とある場所、とある森の中に、立派なお屋敷があることはあまり知られていません。そこには7人のメイドさんがいて時折、訪れる人達をもてなします。でも、彼女たちの正体は……ドラゴンだったのです!
――このお話はそんなお屋敷で起こる様々なできごとの記録でありました。さあ、はじまりはじまり。
………………
…………
……
「皆さんに大切なお知らせがあります。お屋敷の貯えが、尽き欠けています」
「「「「「えーっ!!?」」」」」
毎日の朝、皆が食堂に集まった際に行われるメイド長ハスキーの朝礼での一言は、ドラゴンメイドたちを驚かせた。彼女たちは、何年ものあいだ細々と暮らしてきた。豊かな森に実る木の実や山菜、川で釣れる魚、時折やってくる旅人のおいていくお金で町の商人から買う調味料類……それらで十分に暮らせていた、と思っていたからだ。
「長年の雨風で、屋敷そのものがガタが来ているのです。そのため、改修修理を行うことになった、ということは皆に少し前に知らせたと思いますが、大きなお屋敷ですからそれなりの費用が掛かる……というわけです」
「うーん、まぁ……屋根裏とか嵐のたびに大量にバケツを置いて雨漏り対策したりしてますし……」
給仕と接客、来客の主な相手を担当するパーラーメイドを担当する緑色の髪が美しいパルラが、顎に人差し指を当て考え込みながら呟く。遠目からではわからないが、お屋敷の屋根はボロボロで隙間だらけであり、少しの風雨でも中に雨が降り込んでくる箇所がある。
「ラドリーの洗濯室もちょっとぼろっちいです……」
洗濯担当の小さなドラゴンメイド、ラドリーも不満を漏らした。洗濯室の設備も確かに古く、水が変なところから漏れだすことがたまにあり都度都度、応急修理でごまかしているがそれももう限界だろう。ここも改修を頼んである。
「たしかに、オーブンが壊れちゃったのはもう半年そこそこ経ちますし、いい加減修理していただきたいですね」
茶葉や菓子を管理し、パティシエとしてお菓子作りそのものを担う赤い髪のスティルルームメイド、ティルルもようやくオーブンが使えるようになる嬉しさ半分、貯えが尽き欠けているという言葉に不安半分という風
「大丈夫なのでしょうか……」
「心配ですけど、私は私の仕事を頑張るだけですっ」
「うふふ~チェイムちゃん、ナサリーちゃんは心配しなくて大丈夫ですよっ。ハスキーさんはちゃんとお考えがあるみたいですっ。ですから安心してね。ぎゅっしましょう!」
客室の用意清掃を担当するチェインバーメイドのチェイム、赤ん坊や子供の相手を筆頭に何でもこなすナースメイドのナサリー。若干不安そうな様子の二人をハスキーの右腕として補佐をするラティスが満面の笑みをたたえて抱きしめるのだ。
「はい、実際のところ案があります。貯え、つまりお金がないなら……お金を稼げばいいんです!」
ハスキーは、眼鏡の位置を直しながらそう言い放った。
◆◆◆ ドラゴンメイドのおもてなし #001 『愛は不滅』 ◆◆◆
「「「「「「「ようこそいらっしゃいました、お客様」」」」」」」
外装もすっかり新しく塗りなおされ、新たな装いといった風の洋館の前に館のメイド立ち一同が並び、新たな客をもてなす。ハスキーの言う『案』とは、今までは近くの街を目指している途中に、ほぼほぼ迷い込んできた人を泊めて心づけという形で、もてなしに使った食材などを補充できる代金を受け取る、という程度だったものを、お金を稼ぐまで完全に商売――洋館ホテルにしてしまおうというものであったのだ。
(う、うまくいくでしょうか……!)
(だ、大丈夫……きっと、今までと変わりませんもの)
(あ、グレートモス)
ナサリー、チェイムなどは不安そうに下げた頭をあげる。ラドリーなどは近くを飛んでいた大きな蛾に気を取られているところを、ティルルに窘められるように頭を引っ張られていたが。
「いやあ、いいお宿が空いててよかった! どうも、予約していましたワイトです」
……頭をあげた先にいたのは、旅行用にあつらえたと見える真新しいアロハシャツを着た骸骨。弱いが集まると大変、と言われるモンスター『ワイト』である。そして、一人ではない。予約は4人だ。
「……へぇ、あなたにしてはいいセンスのお宿ね。旅券を取ってから宿がないと騒いでいた時はどうしようかと思ったけれど」
「パパ―! おれ、虫取りしたいよ! さっきグレートモスいた! 捕ってよお!」
「お兄ちゃん……先に荷物おかないとでしょ。もう~」
髑髏で表情が分からないながら、その身振りの端々から気品と気位の高さをうかがい知ることができるワイト夫人。やんちゃ盛り、といった風で落ち着きなく、旅行用のリュックからはガメシエルのおもちゃがはみ出しているワイトプリンス、そして母に似たのか年相応?以上の落ち着いた印象のワイトプリンセス。
彼らワイト一家が今回の……はじめてのお客様だ。予約では一週間ほどこの宿に滞在し、日中は近くの街を観光。夜まで観光する日もあるが半分は夕方には戻っていて、夜はお屋敷でディナー、という予定になっている。
「それでは、さっそくお部屋にご案内いたします」
「あァ、はい、さっそくたのんますね!」
まだ他のお客様からの予約は入っていないため全メイドがワイト一家につきっきりとなる。メイド長ハスキーがワイト一家を恭しく館に招き入れれば、わぁ、とワイトプリンセスが目を輝かせた。ビロードの絨毯が引かれたホール。小ぶりだが豪華すぎずも品のいいクラシックなシャンデリアと絵画などの調度品は、ここにお姫様が佇んでいても十分に様になる様相で『プリンセス』にとっては垂涎の光景であったからだ。
「あら、これは謙虚な壺ね……」
そのセンスには、ワイト夫人も一目置いたようだった。
「うわあ!」
と、絵画に潜み来るものを驚かせる絵画に潜む者が飛び出し、興味深げに見ていたワイトを驚かせると、撤回するわ、と言って旦那をほっぽりだしさっさと寝室へと案内されていったが。
とはいえ寝室はメイドの中でも丁寧さには定評があるチェイムが任せられている。木製の温かみがあるベッドにラドリーが洗濯して真っ白ふわふわになったシーツがかけられ、ホールと負けず劣らずシックな装いのそれに、夫人は喜び、プリンセスやプリンスも一目散にベッドに身を投げ出していた。
「それでは、御用がありましたらお呼びください。パーラーメイドのパルラがご対応しますので……」
「ええ、ありがとう!」
「お姉ちゃんが専属のメイドさんなんだ! すごーい!」
この日は、こうして何事もなく終わったのだが。それから3日。旅行日程の半分ほどにさしかかった朝のハスキーによる朝礼の際、パルラが気になることがある、と言って口を開いた。
「……ワイト夫人なのですが……なんだかお機嫌、ずっとわるくないですか?」
パーラーメイドとして一番ワイト一家の世話を担当していた、パルラ以外にもそういえば……といってナサリーやティルルなどが口を開く。
「プリンス君やプリンセスちゃんと部屋で絵本を読んだりして遊ばせていただいたのですが、なにか……ワイト夫人、心ここにあらず、という風な感じはしました。旅行が楽しくないのかな……?」
「料理の際も、アンデットみなさんが食べられる……というか生気を吸収できるように血の滴るようなレアのソテーなどをお出ししたのですが、あまり手を付けられていませんでしたね。それにワイトさんのほうをなんだか不機嫌そうに見ていた気がします」
ワイト夫人は確かに身に着けているドレスなども古風ではあるが一目で高価なものであるとわかるものを身に着けており、宝石などの装身具から高貴な身分であったことがうかがえる。一方、ワイトのほうは明るく親しみやすい性格で、メイドたちにも無理な注文を言うどころか丁寧に対応してくれたものだし、夫人にも積極的に食べ物を進めたり家族サービスもちゃんとしているように見える。
今日などは夫人は旅行の疲れがあるらしいので部屋で休むことにしたそうだが、遊びたい盛りの子供たちがいては夫人も気が休まらないだろうということで、プリンスがやりたがっていた虫取りに、ナサリー、そしていつのまにかナサリー同様子供たちと仲良くなっていたラドリーと一緒に出掛けるそうだ。
「家族の御事情があるとはいえ~……せっかくの旅行が楽しめないのはどうにかしてさしあげたいですね~……といっても、どうしましょう」
ラティスが人差し指を顎に当てて考え込む。ハスキーらも、お客様には快適なご旅行とご宿泊を送っていただきたいという意向だが、直接ワイト婦人に話しかけても気位の高さから逆に機嫌を損ねてしまう可能性が高いだろう。
となれば……とハスキーが目を付けたのは。
「え、ラドリーとナサリーがですか!?」
「は、はい、頑張ってみます!」
「そうよ、あなたからそれとなく、私たちに不注意があったですとか、あるいは家族の間で喧嘩があった、旅行中にトラブルがなかったかとかを聞き出してほしいの。今日、ワイトご一家と虫取りをご一緒するんでしょう?」
ということで、白羽の矢がたったのはラドリーとナサリーである。虫取りの最中にワイト夫人の不満点を聞き出し、洗い出すのが狙いだ。といっても、おっちょこちょいなラドリー、頑張り屋だが正直なナサリーにそれとなく聞き出す、ことができるだろうか!?
「おりゃあ!」
「やった、代打バッターだ!」
「捕まえた虫モンスターさんは遊んだら逃がしてあげないとだめですよ。はい、ワイトさん、プリンスちゃん、お茶どうぞ」
「いやあすいませんね、こんなとこまでついてきてもらっちゃって!」
「お姉ちゃんのお菓子、おいしそう! ティルルおねえちゃんが作ったんだよね、私も大きくなったらこんなお菓子作れるようになりたいな」
お屋敷の近くに広がる森は豊かな実りの森で、虫モンスターや植物モンスター、鳥獣モンスターにナチュルたちの姿すら見かけることができる。そんな森の中の広場にナサリーはランチョンマットを敷き、ラドリーとプリンスが虫取り網片手に走り回るのをみながら、水筒に入れてきた紅茶をワイトとプリンセスに注ぎ、バスケットに入れたクッキーやクロテッドクリームとスコーンなどで一息つく。
(……いい感じのタイミングですね、き、聞いてみましょう。うまくできるかな……えーと……)
「そういえば、ご夫人とはもうご一緒になってお長いんですか?」
「え? ああはい、もう何百年になるかなあ。細かいところは忘れちゃいましたけど、アタシにはもう勿体ないくらいのしっかりした嫁でしてね。元は名家の出だったんですよ。気位が高いところもかわいいっていいうか……へへへ」
まず軽く夫人の事に話題をもっていく。ワイト自体は聞いている限り夫人にべた惚れ、という風でそれは滞在中の態度でも見て取れた。ナサリーから見ても『いいお父さん』であり、家族仲が悪いとかそういう風にはあまりみえない。
「えーと、なるほど……」
となると、旅行中に何かトラブルでもあったのだろうか? ナサリーはそれを聞いていいものかと、言葉に詰まってしまう。
「……で、ちょっとね、メイドさんたちにお頼みしたいことがあるんですよ。アタシの嫁のことなんですけど」
「はい?」
………………
…………
……
それから、ラドリーとプリンスがアブソリュート・ヘラクレスを怒らせてしまいてんやわんやになったりもしたが。なんとかお屋敷までにげかえった夜、夕食後。
「お客様、本日は尖塔の展望バルコニーからヒーローシティのほうで催される花火大会が見られるかもしれません、夜風にあたりながら食後のお茶をいかがですか?」
「そうね、風にあたるのもいいかもしれないわ。はぁ……準備をしてくださる?」
ハスキーが部屋に物憂げそうに戻ろうとしていたワイト夫人を引き留めた。お屋敷には高い尖塔のようになっているところがあり、そこからは近くの街の明かりなどが一望できるのだ。夫人じたいも鬱屈はしているものの、好き好んでそうなってはいないのだろう。ため息をつきながらも、ハスキーに先導されてスカートの端をつまみながら尖塔のらせん階段を登っていく。
「それでは、すぐお茶をお持ちしますので」
そう言って、ハスキーがおもむろに退出する。そこからはヒーローシティの空に投影されるヒーロー・シグナルや町の夜景が宝石箱のように輝いていたが、まだ花火は上がっていない。それでも息をのむような景色であったが、ワイト夫人の気分は打ち沈んでいた。その時だ。
「なあ」
……どこに隠れていたのか、ワイトがふと現れる。
「あなた?」
ワイト夫人は、少し驚いた様子だった。
「ほんとはね、旅行の最終日にサプライズってしたかったんだけど。おまえを寂しがらせてちゃ台無しだよな。ちょっと過ぎちゃったけど今年も結婚記念日、おめでとう。いや、ありがとうかな」
ひざまずいたワイトが差し出したのは、紫水晶のあしらわれた小さな指輪である。そう、家族思いなワイトは毎年、結婚記念日にプレゼントを送っていた。本来は少し前なのだが、旅行が重なったためその最終日にサプライズとして渡そう、というのがワイトの今年の考えであったのだ。つまり、夫人は今年結婚記念日をワイトが忘れてしまったのかと思い、寂しがっていたのだ。
「私ったらバカね。こんな立派な夫が結婚記念日を忘れるわけないのに」
死してなお、愛し合う二人を祝福するようにシティで花火が上がった。
……それから。
「いやあお世話になりました。最高のホスピタリティでしたよ、口コミサイトで★10つけときますね!」
「本当に満足できる旅だったわ。うちの粗末なシーツと違って、これほど上等なベッドで眠ったのは何年ぶりかしら」
晴れ晴れとした表情のワイト一家。ワイト夫人の手には新しい指輪がはめられ、ワイトプリンスとプリンセスはナサリーやラドリーとの別れが名残惜しそうだ。
「じゃ、帰ろうか。わが家へ」
「ラドリーおねえちゃん、ナサリーおねえちゃん、ありがとう!」
「またね!」
去っていく一家を見て、メイドたち全員がおじぎでお見送りする。
「「「「「「「それでは行ってらっしゃいませ、ご主人様!」」」」」」」