重返青春記録1999   作:ヤグルマギク

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-Tender is the Night , The Sky is Clear-

フィッツジェラルドは華麗なる作家だったに違いない、今でもここに本があるのだから。


03 夜はやさし、空は青し

「───当面は情報収集。あまり混乱を招きたくはないから、少人数で行動しよう。メンバーは私と・・・・・・ソネット、お願いできる?」

 

 スーツケースの会合でヴェルティは最前列にいたオレンジ色の髪の少女を指名した。彼女はコクリと頷き、ワンドであるガラスペンをクルリと回した。

 

「あぁ、相棒。通信機器があれば、情報収集は私も手伝えると思うよ」

 

 青色のマフラーをした元シュタージの少女がした提案にヴェルティはわかったと答えて、通信機器の入手をする方法について後で考えなければと、脳内のタスクリストに書き加えた。

 

「他に、優先して持って帰ってくるべき物はある?」

 

 そう訊ねるといくつか手が挙がる。その中からヴェルティはドルイドの女性を指定した。

 

「ミス・タイムキーパー、食料品を確認しておいて欲しいのだけれど」

「ミス・ドルーヴィス。一応みんなが暫く食べていけるほどの量はあったと思うけど・・・・・・?」

「えぇ、分かっているわ。けれど、いつ帰れるか分からないし、ここの食べ物がどのようなものか、知っておきたいの」

 

 もしかしたら私たちとは全く違う物を食べているのかも。そう言外に語るウェアハウザー家のご令嬢の脳裏には、少し昔の記憶が蘇っている。それは1929年の記憶。ウォール街とダウが凋落したあの日、人々はそれまで食べていた物を投げ捨て、金と紙幣を貪り始めた。その記憶と経験がドルーヴィスに危惧を齎した。

 

「わかった。それも確認しておく」

「お願いするわ」

 

 それから、世界地図や電力補給などが提案され、それらの優先順位をつけた後、ヴェルティはスーツケースから再び出た。

 

 

 


 

 

 

「おや、先生。出かけられるのですか?」

”うん、借りてた資料を返しに図書館に行ってこようと思って”

 

 トートバッグに資料を詰めて出かけようとする先生にカンナは声を掛けた。

 

「私もついて行きましょうか?」

 

 先生は首を横に振ってその提案を断る。それほど重たいものでも無いし、遠くもない。カンナには休んでいてと伝え、先生はシャーレを出た。

 

 

 


 

 

 

 情報収集の足がかりとしてヴェルティは図書館に向かった。通信装置などは欲しかったが、入手の方法は思いつかない。それならば取り敢えず地図だけでもと思い、足を向けた。

 

「・・・・・・これ」

 

 ソネットには地図を探しに行ってもらい、自分は新聞のライブラリに向かう。政治も経済もエンタメも天気すらもまとめられた新聞は格好の情報源だ。その新聞を一面々々捲ると自分の知らない情報が幾らでも溢れてくる。

 

「レグルスもこんな気分だったのかな」

 

 シルクハットは脱いで側に置き、数週間前の新聞を開く。一面に大きく書かれた事件。なんでも、このキヴォトスに巨大な塔が乱立し、それを生徒たちが解決したとか。別の日のものには、二つの大きな学園が平和条約をと書かれている。どうやら自分の知る学園の概念が、この地では少し違うと思われた。

 

”随分、色々読んでるね”

 

 興味津々という声色は、こう言うものだ。そう断言できそうな声がヴェルティにかけられた。声の主は、少し前に出会った女性。名前は───ど忘れしてしまったが、たしかシャーレの先生と呼ばれていた女性だった。白いシャツの袖を捲り上げ、露出する素肌は白いながらも、不健康に見えない程度には焼けている。それに爛々と好奇心を輝かせる琥珀色の瞳を併せれば、幼さを残す活動的な印象を与えてくる。

 

「また会ったね───」

”先生でいいよ。見たところ、君も学生でしょ?”

 

 ヴェルティは答えに窮する。特に誤魔化す必要はないのかも知れない。しかし、もしかしたら今、私は尋問を受けているのかも知れない。ファンタジー小説のように異なる世界へ潜り込んでしまったのなら、ここは自分の知っている常識とは異なるルールで社会が動いているだろう。

 

「・・・・・・私は学生じゃないよ」

 

 ヴェルティの選んだ答えは、誤魔化さないことだった。確かに先生と名乗る女性の評価は正しい。ヴェルティは16歳で、本来ならば高校生として学校へ行き、友達と遊んだり、好みでない授業を聞き流して昼寝をする。そんな少し不真面目な学生をしているのが本来の姿だろう。しかし、彼女の体質というべきか、ストームと呼ばれる現象を乗り越えることができるがために、彼女は一人の大人としての道を歩んでいる。

 

”あぁ、やっぱり?”

 

 ここに座ってもいいかと対面の空席を指して先生は言葉を続け、ヴェルティはそれに頷く。

 

”そう、警戒しなくても・・・・・・”

 

 椅子を引いて座りながら彼女は言う。ヴェルティからすれば警戒して当然なのだが、先生からすれば何故ここまで警戒されるのかというところだろう。

 

「この記事・・・・・・貴女のことが書かれてるね。ミス・シャーレ」

 

 話題そらしと情報収集の一環として、ヴェルティは丁度読んでいた新聞に書かれている内容を本人に見せた。

 

”そんな風に呼ばれるなんて初めてだよ”

 

 そう言いながらも特に嫌がる素振りを見せるわけでも無く、ミス・シャーレこと先生は新聞記事をのぞき込む。そこに書かれている内容は、エデン条約と題された平和友好条約の事件についてだった。

 

”あはは・・・・・・なんだか気恥ずかしいな”

「二大校間の平和条約、仲介には連邦生徒会? が入っている。まるで国同士の外交のようだ」

”まぁ、大きい学校だからね”

 

 国のようであることを女性は否定しない。それが当たり前のように語る。ヴェルティの思った通り、ここは自分たちの常識とは違うものがあるようだ。

 

”ところで、それ時計なの?”

 

 今度は先生の方から質問が飛ぶ。彼女の指さした先はヴェルティの腕、そこにはニキシー管が四つ並んでいる。だがその役目は時計ではなく、タイマーの方がしっくりくる。何故なら、この管に数字が浮かべば、それはストームまでの残り時間だからだ。

 

「ッ!? そんな、さっきまでは───ごめんッ!」

 

 浮かんだ数字は0102。本来ならば24時間前には起動するタイマーにはあるまじき寝坊。これも世界の法則が異なっているからなのか、そんな疑問は「図書館ではお静かに」のルールと同じように放り捨てて、地図の棚に急ぐ。

 

「ソネット!!」

 

 ヴェルティの慌てた声にビクリと跳ね上がったソネットだが、それも一瞬のことで、親愛なるタイムキーパーの焦り様が尋常でないことを悟ると、表情を堅くして、どうされたのですかと訊ねた。

 

「後一時間でストームが来る」

 

 右腕に取り付けてあるニキシー管をよく見えるように掲げる。

 

「そんな───いえ、分かりました、タイムキーパー」

 

 ソネットは棚から抜き取っていた数冊の旅行雑誌や地図帳を抱え、それらと共にスーツケースに飛び込んだ。

 

 

 


 

 

 

「これは・・・・・・一体全体なにが」

 

 キヴォトスのどこか、黒のスーツに身を包んだ異形頭の男性は、空気中に異常発生した未知のエネルギーに困惑した声を上げた。先ほどまで静かだった複数のモニターが一斉にアラートを鳴らし、その未知のエネルギーが危険であると告げる。それは今、D.U.シラトリ区を中心に増大し続けており、そのスピードは指数関数的と言うしかない。

 

「ククッ、色彩をどうにかしたと思えば、次はこのような───いえ、それよりこのエネルギーは、どうしてここまで莫大でありながら、未だ現象会に影響を与えない? まるでそこにあるとして仮定しているような・・・・・・そう、虚数のようで」

 

 アラートの協奏曲の中で、男は興味が尽きないとばかりにデータへかじり付く。暫くはゲマトリアの再開を見送ろうかと思っていたが、これは早急に会合をしなければならない。そう思った男の背後で声がした。

 

「虚数、とは・・・・・・面白い言い方をするのじゃな」

 

 男は振り向く。そこには少々露出度の高いドレスを身にまとった女性が立っていた。

 

「・・・・・・どなたでしょうか。今日は訪問者の予定は無かったのですが」

 

 今の今まで気付かなかった。それが男の警戒心を引き上げる。

 

「そう警戒するな、異形の求道者。妾とそなたは良き友人になれるはずよ」

 

 万年筆のインクの様に青い髪の毛、狂気も落ち着きも並々と浮かぶ空虚な瞳。一切安心感を与えない笑み。だが何よりも目を引くのは頭部に刺さったアクセサリー。それは何かの特殊メイクなどではなく、確かに突き刺さり、貫通して先端が反対側から飛び出ていた。

 

「またこれは、厄介なことになりそうで・・・・・・」

 

 クックックッと男は半ば諦めのように笑いを洩らした。

 

 

 


 

 

 

 図書館に残されたシャーレの先生。彼女は日の光の弱まりを感じて窓の外を覗いた。青々とした天空がまだ見えていたが、雨雲がゆっくりと広がろうとしていた。

 

”一雨来そうだな・・・・・・”

 

 そういえば、洗濯物しまっておいたっけ。なんて考えながらヴェルティと名乗った少女がほったらかした新聞や雑誌類を棚に戻す。真空管のような見た目の腕時計に数字が灯ったので訊ねてみたら血相を変えてどこかへいってしまった彼女に対して興味が尽きない。ヴェルティというのも中々聞いたことのない名前だ。西洋的な名前は珍しい。そして私への呼び方も珍しいものだった。もちろん全ての生徒から先生と呼ばれているわけでもないし、呼びたいように呼んでもらって構わない。だが「ミス・シャーレ」とは、思いついたこともない呼ばれ方だった。

 薄く緑がかった髪の毛と瞳、鼻筋にはそばかすのある女の子。それだけ見れば年相応に見えるのに、言葉遣いや服装が彼女を大人の一員であると伝える。

 

”あっ・・・・・・”

 

 先生は置かれっぱなしのシルクハットを見つける。シックな黒に彼女の髪色と似た薄い青緑のリボンが巻かれているお洒落な帽子。あまりにも急いでいたので忘れてしまったのだろう。

 

”これは、またお話しする口実になるかな”

 

 親切心と好奇心、ほんのちょっぴりの打算を含んだ行動。ヴェルティの評した通り、ミス・シャーレはまだ子供っぽさの残る大人だった。

 シルクハットと手に取り、彼女は急いでどこかへ行った少女を捜しに出かけた。

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