「知らない天井だ」
有名なセリフを口にしながら、利終は目覚める。その表情はリアルで言いたいことが言えたという満足感にあふれており、つい先ほど気を失って目覚めたばかりの人には見えない。
利終は起き上がろうとしたが、何かが自分の上にあり起き上がることが出来ない。かけられていた何かをどけようとし、気を失う直前のことを思い出しす。状況を見るに、ミオが介抱してくれたらしく、まずは礼をしないと思っていると、ミオの姿を見つける。どうやら自分にかけられていたと思っていた何かはミオだったらしく、ミオは利終の上で静かに眠っていた。
(は?何してんのこいつ?)
利終はそう思いつつも起こさないように、自分の上からどけようとする。しかし、ミオは利終の服をつかんでいたため、利終の力ではどけることはできなかった。仕方なく、利終は横になると何も考えないよう天井を眺める。ミオの穏やかな寝息を聞きながら、利終は再び眠りについた。
何かが動いた気配を感じて、利終は再び目を覚ます。利終が目を覚ましたことに気づいたミオが利終に声をかける。
「大丈夫⁉痛いところとかない⁉」
あまりの慌てように少し苦笑しつつ、利終は起き上がりながら答える。
「そんな慌てなくても大丈夫だよ。それより俺ってどれくらい寝てた?」
利終の態度を見て大丈夫だと判断したミオはほっと胸を撫で下ろすと、少し怒りながら利終に答える。
「目の前で急に意識失ったんだから慌てもするよ。途中うちも寝ちゃったから正確な時間はわからないけど、たぶん丸一日くらいだと思うよ。」
そうミオが答えた瞬間、利終の腹が盛大な音を鳴らす。自覚したとたん急におなかが主張を始めたのだろう。その音を聞いたミオはくすくすと笑いながら言う。
「おなかもすいてるみたいだし、何か食べる?」
笑っているミオを見つつ、利終は答える。
「そこは笑わずにスルーするのが、できる人だと思うよ。いやまあ食うけど」
ミオは台所の方面に向かいながら答える。
「どの口が言うか。利終君だって、うちのおなかが鳴ったとき、スルーしなかったじゃん。」
「もしかして根に持ってます?」
利終はミオの機嫌を伺う。ミオはそんな様子の利終を見て、また笑う。
「根に持ってなんかないよ~。ただ仕返しがしたかっただけ」
それを根に持っているというのでは?っと利終は思ったが口に出さないでおく。利終は立ち上がると、ミオの後についていき、台所に置いてあるバケツからりんごを一つ取り出て齧る。バケツの中にあるりんごはあと十個ほど残っており、念のためにまた取りにいかないとっと考えていると、窯の中にあった水がほとんど残ってないことに気づく。
「水が残りすくねえから取りに行かねえとな。けど・・・」
昨日の洞窟はゴブリンたちがまたいるかもしれない。しかし、他に水があるような場所に宛はないうえ、新しく水がある場所を探せたとしても、そこが安全である保証はない。利終がどうしたもんかと考えていたら、ミオが利終の肩をたたき、声をかける。
「悩んでるんだったらうちにも相談して。今後のことなんでしょ?だったらうちも考えるよ。」
利終はその言葉を聞き、素直に水のことについて悩んでいることを打ち明ける。そのことを聞いたミオも頭をひねらせながら考え、提案を出す。
「なら、さっきの洞窟がいいと思うよ。やみくもに探して水が見つからずに倒れたりするより、多少危険でも確実に水を集められるほうが今後の為にもなると思うよ。それに、もしゴブリンたちが襲ってきてもうちが追っ払ってあげるから」
ミオの言っていることは正論であるが、ミオ自身に負担が大きいことも見過ごせない。自分の戦闘力より、ミオの戦闘力のほうが高いのは理解しているが、そもそもミオ自身戦い慣れているようには見えなかった。それに、あそこに来るのがゴブリンだけではない可能性もある。けれど・・・。
っと頭を抱える利終。しばらく悩んでいるとミオに向き合い妥協案を出す。
「戦闘はなるべくしない方向で、今度ゴブリンたちと会ったらすぐに逃げよう。守ってくれようとしてくれるのはありがたいけど、それでミオが傷つくのはダメだからな。」
利終はミオにそう言いつつバケツを持つ。正直あまり気乗りしないが虎穴に入らずんば虎子を得ずというように、多少のリスクは許容すべきと判断した。その様子を見ていたミオは利終の提案にうなずくと利終の後を追う。二人は小屋を出て昨日の洞窟を目指した。
洞窟についた二人は警戒しつつ中に入る。洞窟の内部にはほかの生物の気配を感じないが万が一のために気は抜けない。
やがて池の近くにまで来ると周囲を見渡す。周囲には何もなく二人はそのことに違和感を覚える。なぜ違和感を覚えるのかわからないが、早めに水を汲んだほうがいいと判断し、急いで水を汲む。
水を汲んだ利終は水の入ったバケツを持ちつつ、違和感の正体に気づいた。周囲を見渡す利終にミオは声をかける。
「どうしたの?確かに何か変だと思うけど、周りには何にもないよ?匂いもうちと利終君の二人しかいないし」
—俺の匂いって何ですかね?
っと利終は思ったが、それを聞くのを抑え質問に答える。
「周りに何も居ないことがおかしいんだよ。昨日俺たちはここで戦闘をしたんだぞ?それに何体か殺してもいる。なのに、死体が一つもないうえ、血の跡もない。さらに匂いがないのも変だ。今のミオは獣人の鼻を持ってるんだろ?それなのに匂いがないっていうのは違和感でしかない。」
そう言った利終になるほどとうなづきつつミオは答える。
「確かに。それに利終君が使った矢とかもなくなってるね?なんでだろう?」
利終も頭をひねらせ考える。利終の頭には一つの仮説が思い浮かぶが、それを口には出さなかった。利終はミオに向きなおると早めに出たほうがいいと提案した。ミオもそれを了承し、二人はすぐに洞窟を出た。
小屋に戻った二人は、水を窯に移すと火をつけた。小さな火を眺めながら、利終はこれからのことについて考える。ゴブリンの死体がなかったことも気にはなるが、今の環境では足りないものが多すぎると気付いたからだ。りんごを持ち運んでいた時も思ったが、そもそも持ち運ぶための道具がなかったり、自分が持っている矢も残りが少なかったりと、様々な物がない。道具を作るのは必須であり、早急に手を打たねばならない。
利終は少し考えた後、ミオに提案をした。
「ゴブリンたちのことも気にはなるけど、今は置いておこう。今最悪なのは食料や水が尽きることだ。その為にも蓄えとく必要がある。」
その言葉を聞き、ミオは納得の表情を浮かべる。
「そおだね。けど蓄えるにもどうやって?氷とかもないから食べ物は腐っちゃうし、道具もないよ?」
利終は自分の考えを打ち明ける。
「まずは森に行って道具を作る。氷に関しては氷雪地帯に行ってみよう。氷雪っていうくらいだから、雪とか氷があってもおかしくないしな。」
ミオは少し考え利終に提案をする。
「少し遠いけど、水海地帯ってとこに拠点を移すのはどお?森も近いから道具や小屋も作りやすいし、水海なら魚とかもいそうじゃん?」
利終はミオの提案を聞き、少し考えるとその提案を了承する。
「確かに。ここを拠点にし続けるよりは安全になりそうだな。よし、まず森に行って道具を作る。そのあと、水海地帯に偵察しに行こう。安全そうなら拠点を移す。これでいいか?」
ミオは利終の提案に頷く。それを見た利終は早速行動に移そうとするがあることに気づいて、動きを止めそのようすを見たミオは利終に問いかける。
「どおしたの?傷でも痛むの?」
利終は首を横に振りつつミオに答える。
「いや、木を切るにも斧も何もないことに気づいてな。さすがに道具なしでは切れないだろうしどうしたもんか。」
ミオは納得しつつ提案をする。
「うちが手で切るというか殴って折るのはどお?」
「結構バイオレンスだな。けど手を怪我する可能性あるからなるべくさせたくないな。」
頭を悩ませながら利終は答える。利終は周囲に使えそうなものがないか探りつつ、冗談交じりにつぶやく。
「いっそこの場においてあれば楽だったんだが。もしくは石と木があれば石製の斧を作ることもできるんだけどな~」
その言葉を聞いたミオは驚いて尋ねる。
「利終君って材料さえあれば斧作れるんだ⁉」
利終は苦笑しながら答える。
「そう難しいことじゃないだろ。いい感じの石があれば、石を組み合わせた後、木に取り付けて、ひもで結べば石の斧の完成ってな」
利終がそういうと、利終の掌が急に光始める。突然の事態に二人は慌てる。
「利終君⁉いったいなにしたの⁉」
「なんにもしてねえよ⁉俺が何かしたみたいに言わないでくんね⁉」
二人がそういっていると徐々に光が収まり始める。光が完全に消えると、利終の掌には先ほどまでなかったものがあった。それは紛れもなく———
「石製の斧・・・だよな?なんで?」
利終の手には先ほどまではなかった石製の斧があった。突然の事態に困惑する利終だったが、ミオは冷静に思ったことを口に出してみる。
「利終君がこれのつくり方を言ったらこの斧が出てきたよね?うちが獣人になったみたいに利終君も『特別な力』があるんじゃない?」
それを聞いた利終は納得の表情を浮かべる。利終は実験のため、別のことを考えてみる。
材料は木、木を伐りつなぎ合わせ桶を作る。そのあと持ち手を付ければ。
その瞬間再び利終の手が光り、利終がイメージした木の桶が出来上がった。どうやらミオの予想通り、利終は過程を意識すれば物を作り出すことが出来るみたいだ。そう結論付けた利終はふとあることに気づく。
「あれ?これ森に行く必要もうなくね?」
「あ・・・」
この瞬間、森に行って道具を作るという道は二人の中から消えた。
もはや使い道のなくなった斧を眺めながら利終はぼんやりとこれからのことについて考える。
利終の能力が未知数のため、頼りすぎるのは危険である。拠点を早々に移したほうがいい。そう考えた利終はミオに自身の考えを打ちあけ、移動することを提案する。ミオは利終の提案を聞き了承する。利終達は活動拠点を移すため、持ち物を厳選し始める。
「食料は絶対。あと水も持っていきたいよな。バケツに入れるのは衛生上あまりよろしくはないけど、他に入れられるものがないからしょうがないか」
利終がそう言うと、ミオは疑問に思ったことを利終に聞く。
「利終君がペットボトルとか作れば解決じゃない?」
利終はミオの言葉に対し首を横に振ってこたえる。
「やってみたんだが作れないんだよね。いくらやろうとしてもうんともすんとも言わないわ。多分だけど過程をうまく意識できないと作れないんだと思う」
利終の言葉にミオは納得の表情を浮かべる。実際ペットボトルの製造過程を浮かべられれる人は少ないだろう。そう思ったミオは思い浮かんだことを利終に提案してみる。
「なら、木で作られた水筒とかは?あれだったら過程も浮かびやすいし、もち運びにも便利でしょ?」
ミオの言葉に利終はうなずく。利終は掌を意識すると製造過程をイメージする。
材質は竹、空洞を意識しつつ小さな紐をつけ、蓋もできるようにする。
利終の手が光り、利終の想像した通りの竹の水筒が二つできる。
利終は台所に行き、竹の水筒の中に窯の水を入れる。たっぷり入ったことを確認すると片方をミオに渡すと、目をつぶり掌に意識を向ける。
材質は竹、空洞を大きくし何本も矢が入る大きさに調整する。
利終の掌に竹で作られた簡易的な矢筒が出来上がる。その矢筒に15本の矢を入れると、利終はもう一度目をつぶり今度は2本の矢を生成する。一本を矢筒に入れるともう一本を持って小屋の外に出る。その様子を見ていたミオは利終を追いかけながら質問をする。
「利終君はなんで矢を作ったの?なんで外に出るの?」
利終はミオに振り向きながら答える。
「一つは時間を計る用、もう一つは耐久性を試す用。俺が作ったものはどれだけ持つのか、どれくらいの耐久性があるのか、それを調べるためだよ。」
ミオは利終の言葉に納得する。利終は木で的を生成すると20mほど距離を離し、自作した矢をつがえる。利終はそのまま的の中心に向け矢を放つ。放たれた矢は間後の中心から少し外れる。それを見た利終は少し眉を顰める。的に近づき矢を抜くとまた距離を離し、矢をつがえる。
繰り返すこと14回、計15回矢を撃った時にそれは起こった。的の中心に矢が当たるとその矢は刺さった部分から光の粒子になっていく。その現象を見て利終とミオの二人は目を見開く。それと同時に利終は納得する部分もあった。ミオは利終に今起こったことについて聞く。
「今消えたよ⁉どおしてぇ⁉」
「わからない・・・けど、ゴブリンたちがいなかった理由も、血の跡がなくなってた理由もこれで分かったな。」
利終の言葉を聞いてミオは頭に?を浮かべたが、利終の言いたいことを悟り、利終に確認をとる。
「それって、ゴブリンたちも矢みたいに消えちゃったってこと?」
ミオの言葉にゆっくりとうなずく利終。
「おそらくこの世界で死んだり、壊れたりしたものは、光の粒子になって消えるんだろうな。それに俺が作った矢は15回使ったら壊れるらしい。」
ミオは利終の言葉を聞くと少し考える。そしてミオは利終に聞きたいことを聞いた。
「ねえ利終君。もしかしてだけど利終君はこの『世界』について何か知ってるんじゃないの?」
利終はミオの言葉に首を横に振る。
「いや、知ってることはミオと大差ないよ。けど、この『世界』について仮説を立てることはできるけどね。」
利終の言葉にミオは再び問う。
「仮説ってなに?」
その言葉を聞き、利終は答えるべきか少し悩んだが、やがて口を開き答える。
「いや、今はまだ言えない。確証を持てないし、この考えだけで動くのは危険だからな」
そう言いつつも利終の中ではその仮説はほぼ確定だと考えていた。そんな様子の利終にミオは多少不満を覚えるも利終の言うことに一理あると考えたミオはその不満を口に出さず押しとどめる。利終はミオのほうを少し見ると何も言わずに小屋に戻る。小屋に戻った利終を見て、ミオも小屋の中に戻った。
太陽が頂上を過ぎたころ、二人は持っていく道具を選別した後、小屋を出て森に向かう。食料は十分にあるとは言えないのと、そもそも水海地帯は森の向こう側にあるからだ。二人はお互いに会話をしつつ森に入る。森の中に入った二人は昨日のりんごが生えていた木を目指す。食料をある程度確保してから水海地帯に行くためである。昨日つけた目印をたどりながらりんごの木まで向かっているとミオは違和感を覚え利終に訴える。
「ちょっとまって。この先だけど獣臭がするよ」
利終はミオの言葉を聞いて少し考える。獣臭ということはこの先に何かしらの獣がいることがわかる。その獣が何なのかわからないため、ここで引き返すのが正しい判断だろう。しかし、食料が心もとないのは確かであり、このさき食料を補給できる場所があるとは限らない。さらに、獣でも昨日の鹿みたいな草食動物であれば貴重なたんぱく源になる。迷った後利終はミオに自分の考えを提案する。
「俺が先行して獣の正体を確かめる。もし鹿とかならそのまま仕留めるし、危険だと判断したらすぐに戻ってくる。」
利終の提案にミオは反対する。
「ならうちが行ったほうがいいよ。身体能力はうちのほうが高いし」
利終はその言葉に反対する。
「だめだ。ミオは身体能力こそ優れているけど隠密能力がない。見つからないようにするんだったら俺のほうが適任だ。」
利終の反対意見にミオは反対を続ける。
「確かにそうかもしれないけど、もし見つかったら利終君が逃げられないことだってあるんだよ⁉ならうちのほうが見つかってもすぐ逃げられるんだから安全だって!」
ミオの言葉に利終は再度反論をする。
「だからそもそも見つからないように立ち回るんだって。それにもし鹿とかなら俺が遠くから狙い撃ちすることが出来る。俺が行ったほうがいいって。」
「でも!」
利終はミオの強い反論を聞き、ミオに振り返る。その表情はとても悲しげで今にも泣いてしまいそうであった。その表情を見て利終は言おうとしていたことが口からでなくなった。ミオは今にも泣きだしそうな表情をしながら利終に言う。
「昨日だって利終君は死んじゃいそうだったんだよ⁉小屋に戻って、目の前で倒れて‼声をかけても反応してくれないで・・・死んじゃうって思ったんだよ」
泣きながら訴えるミオに利終は言葉を返せない。かける言葉すら見つからずにミオがすすり泣く時間が続く。利終は悩んだ後、ミオに妥協案を出す。
「わかった。けど俺もミオが行くのは反対だ。だから・・・」
利終は目をつぶると手のひらに意識を向ける。利終の手が光り、簡易的な発煙筒を作り出す。その発煙筒を見せながら利終はミオに言う。
「俺が先行して危険な動物に出会ったらこの発煙筒で合図を送る。そしたら俺を助けに来てくれないか?」
ミオは目元をぬぐうと利終の言葉に確認をとる。
「ほんとに大丈夫?嘘ついてない?」
利終は苦笑しながらミオに答える。
「嘘なんかつかないって。安心しろ。ピンチの時はちゃんと合図を送るから。」
利終を見ながらミオはしぶしぶ納得し、利終に訴える。
「ほんとのほんとだよ?嘘ついたら絶対許さないからね?」
利終はミオの目を見ながら答える。
「わかった。約束は守るよ。だから待っててくれ」
利終はそういうと森の奥へ進んでいく。残されたミオは遠ざかっていく利終の匂いを嗅ぎながら利終の無事を祈る。
太陽が落ちはじめ、暗くなり始めた森を、警戒をしながら進む。しばらくすると利終でもわかるほど濃密な獣臭が漂ってくる。近くにいることを感じ、周囲の木に登る。上り終わった後、利終は獣臭のする方向を見た。
大きな体に鋭い爪をした四足歩行の獣。口元から見える牙も鋭いが、なにより目立つのは額に生えた大きな角である。その姿は狼に最も近いが、角の生えた狼なんて聞いたことがない。
ゴブリンの次に見る見たことのない生物に利終は即座に敵だと判断する。数こそ三匹程度しかいないが、こちらを見る目には明らかな敵対意思を感じる。
利終は発煙筒を手に取ったが使わずに思考を回す。こちらに明らかな敵対心を向けているが、それ以上何もしてこない。利終の位置は木の上にあるため攻撃をしようにも届かないのだろうと判断する。この状態でミオを呼べば間違いなく戦闘になる。むこうも攻撃が届かない以上、しばらく待っていれば立ち去るはずだ。
そう考え発煙筒を使わずに様子を見る。よく観察していると、一匹の足元に小さな影があることに気づく。あの狼たちの子供だろうか?それと同時に利終は撤退の判断をする。子供を守っているのであればあの場から引くわけがない。それと同時に追ってくることもないはずだ。そう考えての撤退だったが利終の判断は間違っていた。
———足元の小さな狼が咆哮を上げる。それと同時に利終が足場にしていた木の枝が細かく切り刻まれる。
「な・・・!」
突如として足場を失った利終はそのまま落下する。それと同時に手に持っていた発煙筒を手放してしまい、助けも呼べなくなってしまう。即座に拾おうとするが、三匹の狼がそれを阻む。その場から大きく飛び、攻撃を何とかかわすも発煙筒までの距離が出来てしまったうえ三匹の狼に囲まれてしまう。
利終はこの場を切り抜ける方法を模索するが、思考がまとまる前に再び咆哮が聞こえる。直感で後方に跳ぶと先ほどまでいた場所に無数の切り傷が生まれる。何をしているのかは不明だが、あの子狼が吠えてから切り傷が生まれた。そのことからあの子狼が、切り傷を生む何かをしていることがわかる。しかし、その正体を考える前に三匹の狼が襲ってくる。
矢筒に入っている矢を1本手に取り、1匹の狼に投げつける。矢を投げられた狼はひるみ、その場に留まる。それを確認した利終は首元めがけて飛んでくる狼をしゃがんでよけ、腕めがけて飛んできたさいごの1匹の攻撃を避けられず、左腕に嚙みつかれる。噛みつかれた左腕に激痛が走るが、利終はその痛みを無視し左腕に力を籠める。筋肉が締まり、狼の牙が抜けなくなる。利終は右手に矢を生成すると、左腕に噛みついた狼の首に矢を突き刺そうとする。
矢は固い皮膚に阻まれ、突き刺さることなくはじかれた。
「はぁ⁉」
あまりの出来事に利終は驚きを隠せない。この場を切り抜けるためには、敵をひるませて発煙筒を使うしかない。しかし、矢が突き刺さらずはじかれるということは、利終にはこの狼は倒せないということになる。これでは相手をひるませることが出来ない。
そう考えていると、再び咆哮が聞こえる。とっさに回避行動をとろうとしたが、左腕に狼が噛みついたままであるため、うまく動くことが出来ず、謎の攻撃をかわし切れなかった。
左腕に噛みついていた狼ごと左腕が切り刻まれる。狼はその攻撃に耐えきれず、細切れになって絶命する。そして利終の腕は、根元から切り飛ばされ細かくバラバラにされる。
「ッぁぁああ!!」
あまりもの激痛にたまらず声を上げる利終。1匹がいなくなり包囲網が緩くなったが、そんなことを考えていることすらできない。激痛から逃れようとのたうち回る。その様子を狼たちは見ているだけで攻撃をしようとはしない。
その様子を視界の端にとらえた利終は、自らに言い聞かせ体制を整えようとする。だんだんと痛みがなくなり、思考を回す余裕が出てくる。最も痛みがなくなっているのではなく、感覚がなくなってきているだけではあるが。
利終は狼たちを見つつこの場を切り抜ける方法を模索する。発煙筒までは距離があり、取りに動こうとした瞬間また襲い掛かってくるだろう。今の状態では、1匹来ただけでも対処できずに殺されてしまう。狼たちが襲い掛かってこない理由はわからないが、早く対処をしなければならない。利終は頭を全力で回し、一つの方法を思いつく。利終は右腕に意識を回し、一つの道具を生成する。
棒状のプラスチック容器の中に、ガラス製のアンプルを入れ、その中をとある液体で満たす。
利終の手が光った瞬間、狼たちはいっせいに飛び掛かる。利終は飛び掛かってきた狼たちの顔に右手に作った棒状のプラスチックをたたきつける。その瞬間棒状のプラスチックが折れ、強い光を放つ。
利終が作ったのはケミカルライトと呼ばれるものだ。たたきつけたことで、棒状のプラスチックが折れ、中にあったガラス製のアンプルが割れる。そしてその中に入っていたシュウ酸ジフェニルが溢れ、プラスチックの中に入っていた過酸化水素水と混ざり合い、強い光を放ったのだ。
目に強い光を浴びた狼は視界を封じられ、その場で暴れだす。暴れだした狼はもう一匹の狼を巻き込み、大きな隙ができる。利終はその間に発煙筒を手に取り、煙をたく。赤い煙が発煙筒から上がり、たちまち空へと昇っていく。
これでミオに合図は送れた。次の行動を考えようとすると、子狼の咆哮が聞こえる。とっさに回避行動をとるが、今度は謎の攻撃が来ない。疑問に思っていると、あたり一帯からものすごい獣臭が漂ってくる。
子狼のほうを向くと、その子狼の後ろに無数の赤い光が見える。その赤い光から、何十匹もの狼が出てくる。どうやら、赤い光は狼たちの瞳が赤く光っていただけらしい。
半ば現実逃避をしながら、利終はどうやって時間を稼ぐかを考える。ミオが来るまで死なないよう粘らなければならないが、その時間すら稼ぐのは厳しいと感じる。そもそも、ミオであってもこの数を乗り切るのは難しいと感じる。解決策を考えるが、だんだん思考がまとまらなくなってくる。どうやら、血を流しすぎたらしい。ぼんやりとしたまま、飛び掛かってくる狼たちを眺める。
(あ~あ、ミオになんて謝ればいいかな・・・。)
そんな考えをしたまま、目をつぶり狼たちの攻撃を待つ。しかし、いくら待っても狼たちの攻撃が来ない。疑問に思った利終はそっと目を開ける。
狼たちの群れは、青い焔に焼かれその数を半分に減らしていた。ありえない現象に目を見開く利終。すぐさま周囲を見渡し、発生源を探す。
手のひらから青い焔を出す一人の少女を発見する。
青い瞳に白い髪。ミオが犬としたらこっちは猫のように感じる耳をしている。恐らく、ミオと同じ獣人種であろう。
その少女は、青い焔を展開しつつ、こちらに走ってくる。そのスピードは、ミオよりも圧倒的に速く瞬く間に距離がなくなる。
「大丈夫⁉じゃないよね⁉」
だいぶ慌てている様子でもう少し見ていたくなるが、利終はなんとか声を振り絞ってその少女に答える。
「大丈夫だ・・・と言いたいところだが、血を流しすぎて頭が回らねえ。とりあえずあの小さいのには気をつけろ。あいつが吠えると目に見えない攻撃が飛んでくる。俺の腕を切り飛ばしたのもそれだ。」
利終の言葉を聞いてその少女は首を縦に振る。少女は利終の隣に立ち、利終に言葉をかける。
「白上の名前は、白上フブキって言います。君の名前は?」
利終はこれまた大物が出てきたなと思いつつ、少女—白上フブキに答える。
「俺の名前は利終。葛音利終だ。こんな緊急事態で悪いが助けてくれると助かる。」
フブキは利終のその言葉を聞くと、掌に青い焔を出しながら自信満々に答える。
「任せてください!白上が助けてあげましょう!」
フブキの力強い宣言が周囲に木霊する。
森林地帯『精霊の森』での戦いが幕を開ける。