重返青春記録1999 作:ヤグルマギク
実感はすぐに───新しい友人との出会いによって
ここすきとか感想欲しいです。(率直な乞食)
1stー01 逆行
まるで1966から1929に戻ったときのように、そのスーツケースの中の空間は静かだった。もちろんあの頃とは違う。今も割り当てられた個室から、テレビから、置物の中に紛れるように、様々な視線がミス・シャーレを刺し貫いている。
その時、ピコンと通知音がミス・シャーレの持っている端末から発せられた。彼女はちょっとごめんとヴェルティに断りを入れてから、端末の液晶に目を向けた。
『先生、大変です! モモトークにバグが起きたようで、何名かの生徒さんから、何故連絡先にあるのかという質問が来ています!』
”よかった、アロナとプラナは無事なんだね。えっと、最近知り合った子たちか・・・・・・大丈夫、そっちは後で誤魔化しておくよ。それより、こっちから連絡が取れない子はいる?”
青髪の少女というより童女が慌てた様子でモモトークの画面を表示させた。とりあえずそれはどうとでもなる。それよりも連絡が取れなくなった方が心配だった。だから送信できる相手に全員送信するよう頼む。
『肯定。現在、錠前サオリ以下アリウススクアッド。尾刃カンナ。京極サツキ、火宮チナツ、鰐渕アカリ。静山マシロ、朝顔ハナエ。また、百合園セイアと聖園ミカは返信がありません。質問、全て読み上げるべきでしょうか?』
答えたのは落ち着いた童女。こちらは白の長髪で、黒のセーラーによく映えている。彼女の質問に先生は首を横に振った。
”リストアップしておいてくれる? 連絡先の交換をしたのがエデン条約以前と以降で分けた上で、送信不可と応答が無いとで分けてくれると嬉しいな・・・・・・それと、私たちと同じように時代を乗り越えることが出来た子たちからの連絡があれば教えて”
『了承、作成を開始します』
そう答えた童女は身を翻して、作業をし始めた。
”アロナ、私は一旦戻るね”
はい先生という声を聞きながら、先生はシッテムの箱から意識を覚醒させた。
「・・・・・・大丈夫?」
虚ろな目で電子端末をのぞき込むミス・シャーレにヴェルティは訊ねた。その問いかけが切っ掛けかは分からないが、ミス・シャーレの瞳に光が戻り、パチパチと数度瞬きをした。
”大丈夫、少し生徒から、何で先生が連絡先にいるのかって連絡がね”
「他にも乗り越えられた人たちが?」
ヴェルティの言葉には期待が含まれている。だが、きっと彼女は勘違いをしている。少なくとも今、乗り越えたという連絡は無い。
先生は、乗り越えた人物からの連絡ではなく、この時代が数ヶ月前に戻り、その間に連絡先を交換した人物たちは、モモトークというアプリケーションのシステムによって、先生の端末の番号が自動で追加され、それに気付いた人たちが連絡をしてきているということを説明した。
「この世界の技術力はずいぶん進んでいるんだね」
と落胆した声色なものの、ヴェルティにとっては進んだ技術である電子端末に興味を引かれたようで、先生の腕に抱かれたシッテムの箱に視線を移した。
「私たちの時代は1999年から進んでいないんだ・・・・・・あぁ、でも、科学では出来ない次元のことを出来る人たちもいる」
外へ出るのはもう少し後で良いか、とヴェルティは訊ねる。それに先生は頷いた。するとヴェルティは、スタスタと広間を横切り、両開きの扉の前に立つ。そこは彼女と先生が入ってきた扉ではない。では、なんの扉か。それは、このスーツケースの住人たちの個室の扉が並ぶ廊下への入り口だった。
ヴェルティは扉を開けると、数人の少女が倒れ込んできた。彼女らに呆れたという視線を送りながら、その数人の向こう側をみる。先生も釣られてそっちを見ると、そこには気まずそうに距離をとる青いマフラーをした女性がいた。
「ずっと聞いていたの?」
ヴェルティがそう訊ねると倒れていたオレンジ髪の子がうぅと躊躇いながら答えた。
「申し訳ありませんタイムキーパー・・・・・・ミス・レグルス、ミス・コーンブルメが聞きたいと言って」
「おいっ! ソネットも興味津々で聞いてただろ!」
「そんなことより、このマチルダ・ブアニッシュの上から退きなさいよ!」
誰も彼女も皆若い。彼女らは生徒たちと遜色の無い年齢だろう。オレンジ色の髪の子がソネット。立ち上がった彼女は髪を整え、服に付いた埃を払う。そこからゴッホンと軽い咳払いをした。長く赤い髪の毛を高い位置で二つに結んでいる。首全体を包む高い襟によって少し首の長い印象を受けるが、それがまた彼女の美しさを引き立てている。
白を基調とした服は短いワンピースのようで、胸から腹にかけて糸を通し、袖は灰色、肩はケープがついており、所々に星の意匠が散りばめられている。それはさながら星空のようであり、太陽を思わせる髪の毛との対比のようにも思えた。
そのワンピースの下からは同色のレギンスが顔を覗かせ、細くスラッとした足をより強調している。また、ケープの裏地や髪留めはアクセントにチェック柄があしらわれ、太陽の髪の毛と肩の星空、またはチェス盤の上の駒であることを思わせているかのようだった。
そして、ソネットと名前を呼んだ少女、彼女の名前はレグルス。彼女はソネットとは正反対に派手派手しい見た目をしている。
ハートの意匠が入ったキャスケット、大きめのサングラスは彼女の瞳を隠している。亜麻色のボブカットはさらさらとしているが、転んだこともあって少々乱れていた。
首には水玉のスカーフ、そのスカーフと同じ青色のワンピースの裾からは健康的な若い足が露出しており、丈短めのジャケットと同じ赤色の靴下は彼女の活発さを示す。赤と青の対立する二色、焦げ茶のブーツはサイズが大きめでブカブカだが、それがまた彼女の無秩序を際だたせる。
加えて言うならば、彼女の周りにはふわふわと蝶ネクタイをつけたリンゴが浮かんでいた。これは彼女のアクセサリー───ではない。彼も立派な住人である。しかし、先生からすればまだ浮かんだリンゴだ───総じて、お洒落さんという印象を受けはするが、先生からして、そのファッションは少し古いモノではないかという考えがよぎる。勿論それは仕方ないことである。彼女は1966年にヴェルティによって救われた。それ故にファッションセンスはそこで止まっているのだ。
次に、マチルダ・ブアニッシュと自身の名前を叫んだ少女マチルダ。彼女は薄灰色のミディアムボブの形を直し、サイドテールについたゴミを手で払う。そのアクアマリンの瞳は気丈さを如実に表す光が込められ、きゅっと引き締まった口は、怒りっぽい性格を表す。パリッとした清潔な白シャツを着こなし、落ち着きのある臙脂色に尊い血筋を誇る金のラインが入ったレジメンタルタイを結ぶ。タイには彼女の瞳と同じ色の宝石が輝くピンがとりつけてあった。
そんなシャツとタイを覆うのが、濃い灰色のニットベストとその上に羽織るカーディガンである。こちらは華美な装飾もなく、さりげない金刺繍や金のブローチが高級感を出している。と、ここまで見れば彼女は高貴な血筋の高飛車少女と言った印象だろうが、彼女は深窓のお嬢様ではないのだ。
彼女が穿いているのはハイウェストのショートパンツ。動きやすさを重視はしているが、かといってこれまでの気品さを捨てているわけではない。機能性や運動性を確保しながら、一方で落ち着いた色合いやデザインで高貴さを維持したままのコーデだ。
最後に一人だけ奥へ逃げようとしていた女性。ソネットの呼んだ名前を消去法で当てはめるのであれば、彼女の名前はコーンブルメであろう。彼女は一見大人の女性に見えたのだが、渋々こちらへ近づいてきたところを観察してみると、それほど大人という年齢ではないのではないかと思える。
さて、彼女について一番に目につくのは、その深い青色のマフラーだろう。口元を隠すそれは彼女の服装の中で一番色彩を持っている。白銀の長い髪と黒のレザーワンピースとコート。それらの色合いを考えればおのずとマフラーに目が行ってしまうのは仕方のないことだろう。
彼女の藍色の瞳が先生へ向いた。服装や歩き方の所作は少女のそれではなく大人のモノ、しかし彼女の瞳はじっと先生の全身を一度上から下まで眺めた後にニコリとした形に閉じられる。その部分に先生は彼女の子供らしさを感じるだろう。それはどことなく掴みづらいミステリアスさ。同じ髪色からゲヘナ学園の便利屋68社員鬼方カヨコを思い出すが、むしろどことなく滲む子供らしさは浅黄ムツキのほうが似ているのかもしれない。
彼女は黒のレザーワンピースを着ている。ダブルボタンが鈍い銀色に輝き、たすき掛けのベルトと腰のベルトを巻き付けていた。その腰のベルトにはマガジンポーチのようなものが付いている。そして、コーンブルメという少女は、他の少女たちと違い銃を持っていることが、先生にはわかった。それは銃社会キヴォトスで培われた観察眼のおかげというべきか。コーンブルメはレザーワンピースの上に羽織るコートでうまく隠しているが、脇にホルスターをつけているはずだ。拳銃使いの生徒たちを見ていて気付いたことだったが、やはりホルスターや銃というものがある以上、それらが邪魔になって動きに何らかの変化が出てしまう。
だが、先生の観察眼は彼女の武器が拳銃だと告げている。ならば、腰のマガジンポーチのような四角いケースには何が入っているのだろう。大きさは少なくとも拳銃用のものではない。とよくよく目を凝らした先生はその四角いポーチから一本の線が出ていることに気が付く。それはヘッドフォンのコードのようで、彼女が付けているヘッドフォンにつながっているようだった。
「……紹介するよ、ミス・シャーレ。彼女たちは
ヴェルティは並んだ四人を指していった。神秘学家とは聞きなれない言葉だ。だが、彼女は必要でないときにジョークを言うような人間ではないことを先生は既に知っている。そして、この空間自体が魔法のようなものであることも認識している。つまるところ、彼女の言葉は本当なのだ。
”えっと、彼女たちも同じような魔法が使えるってこと?”
そう訊ねるとヴェルティは首を横に振った。
「
ヴェルティはソネットにそっと目配せをする。すると意図を理解したソネットがまるでガンスピンの様にガラスペンをクルクルと回しながら中空に文字を書いた。
様々な詩句が彼女の周りを漂う。それはあまりにも非現実的な光景。だが、この数時間のうちに出会った何度目かの非現実だった。
「まだ、スーツケースの住人はいるから……そのうち会うかもしれない。その時は、あまり驚かないでほしいな」
「おいおい、そりゃ無理なんじゃないか? ここは変人奇人の万国ビックリショーなんだぞ?」
レグルスがそういうとヴェルティはちらりと目をそらした。彼女も絶対に驚くと思っているのか、その目の泳ぎっぷりはまるで悪戯がバレて叱られる時の子供の様だった。
「Mr.レイビーズやMs.TTTなどでなければあまり驚かないと思いますがねぇ」
と野太い男性の声が部屋に響く。声の方向を先生は見るが、そこにはレグルスと彼女の周りを衛星の様に回るリンゴしかいない。今のは君が? とレグルスに視線で訊ねてみるが、彼女は首をゆっくりと横に振り肩をすくめた。
「今のは、
もう一度声がしたとき、ミス・シャーレは確かにリンゴから音が発され、喋るたびに彼? の蝶ネクタイと襟が揺れるのを見た。そう、名前の通り喋るリンゴ、Mr.Apple。もしこれがCoCならSANチェックものだが、生憎ここはブルーアーカイブの世界。その異形に驚きのあまり口をパクパクとさせて唖然とする大人の姿がそこにあるだけだった。