これは語られるはずのない物語   作:篠崎勇気

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およそ一か月ぶりです。篠崎です。
まず、投稿がこんなに遅れてしまったことに対し、謝罪いたします。
理由としまして、一つだけ言えるのは、『仕方がなかったってやつだ』と言わせていただきます。
それでは最後に一言だけ言わしていただき、本編をお読みください・・・。



やっぱりFateは最高だ(殴)


有名人だからと言って、全員が知ってるとは限らない

一夜が明け、姫華楓といろはの二人は歩き出す。

これからのことを話し合った結果、とにかく歩くという結論に至った。

理由としてはいくつかあるが、一番大きな理由はこの場所の構造に未知であるという点だ。

この場所はどこにあるのか、この場所はどうゆう形をしているのか・・・そもそもこの世界は自分たちがいた世界と同じなのか。

様々な疑問が浮かぶ中、すべての回答が白紙である以上、とにかく動いて探すという手段しか取れない。

そう考えた二人は森に入らず、歩き続けることにした。

森に入らない理由は簡単だ。

視界が悪く、敵の発見が遅れる可能性があり、シンプル迷子になる可能性もある。

なので森の中には入らないように、森を迂回する形で歩くことにしたのだったが・・・。

 

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったな」

 

唐突にそんなことを言い出す姫華楓。

あまりにも唐突過ぎる内容にいろはは首を傾げつつも答える。

 

「そうであったでござるな。・・・一応聞くでござるが、風真に見覚えがあったりするでござるか?」

 

いろはの疑問も当然と言える。

彼女はかなりの有名人であり、普段ネットを見ない人間でも、コラボやらなんやらで顔だけなら知っているという方も多いだろう。

かなり有名であるという自信もあるだろう。彼女を見たことがあるというのは常識であるともいえるのではないか。

 

「いや、知らん。有名なのか?」

 

この男にそんな常識は通じない。

そもそも常識とは人格が形成される間、すなわち18歳までの間に身に着けた偏見のコレクションでしかない。この言葉は『相対性理論』で有名なアインシュタインの言葉であり、核心をついていると言えるだろう。

この言葉の意味は『疑問を持ち続けることが重要であり、知的好奇心そのものに存在意義がある』というものなのだが、話が脱線するのでここで区切ろう。

すなわち、姫華楓の常識と世間一般の人が言う常識は異なったものであり、彼がいろはの存在を知らないのも無理はないということだ。

なぜなら彼は———。

 

「やっぱり知らないでござるかー。ちょっとショックでござる」

 

肩を落としながらいろははそう答える。

姫華楓はそんないろはの頭を撫でながらこう答える。・・・て、おい。

 

「それはすまん。だが、こんな世捨て人に知られていないからと言って有名ではない、ということではないだろう?」

「世捨て人って・・・。一体どんな人生を歩んできたのでござるか?・・・というか、頭をなんで撫でるのでござる⁉」

「む?女の子が落ち込んでいるときは、こうするのが普通だと教わってきたからなのだが・・・、違うのか?」

「違うにきまってるでござる⁉」

 

それが普通なわけねえだろ。どこの普通だそれ。

いろはは姫華楓の手を払いながらそう言うと、顔を赤らめながら距離をとる。

そんな様子のいろはを見て、姫華楓は自身の常識が普通ではないと知り、ショックを受ける。

 

「・・・なんだと。これが普通ではないというのかッ!」

「まずそんなこと言ったの誰でござるか?」

「俺の姉の友人だが?」

「・・・ちなみにでござるけど、その人はどんな人でござるか?」

「そうだな・・・。しっかり者で、面倒見がよく、昔から俺にいろいろなことを教えてくれる、俺が尊敬する人だ」

「・・・例えばどんなことを教えてもらったでござるか?」

「む?よく言われたのが、女の子が落ち込んでいるときは、頭を撫でながら優しい言葉を言うとか、女の子がつらそうなときは横抱きで抱えてあげるとか、女の子と出かけるときは必ずいつもとどこが違うのか、明確な理由をつけてはっきり口にすることとか、その他には」

「ほとんど洗脳⁉しかも女の子関係のことばかり⁉」

「む?女の子関係以外でも教わっていたぞ?勉学や運動、その他にも」

「・・・ちなみにいつからそういうこと言われてたでござるか?」

「む?確か幼稚園に入る前くらいからだと思うが」

「完全に洗脳⁉大丈夫なの⁉」

「特に問題はないが?強いて言えばその人が時々肉食獣な目でこちらを見てくるが・・・、まあ気のせいだろう」

「今すぐその人と距離をとったほうがいいよ⁉」

 

マジか、やべえ人に目をつけられてたんだな。さすがにそんな人、滅多にいねえだろうけど・・・。

ツッコミの連続で息切れを起こし、肩で息をするいろはと、自分の今までの常識をことごとく否定され、ショックで固まる姫華楓。カオスである。

 

「ぜー、はー、・・・そもそも周りの子とかには何も言われなかったのでござるか?」

「特に何も言われなかったが・・・。言われてみれば時々、学校の子たちも肉食獣の目でこちらを見てくることがあったな」

 

訂正、学校の人もやべぇ奴らだわ。

 

「まさかの学校単位⁉めっちゃモテるじゃん⁉」

「モテてはいないぞ?告白されたこともないし、彼女もできたことがない。・・・こんな悲しいことを言わせるな」

 

それ女の子同士が牽制しあって告白できないだけだろ。羨ま死すべし。

いろはも同じことを思ったが、唐変木に何を言っても無駄だと悟り、静かに深呼吸をして心を落ちつかせようとする。

 

「ん?どうした、そんなに息を切らして。歩くスピードが速かったのか?」

「お前のせいだろ⁉何そんな涼しい顔してんの⁉」

「む?やはり歩くスピードが速かったか・・・。ここいらで休憩するか」

「そこじゃねえええぇぇぇぇぇええええ‼」

 

全力のツッコミをかますいろはに、なぜ怒られているのかわからない姫華楓。

事態はまさに混沌である・・・。つか語尾忘れてるぞ、ござる。

 

 

 

 

「んじゃあ改めて、(ひいらぎ)姫華楓(かえで)だ。よろしく頼む」

「・・・風真いろはでござる。よろしくでござる姫華楓殿」

 

休憩をはさみ、一度落ち着いた二人(主にいろは)は互いに自己紹介を済ませる。

姫華楓の境遇についていろいろツッコみたいところがあるが、その気持ちをぐっとこらえ、いろはは姫華楓に問う。

 

「そういえば姫華楓殿の種族は何でござる?大体察しはつくでござるが」

「ん?俺は人間だぞ?」

「いやそうじゃなくて・・・」

 

いろはの質問に対し、首を傾げながら答える姫華楓。いろはが聞きたいのは、そのアバターの種族ということだろう。そのことに気づいた姫華楓が首を横に振りながら答える。

 

「残念だが分からん。アバターを作ったのは俺ではないからな」

「・・・ん?どゆこと?」

「これは俺の姉が作ったアバターだ」

「・・・ああ、なるほど」

 

姫華楓のようなネット、いや機械に詳しくない人間が、何故Vの姿を持っているのか。その疑問が晴れたいろはは納得の表情を浮かべる。

姫華楓は自身の翼を見ながら、自分の予想を答える。

 

「そうだな。俺の予想だと、半分烏、半分白鳥と言ったところか」

「多分違うよ?半分天使の半分悪魔だと思うよ?」

 

あまりにもアホな姫華楓の回答に、いろははすかさずツッコミを入れる。

姫華楓はいろはの言葉を聞き、納得の表情を浮かべる。

 

「半分天使の半分悪魔か・・・。さしずめ半天半魔と言ったところか」

 

姫華楓がそう呟くといろははその言葉に同意する。

天使と悪魔というのは表裏一体と言っていい存在であり、基本交わるということはないだろう。

これはまさに、人の想像力から生まれた奇跡の種族と言っていい。

姫華楓は白と黒の翼を軽く動かすと、ふと思いついたかのようにいろはに問いかける。

 

「そういえばいろはの種族はなんなんだ?見た目通り侍でいいのか?」

「それは種族ではなく役職じゃないでござるか?風真は人間でござるよ?」

 

いろはのもっともな言葉に納得する姫華楓。

ついでとばかりに、姫華楓はずっと気になっていたことをいろはに質問する。

 

「ところで、時々語尾に着けてるござるってのはなんだ?キャラづくりか?」

「ちょいちょいちょい!それは禁句禁句!」

 

何とんでもねえこと聞いてんだこの脳筋。

いろはは丁寧に語尾の存在について姫華楓に説明する。

姫華楓は虎の尾を踏んだことを悟り、話題をそらしにかかる。

 

「ところで、なんでいろはは狼の群れに囲まれてたんだ?」

「うっ!それは・・・」

 

姫華楓の質問に少し言いにくそうな表情を浮かべるいろは。

いろはは少し悩むと、小声で答える。

 

「・・・たから」

「・・・ん?今なんと?」

「だ~か~ら~!ちっちゃい子が可愛かったから、撫でまわしてたらいつの間にか囲まれちゃったんだよ~!」

 

そのちっちゃいの群れのリーダーなんだが?

あまりにもアホな理由に姫華楓はため息をついてしまう。

見知らぬ場所に飛ばされて、犬(実際にはウルフ)を可愛がってたら死にかけましたとか能天気過ぎないか?と姫華楓は思ったが、口には出さない———なんてことはなく、普通に口に出した。

 

「能天気な奴だな」

「そういうのは口に出さないほうがいいと思うな~⁉」

 

結論:柊姫華楓にデリカシーなんてものはない。

いろはは自身の胸にそう深く刻み込む。

いろはが何か悟ってたみたいな表情をしているのを見た姫華楓は、何故そんな表情をしているのかがわからず首を傾げる。

いろはは姫華楓の態度に少しカチンときたが、ゆっくり深呼吸を行うことで心を落ち着かせようとする。

少し落ち着いた心でいろはは疑問に思っていたことを口に出す。

 

「少し疑問に思ったのでござるけど、姫華楓殿はいったいどんな生活を送っていたのでござるか?世捨て人といっていたでござるが・・・」

「ん?ああ、うちの家系は少し特殊らしくてな。昔からの風習を遵守する家系なんだと」

「昔からの風習?例えばどんなものでござるか?」

「例えばって言われても説明しずらいんだがな・・・。何せ外部からはそういう評価を受けているって話だし」

「ん?どうゆうことでござる?」

 

姫華楓が言いにくそうに口に出したその言葉に、いろはは疑問符を浮かべる。

 

「あー、俺自身はそう思ってはいないんだが、周りからはそう思われているというか・・・。あれだな。価値観のそう言って奴だ」

「・・・つまりどうゆうことでござる?」

 

姫華楓の説明に余計謎が深まるいろは。

姫華楓はなんとか自分の考えをいろはに伝えようとするが、余計に混乱を招いてしまう。

姫華楓にあまり語彙力がないと悟ったいろはは、自分から質問することで姫華楓の言いたいことを理解しようとする。

 

「外部からの評価っていうのを聞かせてもらってもいいでござるか?その評価の内容次第ではわかるかもでござるし」

「外部からの評価か・・・。直接言われたことがあるのは、『今時、一九でガラケーなんか使ってる奴いねえよ⁉スマホ買ってもらえや!』や、『手紙でやり取りをしようとするなや⁉L〇NE使えよ⁉ってこいつガラケーだった・・・。』や、『え、お前ゲームボ〇イしかやったことないってガチ?』とか、あとは———」

「ああ、なるほど・・・。姫華楓殿にとって、『姫華楓殿の家』が普通の基準だから何が普通じゃないのかわからないっていうことでござるか」

「そうだ!まさしくそれが言いたかった!」

 

いろはの言葉に同意する姫華楓。

いろはも自身が抱えてた疑問を解消できてどこかすっきりとした表情になる。

姫華楓はいろはが自分を理解しようとしてくれたことが非常にうれしかったらしく、上機嫌でいろはに言葉を投げかける。

 

「それにしてもいろはは頭がいいんだな。俺はあまり頭がいい方ではないから、すごいと思ってしまうな」

「いや~、それほどでもないでござるよ~」

 

姫華楓の心からの称賛に、いろははわかりやすく照れる。

姫華楓は思ったことをそのまま口に出してしまう体質・・・というか気質なので、この言葉が心からの称賛であると、いろはも察することが出来てしまった。

少し気恥ずかしさを覚えながら、いろはも姫華楓に言葉を返す。

 

「姫華楓君だってすごいじゃん!風真のピンチにさっそうと駆けつけて、絶望的状況をたった一人でどうにかしてくれたでござる。まるで物語に出てくるヒーローみたいだったでござるよ!」

「ヒーロー、ね」

 

いろはの言葉に少し暗い表情を浮かべる姫華楓。

いろはは自身が姫華楓の地雷を踏んでしまったことに気づいたが、時すでに遅し。

あたふたしているいろはを見て、姫華楓は苦笑しながら、いろはの頭を撫でる。

いろはは姫華楓の行動に体を少し跳ねさせるが、触れた場所から伝わる心地よい熱に深い安心感を覚える。

しばらくその状態が続いたが、姫華楓はハッとしたような表情を浮かべると、いろはの頭から手を放す。

いろはは離れていく手のひらを見ながら少し残念な気持ちを抱いたが、顔には出さず、姫華楓の言葉を待つ。

 

「すまない。そう言えばこういうことはあまりしないほうがいいんだったな・・・。以後気を付ける」

「そうでござるよ。『髪は女の命』という言葉があるくらいなんでござるから、気安く触れてはいけないのでござる」

「ん?俺もその言葉は知っているが、あれは『髪は女の命だから、壊れ物を扱う様に丁寧に、紙の形が壊れないよう撫でろ』って意味ではないのか?」

「お姉ちゃんのお友達に教えてもらったことはいったん忘れようか」

 

姫華楓の言葉に冷静に返すいろは。

なんとも閉まらない空気の中、二人は当てもなく歩き続ける———。

 

 

 

 

 

二人が歩き始めて数刻ほどたった時、景色が一変した。

二人は山のふもとを森に沿って歩いていたのだが、目の前に広がった景色はそのどちらとも似ても似つかない光景だった。

 

「うっそぉ~」

「視界いっぱいに広がる雪景色か・・・。一体どんな気候をしていれば、こんなことになるんだ?」

 

あたり一面真っ白な雪景色という光景に目を奪われる二人。

しかも右手には緑色の草を大量にはやした木々が並んでおり、現実的にありえない光景を二人に見せていた。

あまりに現実離れした景色に思考が止まっていた二人だが、遠くに見えた人影のような物に意識を切り替える。

その人影はこちらに気づいていないようであり、ゆっくりと雪原地帯の中心・・・方角で言うなら西に向かって歩いている。

姫華楓は少し迷った後、いろはに判断をゆだねることにする。

 

「あの人影と接触するのがいいと思うがどうだ?」

「いいと思うでござるよ姫華楓殿。しかし、友好的であると決まったわけではないので慎重にでござる」

 

意見が一致したため、二人は人影に近づいて行く。

人影がはっきり見えていたため、二人はてっきり数100m程度の距離だと思っていたが、しばらく進んだところでその認識を改める。

 

「・・・やけに遠くないでござるか?」

「ああ、それにでかくないか?」

 

少しづつ近づいたことで、二人はその違和感に気づいた。

相手との距離は100m程度であり、そこから考えられる人影の大きさは、どう考えても3mは超えている。

 

「ん、やっこさん、こっちに気づいたな」

「手に持った大きな斧?みたいなのを構えながら近づいて来てるでござるな」

 

スピードは遅いが少しづつ近づいてくる人影。

その手には大きな片手斧を所持しており、どう考えても友好的とは思えない。

それでも一縷の望みにかけ、姫華楓はコミュニケーションを試みる。

 

「あー、俺たちに敵対意思はない。だからその武器を下ろしてくれないか?」

 

姫華楓の声は巨人に届いていないのか、それとも言葉が通じていないのか、どちらかは定かではないが、巨人が一向に止まる気配はない。

 

「ん?もしかすると言語が違うのか?」

「ねえ、やばいよ姫華楓殿。このままだとまずい気がするでござるよ⁉」

「んん、あーあー、We have no hostile intent, so could you please put down your weapons?」

「え、なんて?」

 

言語が違うと解釈した姫華楓は、英語で話しかけてコミュニケーションを試みる。

しかし巨人は止まらない。そりゃそうだろ。

 

「ねえ!やばいって!にげようよ!」

「これも違うか・・・。なら、Wir haben keine feindseligen Absichten, könnten Sie also bitte Ihre Waffen niederlegen?」

「風真の話を聞けってば!」

 

能天気にドイツ語で話しかける姫華楓。というか脳筋の癖にトライリンガルなのかよ。

巨人は二人のすぐ目の前まで近づくと、持っていた斧を大きく振り上げ、二人めがけて振り下ろす。

凄まじい衝撃と風圧が起こり、あたりの雪を舞い上がらせ、視界を覆いつくす。

 

「仕方ない。倒すか」

「いや逃げるって選択はないの⁉」

「そんなものはない」

 

視界が晴れた後、二人の姿は空中にあった。

仕掛けとしては単純で、斧が当たる直前、姫華楓がいろはを抱きかかえて空を飛んだだけなのだが、巨人にはその動きが一切見えなかった。

巨人は空を飛ぶ二人を見つめると、大きく息を吸い込む。

なんとなく嫌な予感がした姫華楓は、高速で巨人に接近すると巨人の喉元を蹴り上げる。

姫華楓の蹴りを食らった巨人は意識を失い、そのまま仰向けに倒れる。

かなり大きな振動が周囲に伝わり、地面を小さく揺らす。

巨人が完全に沈黙したことを確認した姫華楓は、いろはを抱えたままその場を離れる。

その場に留まり続けると仲間が集まってくる可能性があるためだ。

 

「ぴゃああぁぁぁぁぁあああ」

 

まあ、突然そんなことをされたら悲鳴を上げるのも致し方なしではある。

そしてそんな大きな声を出していればこうなることも必然だった。

 

「「「ブルモォォォォォオオオ!」」」

 

先ほどの巨人と同じくらいの大きさの巨人たちが姫華楓達めがけて走ってくる。

しかし、姫華楓のスピードのほうがはるかに速く、巨人たちの姿はどんどん遠ざかっていく。

しばらく飛び、巨人たちが見えなくなったのを確認した姫華楓は、自身の腕の中で目を回して気絶しているいろはを起こすため、地面に降り立つのだった———。

 

 

 

「ひどい目に遭ったでござる・・・」

 

げっそりとした表情を浮かべながらいろははそうつぶやく。

いろはが目覚めるまでそう時間はかからなかったが、グロッキーな状態から回復するまでしばらく時間がかかりそうだと判断した姫華楓は、少し飛んであたりを見渡す。

近くに生命体がいないことを確認した姫華楓は、いろはの隣に降り、いろはが落ち着くのを待つ。

 

「ふむ、いろはは高所恐怖症という奴なのか。知らなかったと言え、すまなかった」

「いや、あれは高所恐怖症とか関係ない気が・・・。まあいいでござる」

 

いろは曰く、突然内臓が持ち上がったと思ったら、目が開けられないほどの突風が身体を突き抜け、急停止によって口から内臓が飛び出るかのような衝撃を受けたとのこと。

必死に乙女としての尊厳を守ろうとしている分、いろははよくやっていると言えよう。

口からよくないものが出そうになるのを必死に耐えながら、いろはは自身を落ち着かせようとする。

思ったより状態が悪いいろはを見て、姫華楓は少し罪悪感を抱いたが、遠くに見える土・・・というよりかは雪煙と言った方が正しいだろうか、それを発見すると同時に、即座に行動に移る。

地面に右の手のひらを押し付けるように密着させると、斜めになるように衝撃を打ち込む。

衝撃が地面を揺らし、人ひとりがギリギリ隠れられる程度の穴が開く。

これは中国武術で使われる概念の一つ、『発勁』である。

名前だけならば聞いたことがある人も多いだろう。発勁は身体の骨や筋を使い、衝撃を生み出す一種の技のようなものである。

人体に打ち込めば内臓にすらダメージが行くものであり、姫華楓の身体能力によってさらに強化された発勁は、地面にこの程度の穴をあけることが出来る。

まあ、普通の人が真似事でやってもできるものではないんだけどね。

 

「いろは、この穴に入って隠れててくれ。俺はあいつらを仕留めてくる」

 

姫華楓はいろはにそう言うと、翼を広げその場から飛び立つ。

突然のことで少し混乱するいろはだったが、遠くに見える雪煙を目撃すると、即座に穴に引っ込む。

心の中では加勢したいいろはだったが、グロッキー状態では足手まといにしかならないということを理解していたので、姫華楓の無事を祈りつつ、穴の中にこもる。

姫華楓は穴の中に引っ込んだいろはを確認すると、雪煙を上げながらこちらに向かってくる巨人の群れに向かって一直線に飛ぶ。

 

「やれやれ・・・。この世界に来てから戦闘ばっかりだな」

 

姫華楓のつぶやきは誰にも聞き取られることなく、虚空に消えていった———。

 

 

 

 

 

「へえ~?すげースピードで飛ぶなアイツ」

 

巨人の群れに向かって高速で飛ぶ姫華楓を見ながら、その青年は呟く。

遠くからでも分かるほど目立つ金色の髪をなびかせながら、その青年は木の上から飛び降りる。

木の高さは10m程度あり、姫華楓のような人外種でなければ大怪我は免れないだろうことが容易に想像できる。

しかし、青年は緩やかに地面に落ちていき、落下の衝撃をほとんど受けることなく、地に足をつける。結果、青年は傷一つ追うことなく、高所からの落下を行って見せた。

 

「にしても、とんでもねえ強さだなありゃ。敵対するのはやめた方がよさそうだ・・・。君もそう思わないかい?」

「・・・私としては、敵対する必要もなければ、今すぐに仲間に入れてもらいに行きたいね」

 

そう言いながら少女は暗闇から現れる。

月の光をきれいに反射する青い髪と金色の斧に目を奪われそうになるが、その表情は青年をきつくにらみつけており、誰も近寄らせないという意志を感じる。

青年は少女から放たれる殺気を笑いながら流し、言葉を続ける。

 

「だろうな。君の熱心なファンであるあの子もいるわけだし、そう思うのも当然だな。だが、その願いはかなわない」

「分かってる。こんなものつけられた以上、今はおとなしく従う。けど」

 

首に着けられた金色のチョーカーを恨めしそうに見たあと、背中に似背負った斧を青年の首につきつけながら少女は続ける。

 

「あの子に・・・いや、皆に危害を加えようっていうのなら、私はお前を絶対に許さない」

 

その目には明確な決意が宿っており、青年が少女の言う『みんな』に危害を加えようとした瞬間、道連れ覚悟で殺すという意志を伝えてくる。

先ほどより数段強い殺気を、青年は鼻で笑いながら答える。

 

「できもしないことをよく言えたな~。・・・まあ、そう言う人間だと思ったから、ターゲットにしたんだけどね」

 

けらけらと笑いながら答える青年に、少女はいら立ちを隠せず舌打ちする。

しかし、少女のそんな反応も面白いのか、青年はさらにけらけらと笑う。

少女の我慢が限界に達しそうになった時、青年は静かに答える。

 

「安心しなよ。君が契約を守る限り、俺が彼女たちに危害を加えることはない。もちろん、君が契約を破った場合、その限りではないんだけどね?」

「・・・分かってる。契約には従う」

 

少女は青年に背を向けながらそう言うと、森の中に入っていく。

その背を見送りながら、青年はぽつりとつぶやく。

 

「そう、君が契約を守る限り、ね。精々頑張るといい、彗星のごとく現れたスターの原石さん?」

 

青年の言葉は誰にも届かない。

しかし、青年はそれすら面白いのか、再びけらけらと笑いだす。

 

「———ああ、そうだ。君も頑張り給え?柊姫華楓君?」

 

暗躍するものはまだその姿を現さない———。

 

 

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