重返青春記録1999   作:ヤグルマギク

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-Welcome to other World-

仮初めの未来か、懐かしき学び舎か


02 ようこそキヴォトスへ

 キヴォトスという都市、D.U.シラトリ区という地名、そのどちらもヴェルティという少女にとって初めて聞く言葉だった。異常な事態、不可思議な光景───例えば、天に雨が還っていくような光景や、体が絵の具のようにドロドロとして行き、正気を失った人々の姿である──その多くを目にしてきた彼女であっても、今度ばかりは夢ではないのかと疑ってしまう。

 

「・・・・・・うん、痛い」

 

 お約束のように頬をつねってみるも、きちんと痛みが伝わってくる。ということは、これは夢ではないはずだ。それが確認できたヴェルティは、まず自身の状況を整理し始めた。

 

「私はヴェルティ。聖パブロフ財団に所属していて、役職はタイムキーパー・・・・・・うん、齟齬はないかな」

 

 まずは自分の名前と所属を唱える。明朗に出てくる言葉はその記憶が確かなものであることを示す。

 

「ここは、キヴォトスという都市、その中心地区にあるホテル」

 

 施設利用の案内書きに目をやりながらヴェルティは言った。

 

「・・・・・・財団と連絡は取れない。けれど、ドルは使えたから当面の活動資金には困らない」

 

 ドルは前回の任務で支給されていたものだったが、それがそのまま使えた。しかし、ドルは主流ではなく、本来は円が通貨のようだ。財団と連絡が取れない今、活動資金や時代に合わせた身分証は用意できない。それはとても痛手となるだろう。

 

「現状確認できたのは、人間と獣人とロボット、それに天使の輪のようなものを浮かべた女学生・・・・・・神秘学家(アルカニスト)は見ていない」

 

 ストームによって引き起こされる時間逆行。だが、その時間逆行の前にも予兆とも言うべき現象が引き起こる。それが時代病。時代病は様々で、絵の具のようにドロリと体が溶けることもあれば、コラージュ作品のように体がバラバラになるようなものもある。

 ヴェルティは腕に取り付けた真空管の時計を見た。その独特な時計には何も浮かんでおらず、ストームの気配は無いことを示している。ということは、町にあふれた獣人やロボットは時代病によって、そう見えたり、変化していたりするわけではなく、本当にそういう人々なのだろうとヴェルティは理解した。

 

 そしてヴェルティは最後の確認として、スーツケースに手を伸ばした。留め具を外し、小さく呪文を唱える。この呪文は彼女が使える数少ないスペルだ。その効果はスーツケースの中を箱庭に変えること。ヴェルティのスーツケースは、スペルによって多くの人物を運ぶ方舟になり、任務に仲間を連れていくのだ。そしてスーツケースは、条件を満たした人物であればストームから守ってくれる力もある。

 だが、今回は普段とは違う。方舟が山頂に止められず別の場所へ流されてしまったかのような状態だ。もし、このスーツケースの中に誰も居なかったら・・・・・・という不安がヴェルティの中にある。それ故に今まで確認しなかったのだが、今ようやく確認することにした。

 

 パチリと瞼を上げると、そこはホテルの客室ではなく、日の光溢れる広間だった。ジュークボックスからは小気味よいジャズが流れ、ガラス張りの壁の向こうには赤い荒野や冬の大地、湿地や中華風の家屋が見える。まるでパッチワークのような景色は、この場所が常識の範疇には無い場所であることを示す。

 ヴェルティは部屋をくるりと見渡す。音楽が流れるままのジュークボックス、壁に掛けられたボードに貼られた写真の数々、椅子においてある黒コート・・・・・・色々な物で溢れているが、そこに散らかっているという印象は薄く、一定の秩序を感じさせた。ヴェルティは電源の入っていないテレビに近づく。

 

「TTT、そこにいる?」

 

 アイスクリームのように積み上げられたテレビの電源をパチパチパチとつけながらヴェルティは問いかける。テレビに話しかけて答えが返ってくるはずがない。それが一般の常識だ。だが、彼女にとっては違う。

 

『はーい、呼んだ?』

 

 画面にそばかす顔の少女が映る。焦げ茶のふわっとしたセミロング、瞳は人を吸い込むような湖沼の緑。赤いチェック柄のブレザーと膝上のミニスカートはティーンエイジャーだということを示す。その少女の姿が四段のテレビそれぞれに頭、胴、腰、膝下という風に分割されて表示されている。

 

「よかった、居るんだね」

『ん? どういうこと?』

 

 少なくとも一人、スーツケースの中にいた住人が自分とともにこちらに来ている。それはつまり他の者も来ている可能性が高くなったことを意味する。その気持ちがヴェルティにふぅと小さな息を吐き出させた。しかし、スーツケースごと自分が元の場所とは違う世界のような場所に放り出されたことを知らないTTTは、そのヴェルティの行動に首を傾げた。

 

「えっと、なんて言ったらいいかな・・・・・・不測の事態というか、おかしなことに巻き込まれてしまったようなんだ。取り敢えず、声を掛けれる人に声を掛けて、集めておいてくれる?」

『・・・・・・なんだかわからないけど、分かったわ。任せて』

 

 TTTはまだ困惑の表情を浮かべながらも了承し、体の向きを変えて歩き出す。そして彼女の居なくなったテレビは白色だけを十数秒浮かべた後唐突に一般放送に切り替わった。

 

『こちらクロノス報道部! 朝の天気予報の時間です。シラトリ区全域は晴れ。少し肌寒さがありますが、陽に当たって歩けばのんびりとした散歩が楽しめることでしょう。次に───』

 

 少し様子のおかしい服装をした色黒の少女が話す天気予報をヴェルティはチラリと眺めた。天気予報の範囲は広く、ユーラシアというほどではないがオーストラリア大陸のような、相当な広さを持つ都市のようだった。

 

「これは、飛行機の移動も必要かな」

 

 そう独り言を口にした後、彼女は一旦スーツケースの外に出るのだった。

 

 

 


 

 

 

「どうされましたか、先生」

 

 コーヒーの入ったマグカップを渡しながら尾刃カンナはそう訊ねた。不良の取り締まりの後、お礼といっては何だが、今度は逆に先生の仕事を手伝うためにカンナはシャーレに来ていたのだ。

 

”んー? なーんか不思議な子だったなって”

 

 先生は書類の内容に目を通しながら、一方でメモ用紙に可愛らしいシルクハットの絵を描いていた。

 

「まぁ、そうですね。今は何年か───まるで、タイムスリップしてきたかのような・・・・・・」

”そうだね、それにヘイローも無かったし・・・・・・”

 

 顎に指を当てよくよく思い出すように先生は目を細める。

 

「そう───でしたか? よく覚えていませんが」

 

 カンナは記憶を探るが、上手く思い出せない。それは記憶の中の変わった少女の変わった服装に注目していて頭上にはあまり目を向けていなかった。というより、樹上にあるヘイローに気を配るような習慣をキヴォトスに住まう学生たちは持ち合わせていなかった。

 

「気になりますか?」

”ちょっとはね”

 

 ヴェルティと名乗っていた少女について、先生はどこかゲマトリアのような雰囲気を感じていた。それは証拠など何もない直感的なものだったが、当たらずとも遠からずといったところだろうか。ゲマトリアという組織もまた特異的な技術や能力を持つ集団。キヴォトスという世界において異質な力を持つのはヴェルティも同じだった。それを多くの生徒を見てきた大人の嗅覚が無意識に嗅ぎ付けていたようだ。

 

”まぁ、少し気になる程度だから・・・・・・”

 

 特に問題は起きないだろう。と楽観的な憶測を立てて書類仕事に向かい直した。

 

 

 


 

 

 

「よかった、みんな居るんだね」

 

 再びスーツケースにヴェルティが舞い戻ったのは、TTTに人を集めるように言ってから二時間後のことだった。広間には人も人の形をしていない者も溢れ、とても窮屈なことになっている。その顔ぶれを見渡してヴェルティは安心した表情を見せた。橙色の髪の少女、リンゴの紳士、首無しの騎士、飛行ウィッチに羊の記者。様々な神秘学者が不思議そうにヴェルティを見つめる。

 

「───凄く大きな問題が起きたんだ」

 

 落ち着いた口調でヴェルティは自分たちに降りかかった奇妙な出来事を説明し始める。

 

「まず、財団と連絡が取れなくなった」

 

 集団の雰囲気が静かに、冷たくなっていく。勿論それはヴェルティの言うことを疑っているわけではない。むしろその逆で、彼女に対する信頼故に、何かおかしなことが起きたことを悟り、任務(イベント)が始まろうとしているのを察したのだ。

 

「そして、見知らぬ都市に私たちはいる……この中でキヴォトスという名前に覚えがある人は居る?」

 

 一人二人の人物が手をあげる。それは青髪の数学少女や腰にランプを吊り下げた藍色のコートの少女だった。

 

「37とマーカスは知ってるの?」

「ギリシャの地名でしょ? 知ってるよ」

「確か、聖櫃や方舟という意味の言葉だったかと」

 

 二人は全く別の内容を口にする。しかし、彼女たちの言うことはどちらも正しい。ギリシャには実際にそういう地名の村があり、方舟や聖櫃、つまりアークと呼ばれるものらの意味としても使われる。

 

「……たぶん、二人とも言っていることは正しいんだろうけど、ここでは違う意味のようだよ」

 

 そうヴェルティは言って、二時間の間に入手した地図を取り出し、開いた。その地図を見ようと皆が彼女に近づく。だが、そうは言っても一枚の地図。数十人が一度に見ることはできない。それが分かっているヴェルティはもう数セットほど地図を取り出し、配った。

 

「───こんな地形見たこともない」

 

 片目を白髪で隠した学者は、瞳をキラキラとさせてその地図を眺めて言った。

 

「そうですね、ミス・スヴィスティ。私もこのような地図は……」

 

 横から覗き込んだ金髪の教師が友人に同意してじっくりと地図を眺めた。

 

 その他様々な神秘術家が地図やその都市名などに考察や感想を述べるが、それを総合すると誰もこの世界について知らないということに落ち着く。

 

「……どうやら、本当に厄介なことになったようだね」

 

 そうヴェルティは小さく溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 




37はいますが6はいません。彼ははちみつ消費で忙しいので……
エズラ君もいません。彼は人間なので。
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