彼は“お父様”に恋をした 作:─────
気がつけば彼は、見慣れた路地裏に立ち尽くしていた。
路地裏、ボロボロの服、刃こぼれしたナイフ。
少年であった頃──名前と居場所を持つ前──の彼が育った、見慣れた場所だった。
「……そこの坊主、見やがったな?」
そう言って彼に話しかけたのは一人の男。
顔に覚えはあるものの、名前は覚えてすらいない──彼が初めて殺した人間だ。
男は自らの殺人が露見したことを悟ると、未だ齢二桁にも満たない彼へと近づいて殺そうとする。
だが、男の殺意は殺そうとした少年の生存本能に敗北した。
少年は男の喉笛を手に持ったボロボロのナイフで掻き切ったのだ。
それから数日経った頃、少年の元に黒服の男がやってきた。
男は、少年の殺した男は数多の人間に恨まれていたのだと語ると、男を殺した褒美だと言って多額のモラを手渡した。
この日、少年は人の命はモラへ変わることを知ってしまった。
それが、少年の血塗られた道の出発点で──その後の彼の選択により、多くの人が命を落とした。
「──お前のせいだ」
気がつけば、彼の背格好や服は名前を得た後の──セルジオの──物に戻り、そんな彼を多くの人が囲んで睨みつけていた。
「お前がいなければ俺は死ななかった」
「お前はその手で、誰かを愛そうとしているのか?」
「殺すことしか脳が無いくせに?」
突然のことに驚いた彼は
「また、剣に手を伸ばしたな?」
「困ったら殺せば解決か」
「お前らしい」
これは悪夢だ。
そうわかっていても、彼は目覚めることはできない。
彼の内側から響く言葉が彼自身を打ち壊そうと責め立てる。
「お前は本当に誰かを好きになれたのか?」
「ただ殺した時に得られるモラを勘定してるだけじゃないのか」
「お前が色恋だって?あり得ない。殺人機械に心なんざないだろう」
彼を囲む人影はどんどんと数を増し、その声量も大きくなってゆく。
「モラさえあればなんでもいいんだろ?」
「金持ちの女に体を売ろうとまでしたじゃないか」
「お前はとっくに汚れ切ってる」
気がつけば、その手は鮮烈な赤に染まり、地面へボタボタと滴が零れ落ちている。
ローブや靴も、正面からペンキを被ったかのように汚れた赤に包まれている。
「ほら、俺たちも不都合だろう?殺せよ」
「いつもみたいにやって見せろ」
「出来ないか?殺すだけが価値の男が、今更くだらない色恋で腕を鈍らせたか?」
一瞬の沈黙の後、人影は一斉に言葉を発した。
「もうわかっただろう?」
それは彼自身と同じ、まるで自分自身に問いかけるような声だった。
「お前に、彼女を愛する資格などない」
──────────
「……さん、兄さん」
目を覚ましたセルジオに呼びかけていたのはリネットだった。
リネットは彼が起きたのを確かめると、彼に話しかける。
「……酷くうなされてた。何か、悩み?」
少し表情を伺うようにして聞いたリネットに彼は
「……くだらない事だ。気にするな」
そう言うと、自分が倒れてからあまり時間が経っていないことを確認し、無理矢理に立ち上がってアルレッキーノの元へと向かった。