重返青春記録1999   作:ヤグルマギク

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ーA Dark Night's Movementー
罪に向き合い、家族に向き合い、赦しに向き合い。


1stー04 暗夜行動

「───とりあえず、応急処置は済んだわ」

 

 

 ベッドに横たわるサオリの頭を優しく撫でて女性は言った。

 ウェーブのかかった茶髪を肩より少し下まで伸ばしていて、垂れ気味の目に浮かんだ虎目石の瞳は、慈しみと優しさが滲む。口には大仰なマウスピースをしていて、焦げ茶色のタバードベストと膝丈のスカートに、清潔感のある白のブラウスを着ていた。

 

 

”ありがとうございます、キャンベルさん”

 

 

 ミス・シャーレがそう言うと、トゥースフェアリーはニコリと微笑んで、トゥースフェアリーでいいわ、と言った。それに対し、ミス・シャーレは少し困ったような表情を浮かべている。彼女からすれば、ミス・トゥースフェアリーのような呼び方に馴染みがないのだろう。けれど、ミス・シャーレは数瞬の後、呼び名をキャンベルからトゥースフェアリーに変更し、改めて謝辞を述べる。

 呼び方を自身の望むように変えて貰えたトゥースフェアリーは、どういたしまして、とにこやかな微笑みを携えて答える。そして比較的軽傷だったヒヨリの様子を見に行った。

 

 

”えっと・・・・・・神秘術(アルカナム)だっけ。使ったの?”

 

 

 ミス・シャーレは不安そうに尋ねる。未知の方法で行われる治療に心配の要素が無いはずがない。そのことを分かっていたヴェルティは、トゥースフェアリーに治療を頼んだ。

 

 ミス・トゥースフェアリーは、人であれば人の、神秘学家なら神秘学家の治療をする。それが彼女のポリシーである。よって、神秘学家でないサオリやヒヨリの治療は、人間向けの治療で行われたはずだ。ヴェルティはそのことをミス・シャーレにそのまま伝えた。

 

 

”そっか。配慮に感謝するね”

 

 

 ミス・シャーレはそのように言葉を返した。彼女の横顔を窺えば、そこに焦燥の色合いがあるのが見て取れる。  取りこぼしたものがあると分かれば人は皆、このように焦りが出る。それが仕方ないことだとヴェルティは知っていた。だが、慰めることができないことも分かっていた。

 それは、ヴェルティもまた、多くのものを取りこぼしてきたからだ。

 

 

「ミス・シャーレ───次は何をする?」

 

 

 この先を知っているのは今のところ彼女ぐらいだ。だから、先の展開に合わせて動くなら、彼女に何をするべきか考えてもらわなくてはならない。それは、悲しみから目を逸らすことにも使える。

 彼女はミス・サオリとミス・ヒヨリの方を見ながら、数拍の呼吸を挟んで言葉を紡ぎ出す。

 

 

”助けないといけない子がいる”

 

 

 確か、秤アツコという名前だったか、ミス・シャーレがミス・サオリたちを助けたときに尋ねた名前だったはずだ。

 ミス・シャーレは、救出に向かう為の経路に時間制限があることを続けて述べた。時間が経つと道が変わるカタコンベ。その道順を覚えているのはミス・サオリだけだが、その知識も日付が変われば意味の無いものになる。

 

 ヴェルティは懐中時計を取り出し、時間を見る。時刻はまだ九時を少し過ぎた程度、充分とは言えないが、余裕はあるように思えた。

 

 

”サオリたちが居ない今、多分ベアトリーチェは、アリウス生徒をカタコンベやその周辺に配置して迎撃してくると思う”

 

 

 それは過去の経験(記憶)か、それとも現実的な判断(予想)か。まだミス・シャーレを知り尽くしていないヴェルティには分からない。いわんや、ベアトリーチェのことなど予想も立てられない。であれば、ミス・シャーレの言葉を信じるしかない。

 

 

 


 

 

 

”ヴェルティ、君の仲間たちは銃弾に耐えられないんだよね?”

 

 

 ヴェルティは問いに頷く。神秘学家は一人々々特異な者たちだが、銃弾は銀で無くとも効くし、傷が深ければ死ぬ。回復スペルなどもあるが、即死ではどうしようもないし、即効性のある回復スペルがすぐ用意できる訳でもない。

 神秘術で防ぐことや回避することができるだけで、身体の脆さは人*1と変わらない。

 

 わかったとミス・シャーレは答え、再び思案に戻る。そこへトゥースフェアリーが戻ってきた。

 

 

「驚きだわ、ミス・タイムキーパー。あの子たち随分傷の治りが早いの。まるでミス・サザビーの回復ポーションを飲んだ後の様よ」

 

 

 表情の変化が小さいミス・トゥースフェアリーにしては珍しい、驚きと興奮がありありと分かる顔。うっすらと朱に染まった頬が彼女の好奇心を示す。

 だが、彼女の気持ちも理解できる。銃弾や爆発、刃物も効きにくい鋼の身体。その上で回復速度も高い。

 ・・・・・・もし、彼女たちが免疫力まで桁違いに高い場合が怖いが、それを考えるのは後にしよう。

 

 

 


 

 

 

 黒く乾いた青色の髪の少女が目を覚ます。頭が回らない、熱っぽく脳が鉛と化したかのように重たい。

 

 

「ここは───」

 

 

 覚えの無い部屋に呟きが響く。それが脳に刺激を与え、鈍くはあるものの働き始める。そして、幾つかの記憶を思い出してきたとき、声がかかった。

 

 

”サオリ、大丈夫?”

 

 

 声の主はシャーレの先生。サオリが殺意を持って銃弾を撃ち込んだ相手。恨まれてもおかしく無いはずだが、シャーレの先生の声に怨嗟は無い。あるのは純粋な心配だけだった。

 

 何故貴女が、とサオリは言葉を発する。その何故には様々な意味が重なって存在する。

 

 何故、あの場所に駆けつけることができたのか。

 

 何故、自分を助けたのか。

 

 何故、事情を知っているのか。

 

 シャーレの先生は不思議な力を持っている。それは加護と言うべきか幸運と言うべきか。形容の言葉は決まらないが、とにかく何か特別な力を持っている。だから、何もかもお見通しなのだろうか。

 

 

”・・・・・・えーっと、話すと長くなるから───そうだな、困ってる生徒を助ける為って思っておいてくれるかな”

 

 

 言葉を濁し、綺麗事で誤魔化している。サオリにはそう感じられた。

 実際それはあながち間違いでも無い。シャーレの先生は、確かに言葉を濁し、綺麗事を述べた。しかし、その綺麗事は本心からの言葉である。

 

 

「助ける? まさか、私を?」

 

”うん、困ってるんだよね? 困っている生徒は放っておけないから”

 

「自分を撃った相手に良くそんなことが言えるな。 今も、殺す機会を窺っているかもしれないのに」

 

”ううん、サオリはそんなことしないよ”

 

 

 先生の瞳は、純粋な輝きを持っている。輝きに陰りは無い。心の底から信頼しているのだ。何を根拠に、何を信じて彼女はこんな目が出来るのだろう。

 

 

「・・・・・・私を恨んでいないのか?」

 

 

 先生は首を縦に振る。そして、シャツをまくり上げ、自分の腹部を見せた。その傷は塞がりながらも、痛々しい痕として残っている。それは充分に肉体の美的価値を損なうものだとサオリにも認識できた。

 

 だが同時に少しの違和感も覚える。その傷跡は、サオリが先生の腹を撃ち貫いた時のものにしては、少し時間が経ちすぎている様に認められたのである。

 

 

”勿論痛かったし、死ぬかと思った。傷も残ったし───”

 

 

 サオリの覚えた違和感は、続く先生の言葉に上書きされた。

 

 

”でも、私は恨まないよ”

 

 

 それは、サオリにとって、救いではないかもしれない。許されないからこそ救われることもあるのだから。

 

 罪と向き合うことを反省したというのなら、それが出来ることを先生は知っている。しかし、それは未来の視点で知ったことであることも考えなければならない。

 

 サオリは、先生と呟く。その声には困惑と苦しみが薄く混じっている。サオリにとって、積み重ねのないはずの相手からの信頼と信用は奇妙に違いない。

 

 

”・・・・・・この話は、後でしよっか。それより、アツコのことをどうにかしないと”

 

 

 先生は時計を見る。時間はもうすぐ十時になろうとしていた。まだ余裕はあるだろうが、早めに行動できることに越したことはない。

 

 先生はサオリの身体を気遣いながらも、上体を起こさせる。装備類はベッド脇に置かれていた。

 

 

”ヒヨリを起こしてくるね”

 

 

 ベッドから足を床に下ろしたのを確認すると、先生は側を離れた。

 

 

 


 

 

 

 サオリにとって不思議な出来事であることは間違いない。シャーレの先生は、全ての事情を知っており、恨まれても仕方ない自分に救いの手を差し伸べ、今はアツコを救おうとしている。

 

 その時、装備の中に爆弾があることに気づいた。

 

 ヘイローを破壊する爆弾。それは、キヴォトスの住人ですら命を奪える爆弾。それが置かれている。勿論先生が気づいていなかったということも考えられる。だが、これまでの言動を考えれば知らなかったというのはあり得るのだろうか。そのような疑問がサオリの脳内を走り抜ける。

 

 サオリは、爆弾と起爆装置を再び装備の中に戻した。

 

 

 


 

 

 

 スーツケースの中から出てくる経験をした者は少ない。しかし、今日二人経験者が増えた。

 

 

「魔法って本当にあるんですね・・・・・・」

 

「あぁ、これは魔法だな」

 

 

 自分の出てきたスーツケースを見下ろして、サオリとヒヨリは呟いた。

 

 その見下ろしていたスーツケースからさらに一人人影が出てきた。

 シルクハットにコート、ハイウェストパンツ。おおよそキヴォトスではなかなか見ない格好をした少女。自分たちと同じくらいの年頃だとは思うが、独特の雰囲気を持っている。

 

 

「・・・・・・おっと、ごめん」

 

 

 物静かでダウナー系な雰囲気にヒヨリとサオリはどこか懐かしさを覚える。だが、その正体に迫ることは無い。

 

 

”さぁ、アツコを助けに行こう”

 

 

 先生の言葉にサオリとヒヨリ、ヴェルティは頷いた。

*1
───ここで言う人というのは、キヴォトスで言うならば先生のような脆さの者であり、キヴォトス人のことではない。───




 異邦の旅人が訪れた。隠された刃を持ち、我々の外からの知識を持つ───猛禽類は天高く舞い上がり、彼らは高き尖塔から藁山へ沈んで行く。私は彼らの名前と経歴を伝聞でしか知らない。だが、彼らが英雄であることを知っている。

 この出会いを絆として結ぶために、金銀を惜しむ気はない。この出会いが一期一会の言葉通り儚いものであることを知っているからだ。

 いまから楽しみだね。


 ・・・・・・ところで、ここまで読んで、どうかな? 面白く書けて居るとは思うんだけど───あぁ、待って待って、これだけは聞かせて欲しいんだ。

 地の文で『ミス』とつくのはくどいかな? ミス・シャーレは分かりやすくするために続けるけど・・・・・・まぁ、教えてくれると嬉しいな。

勿論、感想や評価は作家にとって必要なものさ。だから是非してほしい。

そうだね、ここはひとつマテ茶でも飲みながら……うん、ミントに砂糖をふた───


今すぐ監房から出ていきなさい、ミス・レコレータ!

地の文での『ミス』や『ミスター』表記について

  • 全てにつけるべき
  • リバース側キャラの視点の時のみつけるべき
  • 文中に初登場したときのみ付けるべき
  • つけるべきではない
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