はじめてのDLCO3   作:和泉キョーカ

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ナリ坊

Male
バトルジョブ:[剣闘士(ブレイダー)]Lv.54
ライフジョブ1:[不寝番]Lv.41
ライフジョブ2:[狩人]Lv.28


ナリ坊編 ①

 スクールバッグをベッドの上に放り捨て、制服のブレザーをその上に脱ぎ捨てる。そのまま、自分自身の身体すらベッドの上へと投げ放つ。

 毎年のお年玉と、毎月のお小遣いを切り詰めに切り詰め、貯蓄に貯蓄を重ねて購入した、家庭用VRゲーム機を被るように頭部に嵌め込む。

「お、アイツ今オンラインじゃん。さては部活、サボったな?」

 学友が同じゲーム機の起動している事を確認し、視線の動きで遊ぶゲームタイトルを選択する。

 ――選ぶタイトルはもちろん、『Deep Links Chronicle Online 3』だ。

 

 毎度のことだが、アバターの身長を現実に準拠しておいて良かったと思う。

 一緒に『DLCO3』を始めてくれた幼馴染が、コンプレックスの低身長を避けようとするあまり、この仮想現実の大地に立ち上がった瞬間、まるで慣れないヒールを履いた時のようにつんのめって無様に転んでしまった姿は、記憶に新しい。

「ナリ坊! 暇なら下降りて来いっ!」

 脳信号とアバターの動作が連動している事を確認するために、その場で指を曲げたり、膝を上げたりしていると、ゲーム内の自室の窓の向こう側から、聞き慣れた声が響いてくる。

 窓の引き戸を開け放つと、風が運んできた柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。小さな雲が疎らに浮かぶ透き通るような蒼穹と、視界の大部分を占める大海原。そのどれもが、まるで現実のそれのようだ。

「ナリ坊、黄昏てんじゃねえぞ!」

「うるせえな、5日ぶりのログインなんだよ! 異世界を全身で浴びてーんだよ!」

 普段着のままベランダから飛び降り、我らがクランハウスの前庭に着地する。こんな事も、仮想現実の中でなら朝飯前だ。

「あ、ナリちゃんログインしたん? せやったらウチとクラプチカ行こや!」

「だめだ。ナリ坊にはこれから俺と一緒に漁港近海の海賊狩りに付き合ってもらう」

 前庭には、オレ(・・)と同じクランに所属する、2人のフレンドがオレを待っていた。

「それ、『アルゴノーツ』さんの徴税のヤツやろ? せやったらアグルミーに住んどる他クランのプレイヤーさんらと一緒してくればええやん!」

 オレたちが拠点にするこの村から馬車の距離にある大都会へ、オレを誘う関西弁の少女は、『リンシャンドーナツ』。先述の身長設定を間違えて盛大にコケた幼馴染というのは、彼女の事だ。

「ダメだ、うちのクランはいつアグルミーから追い出されても文句言えない額しか納められてないんだぞ。いくらウミホさんが『アルゴノーツ』のクラマスに顔が効くからって、俺たちだってアグルミーの一市民なんだ。納税くらいちゃんとしねえと」

 そして、オレを村港近海にたむろしている海賊クライマーたちの鎮圧に誘うカタブツな少年が、『イーソ』。現実世界でもオレと同じクラス、すぐ前の机に座る男子高校生だ。

「だから部活サボって、爆速で下校してログインしたワケか!」

「えー? イーソ、また部活サボったん? ええ加減にせんと、そのうち補欠落ちするで!」

「黙れ帰宅部ども」

「あーっ! 今の、運動部マウントってやつ!? はー! ええご身分してはる! ウチはナリちゃんと思う存分リンクロしたいから部活入っとらんだけなんやけど! 今でもたまに3年の先輩からスカウトされるんやで!? 浪花の韋駄天は伊達とちゃうんやで!?」

「あーあーはいはい、わかったわかった。とにかくナリ坊、さっさとインベントリ纏めな」

「ちょおっと! ナリちゃんはウチとクラプチカ行くって言うとるやろ!」

「お前が勝手に言ってるだけだろ……」

 オレの目の前で、ギャンギャンと吠え合うイーソとリンシャンドーナツを5日ぶりに眺めていると、なんだかほのぼのとしてしまう。

 リンシャンとオレは別の高校に進学し、イーソとリンシャンに現実世界での面識は無い。けれどこうして仲良く喧嘩する2人を見ていると、友情において現実的な接点が本当に必要なものかと、哲学的な事を考えてしまう。

「おいナリ坊、お前が決めないと一生コイツの金切り声を聞くハメになるんだが」

「イーソ、あんた絶対モテへんやろ。仮にも女の子にそないな口、よぉ言えるもんやな!」

「俺がこんな事言う女子はお前だけだが?」

「その発言もどうかと思うで? なんやウチがあんたの特別みたいやん」

「……撤回しておく」

「やーい照れてやんの。童貞非モテ芋男子〜!」

「……離せナリ坊、コイツいっぺん頭カチ割ってやる!」

 リンシャンの挑発に乗せられたイーソが、おもむろに彼の相棒である古代紋様が刻まれた金属バットを取り出す。オレは流石にクランハウスの中で殺傷沙汰はまずいと判断して、肩をいからせるイーソを羽交い締めで抑制した。

 

「――あら、また喧嘩してるの? 仲良いねぇあんたたち」

 そんな時、うちのクランの保護者枠(オトナ)のひとり、『ウミホ』姉さんが鉄門を開き、外出から帰ってきた。

「あっ、ウミねえ! ちょい聞いてやぁウミねえ! イーソがね!」

「あっおい、リン! ウミホさんに迷惑かけんじゃ……!」

 リンシャンがぱっと笑顔になり、ウミホ姉さんの元に駆け寄っていく。

「……あら〜、イーソくんはホントに真面目だねぇ。イアソンくんは厚意でわたしたちをアグルミー村に置いてくれてるんだから、そこまで生真面目に、他のクランと同じ待遇になろうとしなくても良いんだよぉ?」

「そういうわけにも! 俺たちだって初心者とはいえ、DLCO3のプレイヤーなんです! いつまでもベテランプレイヤーさん方のご厚意に甘え続けるわけにはいきません」

「イーソぉ〜、あんた絶対クラスでモテへんやろ」

「俺がモテるかどうかは今関係ない」

「はーいはい、2人ともいい加減になさいな。ナリちゃんは? 結局どうしたいの? リンちゃんとおでかけしたいなら、わたしはイーソくんと悪者退治してくるよぉ。」

 そう言われてしまうと、優柔不断なオレとしてはとても困る。ここでリンシャンを選べばイーソをないがしろにしているような気がするし――、

「ねー、どないすんねんナリちゃん!」

 かと言ってイーソを選べば、リンシャンはわかりやすく落ち込むだろうし。

「……まぁ、ウミホさんが来てくれるなら、Lv.60程度のプレイヤーくらいなら一網打尽にできるだろ。それなら別に、クラプチカに行ってもいいぜ」

「見くびるなよぉ少年! Lv.100が10人いようと、わたし一人でギッタンギッタンにできるよ〜!」

「だ、そうだ」

 だ、そうなので、オレはリンシャンの手をハシと握った。

「やった!」

 そんなオレのアクションに、リンシャンはやはりわかりやすく飛び跳ねて喜んでくれた。

 

「木曜のアプデで追加されためっちゃかわいいミーデルのレシピ、あるやろ? グランドカナルの『メズモ百貨店』さんと契約してる縫製クランの[縫製師]さんが、早速それ買い取ったらしくてね!」

 リンシャンが手綱を握る小型の馬車の荷台で、ゴトゴトと身体を揺らされながら、オレはリンシャンの止めどないファッショントークを聞かされていた。

「レシピ買えたって、店頭に並べ始めるにゃ早すぎねぇ? いくら大手の小売業クランの、子会社(クラン)つってもさ」

「『メズモ百貨店』は直接の傘下にある縫製クランだけでも、確か7つはあったはずやで? それに最新アプデで追加された衣装や、トレンドに追っ着くには7クランでも足りひんのとちゃう?」

「……たった7つって言っても、多分オレらのクランの10倍20倍あるのが7つなんだろうな……」

「当たり前やん!」

 ガラガラと鳴る車輪の音と、カツカツと小気味よく震える蹄の音を響かせながら、リンシャンが運転する幌馬車は海岸線のなだらかな崖道を、少し遠くに見えるルネサンス風の大都会へ向かって進んでいく。

「そうそう、聞いてやナリちゃん」

「ん?」

「こないだ、オカンと茨城の牧場行ったんは言うたやろ?」

「あぁ、言ってたな」

「せやねん、めっっっちゃ楽しかった! ほんでな、そこで乗馬体験したねん」

「んだよ、もしかして初乗りで乗りこなせたのか?」

 冗談めかしてオレが茶化すと、リンシャンは大真面目な顔でオレを指さしながら、大きく頷いて見せた。

「せぇやねん!! ちゃうねん、リンクロん中で感覚が覚えたスキルは現実で再現するのも簡単言うんは『ほぇー』くらいに思てたんよ、ホンマにホンマとは思わへんやん!」

「ユウアンの飯食い続けてたら、リアルのコンビニ飯が食えなくなったって都市伝説、マジなのかもな?」

「……でもそれって、別な風に考えたら、めっちゃ怖ない?」

「まぁ、リアルで学んだ事ないスキルがしれっとできたら、ちょっと怖ぇ……かも?」

「ちゃうちゃう!」

 普段のおどけたテンションのリンシャンとは違う、深刻そうな面持ちで、リンシャンは手綱をぎゅっと握りしめる。

「……クライマー連中は、実際に人殺ししたこと無くても……人の殺し方を、脳が覚えてる――言う、ことやろ?」

 彼女のその発言に、オレの背筋を冷たい物が滴り落ちていく感覚を覚えた。ちらとゲームUIの左上を見ると、水分ゲージが残り20%を切っていた。

 ふぅっとひとつ息を吐いて、オレは水筒の天然水を呷る。

「ゲームのアバターを殺すのと、現実の人間を殺すのは、かなり感覚違うと思うぜ」

「そうなん?」

「リンって、クライマー退治とかした事ないっけ?」

「ない。なんやゾッとするもん」

「……アバターを殴ったり斬ったりするのは、硬い岩を叩いてるような感覚なんだよ」

「普通にアバター触っても、普通の人間触ってるようにしか感じひんのに?」

「そうそう、戦闘状態になると感触が変わんの。まぁ、リンの言う『人殺しの感覚』から、できるだけかけ離すためってのもあんのかもな」

「出血エフェクトをオンにしてると、また違いそうやな〜」

「そういうのはほら、CEROがD以上のゲームばっか遊ぶ人向けの機能だし」

 そんなふうに雑談を交わしている時、オレの視界の端に警告を報せるアイコンが、ビープ音を繰り返しながら明滅する。

「リン、停車させろっ!」

「な、なになに!?」

 急停止した馬車の荷台からすぐさまに飛び降り、腰に佩いた片手剣を手際よく抜き、周囲を警戒する。

「チッ――[衛兵]持ちがいたか?」

 オレの警戒態勢を見て、奇襲ができないと判断したのか、UI上の警告の正体が森の中から姿を現した。

 総勢、6人の野盗だった。恐らく、物陰にもう2〜3人は隠れているだろう。

「ちょうどいいな、リン!」

「嘘やろナリちゃん!?」

「いやいっぺん見てみたかったんだよ、お前の[雀士]型[魔術師(ウィザード)]の対人戦!」

「あぁ〜っ、もう! どうにでもなれぇ!!」

 御者台から飛び降りたリンシャンの周囲に、文庫本サイズの半透明な麻雀牌が出現したのを見て、オレはにやりと笑って見せた。

「よーし、全員ブッ飛ばしてやるぜぇ!!」

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