先日浮かれてスキップしていたら、硝子の壁に気付かず、思いっきりぶつかると云う事を二度繰り返しました。つまり、私は実質壁です。
吾輩は植木鉢である。正確に云うと、植木鉢に植わっている観葉植物である。
何処でご主人に買われたか、一切見当がつかぬ。最初の記憶は、ご主人がビニールポットから吾輩の体を植木鉢に植えるところだ。吾輩はここで、初めて人間を見た。後から聞いた情報で判断するに、ここであった人間は、女子高生と云う、人間の中で最も高貴な種族らしい。この種族は雌しかいないらしく、年を取ったら種族が変わり、そこで交配を行うと云う。その話を聞き、人間の生態とはかくも不思議なのか等と驚いたものである。
ただ、その頃はその様な事は知らぬため、別段畏れ多いとは思わなかった。
ここで妙だなと思ったことは今でも記憶に残っておる。植木鉢、否、観葉植物がものを見れることに対してではない。吾輩たちは、目の前の光景はまるで絵巻物のごとく、余すところなく見渡せるのである。人間が顔の前にぶら下げる二つの白黒の玉などは、吾輩などに言わせれば全く不要なものである。吾輩は、自らの姿をも俯瞰し、鉢の縁をぐるりと眺め、さらには己が置かれた棚や床の隅々まで一望できるのだ。まるで空中に浮かぶ目が、自由気ままに見下ろしているかのようである。
話がずれた。吾輩はこれでも、人生ならぬ植生経験が豊富であるため、猫や犬など、人間の一種のような存在をそれなりに見てきている。
だが、人間はそれらとは決定的に違うのだ。第一に、体を毛が覆っておらん。その代わりに、吾輩らが枝につける葉を、さらに複雑に大きくしたような物を体にくっつけている。
その癖、頭の天辺から、むやみやたらに毛を生やす。吾輩は、他の観葉植物諸君だけでなく、様々な猫や犬なども見たが、このような傾奇者には未だ一度として会ったことが無い。おそらくこれからも会わんだろう。
この女子高生の手によって、植木鉢に宿された吾輩は、どうにもできずにただ抱えられていた。すると、そのうちご主人は、吾輩を空へ持ち上げ、恐ろしい速さで直線運動を始めた。吾輩も、初めはあの植物界の憧れ、飛梅殿になったかのようで無邪気に喜んでおったが、グワングワンと揺れるうえ、今まで経験したことのない、速さという概念にすっかりやられ、これは助からんと思ってただ覚悟を決めるのみであった。
しばらくすると、ご主人が吾輩をどこかへ置いた。先ほどまで明るかったのが、少し暗くなっている。天には青空の代わりに白い板がある。その中心には白く大きな、太陽の代わりのような存在がある。周囲を見渡す。天だけでなく、横にも板がある。そこから少し離れたところに、分厚い板に四本の足をくっつけたものや、同じく四本足の、布がかけられた何かなど、いろいろなものがある。もしやこれが噂に聞く、吾輩の同族を殺して建てるという「家」だろうか。だとすれば、吾輩もここで殺され、「家」にされるのやも知れぬ。しかし、それにしても人間とは哀れである。吾輩にとっては植木鉢一個で済むものが、彼らにかかると、たちまちその数百、数千倍の容積を必要とするのだ。
吾輩はしばらく、己の非運を嘆いていた。とはいえ、案外居心地は悪くない。土は湿っておる。根は張れておらぬが、時間の問題であろう。そも、吾輩を「家」にするなら、植木鉢に植え替える必要などないのだ。そう思ったら、とたんに気が楽になる。主人の様子を窺う。彼女は扉を開け、誰かを呼んでいる。「おーい、あおちゃん!」甲高い声だ。声には興奮と、誇らしさが見て取れる。どうやら吾輩のことを自慢したいらしい。女子高生という種族が格別このような行為に及びやすいのか、はたまた主人独自の特性なのかは知らぬ。呼ばれた方は「はいはい」などと気怠そうに返事をしておる。主人と似た様な声だ。この返事から考えるに、主人独自の修正かも知れぬ。
そんなことを考えておると、奥からもう一人現れた。あおちゃんなるものだろう。名前の通り青っぽい髪色である。
彼女もまた、女子高生の一種らしい。主人と似た様な服を身に着けている。そしてやはり主人と同じように、頭の天辺から毛を茂らせている。彼女は目を眠そうに細めながら、「ほえ~、かわいいねえ。どこで買ったの?」と、舌足らずな口調で云う。なんと、吾輩は買われたのか。奴隷制は何百年か前にエイブラハムという者によって廃止されたと近所の老木から聞いたが、この地にはまだそれが残っているらしい。いや、もしかすると我々植物はこの奴隷制廃止に含まれていないのやも知れぬ。嗚呼、何たる傲慢。それもこれも、吾輩らが人間と同程度、樹によってはそれ以上の知性を備えていると知られていないのが問題なのだ。
吾輩が世の関節の外れてしまったことを嘆いていると、主人がさらにとんでもないことを言い出した。
「花屋さんで売ってたんだけどね、かわいいだけじゃなくて、すっごい安かったんだよ! もう、一目見ただけでびびーんてきちゃったね!」
安かった、つまり、人間がよく使う金属片や紙を、そこまで必要としなかったと云う事だろう。最早怒りさえ湧く事は無い。ただ、吾輩という存在がかくも軽々しいものだと思うと、少しばかり嘆かわしい。とはいえ、吾輩は観葉植物である。ただそこに「いる」だけでよい存在である以上、重用されることを望むのもおこがましい話かもしれぬ。
吾輩がショックを受けている間にも、彼女らは吾輩を挟んで話を続ける。「これってどんな花が咲くの?」あおちゃんが云う。主人が少し難しい顔をして、頭をひねりながら、「それが分かんないんだよね。多分花自体は咲くと思うんだけど」と返す。
正解である。吾輩はちゃんと花弁があるタイプの植物だ。
そんな意を込めて、動力源不明の謎パワーで葉っぱを揺らす。彼女たちに伝わりはしないだろうが、それでも構わぬ。人間たちも、気持ちが大事というではないか。いわんや植物において、である。
一通り吾輩を観察し終えたあおちゃんが、布が掛かった何かの上に倒れこむ。彼女の体は沈み、彼女はその体勢のまま本棚から漫画本を抜き取る。どうやらその何かは、藁のようなものが詰まっているらしい。後から知ったが、これはベッドと云うもので、寝るときにこれを使うのだ。
「あ、そーいえばさー」とあおちゃんが急に体を起こして言う。「今日の帰り道に、新しいカフェを発見したんだよね」
主人は「へぇ?」と吾輩を窓辺に置いて振り返る。「どんなカフェ?」
「純喫茶。なんかさ、すっごい良い感じの、センスある古いカフェだったよ。名前は確か、銀時計堂だったかなぁ」
「へえー! いいねぇ」と主人の目が輝く。
あおちゃんは肩をすくめて、好きだねぇと苦笑してから「お金ちゃんとあるの~? この前も無駄遣いしてたし。流石にこれ以上は貸せないよ~」と、ぽわぽわとした表情を保ちながらも、言葉のうちに隠しようもない真剣みを漂わせつつ、主人の財布の開きやすさを糾弾する。
痛いところを突かれたらしい主人は「うっ……」と声を詰まらせてから、「まあ、そこはなんとかなるよ!」と笑う。その無計画さに、あおちゃんは呆れたようなため息をつく。
吾輩はこの話を聞きながら、二人の距離の近さに驚いていた。精神的なものもそうだが、肉体的にもだ。主人はいつの間にやら、あおちゃんと触れるような距離にいるのである。吾輩は植物である。当然動けん。謎パワーによって動くことは少しだけできるものの、本当に少しだけだ。故に、これほどまでに距離が近しいというのは非常に特異であるように吾輩には思えた。吾輩らの間では、10メートルと離れたままなどが普通なのだ。
カルチャーショックを受けている間にも、主人とあおちゃんは会話を続ける。
「でさー、そのカフェ、猫もいるんだよね。でっぷりとした茶色の猫でさ~」
主人が「猫カフェじゃん! いいねいいね」と云う。だが、そのすぐ後に「猫って人慣れしてるの?」と主人が不安そうに訊ねた。あおちゃんは漫画本から目を上げずに「うーん、あんまり人懐っこくなかったな~。あ、でも店主が餌をあげてみますかって云ってくれてね、ごはんあげるときは近寄ってきたよ」と答える。
「でっぷりとした茶色の猫」と聞いて、吾輩は興味を引かれた。猫は植物界においても、時折話題に上る存在である。曰く、「人間を使役している怪物」「時に吾々の仲間である草を、いたずら半分にむしって殺す天敵」等々。実に得体が知れぬ。
主人が「猫カフェ」と称する場所に連れて行かれるとすれば、吾輩もまた未知の領域を知ることになるだろう。吾輩の葉が風に揺れるのも、期待か、それとも不安からか。
だが、この会話を聞きながら、吾輩は同時に少し奇妙な気持ちになった。人間という種族は、他の生き物を愛でたり世話をしたりすることに、大いに楽しみを見いだすらしい。しかし、その対象が植物である場合、彼らの熱意はどれほどのものなのだろうか?
「ねえ、じゃあ明日にそのカフェ行ってみようよ!」と主人が声を弾ませる。「あおちゃんも誘うからさ!」
「あー、まあ暇だったらね」とあおちゃんが気怠そうに応じる。
吾輩は窓辺に置かれたまま、二人のやり取りを眺めていた。
どうやら明日は吾輩も新しい冒険をすることになりそうである。そう思うと、静かに揺れていた葉が少し強く震えるのを感じた。未知の場所──銀時計堂に吾輩が何を見ることになるのか、思えば期待と不安とで胸、否、茎がざわめくのであった。
その夜、月明かりが窓から差し込み、吾輩の影を鉢の内側に落としていた。静寂の中、主人は眠りにつき、あおちゃんはすでに帰り、その痕跡が僅かに残るのみである。家全体が眠りに落ちている。吾輩は思考を巡らせた。吾輩という存在の安さ、人間の性質、そして彼らの愛嬌。彼らの中で過ごす時間は短くとも、何か得るものがあるやも知れぬ。
明日の銀時計堂で、吾輩は一体何を得るのか──それを考えるうちに、気づけば葉の動きが止まっていた。どうやら吾輩にも「眠り」のような状態があるらしい。
こうして吾輩は、新しい一日を迎えるのである。
明日、吾輩は当然留守番だった。