかった。
ちら、と柳を見ても、彼女は何も言わない。俺をじっと見つめたままだ。アキラの説得に賭けているらしい。
アキラは続ける。
「自分を大切にしてくれている家族なら、特にね」
「…………俺は、蒼角を大切になんかできてない」
「本当に?」
「…………」
まるで、そんなことはあり得ないとでも言うように、アキラは訊き返した。
確信を持った問いで、包容力のある柔らかい口調で。
穏やかな眼差しで。
「妹を大切にしていないのなら、柳さんのことをもっと邪険に扱っても良いはずだ。ほおかむりを決めて、自分には関係ないと言えば良い。なのに君は、柳さんに妹の面倒を見てくれていることを感謝した」
俺の本音を見透かしたように、言う。
「それに……妹から『にぃに』と呼ばれているだなんて、よほど懐かれていたみたいだね」
「……別に、蒼角は姉さんも似た感じで呼んでた」
「つまりそれくらい大切ってことさ」
微笑んだまま、アキラは俺を見る。
その目は、どこか共感しているような風でもあった。
「
「……知ったようなことを言うなよ」
「僕は
自信を持って──ある種の誇りを持って、堂々とアキラは言った。
それはきっと、彼にとって妹はかけがえのないもので、生きる意味でもあるのだろう。
たった二人の兄妹。
共に苦難を乗り越えてきたであろう彼らの絆は計り知れないが──俺なんて及ぶべくもないはずなのだが、それでもアキラは、俺に対して言う。
まるで俺が、彼と同じような『兄』であると信じた目で。
「君はどうかな、蒼淵」
……そういえば、こいつも身長が高かったな、と。
俺は、そんなことを思った。
語り手として信用できない男、蒼淵くん。
今話ではアキラの人の良さ、兄としての格好良さを書けていたら幸いです。